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治癒術の実践

 そこで話を一区切りし、紅茶を飲み干したコルネリウス様は、改めて私に視線を投げ掛けます。


「話はずれちゃったんだけど、あの時エルちゃんは治したいと強く思っただろう? だから、治ったんだと思うよ。勿論適性あっての事だけど」


 何故発動したか、その理由はコルネリウス様の想像では思いが深く結び付いている、そうです。

 その思いが慕うとか治したいってという気持ちと、想像力と信念を含んでいるのは、先程のお話で理解しています。つまり、願う気持ち次第なのでしょう。治したい、叶えたい、出来る筈、その思いが強かったからこそ、発動した。


「エルちゃんは魔力の性質もあるんだろうけどさ、多分、結果が分かりやすく想像出来た治癒だからこそ、発動出来たんじゃないかな? 治したいという気持ちと、治った後が想像しやすいから、結果として発動した」


 そう締め括ったコルネリウス様は、それからふっと肩から力を抜いて穏やかな笑みに。


「……まあそれがロルフ以外に発動するかは分からないんだけどねえ。増幅はロルフだけだろう?」

「多分そうだと思いますが……」


 この魔力増幅能力は、アマーリエ様達に試した結果ロルフ様にしか影響がない事が分かっています。

 それが何故なのか、コルネリウス様には好きだからなんて人に聞かれては恥ずかしい仮定をされているのですが……少なくとも試した限りでは、ロルフ様だけ。

 魔術の威力上昇は試さないと分からないのですが、何となく、ロルフ様だけなんじゃないかないかと思ったり。


 問題の治癒術なのですが、これが他人に効かないとなると本当にロルフ様専用になってしまうので、治癒術くらい他人に使えたらとてもありがたいのですが……。


「んー、ロルフの魔力に適合したのと思いの力ってのがやっぱ仮説としては近いと思うんだけどなあ。あ、じゃあ治癒術は私に聞くか試してみない?」

「……け、怪我は駄目です……」


 爽やかに試してご覧とは言われましたが、そもそも怪我がないと使っても判別出来ませんし、ロルフ様のように自ら傷付いて怪我を作るなんて以ての他です。


 駄目です、と眉を下げて首を振って拒否するのですが、コルネリウス様はそんな私を見越していたように喉を鳴らして笑うのです。……わ、笑い事じゃないのですよ……?


「はは、エルちゃんあれだけ泣いたからね。あんな事はしないよ。これこれ」


 何処までも軽い笑みでからかうように笑って、それからシャツの袖を捲って肘の辺りまで肌を空気に触れさせるコルネリウス様。

 一瞬何がしたいのか分からなかったのですが、晒された白めの肌を見れば、コルネリウス様が言わずとも伝えたい事は分かりました。


 コルネリウス様も、というかこの家系の皆さんは不健康に見えない程度に肌が白くて、コルネリウス様もその例に漏れず、ちょっと焼けてはいましたがそれでも肌は白めです。

 だからこそ、腕に出来たややくすんだ青で構成された、こどもの拳大程の大きさの痣は、とても目につくのです。暮れかけの空を写したような水溜まりにも似た、その青痣は、結構に大きい。


 何故、こんな痣が。コルネリウス様は外には用事がない限り出掛けませんし、肉体労働や運動を進んでする訳でもないと思うのですが。


「……何したんですかこれ」

「や、うっかり打ってねー」

「うっかり?」

「ちょっとうっかり荷物につまづいちゃって。ちゃんと受け身は取ったんだけど、腕に当てちゃって。やー、壺は痛いね」


 部屋を片付けて下さいコルネリウス様。

 ロルフ様もお部屋の整理を蔑ろにしますし……此処は兄弟似たのですね。部屋の片付けなど些事だと思っていそうです。


 痣の具合からして、打ち付けたのは多分そんな前ではないでしょう。コルネリウス様、自分で調合とか出来るなら湿布を作れば良かったのに……。割と、コルネリウス様も自分の事には無頓着なきらいがありますよね。


