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旦那様の甘い誘惑

 ロルフ様に連れられて街を歩くのですが、やはり賑やかです。

 人混みでごった返すというより、活気はあるけれど落ち着いた賑やかさと言うか盛り上がり方。露店もあるにはあるのですが、市民街の方の露店とは雰囲気も異なっているそうな。


 露店では基本的に手軽な食べ物を売っていたりするのですが、辺りから香ばしい、なんとも食欲をそそる香りが漂っていてちょっとそわそわしてしまったり。

 あまり食べ歩きは褒められたものではないのですが、皆さん人気の食べ物には並んで購入していたりと富裕層の方でもこういう買い食いというのはするのだな、と実感です。勿論、カフェなどもありますしそちらで食べている方も居ますが。


「丁度昼食の時間帯だな。何処か店に入るか?」

「そうですね……ロルフ様がお腹空いていらっしゃるなら」

「……全部私に合わせなくても良いのだが? 私はお前がどうなのだ、と聞いている」

「えっ、と……ちょっと空いてます」

「なら軽めのものだな。その辺りにカフェがあったからそこにしようか」


 私があまり体力がないのも気にしてくれているのでしょう、単純に昼時というのもあったのでしょうが、休みを入れようとしてくれているみたいです。ロルフ様が思う程貧弱ではないのですが、おうちにばかり居るのでそこまで体力がないのも事実です。


 なのでロルフ様の申し出を有り難く思いつつ、手を引かれながら近くのカフェに足を踏み入れました。




 席に案内されて軽食を頼み、食事を軽く済ませてから一息つきます。

 あまり容量的には入らなかったのでロルフ様の言う通りサンドイッチ程度で済ませておきました。……アマーリエ様のサンドイッチの方が好きだなあ、なんて思う私は、相当家の味に馴染んでいる気がします。


 ロルフ様は優雅に食後の紅茶を飲んでいて、私も同じように紅茶を口にしてゆったりと落ち着く時間に。

 思えば、こうして二人で紅茶を飲んでゆっくりするっていう時間はなかったかもしれません。ロルフ様、基本的に忙しない方ですし、一緒に居てもただ読書をしているだけとかが多かったので。


「これから何処を見に行きますか?」

「……そうだな、向こうの方に兄上の勧めていた菓子店が幾つかあるからそっちを見てみようかと思う」

「コルネリウス様が?」

「ああ」


 コルネリウス様の味覚は結構に厳しいので、お勧めというなら美味しいのでしょう。割と甘党だそうなので、お菓子も好きらしいですし……。


「じゃあコルネリウス様達にお土産買えますね」

「……自分で消費するものを買おうとは思わないのだな、お前は」

「家のお金を使うなら個人ではなく家に買って帰るべきかと……」


 私自身が所有する金銭などありません。持参金はアマーリエ様達に渡していますし、お恥ずかしながら両親は私を厄介払いしたかったので家の面子を保ちつつ最小限のお金しか持たせてませんし。


 という訳で自身が所有しているお金なんて殆どありません。皆さん家のお金は使って良いと仰るのですが、私としては勿体ないですし必要以外使うつもりもないのです。

 今日はロルフ様に甘えろとアマーリエ様は仰いましたけど、お給金を使わせるのも悪いですし……。


「余程金遣いが荒くない限り好きに使えば良い。遠慮する事はない」

「……そうは言われましても……」

「まあ良い。今回は全面的に私が出すし、お前は気にする事はない」

「そ、それではロルフ様のお金が……」

「私が出したいのだから出すのだ。行くぞ」


 きっぱりと言い切ったロルフ様は、私が紅茶を飲み干していたのを見て立ち上がるように手を引くのです。

 少し強引でしたが、私に気に病む必要はない、そう言われているようで、嬉しい。それでもやっぱり申し訳なさはあるものの……ロルフ様の心遣いは、有り難く思うのです。


 ロルフ様に連れられて店を後にした私達は、また街を歩いていきます。


 ロルフ様のお話によれば、コルネリウス様がお勧めするのはチョコレートを専門に扱うお店だそうです。

 原材料は輸入に頼りきりでややお高めなものの、それでも貴族でなくとも手に取れる範囲のお値段で扱っているそうです。こちらは、新しく出来たチョコレートを扱う専門店だそうで。


 辿り着いたのは良いのですが、少し考えるような仕草を見せるロルフ様。


「……エルは甘いものが好きなのか」

「甘いものですか? 好きですよ。ただ、コルネリウス様も名前は分からないチョコレートを色々と下さるのですが、一つ一つがお高めで……あまり食べると勿体ないというか」


 コルネリウス様は私を甘やかしたいらしくて甘いものをしょっちゅう下さるのですが、焼き菓子なら兎も角チョコレートも割と私に下さるのです。


 幾ら手に届く範囲でのお値段とはいえ、頻繁に渡されてはコルネリウス様に申し訳ないのです。コルネリウス様は全然気にした様子もなく「お金は稼いでるしあげたいから良いの」と言い切るのですが、やっぱり頂いてばかりなのは……。勿論、美味しいし嬉しいのですが。


