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旦那様の不思議な魔術

「……ご、ごめんなさいロルフ様、その、ご迷惑をお掛けしました……」


 高揚感と浮遊感が消え去って、酩酊感が薄れて気付いた、今の状況。

 ど、どうやら暫くの間ロルフ様にべったりとくっついては幼子のように甘えていたらしくて、ロルフ様もそれを受け止めては好きにさせて下さっていたらしいです。正気に戻った時にはロルフ様の腕の中で頭を撫でられていました。


 流石に素でこの状態を堪能するには恥ずかしくて、ついでに何をしていたかは朧気ながら記憶にあるので更に恥ずかしくて、慌てて離れてはへこへこと頭を下げるしかありません。


 やってしまいました。魔術の実践の為に時間を頂いたというのに、気が付いたら甘えてべたべたして。ロルフ様はああいう構って構ってってするような女性が苦手なのですよね、しかも、時間を奪ってしまってまでくっついて……。


 妻という立場に驕ってはならない私が、事もあろうに時間を奪った上ロルフ様に無為な時間を過ごさせてしまいました。本当に、自分が迂闊だったとしか言えません。


「いや、構わない。私も調整を失敗した。というより、お前が謝る必要はないのだが……」

「そうそう、気にしなくて良いんだよエルちゃん。それに、ロルフ的に役得じゃないかな」

「役得……?」


 何故ロルフ様が役得なのでしょうか、毎日抱き締めてますから、ある意味ではなれてますし日常茶飯事でしょう。私からくっつくのは始めてで鬱陶しく思われたかもしれませんが。

 というかコルネリウス様、寧ろ私が役得だと思うのですよ。いえ、とても反省してますし後悔もしてますが。


「意味が分からないのですが、毎日抱き締めてますし」


 ほら、ロルフ様だって抱き締める事自体は抵抗も感想もないのです。今回は私がべったり甘えてしまっていたみたいなので内心どう思っているかは分かりませんが……。


「兄上の基準はよく分かりませんが、これくらい普通かと」

「……君ら揃いも揃って……いや、君らだから仕方ないんだけどどうしてこうも……」


 何故かぐったりと項垂れてしまうコルネリウス様。


「はー。……魔力酔いしたんだよね。どんな感覚だった?」


 眼差しで微妙に哀れまれている気がするのですが気のせいでしょうか。

 コルネリウス様はやや重い溜め息を落とし、それから確かめるように此方を覗き込んでは問い掛けて来ます。


 どんな、感覚だったか。

 とても暖かくて、ふわふわ漂ってしまいそうな、不思議な高揚感。浮かんでしまいそうなくらいに気持ちよくて、何だか甘いものを食べて陶酔するような感覚にも似ていました。

 多分、一番近いのが、酔っている時に感じる、あの目眩にも似た、心地よさ。


「……お酒飲んだ時みたいに、ふわふわしました」

「エルちゃんはお酒弱い?」

「弱いかどうかは分かりませんけど……アマーリエ様には人前で飲んじゃ駄目よって釘を刺されました」


 あまり、記憶にないのですが……気付いたら横になってて、アマーリエ様に「人前で、特に男の前でお酒飲んじゃ駄目よ」ときつく厳命されました。

 アマーリエ様は怒っているとかではなくて、些か焦った様子での言葉でのお言葉に、私も訳が分からないながらも頷いたものです。


 多分、私はあまり強くはないのでしょう。……美味しかったから、もっと飲みたかったのですが……アマーリエ様に駄目って言われたから言い付けを破る訳にもいきませんし、残念です。


「ロルフも強いって訳じゃないよね」

「嗜む程度ですね」

「……ふむ」

「兄上、何か企んでいませんよね」

「ひどいなあ、お兄さまを信用しようよ」

「兄上がそういう顔をする時は大抵ろくでもない事を考えていますからね」

「おやおや。そういうロルフこそ、無自覚に私を巻き込んでは厄介事を引き寄せる時があるんだけどな」


 昔から仲良しだったらしい二人だからこそ、お互いの事をよく理解して相手が何を考えるか分かるみたいです。……コルネリウス様が何か企んでいる気がするのは、何となく私にも分かりますけど。

 でも酷い事はしないってコルネリウス様も断言してますから、きっと危ない事ではない……筈。そうですよねコルネリウス様、信頼してますからね? 変な事しないで下さいね?


 色々と不安もよぎるのですが、きっと酷い事にはならない……と信じているので、ま、まあ大丈夫な筈です。コルネリウス様ですから、少なくとも悪いようには……うん、多分ならない筈。


「まあこれはさておき。魔力の感覚は掴めたかい?」

「……はい。ロルフ様のはよく分かりました。自分のは、本当に何となくなんですけど……」

「自分に巡っている血液の流れを魔力に見立ててみるのがいいかもね。似たようなものだから。少しでも感じられたなら、後はそれを手繰り寄せてしっかり感じられるように少しずつ訓練していけば良いかな」


 訓練次第で感知能力自体はある程度上がるから、と魔力酔いするまで凹んでいた私にフォローの言葉。


「……まあ後は実践だよ。ロルフ、ちょっと見本見せてあげなよ」

「見本、ですか」

「そうそう。エルちゃんは魔術とかちゃんと見た事ないから、想像がつかないんじゃないかって。お手本、やってみなよ」

「お手本……と言われましても」

「軽く魔術見せてあげたら良いから」


 エルちゃんも見たいよね? と視線がで問われたので、思わずこくこくと繰り返し首肯してロルフ様をじいっと見詰めると……少し戸惑いながらも「分かった」と頷き返してくれました。


