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旦那様の色褪せない夢

 足を捻って数日、ロルフ様の甲斐甲斐しいお世話(という名のほぼ軟禁)とコルネリウス様の調合した薬の効果で、すっかり足の痛みも引いていました。

 コルネリウス様は魔術もそうですが薬学にも長けているそうで、痛みを引かせたり自己治癒促進のお薬を作っては私に下さるのです。……私に塗ろうとしたらロルフ様に奪い取られていて、何だかにやにやしてましたけど。


 そんな訳で、暫く安静にさせられていると、もう歩いても痛みは出なくなりました。走るのはちょっとまだ無理でしょうが、日常生活を営むには不足がない程度には治っております。

 それもお二方のお陰なので、本当に感謝ばかり。ロルフ様なんてお仕事を休んでまで私の事を気にかけて下さいましたし……。


「もう脚は良いのか」

「はい、ばっちりです」

「それなら良かった。これでシチューも作れるな」


 ベッドの縁に腰掛けて脚をぷらぷらとしても平然とする私を見て、安堵したように大きく息を吐いたロルフ様。


 ……そういえば此処数日は立てすらしませんでしたし(ロルフ様に止められて)、キッチンに立つ事もなかったのですよね。クリームシチューを作る曜日は大体決まっているのですが、今回ばかりは過ぎてしまいました。

 本当にクリームシチュー好きですよね……安定のロルフ様です。


 でも、食べたかったならアマーリエ様に作って貰えば良かったのでは。人参だって、アマーリエ様に直接頼めば小さく切ってくれるでしょうに。


「では明日はクリームシチューにしますね」

「ああ、そうしてくれ」


 でも、私にクリームシチューを作って貰いたがったとか考えたら嬉しいので、聞いておかない事にします。まさかとは思いますが、私のクリームシチューを食べたがっていた、なんてね。そんなの思い上がりでしょうし。


 どちらにせよ喜んでくれるなら良いか、と納得しておいて、明日は感謝も込めてロルフ様の好きな角切りベーコン入りにしよう、と決めては一人ほっこりとしていたのですが、ふと感じるロルフ様の視線。

 ……ちゃんとクリームシチューは作りますよ?


「どうかしましたか?」

「……いや。明日から仕事だな、と」


 私の怪我が治ったと改めて感じたらしいロルフ様。……本当に珍しく、私のせいでお休みを纏めて取っていたのですが、私が治れば当たり前ですがロルフ様は職場復帰です。復帰という割には居なかった時間が短いですし単なるお休みなのですけど。


「良かったですね、ロルフ様お仕事好きでしょう?」

「それもそうなのだが……」


 何故か歯切れの悪いロルフ様。


「いや、良い。クリームシチューが楽しみだ」

「はい、お仕事頑張って下さい」

「当たり前だ」


 けれど、その胸の奥の言葉は外に出す事はなかったらしく、そのまま何事もないように頷くのです。

 ロルフ様が、何を望んでいるのか……私には分かりませんし、何が言いたかったのかも分かりません。だから、私はロルフ様が好きなクリームシチューを作って帰宅を待つ事しか出来ないのです。


 ……そっか、ロルフ様、明日から仕事に戻るのですね。

 少し、寂しいです。ロルフ様、お仕事忙しいから、帰るのもまだ遅いですし。……研究所で、何をしているのでしょうか。


「……気になったのですが、ロルフ様のお仕事は研究所に勤める事ですよね」

「そうだな」

「何をしていらっしゃるのですか? お恥ずかしながら、私は魔術に詳しくないですし……」


 お仕事がお忙しいのは理解しているのですが、私は魔術に明るくはありません。それに研究所でしている事は聞いた事がないので、ロルフ様の業務内容はさっぱり分かりません。何をしているのか、何の為にあんなに忙しそうなのか、これっぽっちも理解していないのです。


 これは妻としてどうなのかと思って、けど機密事項もあるかとも思って駄目元で聞いてみたのですが、ロルフ様はただ意外そうに瞬き。興味があったのか、とでも言いたげです。


「そうだな……部門や班によって分かれるが、私は古代魔術を再現する事を目的としているな」

「古代の魔術、ですか……?」

「そうだ。今の魔術は体系化された技術だ。ある程度の魔力があり、研鑽を積めば修得出来るものだ。そう難しくはない」


 いえロルフ様、魔導師になるのって凄く難しいですからね? 才能ある人がかなり努力して、なれるものですよね?


