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魔術の講義と旦那様の不機嫌

「えーと、これくらいなら多分大丈夫だと思うんだけどな……大丈夫?」

「な、何とか……」


 まあ予測は結果として合っていて、コルネリウス様はロルフ様とは違う厳しさがありました。

 いえ、厳しい、というのは不適切でしょう。私の分からない所は、私が何故分からないかという事を説明すれば、コルネリウス様も筋道を立てて懇切丁寧に、且つ要点を抑えたものを教えてくれるのです。分からなくても良いから何処がどうしてどう分からないか、ちゃんと質問するのも理解には大切だそうです。


 たとえを使ったり経緯や成り立ちを分かりやすく教えて下さるコルネリウス様は、確かにロルフ様よりずっと教職者に向いているでしょう。お陰で、一人で勉強するより遥かに捗っています。


「術式って基本的に円環の中に情報を詰め込んでるんだけどさ、模様や文字一つ一つに意味があるんだよ。例えばこの部分だけど、この形状が魔力で熱を生み出すんだよ。だから、此処がこの魔術の根幹と言っても差し支えないね」

「つまり、この部分が魔術の中心で、核になっているという事ですか?」

「そうそう。けど、この部分だけでは発動はしないんだよ。核ではあるのは間違いないんだけど、魔術そのものの定義を他で決めてあげないと、この魔術は名付けられた魔術名の効果は発揮しないんだ」


 難しい事は言われているのですが、コルネリウス様も私に分かりやすいように噛み砕いて説明してくれるので、決して分からないという程ではありません。分からなかった所は直ぐに聞けと言われているので疑問点はその都度解決していますし。


 ……ただ、術式の模様とか魔術言語で書かれた単語の意味とかその辺りはひたすら記憶していくしかないという事なので、こればかりはコルネリウス様も一通り教えてはくれますがそれ以上は何も言わないのです。私の記憶力と判断力にかかっているので、繰り返し見て覚えなければ。


「この魔術は此処から繋がるこの部分に制御の意味合いを持たせて、一定の出力を保たせてるんだ。この部分がなければ魔術は発動しないし、したとしても操れるものでもなくなる。此処が魔術の手綱みたいな感じかな」

「制御に失敗したものだと……」

「まあ暴発するね。だから、基本的に今この世界にある魔術は威力や効果を出す事より制御に重きを置いているし、魔力もかなり制御に割いてる。安全性第一だからね」


 古代魔術なんかは威力偏重なんだけどね、と恐らくロルフ様を思い浮かべてはころころと笑うコルネリウス様。


「まあロルフもよくやるよ。下手すれば試作とか検証段階で暴発するのにねえ」

「暴発するのですか!?」

「うん、するする。よく服の裾ボロボロにして真顔で『今日の術式も駄目だった』とか言って帰ってきていたし。最近はちょっと慎重になってるみたいだし、そもそもエルちゃんの事考えるのにも思考を割いてるみたいだから」


 あいつもよくやるよねえ、と笑っているコルネリウス様ですが、笑ってる場合なのですかそれは。


「……怪我とか」

「それは大丈夫、直ぐに相殺させたり防御したりしてるから。まずはと低威力小規模なものから試してるし、そんな危険はないよ」

「……本当にですか?」

「本当に。あれは見た目細身だけど何だかんだ打たれ強いから。ロルフを心配する前に、エルちゃんは自分の事心配しようね」

「うっ……ごめんなさい」


 そうですよね、私がロルフ様の心配するより私は自分の心配をするべきですよね。物覚え、悪いですし……。


「や、そういう意味じゃなくて、もしもの為に覚えられるなら自衛手段を覚えてねって事なんどけど……まあそこは求めるのはきついか。私達が目を光らせてるし、危険もないと思うんだけど……」

「……危険、ですか?」

「何でもないよ。兎に角、魔術は術式の部分の一つ一つに意味があり、それを理解して、漸くその術式を理解するって事なんだ。そう簡単には修得できないよ」

「勉強不足ですみません……」

「エルちゃんは自分を責めないの。ロルフみたいにほいほい覚えて自分で組み立てていけるってのがそもそも普通じゃないからね? 此処は誰もが通る道だから、そんな落ち込まなくても良いよ」


