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奥様と魔力酔い

 言うは易し、行うは難し。


 それを体現したようなものが、魔術です。


 魔術を使う、表現するのはこの一言で充分なのですが、それを実行しようとするならばそもそもの魔力がなければなりませんし、たとえ魔力があったとしても扱うだけの知識がなければ望む結果は出せません。


 魔術という結果を出すには術式により世界に干渉し概念を歪め、一つの法則性を作り上げて魔力というエネルギーを用いて現実にその事象を顕現させるのです。その人工的に作り上げた法則を完全に理解して寸分の互いなく脳内に展開しなくては、狙ったように発動しません。


 つまり自分という世界への出力装置が術式という正しい通り道を持っていなければ、エネルギーを通してもただ無意味に魔力を消費してその辺りに撒き散らすだけ。


 だからこそ、魔術を学ぶものは術式を完全に記憶して頭に刻み込んでいるのです。


「……え、えっと、術式を頭に正確に思い浮かべて、魔力を流せば良いのですよね」


 なんて、偉そうに言ってしまいましたが、コルネリウス様の教えです。私自身は正直魔術なんて使った事がないし使えるとも思っていなかったので、そもそも魔力をどう流すかすら分かりません。


 翌日、約束通りコルネリウス様とロルフ様に直々に手解き頂くという事でお庭に出ての実践なのですか……習ったから理論的には分かっているとは言え、実際に試すとなるとやはり別物なのだと思い知らされるのです。力任せでどうにかなる程魔術は簡単なものではない、というのがコルネリウス様の持論。


「そうそう。式に通す形かな」

「……ど、どう通せば良いのでしょうか……? そもそも自分の魔力すらよく分からないのですが……」


 私もこの日の為にしっかりと術式を刻み込んで来ましたが、肝心の魔力の方に至っては何にも手を付けていません。いえ、魔力というものについて調べて感じ取ろうとは努力したのですが、これがさっぱりで……。


 普通は自身に宿る魔力は感じ取れるし魔導師を志さずとも多少なりと流れを操作くらい出来るそうです。私が全く出来ないのは、後天的に魔力を得たからでしょうか? それとも単に鈍いだけ?


「どうと言われてもねえ、こればかりは感覚だし……」

「エルネスタは魔力そのものにはわりかし鈍感なのです。自身の魔力量も分かっていないようですので……感度が悪いのか、若しくはエルネスタ自身の魔力の性質が影響しているのか」

「ああ、エルちゃんは他者に干渉するけど、その干渉自体は無意識なんだよね。干渉ともなれば普通は感覚があると思うんだけど、無自覚っていう事はやっぱりちょっと魔力の感受性自体は悪いって事なのかな」

「う……」


 ……まさか魔術じゃなくてそもそもの魔力について二人を悩ませてしまうなんて。


 私としては魔力なんて馴染みがありませんでしたし、分からなくても今まで問題なく生きてきたので特に疑問を抱かなかったのですが……魔術を扱うともなれば、やはり此処がネックです。


 魔力が感じられない、それは魔術を扱う人間にとって、大きな欠点でしかない。今、魔力に対するこの鈍さが改めて牙を向いた形になります。


「エルちゃん、責めてないから大丈夫だよ。それに、感受性は磨けるから大丈夫。魔力に触れていく事が大切だよ」

「……毎日ロルフ様の魔力に触れてる筈なのに、殆ど分からないです……」

「……まあそういう事もあるよね」

「兄上、フォローになってません」


 珍しい事にロルフ様がコルネリウス様に突っ込んでいるのですが、それだけ二人共私の感知能力がまずいというのを感じているのでしょう。素人の私だって、魔力を感じ取れずに魔術を使おうなんて無謀だと思いますから。


「……エルネスタ、私の魔力も分からないか?」

「……ロルフ様は何となく、感じたりはするのですけど……コルネリウス様に至っては魔力なんて分かりません。アマーリエ様やホルスト様でも」


 ロルフ様の魔力は、本当に何となくですが、感じる事があります。色は青っぽいのに、暖かな流れ。見える物でもないですし色はイメージなのですが、そう思うのです。


 逆に、ロルフ様以外の魔力は感じられません。

 アマーリエ様に抱き締められた時も、ホルスト様に手を握って貰った時も、コルネリウス様に頭を撫でて貰った時も、ただ体温を感じるだけで、魔力というものを感じる事はありませんでした。


 やはり、感受性に問題があるのでしょうか。


「ロルフ様でギリギリ感じられるって事は、余程強くないと感じ取れないのかな。これでもうちの家系は皆魔力かなり多目なんだけどな……」

「わ、分かりませんけど、ロルフ様は毎日抱き締めて貰ってますし……慣れ、とか?」


 あくまで朧気に、魔力らしきものを感じているだけですけど、ロルフ様のものは何となく分かるから、やはりくっついた時間が長いからその分ロルフ様の魔力というものに馴染んだのでしょうか?


「もっと直接的に魔力を取り込んだなら判別も付くようになるだろうか」

「直接的に……?」

「そうだねー、ほら、キスでもしたら分かりやすく取り込めるよ?」


 ……え、キス?


「一番粘膜接触が分かりやすく取り込めるって言っただろ? 今度はロルフにしてもらう方で」

「むむむむむ無理です! 無理、無理ですっ!」


 く、口付けで魔力を分けて貰うなんて、そんなの無理ですっ。前のは応急措置みたいなものでしたし、私自身意識が朦朧としてて殆ど気付かなかったから良かったですけど、しっかり意識を保った状態でそんなの、む、無理です絶対!

