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旦那様には向き不向きがあるそうです

 善は急げという事で、翌日から早速コルネリウス様に魔術を習う事になりました。ちゃんとブイヨンは仕込んであるので夕食は約束のクリームシチューもばっちり作れます、これで心置きなく魔術の勉強に集中出来るというものです。


 コルネリウス様にお時間を頂き、私はコルネリウス様と向かい合う形で机に向かっています。机の上には、数冊の本。それぞれ教本と魔術言語の辞書と魔術基礎と書かれたもので、初心者向けのものをコルネリウス様が持ってきてくれたのです。


「本当に私で良かったのかい?」

「良かったも何も、ロルフ様はお仕事ですし……」


 コルネリウス様は気遣うように此方を見ているのですが、肝心のロルフ様はお仕事に行ってしまわれて家には居ません。それに、お休みに時間を割いて貰うのも、悪いですし。

 ……あ、いえ、コルネリウス様なら時間を貰っても良いという訳じゃないのですが、その……コルネリウス様は基本的に部屋にこもりっぱなしなので、つい。


「ロルフならエルちゃんが望めば仕事が終わってからでも教えてくれるよ」

「そんな事をしてしまえばロルフ様の休む時間が少なくなってしまいます。私に時間を割いて貰うのも悪いですから」

「まあその点私は暇なんだけどさあ」

「ご、ごめんなさい……付き合って頂いて」

「いやいや良いよ。どうせ時間はあったし、有意義な事に使いたいからね」


 だから気にしなくて良いよ、と微笑むコルネリウス様には感謝しかありません。わざわざ何にも分からない素人同然の小娘の面倒を見て下さるなんて……本当にありがたい限りです。


 ……でも、本当に良いのでしょうか。コルネリウス様、いつも家に居ますし……お仕事とか、どうなっているのでしょうか。コルネリウス様のしている事は知らないので、何とも言えないのですが。


「……お仕事はしなくて良いのですか?」

「ん、良いの良いの。というか仕事してない訳じゃないからね?」

「えっ」

「はは。一応魔術書の執筆とか、あと薬作って店に卸したりはしてるよ」


 これでも結構有名なんだよ、とのほほんとした笑みのコルネリウス様に、瞳をしばたかせます。

 確かにコルネリウス様は薬学にも造詣が深いとは伺っていたのですが、お店に出せる程の薬を作れるなんて。挫いた脚に塗ったあのお薬の効果からして、コルネリウス様の腕は確かでしょう。


「まあ、ロルフのように働きに出ている訳じゃなくて家でしてるんだよね。私の部屋の奥にアトリエがあるんだよ。まあ魔導師らしくはないけどね」

「そうなのですか……アマーリエ様が引きこもってるって言ってたから何をしているか不安でしたけど、そうだったのですね」

「母上はエルちゃんに何を吹き込んでるのかなほんと」


 頬を微妙に強張らせるコルネリウス様ですが、コルネリウス様が思う程酷い言葉は言われていませんよ。ロルフ様とは違う意味での引きこもりで、ロルフ様より社交性は高いけど研究に没頭しやすい、と仰ってました。それから、思い立ったら行動するのは兄弟そっくりだとも。


 大丈夫ですよ、とやんわり微笑むと、安心したというよりは諦めたように吐息を一つ。


「……まあ良いや。兎に角、魔術の練習だったね。……にしても、ロルフも無茶言うねえ。魔術に触れた事のないエルちゃんに魔術を使えってのも難しいよ」

「頑張るって言ってしまいましたし、頑張ります」


 ロルフ様が魔術を、と私に期待して望んだのですから、私もその期待に応えたいと思っています。魔術に憧れがなかったと言えば嘘になりますし、たとえ魔術が使えなかったとしても、知識が役立つ事もあるでしょう。

