旦那様の手綱を握るのは
結局あの後、泣き止んだら泣き止んだでロルフ様にばかばか連呼してしまっていた事に気付いて平謝り。ロルフ様は「私が泣かせたのだから気にするな」と頭を撫でて下さったのですが、私としてはロルフ様を事もあろうに罵倒してしまったので大反省です。
それでもロルフ様には今後自ら傷付ける事はないと確約して頂いたので、少し安堵してしまいました。泣いて言う事を聞かせてしまったような形になったのは、申し訳ないばかりですが。
「はは、エルちゃんにはロルフも弱いねえ」
事の顛末を途中退席したコルネリウス様にお話しするのですが、ロルフ様の反応を聞いてほっとしたやら面白がるやら微妙な表情で笑っています。
「泣き落としの形になってしまったので申し訳ないのですが……」
「良いんだよ、あいつは止めないと何処までも突っ走るし」
「それは、まあ……」
ロルフ様とは、半年近く……と言っても、その内数ヵ月は私に無関心でしたので、関わったのはほんの二、三ヶ月ですが……それでも、ロルフ様の人となりは理解しているつもりです。
ロルフ様は、研究第一。
これは、出会ってから今までも変わりはありません。
ロルフ様は何処までも知識に貪欲で、研究に粉骨砕身する御方です。何があっても優先は研究で、多少体調を崩そうとも研究は続行し続けるように思えてなりません。というか実際そうだった気がします。
だから、誰かが何としてでも止めないと、研究の為なら自らを実験にまで使ってしまいかねません。今回止められたのは、本当に幸運としか言えなかったでしょう。傷付けないと約束して貰いましたし、少しは大人しくなる……と、良いのですが。
「まあこう言っちゃ悪いんだけど、あの時エルちゃんが泣いてくれたのは結果的に良かったよ。普通に説教くらいじゃ止まらなかっただろうし……。泣き落としが効くのは、エルちゃんのくらいだから」
「え?」
「あいつ、女に泣かれようが基本的に意思は曲げないから。邪魔してくるなら男女関係なく容赦しないし、そもそもあいつ素っ気ないんだよ?」
ロルフは本当に自分の欲望に正直だから、研究邪魔されたらとても機嫌悪くなるからね。
コルネリウス様の茶目っ気たっぷりのウィンクと共に放たれた言葉に、あまり笑って言える言葉ではないのでは……と頬を引きつらせたり。
確かに、ロルフ様は研究の邪魔をされるのはとても厭います。なので私もお休みの日はロルフ様が望まない限りは側に居ないのですが……あれ、でも最近はロルフ様、寧ろ進んで研究室に連れ込んで私を脚の間に座らせて読書をしたりとか。
……あ、あれは、邪魔になってませんよね……?
「……もしかして私、邪魔してしまった……のでしょうか」
「や、邪魔にはなってないよ? 逆に何でそうなったの?」
「だ、だって、幾ら怪我して欲しくないからって、自傷禁止してしまいましたし……ロルフ様的には、研究に不便になってしまったのではないかと……」
「何で後ろ向きに考えるのかなー。ロルフはエルちゃん悲しませたくないから止めてくれたんだよ? そこは素直に受け取っておこうね」
よしよーし、とコルネリウス様は頭を一撫で。
「寧ろ私としては手綱を握れるようになってくれて嬉しい限りだよ」
「……手綱、ですか?」
「エルちゃんには自覚はないんだろうけどね、ロルフはエルちゃんの言う事は割と素直に何でも聞くよ? 注意を素直に受け止めてくれるのは私達かエルちゃんくらいなものだよ。それだけ特別なのに、エルちゃんはあまりにも自信がないんだよねえ」
嘆かわしいと言わんばかりに肩を竦めるコルネリウス様は、もっと自信を持ってと仰ってくるのですが……自信、と言われましても。
ロルフ様の特別に入っているならばそれは嬉しいですけど……どの特別かと言われれば、やっぱり研究対象か、家族、という枠だと思うのです。それはちょっと悲しいですけど、仕方のない事で。
それに、自分に自信が持てたら苦労しないのです。……持てる筈がないのです、私の全てを知って肯定されるなんて、有り得ませんから。
「ロルフに甘えたりおねだりしたら間違いなく何でも買ってやりそうな気がするんだけどなー」
「そ、そんな事しません。おねだりなんて、そんな……」
「試したら良いのに。多分何でも買い与えるよ、ロルフ。どうせあいつの事だからたっかい給金とかほぼ使ってないし、そもそもうち名家で元からお金あるからねえ」
「……私はお金や名誉が欲しくて嫁いだ訳ではありませんし、ドレスも宝石も装飾品も要りませんし、欲しいとも思いません」
嫁がせて貰っただけでもありがたいですし、皆様に優しくして頂いて、不自由なく過ごさせて貰って……その上で何か物をねだるなんて、そんなの、おこがましいにも程があります。
私は、何か欲しいなんて思いませんし……今で充分です。綺麗なものを欲しがるなんて、ありません。不釣り合いですし。
「エルちゃんって、物欲ないよね」
「そもそも、宝石とか装飾品って何に使うのですか。私には似合いませんし、不要です」
「似合うと思うけどな。エルちゃんは瞳の色と同じ、エメラルドが似合いそうかな」
「ありがとうございます。お言葉だけで嬉しいです」
そう言って頂けるだけで、本当に嬉しいです。
それは本心なのに、どうしてかコルネリウス様は深々と溜め息をついてはとても困ったように微笑みかけるのでした。