 ろ、ロルフ様はそりゃあ、気にしないでしょうけど……!


 首を振って全力で拒むのですが、肝心のロルフ様は……何とも言えない顔。あ、あれ、嫌そう? それはそれでショックなのですが、でも、キス自体が嫌っていう雰囲気でもないような。


 逆にロルフ様が仏頂面になって戸惑う私ですが、側で吹き出す音がして。


「ぷっ、ふ、あはは!」

「わ、笑わないで下さいコルネリウス様!」

「いやいや、エルちゃん笑ったつもりはなかったんだけどね。いやはや、良いねぇ」

「何が良いんですか、もうっ」


 ひ、他人事だと思って……そりゃあコルネリウス様からしてみれば、弟夫婦には仲良くして貰いたいのでしょうけど。


 でも、私は、我が儘だったとしても、愛して貰えずにただ唇にキスをされるというのは、嫌なのです。たとえそれが効率の良い手段だったとしても。

 ……想われずして口付けされるくらいなら、されない方がよっぽど良いです。頬にされるのは親愛の意味があるからまだ、良いですけど……口は、違います。


 我が儘なんだろうなと思いつつも、それだけは駄目だと決めているのでやっぱり頷けないです。


 そんな私に何故か少しだけ、ロルフ様はやや眉を下げました。何を思って、その表情をしたのかは、私には分かりません。


「ま、その手段は置いておくとして、普通にロルフに流して貰えば良いと思うよ。ロルフ、出来るだろう?」

「……それは出来ますが」

「というか、ずっと寝ている時にくっついているなら多少なりとロルフの魔力が流れてる筈なんだけどね。それでも影響がないなんて、不思議なものだ。……まあロルフ、これもエルちゃんの為だし、軽く流してやりなさい」


 その方が感覚を掴むのに手っ取り早いだろう、とにやにや笑っているコルネリウス様。……何で楽しそうなんですかね、コルネリウス様。ロルフ様はロルフ様で、ちょっぴり硬い表情ですし。


 コルネリウス様に促されて私に近付いたロルフ様は、そのまま、私の手をそっと握ります。心なしか、触れ方は少しぎこちない。遠慮がち、とも言えるかもしれません。

 どうかしたのでしょうか。いつもは、気にせず触れてくるのに。


「……ロルフ様?」

「いや、何でもない。……流すぞ」


 吐息のような小さな囁きが耳に届いた時には、触れ合った肌から、暖かな流れが私に向かって注ぎ込まれて来るのです。


 力の奔流。それは水のように清らかで、けれもやや粘性を帯びたような硬さもある、そんな感覚。血の巡りに乗って、体の端々にまで溶け込むこの感覚は、酷く甘美なものに思えてきて。


 何かに似ていると思えば……そうだ、お酒、飲んだ時のふわふわに似てるんだ。一度だけちょこっと食後酒を飲んだきりですしあまり覚えていないのですが、とても気持ち良かった。あの後から、食後酒は食卓に登場しなくなりましたけど……。


「……どうだ? 魔力は分かるか?」

「はい……これが、ロルフ様の魔力」


 それは暖かくて、とろとろしていて、体に染み入っては浮遊感にも似た何かをもたらすのです。

 とても心地好くて、酩酊してしまいそう。


「……ロルフ様」

「何だ、体調が悪くなったか?」

「いえ……寧ろ、気持ちいいですよ? ロルフ様はいつも、こんな感覚をしていたのかなって。とても暖かくて、心地良いです。ふふふ、ロルフ様ー」


 どうしましょう、とてもふわふわします。気持ちよくて、頭がぼーっとしてしまう。

 これならロルフ様がくっつきたがるのも頷けます。だって、口の中でチョコレートが溶けてくみたいに甘くて、とろりとした心地好さがずっと体を占めているのです。微睡みにも似た、陶酔感が後頭部をじわりと熱くさせる。

 もっと、と望んでしまうのも不思議ではありません。


 ふら、とよろけてしまってロルフ様に支えられるのですが、その抱き留めてくれたロルフ様の体温がまた心地好くて、つい広い胸板に頬を寄せてぴったりとくっついてしまいます。

 ……ロルフ様、凄く良い匂いする……もっと、ぎゅっとしてくれたら良いのに……。


「……エルネスタ、どうした」

「んー……ロルフさまー……」


 上から戸惑いの声が降ってきて、抱き付いたまま首を傾げると、ややたじろいだようなロルフ様と視線が合います。

 もう一度こてん、と首を傾げると、微妙に困ったというか、どうしたものか、といったような表情を浮かべるロルフ様。けど、少しだけ……何だか、頬が緩まっている、気もします。


 その横でコルネリウス様は、何故かにやにやとそんなロルフ様を眺めていました。


「……ロルフ、魔力多く流したか? エルちゃん、確実に魔力酔いしてるだろう」

「……多く流したつもりはなかったのですが……」

「拒否反応はない、というか寧ろ合いすぎて過剰に取り込んでるんじゃないのこれ。……ロルフの魔力が抜けるまで暫く魔術の実践云々以前な気がするんだけど」

「……逆に吸い取っておきます」

「くれぐれも慎重にね」


 何だかひそひそ話をしていますけど、私にはよく分からない事を言っていたので、取り敢えずロルフ様にくっついては頬擦りしてロルフ様の体温を堪能する事にしておきました。

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