「……チョコレート、好きなのか」

「好きですよ。甘くて美味しいです」


 ……贅沢に慣れてしまうのは怖いのですが、それでもチョコレートは甘くてとろけるような滑らかな舌触りで、かなり好きです。貰ったものは大切に食べていますし、食べた時は幸せ一杯です。

 一度その姿をコルネリウス様に見られてとても微笑ましそうにされてからは一人の時しか食べないと誓いましたが。


 まあそんな訳で私がチョコレートがかなり好きなのだと気付いたコルネリウス様はしょっちゅう下さるから、もう本当に申し訳ない。


「そうか。では買おうか」

「え?」


 そして唐突なロルフ様の言葉に目を丸くしてしまいます。


「……おかしい事があるのか? 好きと言うなら買い与えたくなるものだろう」

「い、いえ、私にお金を使うのは勿体ないです」

「では、私が食べたいから買うとしよう」

「えっ」

「私が食べたいなら問題ないだろう」

「そ、そうですけど……」


 ロルフ様の言葉に何ら問題はありませんが、それが建前だというのが分からない程でもないので、何というか気を遣わせてしまった気がします。

 買うと言ったら私が遠慮すると分かっているのでしょう、だから、自分の為に買うって先に宣言しているのです。


「買うのは私なのだから、私がどうしようが問題ないだろう。たとえ食べきれずお前に分けようが私の勝手だ」

「は、はい」


 そう言われては言い返せる筈もなく、私はロルフ様にゆっくりと頷きました。


 店に入れば、ふんわりと香る香ばしさと甘さが混じったような、チョコレート独特の匂いが鼻腔を擽ります。

 当然、店のケースに陳列されているものはチョコレート。形やチョコレートの色の濃さ、中身は色々と違いますが、全て並べられているのは私の好きなチョコレートそのもので……思わず、生唾を飲み込んでしまいました。


 いけません、舌が贅沢になってしまいましたね。実家住まいの時はチョコレートなんて手の届くものでもなかったので、そもそも存在を忘れていましたが……コルネリウス様に分けて貰うのがしょっちゅうになってしまって、チョコレートにも慣れ親しんでしまったのです。

 

 此処で物欲しそうな目をしたらロルフ様に諸々買い与えられてしまいそうで、出来るだけ平常通りの顔を装ったのですが……ロルフ様、此方を見ては思い付いたようにぴくっと眉を動かして。


「お前は好きな味とかあるか。どれが食べたい」


 ……やっぱり私に買い与える気満々ですね、ロルフ様。お気持ちはとても嬉しいですが、その、比較的高価なので、私が好きだからってわざわざ与えようとしなくても良いのですが……。


「ロルフ様が食べるなら私の好みは関係ないのでは……?」

「お前の好きなものを食べたいというのは駄目なのだろうか」

「うう」


 精一杯の抵抗をするのですが、あっさりとロルフ様に躱されて唸るしかありません。何があっても私の好みを聞き出して与えようとしている気がするのです。

 言わなかったら言わなかったでロルフ様は平然と全種類買っていきそうな気がするので、控え目に言った方がいい気がしてきました。ショーケースの端から端を指して此処から此処まで一つずつとか言われたら色々困りますし、ロルフ様のお給金が勿体ないです。


「……これとか、あとナッツが入ったものが……」


 美味しそうだと思った、ベリーのコンフィチュールの入ったチョコと、ナッツやドライフルーツが刻まれて乗せられたものを指で示すと、ロルフ様はそうか、と頷きます。


「そうか。……では、このセットを二つと……これを」

「畏まりました」


 ……しれっと様々なチョコの詰め合わせを買っていったロルフ様、私に聞いた意味あったのでしょうか。いえ、もしかしたら本当に自分で食べるつもりなのかもしれません、私に下さるなんて考えがおこがましかったのかも……。


「味見で色んなものを食べてみようか。お前も新しく気に入るものがあるかもしれない」


 やっぱり私に食べさせるつもりで色々と買ったのですね、いえ、お心遣いはとても嬉しいのですけど……何だかアマーリエ様ホルスト様コルネリウス様に続いて、ロルフ様もかなり私に甘いというか、財布の紐が緩くなっている気がするのですけど……?


 戸惑う私を他所に、ロルフ様は店員さんにお願いして流石に荷物になるからと家まで届けてもらう事になったのですが、先程詰め合わせを二箱と、もう一つ、別の詰め合わせを頼んでいたようで。


「……最後のは?」

「兄上が勧めていた。美味しいから買ってみろ、だそうだ」

「そうなのです? 美味しいのかな……」

「兄上は甘いもの好きだし、味覚は確かだ。美味しいのだろう。お前にも分けよう」

「あ、ありがとうございます」


 コルネリウス様がそこまで言うのならきっと美味しいのでしょう、そう納得した私は、特に商品の細かい説明を見ずに視界からそれを外します。食べたら何の味か分かるでしょうし、甘いものは好き嫌いないのできっと大丈夫。

 そう思いながら、ロルフ様と一緒に店を後にします。


 一瞬だけ見た商品名には、ウィスキー、という文字が書いてあったように、見えました。

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