 ロルフ様には無理を言ってしまったかもしれませんが……やはり、魔術を目の前で実践して頂けるとあれば、心躍るものがあります。


 魔術を習ってきた私ですが、コルネリウス様には理論を習って来ただけで実際に魔術そのものは見た事がないのです。いえ、時折家でアマーリエ様が風呂にお湯を張っていたりするのですが、私は見ていないですし……魔術、というものに期待していました。


 起こる事象こそ理論的には理解していますが、やはり目の前で見るのは違う。

 だからこそ、ロルフ様が魔術を使って下さるとなればわくわくと先程とは別の高揚感が胸の内を占めてしまいます。


 ついつい期待の眼差しでロルフ様を凝視してしまったのですが、ロルフ様としては不快ではなかったようなので安心です。ただ、ほんのり、微笑ましそうな表情を返されてしまいましたけど。


「庭を荒らす訳にもいくまい。小さな魔術になるぞ?」

「それでも良いです、見たいです」


 ロルフ様が魔術を行使する所を見られるなら、どんなものでも構いません。そもそも、小さな魔術でも私にとってはとても大きな意味を持つのです。ロルフ様には当たり前の事でも、私には奇跡のようなものなのですから。


 お願いします、と頭を下げ……ようとして、ロルフ様に止められます。一々頭を下げるな、という優しさを伴った囁きで。


「エルネスタ、顔を上げろ」


 声に、顔を上げると……ロルフ様の掌には、拳よりも大きな水の玉が浮かんでいます。完全な球体を体現したそれは、重力に逆らう事なく、ロルフ様の掌から数センチ程間を開けて宙に制止しているのです。


 わあ、と声を上げてしまった私に、ロルフ様はそのまま水球を差し出し、そして私の掌に乗せて来ます。

 今度は、直接私の掌に。

 ひんやりとした感覚が掌に乗るものの、それは掌から零れはせず、とても柔らかいゼリーのような感触。けれど形状は殆ど保ったままで、ただ日光を受けて輝いていました。


「少し仕掛けをしてあるから、少々触っても壊れはしない。魔術に触れたいというお前の要望に合わせて、文字通り触れるようにしておいた」

「また奇妙な魔術使ってるね」

「偶々出来たんですよ、古代魔術の再現に全く関係ないので使う機会もないと思っていたのですが……」


 失敗作にも使い道はあるものですね、と少しだけ笑ったロルフ様。……こ、これが失敗作とか……ロルフ様は一体何を作ってるのか余計に分からなくなってしまいました。

 手に載るこれは、もちっとしたような弾力と粘性を兼ね備えた感触。引っ張ったら伸びてしまいそうな手触りで、とても気持ちいいです。


「うわ、凄い何とも言えない柔らかさだね。触るの気持ちいい」


 コルネリウス様も見るのは初めてだったらしく、私の掌に載る水球を指先でつつき、問題ないと思ったのか掌で覆うように掴んでいます。


「研究所の奴等には好評でしたね。特に男に」

「……あー、この触り心地か。ロルフの指揮下にある部署って、未婚男性多かったよね」

「そうですね……関係あるのですかそれ」

「まあね。女性に触れる機会がないってのが大きいかな」


 ……何の話なのかさっぱりなのですが、首を傾げると「エルちゃんとロルフには関係ない話かな」と何処か遠い目。

 私もロルフ様も顔を見合わせては訝るものの、コルネリウス様は話すつもりもないらしくへらっと笑うだけです。……心なしか、ほのかに寂しそうというか虚しそうな顔をしている気もしますけど。


「まあ気にしない方が良い。兎に角、これが魔術だよ。ちょっと私の想像は違ったが」

「実際に触れた方が為になるかと思ったのです。……駄目だったか?」

「いえ、とんでもない! 新しい魔術を作るのは難しいって聞いているので、本当に凄いと思ってるのです!」


 ロルフ様が私の事を気遣ってくれたのは、分かります。ロルフ様ならもっと凄い魔術を使えるのも分かるし、アマーリエ様が手入れしている庭を荒らさないものを選んだ結果がこうなったというのも、分かります。

 私の為を思って選んでくれた、という事が何より嬉しいのです。ロルフ様の魔力も感じられましたし、魔力にも(ロルフ様の仰る通り物理的に)触れられましたし。


 ありがとうございます、と思いのままに微笑むと、ロルフ様は安心したようにやや眉を下げ、そのまま私の頭を撫でてもう片手で無造作に球体を掴み、そのまま花壇の方に高く投げます。

 放物線を描き丁度花壇の真上に来たところで、水の球体は弾けて細かな雨となって降り注ぎました。水遣りと処理を兼ねてという事なのでしょうが……何かさっきのより魔術っぽい、という感想を抱いてしまったのは、内緒です。


「じゃあエルちゃんの番ね」

「えっ」


 そんな光景を眺めていた私に、コルネリウス様はにっこりとした笑顔。……教師の時に見せる、優しいようで甘えは許さない、厳しさの窺えるもので。


「出来るか出来ないかはまだ分からないから何とも言えないのだけど……取り敢えず、頑張ってみよっか? 全属性の初歩は頭に入っているだろう?」

「そ、そりゃあ覚えましたし……」

「じゃ、頑張ってみよう」


 大丈夫大丈夫、と笑うコルネリウス様。……ええと、幾ら目の前で実践して頂いたとはいえ、じゃあやってみてね、というのはきついのでは。いえ、当初の目的は私の魔術行使ですけど……。

 ちら、とロルフ様を窺うと、うむと頷きで返されます。


「……エルネスタ、あとは感覚だ」

「えっ」

「頑張ってエルちゃん」

「え、えええ」


 後はぶっつけ本番だ、とコルネリウス様に背中を押されて、漸く本日の目的であった私の魔術使用に取り掛かる事となりました。

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