 あれ基準にしてたら殆どの魔導師は食っていけないから、とへらへら笑うコルネリウス様に、改めてロルフ様は並外れた才能と情熱を持ったお方なのだと思い知らされました。


「……取り敢えず、まずは実践でなく勉強から行こう。ええと、まず術式の見方からね。どの魔術も属性によって一定の共通点のある根幹式があるから、そこを覚えれば取り敢えずは大丈夫。複合属性術式はもっと先になるから今は求めないよ。ひとまず、単属性の中でも一つに絞って覚えようか」

「はい、頑張りますっ」


 初日から、とても大変です。けど、魔術を習うというのは、とても楽しく、そしてやっぱり大変な事なのだと、身を以て理解しました。




 コルネリウス様に魔術を教わるようになって、数週間が経ちました。

 当然ですが年月を重ねて修練に励んでいる魔導師のように見て直ぐに術式を理解するなんてのは無理で、本当に地道に書き写しては覚えての繰り返しです。

 コルネリウス様も毎日お時間がある訳でもなく、私も家の事がありますからずっと勉強し続けている訳にもいかず、時間を見つけては教わったり復習したりといった感じですね。


 特段賢い訳でもない、寧ろ物覚えが悪い私は兎に角習った事はひたすらに繰り返して頭に叩き込むしかありません。努力だけなら覚悟すれば幾らでも出来ますので、取り敢えず努力だけは欠かさないようにしています。


「エル」


 そんな訳で最近は寝る前にも復習でずっと本を読んでいるのですが、私の掌を握って横で私の眠りを待っているらしいロルフ様は私の魔術の習得具合が気になるらしくて本を覗き込んだり掌をなぞっていたり。

 もしかしたら、ちょっぴり暇なのかもしれません。ロルフ様も今の時間は空いてるでしょうし、ロルフ様も読書したりすれば良いのに。


「はい、何ですか?」

「魔術の方は、どうだ」

「コルネリウス様に教わっています。まだ使えはしませんけど、少しずつ理解は出来てきました」


 やはり進歩が気になっていたのでしょう。

 ロルフ様も理解が遅いのは嫌でしょうし、私としてははりきって魔術の習得に望んでいます。その結果は目に見えたものはないですが、少しずつ覚えてきてはいるのですよ。

 ……勿論、ロルフ様に比べれば、私の努力なんて本当に小さなものなのでしょうが。


 最近は魔術の事を知るのが楽しくて仕方ありません。とても難しいものだとは理解していますし、私が扱えるかすら分からないのですが……ロルフ様と同じ世界をちょっとでも見る事が出来るようになる、と考えると、やっぱり心は少し弾んでしまいます。

 ロルフ様のお手伝いが出来るとかそんなおこがましい事はとても言えませんが、見守って少しでもしている事を理解出来るようになれたら、と思っていたり。


「そうか。分からない所はないか?」

「今の所ありません。コルネリウス様、教え方がお上手で」

「……そうか」


 予習も大切だとは思うのですが、現段階を完璧に理解した上で進まないと次が理解出来ないのが魔術です。

 なので、私は予習より復習を大切にしています。

 講義前にはまた別に予習もしますけど、魔術書を見て変に私の少ない知識で理解しようとして先入観を持ってしまうより、コルネリウス様に最初から教えて頂く方が効率が良かったりします。


 今習っている所で分からない部分はありませんし、予習するより今まで覚えた事を忘れてしまわないに刻み続ける方を最優先。直ぐに思い浮かべられるようになるまでは、繰り返し刻み込むのです。


 基本ぽやーっとしてると言われる私が此処まで理解出来ているのも、ひとえにコルネリウス様のお陰ですね。コルネリウス様は本当に教え方が上手いというか、此方の知的好奇心を擽りつつ思考を導いて下さるので、とても学びやすいし覚えやすい。

 今度お礼にコルネリウス様のお好きなものをお作りしなくては。……ロルフ様に聞いたら分かるでしょうか?