「……これを治せるかな?」

「……や、やってみます……」


 血は見えていないとはいえ内出血してますし、青い肌は見ていて痛々しいです。痣は地味に痛いでしょうし、出来る事なら治したいものです。

 自信はありませんが……いえ、治せると信じなければ、治るものも治りません。コルネリウス様の腕も、治せる。そう信じましょう。


  出来るかな? と窺うコルネリウス様の患部に手を翳し、あの時と同じように術式に魔力を通してはコルネリウス様の腕が戻るように祈るのです。

 私はまだ簡単な治癒術しか習っていないので、大きな傷は癒せないけれど……これなら、きっと、治せる筈。


 そう信じて念じると、翳した掌から温かい光が放たれ、内出血した部位に光が広がり、そして溶け込む。

 光が消えたその時には、青くなっていたコルネリウス様の腕はすっかり周りと同じ白い肌に戻っていました。


「……ん、痛みは引いたし、痣も消えた。治癒術なら他人にも大丈夫って事だね」


 成功した、と一息つくと同時にコルネリウス様は感心したように呟き、内出血していた場所を擦っては問題かないか確かめています。見掛け上は治っていますし、多分完全に治ったと思うのですが……。


「それならよかった……でも、私はこれしか出来ないんですね」


 治癒術が使えるだけ良いのでしょうが、ちょこっと、魔導師のように多彩な魔術を扱う姿にも憧れていたので、少し残念というか……。いえ、治癒術を使えて嬉しいのですけどね、ロルフ様やコルネリウス様達を治す事が出来るので、本当に有り難いのですけど。


「や、光魔術を扱えるってだけで結構稀なんだけどね。他の属性が使えないでもお釣りが来るくらいだよ」

「そ、そういうものなのですか……?」

「うん。治癒術とかはほんと重宝されるよ。使い手が限られてるからね」


 エルちゃんが思うよりも珍しいし凄い事なんだよ、と頬をつついてくるコルネリウス様。


「ただ、エルちゃんには魔力の問題があるからねー、どれだけ使えるかも分からないんだよね、正直」

「……ちょっとした切り傷とか打ち身しか治せないならあんまり役に立ちませんよね……」


 もっと高位の治癒術でなければ、期待されるような大怪我を治したりする事は出来ません。そして、私がその使用に耐えられるかと言えば、正直分かりません。


 出来ないならちょっとした応急措置程度しか出来ない治癒術師になってしまいますし、あまり役に立たないのではないでしょうか。期待外れでがっかりさせたり、治療出来なくて責められる事だって、有り得ると思うのです。

 あくまで治癒術師になったら、ですけど。


「ロルフが実験に失敗して怪我して帰ってきた時には使えると思うけどね。ロルフ、治癒は出来ないから」

「てっきり何でも使えるのかとばかり……」

「攻撃魔術しか使わないんだよね、基本。そもそも治癒術は無理。ほら、あいつって人の事思いやるの苦手だからかな、基本冷たいから」

「そ、そんな事ないのですよ? ロルフ様は優しいですっ」


 治癒術は適性と治すという気持ちが必要だそうで、コルネリウス様はロルフ様の事を基本は素っ気ない男だと評していますが……そんな事はないです。


 ロルフ様は、確かに人間関係はちょっぴり不器用で無愛想かもしれませんけど……それでも、私の事を心配してくれるし、気遣ってくれる。触れる手付きは優しいし、偶に見せる好奇心からの屈託のない笑みや穏やかな笑顔は、とても冷たい人間ではありません。


 ロルフ様と関わりの薄かった頃はコルネリウス様の仰る通りそう思える事もありましたが、今ではそんな風には思えないのです。どうして思う事が出来ましょうか。

 なので、コルネリウス様も分かって言っているのだと思うのですが、それでも聞き捨てなりません。


 そんな事ないです、と目一杯主張する私に、コルネリウス様はただ穏やかに相好を崩して、何故かとても嬉しそうに瞳をゆるりと細めるのです。


「……その時点で大分ロルフはエルちゃんの事気に入ってるんだよ? 基本的に私と同じで他人なんて気にしない人間だから」

「……コルネリウス様も?」

「ああ、私はエルちゃんが思うより勝手な人間だからね。ま、私はエルちゃん気に入ってるからこうやってお話ししてるんだよ」


 何たって、可愛い義妹だからね。そう笑って私の頭を撫でたコルネリウス様は、ひたすらに優しくて、……コルネリウス様が自分勝手なら、私なんてもっと自分勝手なのに、とか思ってしまったり。


「ま、今後の課題としては、どれだけのものを、どのくらい治せるか、かな。それは実践相手が居ないと出来ないから厳しいんだけど……。それと、エルちゃんは自身にそれが使えるか、というのも試してね」

