旦那様、口説く(?)
短めです。
馬車は街に着いて、私はロルフ様に手を取られ、街の石畳に降り立ちます。
アマーリエ様と一度来て以来、それも仕立屋まで馬車で直行だったのでろくに街を見ていない身なので、こうして誰かと一緒に散策という意味で街に来るのは初めてです。
やはりというか、街は活気に溢れていて人の往来も激しい。
私達が降り立ったのは比較的裕福な層が集まるエリアなので雰囲気も和やかなのですが、それでも私にはちょっと心臓に悪いというか。
そして、何より心臓に悪いというか緊張してしまうのが、ロルフ様が隣に居る事なのです。
普段はあまり気にしないようにしているとはいえ、とてもロルフ様は美しいかんばせにスマートな長身で、とても見目が良いのです。やや中性的ながらも男性らしさのある凛々しいお顔立ちは、女性なら誰でも見とれてしまいそうな程に綺麗。
これで甘い笑みを浮かべたならば色々と腰が砕かれて立てなくなりそうなのですが、ロルフ様は基本無表情なので、此処は防がれている感じだったりします。
それでも格好良いというのには間違いがなく、陽光を浴びるロルフ様はきらきら輝いているのではないかと思うくらいに、眩しい。街を行くご婦人方も、ロルフ様をちらちらと見ていますし。
……隣を歩くのが子供っぽい私なのが、かなり申し訳ないです。何であんな女が、とか思われていないでしょうか。
「何故縮こまるのだ」
「その、ロルフ様の隣に立つとみずぼらしさが際立つのではないかと……」
「誰もお前の容姿に言及していないだろう」
「そ、それでも……その、私は……」
「お前は自分の容姿が好きではないのだろうか。私はお前の見掛けは割と好きだが」
「えっ!?」
「派手でないし、穏やかで素朴な感じが落ち着く」
……ああ、成る程。ロルフ様は美女とか興味ないので主張しないような見掛けがお好みなのですね……喜んで良いのでしょうか、これは。
ロルフ様に割とが付くとはいえ好きと言って頂けたのはとても嬉しいですし光栄なのですが……つまりは、地味な見掛けって事ですよね。いえ、それを否定出来ませんしするつもりもないですけど。
「……違うぞ、貶した訳ではないのだぞ?」
私の笑顔が陰ったのを見たロルフ様は慌てて弁解するのですが、事実なのでもう良いというか……そもそもロルフ様に釣り合うような見掛けではないのも自覚しているので、フォローしなくても良いというか。
「いえ、大丈夫です。平凡な顔立ちですので」
「その、気に障ったなら謝る。決して貶したり馬鹿にした訳ではなくて、お前は激しく主張しないから見ていて飽きないというか」
「そうですか……ロルフ様にそう言って頂けるなら、控え目な見た目で良かったです」
「ち、違う、そう言いたいのではなくて……どう言ったら良いのだ?」
珍しく狼狽するロルフ様ですが、別に嘘は言っていないのです。目を引くような美女なんかではないですし、そこら辺に転がっているような見掛けなので。
ロルフ様は悪くないし間違ってないですよ、と笑うと更に焦りだすロルフ様。表情はあまり変わっていませんが、こう、視線が気遣わしげになって申し訳なさそうというか。
「……私は女性への褒め言葉など知らないから、どう褒めれば良いのか分からないのだ」
「む、無理して褒めなくても……」
「無理という訳ではない、いつも思っている事を上手く言葉に表せないのだ。お前は、綺麗というよりはまだ可愛らしい方が強いし、薔薇と例えるには淡すぎる。泉にひっそりと咲く淡い花のような存在に近いというか……。見掛けは悪いとは全然思わないのだぞ、ふんわりとした柔らかな髪は綺麗だと思うし、控え目に微笑むのは可愛らしいとは思う。もっと明るく微笑めば良いと思うが……」
「わ、分かりましたから」
「触れれば柔らかくて温かく、心地好い。触れずとも、お前は陽だまりのような温もりがあって、なんというか、人を温かくするのだ。私はお前のそういう温かくて優しい雰囲気が好ましいと思っている」
「そ、それ以上は言わないで下さい……っ」
な、何でこの往来の中で真面目な顔で口説くみたいな雰囲気になっているのでしょうか。
ロルフ様としてはとても大真面目に、真剣に私の事を褒めて下さっているのでしょうし、嘘はつかないから実際にそう思って下さっているのかもしれませんけど……っ!
勝手に凹んだ私を気遣って褒めてくれたのでしょうけど、ロルフ様にとっては一生懸命褒めてくれたのでしょうけど、こ、こんな場所で口説くような言葉を言われても、困ります。
恥ずかしいやら嬉しいやらあのロルフ様がと戸惑うやらで、私の頭に一気に感情が詰め込まれて破裂してしまいそう。
「……気に入らなかったか? 兄上のように上手く褒められずにすまないが、本当に思った事を言ったつもりだ」
「……う、嬉しいですけど、その、は、恥ずかしいですっ、こんな人通りの多いところで……っ」
「二人きりなら喜んでくれたのか? ならば今度褒める時は寝室にしておこう」
よ、余計な事を言った気がします……!
二人きりの寝室で恐らく密着状態でこんな事を囁かれたら、私色々と羞恥やらで悶絶して死んでしまいそうです。
ロルフ様の声は甘さを孕んだ低めの声で、最近ではとても優しくて染み渡るような声音なのです。そんな声で抱き締められながら耳元で囁かれたなら、私は頭が爆発して気を失うか腰砕けで倒れてしまいそう。
それだけの威力がロルフ様の声と顔と、あと私が勝手にお慕いしているのが重なってあるのですが、ロルフ様はそれを全然分かっていません。自分の価値を分かってないと思うのです。
「……駄目だったか?」
私を気遣っての事でしょうけど、凹んだのが吹き飛んでそれどころではなくなってしまいました。凹む暇すらないというか、もう羞恥でそれどころじゃないのです。
しゅん、とちょっぴりしょげたようなロルフ様。……ロルフ様としては自分の力を持てる限り注ぎ込んで褒めてくれたみたいで……その心は、凄く、嬉しいです。胸のときめきが止みません。
「……ありがとうございます、でも、無理に褒めなくても……」
「思ってる事は口にする性分であるし、私は嘘はつかないぞ」
「……知ってます」
「なら問題ないだろう? 褒めたいから褒めたのだ」
……ロルフ様、天然だから破壊力が大きいの、自分では分からないのでしょうね。素だから、こんな大胆な事も気にせずに言えるのでしょうけど……。
「ほ、程々に、して下さい」
「お前は褒めないとどんどん下に自分を位置していくから、良いと思った事は正直に言うつもりだぞ」
……は、はやく耐性付けないと、私が死にそうな気がするのは気のせいでしょうか。
真顔で言い切ったロルフ様に、やっぱり私はロルフ様には弱いと実感するのでした。