「ロルフ様、コルネリウス様のお好きな食べ物って御存知でしょうか」

「……何故兄上の好きな食べ物なんだ?」

「ご自身の時間を割いてまで懇切丁寧に教えて下さるから、お礼がしたくて。私が自由に使えるお金はないので、せめて好きな食事でも……と」


 ロルフ様から少し強張った声が返ってきて首を傾げそうになりましたが、事情を隠す必要もないとちゃんとロルフ様には説明しておきたいです。


 コルネリウス様が何でこんなにも親身になって教えて下さるのかは分からないのですが、少なくともかなり面倒見の良い方なのは分かります。私なんかが出来るお礼なんてたかが知れてますけど、感謝の気持ちは表したいのです。


「……兄上は……牛肉の赤ワイン煮込みだな」

「分かりました。じゃあ今度お作りしなくては」

「……あれは酸味があるから好きじゃない」

「じゃあロルフ様だけクリームシチュー作りますから。……何でそんな不満そうな顔しているのですか? クリームシチュー、お好きですよね?」


 ロルフ様がほんのり不服そうなお顔をしていたのですが、毎週のとは別にクリームシチュー作るから、ロルフ様も喜んでくれると思ったのですが。


「クリームシチュー、飽きてしまわれましたか……?」

「そんな事はない。お前のクリームシチューは好きだ」

「ありがとうございます。美味しいの作りますね」


 ロルフ様とコルネリウス様同時に喜んで頂けるなら、腕を振るうのにも断然やる気が違います。


 最近は魔術を習っているので生活にもちょっと張りが出て来て、毎日が楽しいのです。お二人には、本当に感謝しているのですよ。

 その気持ちを上手く表現出来たら良いのですけど。


 クリームシチューと聞いたロルフ様は少し顔を綻ばせたのですが、何故だか、いつもより……複雑そうと言うか、何か思う所があるみたいです。どうかしたのでしょうか、理由を聞いてみても答えてくれませんし……。

 もしかしたら、私の魔術の知識について不安なのかもしれません。コルネリウス様に迷惑をかけてるとか思われてないでしょうか。なるべく物分かりの良い子である為に必死なのですが……。


「大丈夫ですよロルフ様、魔術はコルネリウス様に迷惑はかけない程度に頑張ってますから。出来るようになったらロルフ様にもお見せしますね」


 まあ使えるかは分からないのですが、と眉を下げて笑ってみるのですが、反応は今一つと言うか……。


「ロルフ様?」

「……いや、何でもない」


 何だか歯切れの悪いロルフ様。

 私が何かしてしまったのでしょうか。別に特にロルフ様の気分を害するような事をした覚えはないのですが……強いて言うなら、寝る前の復習をしたくらいですし。


 ……あ、ロルフ様、明日もお仕事ですよね……ならゆっくり休みたいでしょうし、私が本を読んでいては灯りも消せませんよね。


「あ、眠いですか? ごめんなさい、照明消しますね」


 気付けばもう日付が変わろうとしていました。本に夢中で、時間の経過を忘れてしまっていたようです。

 普段ならそろそろ横になっている時間帯なので、ロルフ様ももう寝たかったのかもしれません。微妙に瞳が細まってますし、心なしか表情に精彩がないというか、何だかぼんやりとしてるような、それでいてちょっと不機嫌そうな。

 睡眠のお邪魔をしていたなら、申し訳ないです。


 本に栞を挟んで閉じ、サイドテーブルに置いて照明に手を伸ばして明かりを消すと、窓から月明かりが差し込むだけの部屋に様変わりです。窓際に置いた、昔ロルフ様から頂いたお花を植えた植木鉢、その花は何故か未だに元気に咲き誇っては淡い月明かりに照されひっそりと佇んでいました。


「おやすみなさい、ロルフ様」


 横になると、ロルフ様も静かに横になっては私の事を抱き寄せてきます。……温かくて心地好くてどきどきするけど、それより、密着した場所から何となくロルフ様の魔力が伝わっている気がして、色々気になってきたり。


 ロルフ様はどれだけ魔力が増えて、どんな魔術が使えるのでしょうか。今度お時間がある時に、聞いてみましょうか。ロルフ様の魔術をちゃんと理解する為にも、もっと勉強しなくては。


 その為にももう一度頭の中で復習を、と先程まで叩き込んでいた本の内容を思い出しては静かに思考を巡らせる私に、ロルフ様はただ無言で、いつもより強く私の事を抱き寄せた、気がしました。

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