「極論、言い方は悪いが魔力と努力でどうにかなるものだ。流石に魔力なしではなれないが、魔導師などある程度あれば魔力が少なかろうとなれるのだ」

「で、でも、魔力が少なくて、満足に魔術を使えなかったら……それは魔導師と呼べるのですか?」

「それなのだが、そもそも魔導師と言っても全員が戦闘分野を得意としている訳ではない。治癒術や生産魔術に特化している者も居る。お前は戦えなければ魔導師でないと思うか?」

「いえ……」


 戦わなかったら魔導師ではない、なんて思いません。

 世の中には治癒系統の魔術……つまり光属性の魔術を使える、通称治癒術師も、極稀に居ます。その人達は魔導師よりも重宝されますし、人を癒すという別の活動をするのです。

 治癒術は奇跡の所業とも呼ばれ、一説にもよれば腕が切れても繋ぎ直せる程だとか。


 ……残念ながら、私には縁がなかったですけど。

 もし、側に治癒術師が居たら、この傷は残らなかったのか、なんて思ってしまいますけど……今更ですから。


「治癒術が使えるなら立派な魔導師だし、実際魔導師の平均魔力を大幅に下回った治癒術師も居る。攻撃魔術を扱う戦闘系の魔導師は魔導師の花形だが、それだけではないのだ。お前も魔導師と言えば戦闘職を思い浮かべるのだろうが……」

「そうですね……私と、魔導師は戦う人を思い浮かべます。今ではロルフ様のような研究ばかりしている人というイメージですが」

「まあ一般的に憧れる魔導師は魔術を繰り敵を殲滅するような魔導師だろうな」


 身近に居るロルフ様が強烈すぎて、私にとっては魔導師はロルフ様のような人のイメージで固定されてしまいましたが、世間一般では魔物を退治するような勇敢な人なのが魔導師です。

 魔術はそれだけ強く、そして恐ろしいものだと認識しているからこそ、恐れ敬うのです。


 魔導師はなりたいと思う人が多い反面、避ける人が居るのも事実です。弱い魔力ならまだしも、魔導師になれる程の強さがあるなら、忌避感も強いでしょう。

 私は、魔導師は怖くないですけど。


「無論、魔力はあった方が良いし魔導師になりやすいが、それだけではない。どれだけ魔力を的確に扱えるか、それこそが本来魔導師に求められる者だ。その名の通りな」


 魔力を導く者、それが魔導師だ。

 そう言い切ったロルフ様。こほんと咳払いしては私の理解度を見るべくじっと此方を見てきて、私も思わず同じように真っ直ぐ視線を返すと頭をぽん、と軽く叩かれました。


「論点がずれてしまったな。それで、今の魔術は技術として確立されたものだ。言い方を変えれば、ある程度の才があれば学べば誰にでも使える。無論そこにも魔力量の関係で扱える扱えない、向き不向きはあるのだが、それは一旦置いておこう」


 そう言えばお前の魔力で何か魔術が使えるのか試してみないとな、と呟くロルフ様に、私は曖昧に笑うしかありません。

 魔導師になれる程私に魔力もないですし、魔術自体使えるか危ういです。練習した事もないですし、この魔力を増やす性質で魔術を扱えるのでしょうか。


「誰にでも扱える、というのは素晴らしい事だ。魔術の普及にも繋がっている。それの欠点と利点は今は良い。……私が目指しているのは、もっと限りある者のみが扱える魔術だ」