「自分に、ですか?」

「一番は自分に使えないと意味がないよ」


 他人を治せるだけなのが治癒術師という訳じゃないよ、そう告げるコルネリウス様。

 自分が治せないで他人を治すなんておかしい、そういう事なのでしょう。あの時は、緊急だったのでロルフ様にぶっつけ本番で試す形となってしまいましたが。


「まあやる人は自分に治せる怪我をわざと作って追い込んだりするけど、エルちゃんはそんな事しなくて良いからね。というかしちゃ駄目だからね?」

「はい」

「まあ一先ずは初級の治癒術を完璧に扱えるようになりつつ、もっと上の術の理論も学んでいこうか。使えるかはエルちゃんの魔力次第なんだけど、学んでおいて損はないよ」


 私はまだまだ治癒術を使いだして間もない、というか二回しか使っていないので、いざその時になって治癒術を使えるか確証が持てません。

 だから、きちんと使えるように練習しつつ、もっと大きな傷を治せるように学んでいかなければなりませんね。……出来れば、そんな傷を目にする機会がないのが一番なのですけど。


 それでも、もしもの時の為に、そして私のただ一つの実現可能な可能性として、治癒術をもっと学んでいかなければ。


「……やる気に溢れてるのは良いんだけど、残念な事に私も治癒術は使えないから、真髄とかは分かんないよ。本当なら治癒術を使える人に師事するのが良いんだろうけど……」

「いえ、教えて頂けるだけでとても有り難いです」

「そうかい? 取り敢えず理論だけでも学んでいこうか。実践はどうしてもエルちゃんの感覚になってしまうけど」

「はい、それでもお願いします」


 全てコルネリウス様に頼りきりという訳にも参りませんので、出来る事は自分でやらなくては。そもそも修練というものは自分一人でするものでしょうし……治癒術の修練ともなれば相手が居ないと出来ないので困りものですが。


「ちょっと此方でも口の堅そうな治癒術師当たってみるよ。ロルフにも言っておくから」

「そ、そこまで手を煩わせるのは……」

「や、治癒術は実践までは私じゃ教えられないから、やっぱり本職の人に教えて貰うのが一番なんだよね。それに、ロルフがもし大怪我とかしたら、治してやれないのは嫌だろう?」

「……はい」


 あくまでコルネリウス様の言葉はもしも、ですが、そのもしもが、怖い。ロルフ様の研究内容を考えると、大怪我を負う可能性もなくはないのです。

 もしロルフ様が大怪我なんかしてしまったら……私の目の前は真っ暗になってしまいそうです。その時何も出来ず無力に眺めるだけの存在で居るなんて、絶対に嫌。

 その為にも、もっと治癒の力を身に付けなくては。


「誰か適任が居たかな……ま、一先ずは私で我慢しておくれ」

「我慢だなんて! コルネリウス様に教えて頂けるの、とても嬉しいですし楽しいです。いつも楽しみにしてますよ?」


 ごめんねと言いそうな、申し訳なさそうな顔ですが、私にとってコルネリウス様は魔術のお師匠様でもあるのです。

 分かりやすく丁寧に、そして興味を絶やさぬよう雑談やたとえを用いながら教えて下さるコルネリウス様の講義は、私の生活に新しい色を加えて下さっていて、私も講義の度に楽しませて頂いてます。

 我慢だなんて、とんでもない。寧ろ、楽しみにしているのですよ。


 首を振ってしっかりコルネリウス様の懸念を否定するのですが、コルネリウス様は少し嬉しそうにしつつ、何故かちょっと困ったように頬を掻きます。


「……ロルフが聞いてたら不機嫌になりそうだなー」

「そうですか? ロルフ様、私が知識と技術を身に付けるのは喜んでくれると思うのですが」


 ロルフ様は私が治癒術を覚えるのに肯定的ですし、寧ろ積極的に勧めてきそうなのですが……不機嫌になる要素とか、ないと思いますよ?


「まあそうなんだろうけど……うーん、感情と理性は別物なんだよ?」

「そりゃあそうでしょうけど……?」

「まあ、良いか。ロルフにやきもきさせるのも面白いし」

「……何か企んでませんか?」

「企んでないない」


 コルネリウス様がそういう時に限って何か内心企んでるのは経験で分かるので、私はコルネリウス様をじーっと見詰めたものの、内心を吐露する事はなく、ただ面白そうに私を見詰め返しては微笑むのでした。

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