 魔導師の嫁として嫁いできたのですから、本来魔術の知識くらい身に付けておかねばならなかったのです。魔導師を妻に出来なかったのですから、せめて、知識くらいは。


「ほんとに健気だねえ。ロルフが気付かないのが勿体ない」

「……健気ではありませんし、ロルフ様は知らなくても良いです。ロルフ様の為に頑張りますって、押し付けがましいじゃないですか」

「この間の気にしてるねエルちゃん。ロルフにとって、エルちゃんは特別だと思うのに」


 コルネリウス様の慰めも、私にとっては響くものではありません。

 ……たとえ特別であっても、それが、私に対しての特別じゃなくて、増幅能力を宿したこの体に対しての特別なのですから。ロルフ様は優しい方なので決して物のように扱ったりはしませんが、どうしても、この力を求めて触れてきますし。


「それは理解しています。……この力があって、お側に置いて頂けるのですから」

「や、あの、そういう意味じゃないんだけどな……」

「都合よく考えて自惚れたくないです。……コルネリウス様、始めましょうか」

「……ロルフもロルフならエルちゃんもエルちゃんなんだよなあ……」


 コルネリウス様の溜め息のような呟きは、曖昧に微笑んで流してしまいました。




「取り敢えず初歩の初歩からね」


 そして始まった、魔術の講義。

 講師はコルネリウス様、生徒は私一人。物事を教えて貰うにはとても贅沢な環境です。それも、優秀な魔導師とお聞きしているコルネリウス様に手ずから教えて頂けるのですから。


 パラリと魔術言語の辞書を捲りながら、ロルフ様に与えられた術式を解読しようと紙と辞書を見比べていると……コルネリウス様は、ひょいと私から術式の書かれた紙を摘まみ上げるのです。

 そして、書かれた円環に視線を走らせては眉を寄せて難しい顔。


「……ロルフあんにゃろ、何でこの術式なのかな」

「駄目なのですか?」

「ああいや、うちの本にあるやつではかなり簡単な部類だし此処が入門なんだけどね……流石に魔術の名家の入門と、本当に何も知らない人間の入門はちょっと違うというか」


 ちょっとこれではエルちゃんにはきついかな、と何とも言えない表情でそっと嘆息するコルネリウス様。

 私が普段から勤勉であったなら、このような事にはならなかったのでしょうか……と思ったものの、私の表情で思考に気付いたコルネリウス様は「違う違う」と手をひらりと振ります。


「基準が高すぎるんだよ、ロルフ。自分が出来るから、それを相手に求めるきらいがあるというか。まあそれは相手を認めているからっていう期待の裏返しでもあるんだけど。兎に角エルちゃんにはまだ早いかな」

「そうですか……ロルフ様のご期待には沿えないのですね……」

「古代魔術ばかり追い求めて、相手に教えるって事分かってないんだからなあ」


 魔導師としてはすこぶる優秀なんだけど、教師としては失格かな、というのがコルネリウス様が下したロルフ様への評価です。

 辛辣な評価だとは思うのですが、失礼ながらロルフ様は人に教えるのは向いてなさそうなのは確かだと思ってしまうので、否定は出来ません。ロルフ様は一人で黙々と研究に取り組むのが性に合っているみたいなので……。


 魔術の真髄を追い求め、古代魔術に手を伸ばし会得しようとするロルフ様は、孤高かもしれませんね。でも、そんなロルフ様が、私は好きなのです。そりゃあ、此方を見てくれたら、とは思うのですが……我が儘ですから。


「追い求めるロマンがあるのは素晴らしいと思いますよ」

「追い求め過ぎて、他を全部切り捨てる癖があるのは良くないだろう」


 あれだから人嫌いのままだし本質を人に誤解されるんだ、と嘆くコルネリウス様。


「……まあ良い。取り敢えず、反応を見るだけなら私にでも出来る。ひとまず術式を覚える事からだね」

「はい」

「ああ、ロルフのそれは一旦置いといてね。取り敢えずは、これ」


 頷いてコルネリウス様から、ロルフ様の用意した術式の書かれた紙を返してもらおうと思ったのですが……コルネリウス様はそれを直接は手に返さず、私から遠ざけるように机の端に置くのです。

 その代わりだというように渡された、というより見せられたのは、ロルフ様のものとは違う術式です。先程の物より、円環の中身が少ないというか、簡素なものになっている気がします。