「限りある魔術、ですか」


 そう言われても、ピンと来ないというか……そもそも魔術自体この目で見る事が殆どなかったので、いまいち違いが理解出来ません。


「ロルフ様は、優れた魔導師とお聞きしています。使えない魔術があるのですか?」

「あるな。たとえば一子相伝の物は不可能だ。代々家に伝わる魔術なんかは私には使いようがない。無論、我が家にもそのような魔術はあるし使えはするが」

「そんなものがあるのですか?」

「我が家はそれなりに魔術の名家だぞ、一族秘伝の魔術はある、が……私が使って良いものかは、悩むな」

「駄目なのですか?」

「本来嫡子にのみ相伝されるものなのだが……兄上が居るからな。本来跡取りは兄上なのだが、私が先に結婚してしまったからな……兄上は女好きだが、一線は基本的に越えない。というかそんな事をすれば父上がキレるな、子種をその辺に撒き散らされても困るからな」


 ……ろ、ロルフ様、平然と言ってますけど、つまり……ええと、コルネリウス様は女性好きでも肉体関係にまでは及ばない、という事なのでしょうか。……失礼ながら、思ったよりもしっかりしていらっしゃるというか。


「まあ特定の相手が居ないのだ、兄上には。それに……まだ、母上達には言っていないが、私は既に兄上より余程魔力を持っているから……この家を継ぐのは私になるかもしれないな」

「あ……」


 何て事のないように言うロルフ様ですが、そこで今の状態の不安定さを思い知らされるのです。


 本来家を継ぐ嫡子はコルネリウス様。ですが、先に結婚してしまったのはロルフ様です。普通私が宛がわれるのはコルネリウス様だったでしょうに、私はアマーリエ様達にロルフ様と、という事で結婚しましたし……。

 つまり先に結婚してしまったのは弟のロルフ様、という事になります。


 そして、これは想定外だったでしょうが、ロルフ様は私の魔力と上手く噛み合ったというか私がロルフ様をお慕いしているからなのか、魔力が増幅して。

 今ではロルフ様曰く、コルネリウス様よりも魔力がある、そうです。


 基本的に、魔導師の名家の跡取りは長男という選びではなく、能力がある人間を重視する、という事で……本来はコルネリウス様だったのに、私のせいでロルフ様になる可能性がある、という事、に。

 ……もし、コルネリウス様が家を継ぐ事を望まれていたら……。


「……私、コルネリウス様に恨まれたりしていないでしょうか」

「何故だ? 寧ろ感謝されているくらいだぞ?」

「え?」

「兄上は堅苦しい事や礼儀作法が苦手らしくてな。名家ともあれば色々他家への関係性がややこしかったりするのだ。だから、このままロルフが跡取りになれば私は自由だ、と。早く子供を産んで跡取りを作ってくれとすら言われたぞ」

「……コルネリウス様……」


 ……コルネリウス様らしいというか、最後余計な事吹き込まないで下さい。興味本意でそんな事ロルフ様に言われた日には色々と立ち直れません。


「まあ、兄上はそういう人だから、お前が気にする事はない」


 私が凹んだ事に気付いたロルフ様はまたぽんぽんと頭を撫でます。

 これがロルフ様なりの気遣いや宥め方だと気付いたのは、最近の事。


「まあそんな訳で跡取りは置いておき、一子相伝の秘術だが、私が知ってしまっているのだ」

「えっ」

「……子供の好奇心とは怖いものだな。父上の書斎に隠されていた本を見付けて、つい……」

「……読んでしまったと」

「エル。隠された如何にもという本があったなら、読んでしまうだろう? 強そうな魔術があったなら使えるようにこっそり覚えて特訓してしまうものだろう?」


 多分それはロルフ様だけです。


「……それ、ホルスト様知っているのですか」

「見付かったら半殺し、こほん、とてもお説教されるだろうから黙っておいたぞ、うん」


 目を逸らすロルフ様。心なしか、うっすらと額に汗を掻いていらっしゃいます。……それが冷や汗なのは、言うまでもありません。


 私にとってホルスト様は優しい笑顔を絶やさない方なのですが、ロルフ様にとってはそうでないみたいです。アマーリエ様が怒ったら怖いというのはロルフ様から聞いていたのですが、ホルスト様も怒ったら怖いのでしょうか。