「これは?」

「本当に影響の軽い魔術だよ。これは、そうだね……コップに入った水を温かくするくらいの魔術? いきなり炎とか氷出せって難しいだろう」

「そりゃあ……」


 魔術といえば何もないところから水や炎を出したりするのを想像してしまいますが、そこまで辿り着くのにとても時間がかかるというのは聞き及んでいるので、初心者の中の初心者である私がそんな事短期間で出来るとは思っていません。

 恐らくロルフ様やコルネリウス様にとっては朝飯前なのだろうな、と思うのですが、私にとってはまず出来ない事です。


「ロルフが憧れる敵を一掃する魔術、みたいなのは本当にお伽噺なんだよ。普通はあんなの出来っこないね。魔術って一般人が思うよりも威力出ないし、物語に出てくるような威力なんて易々と出る筈がないんだ」


 こればかりは刷り込まれたイメージのせいだね、と困ったような、呆れたような表情で頬を掻くのは現魔導師であるコルネリウス様。


 ……ロルフ様も言っていましたが、物語に出てくるような魔術はその辺りには転がっていないそうなのです。

 だからこそ、ロルフ様はあんなにも瞳を輝かせて、自分の好奇心と探求欲と情熱のままに古代魔術を追い求めるのでしょう。


「……コルネリウス様は、夢物語だと思っているのですか?」

「いーや? まあ無謀だとは思うけど、ロルフなら案外やってくれるんじゃないかなーって」

「そうですか……」

「どうしてエルちゃんがほっとしてるんだい」

「いえ、ロルフ様があんなにきらきらしてるのに、否定されるのは嫌ですから」


 ……コルネリウス様まで、否定したりしなくて良かった。ホルスト様だけじゃなくてコルネリウス様にも否定されたら、とても悲しいです。

 だって、身内が皆無理だってよってたかって言うのは、辛いと思いますよ。私だって、家族に否定された時は本当に辛かったのですから。ロルフ様の場合は、アマーリエ様がどう思っているのかは分かりませんけど……。


 胸を撫で下ろした私なのですが、ふと視線の質が変わったような気がしてコルネリウス様を見上げると、コルネリウス様は何だかにやっとしたような、からかう時に浮かべる笑みで。


「……ほんと、エルちゃんってロルフ大好きだよねえ」


 染々とした呟きに固まった私に、コルネリウス様は更ににやにや。


「そんなに好きなの?」

「ぁ、う……」


 ……すき、という音の二文字を出すのに、私はどれだけ空気を使えば良いのでしょうか。コルネリウス様の親しげ且つ愉快そうな視線に返事をしたくても、口からは息が零れるばかりで言葉として纏まって出てこないのです。

 ロルフ様を好き、なのは、事実です。ただ、人前で、言葉に出すのは……恥ずかしい、です。ロルフ様にだって、言った事ないのに。……いえ、言うつもりなんて、ないですけど。迷惑になってしまいます。


「からかいすぎたね、ごめんごめん。答えなくて良いよ、見てたら分かるから」

「……う」

「そんな顔真っ赤にして。エルちゃんは可愛いねえ」

「か、からかわないで下さい……」


 コルネリウス様は私が思うよりもずっとしっかりしていらっしゃるのですが、甘い言葉を囁くのは健在のようです。しかも割と本気っぽいのが質が悪いと言いますか、にこにこしながら囁かれるとちょっと心臓に悪いです。

 それでもときめきを覚えるという事はなくて、やっぱり私はロルフ様が一番だな、という事実を胸に突き付けられるのですが。


「まあこれくらいにしておいて、授業始めようか。それともクールダウンの時間要る?」

「い、いえ、平気です!」

「そう? それなら良かった。でも頭しっかり冷やしてないと、ついてこれないと思うから頑張ってね」


 にっこりと微笑むコルネリウス様の目は本気で、……これは案外コルネリウス様の方がきっちり教え込む気満々なのでは……と頬がひくりと動いてしまいました。

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