 ……怒る姿が想像出来ません、いつもにこにこしていらっしゃるのに。 


「……おっと、話がまたもずれてしまったな」


 今のは誤魔化しましたよねロルフ様。


「それで、だ。私が目指すのは、今ある魔術が確立される前、もっと前の時代の魔術だ。既に消えてしまったものが多く、残されているものも不完全なものばかりだが……手掛かりはそこにある」

「……それを復活させるのですか?」

「ああ。古代魔術は技術として確立される前のもので、威力も高いものだ。その分消費も激しかったり何かしら脆弱な点もあったりするが。今の魔術は汎用性を持たせているが故に、古代のものと比べると威力はなく安定性があるといった利点もある。そう考えると一子相伝の魔術とは古代魔術に近いな。……正直その辺りの魔術など全て覚えているから、私は古代魔術を完全な形に整えて、その上で習得したいのだ」


 さらりと凄い事を言ったロルフ様。研究の事になると饒舌なのはいつもの事ですが……それにしても、今日は、やけに熱がこもっています。

 私を見つめる瞳は、きらきらと輝いていて……まるで、無垢な子供のようで。魔術が好きで好きで仕方ない、というのは、ひしひしと伝わってきました。


「何故、古代魔術に拘るのですか?」


 そして、浮かんだ疑問。


 そもそも、何故、ロルフ様はそんなにも古代魔術を習得したいのでしょうか。饒舌っぷりや瞳の輝きが、いつもと違うのです。並々ならぬ熱意を注いでいるのは間違いないでしょう。


 私が知りたいのは、どうしてそんな思いを抱く事になったか、です。きっかけや理由もなしに、子供のような純真な瞳で語る事なんてないと思います。きっと、強い理由があるからこそ、あんな眼差しを見せてくれたのです。


「……馬鹿にしないか?」

「何でですか、しません」


 ロルフ様は少しだけ疑るような眼差しでしたが、真っ直ぐに見詰め直すと少しだけ頬を掻き、小さな声で話し出します。


「……私は昔、母上によく物語を読み聞かせられていたのだ」

「物語を、ですか?」

「ああ、と言ってもまあよくある話なのだが。魔王に囚われられた姫を助けに勇者一行が敵地に乗り込んで魔王を退治して姫を奪還するお話を、な」


 それは、この国でよく読まれる物語。

 ある国に可愛らしいお姫様が居て、その美貌に眩んだ魔王がお姫様を誘拐するのです。お姫様を助け出す為に、勇者とその一行はお姫様の囚われる城に向かって冒険する、というお話です。因みにお姫様は無事に助け出されて勇者様と結婚したり。


 割と有名でしたし、ハッピーエンドという事で子供の人気も高かったりします。昔から読まれているものなので、本自体も沢山ありその本は安価で売っていたりします。その本で文字を学んだりする事も多いですし。


 この物語が、きっかけ?


「……もしかして、お姫様を助けた勇者に憧れて……?」

「いや、違う」


 いとも容易く予想が否定されて、思わずかくっと項垂れたのですが、ロルフ様は少しだけ苦笑しては話を続けます。


「お前も知っているかもしれないな。姫は勇者に助けられるのだが、姫の囚われた城にいく途中に深く暗い森があってな。そこで魔物が沢山襲ってくるんだ」

「……昔読んだきりですから何ともですが……確かそんな展開がありましたね」

「そこを通る時に、勇者一行の中の魔法使い……まあ今でいう魔導師だな。その魔法使いが、とても凄い魔法を使って敵を殲滅するんだ。そりゃあもう一網打尽だぞ。一発で敵を蹴散らしたのだ。凄いと思わないか? 沢山の魔物を魔法一つで一蹴したのだぞ? 今そんな魔導師は居ないのだ、物語とはいえ凄いと思わないか?」


 徐々に熱くなる語り口。……ロルフ様は、その魔法使いに夢を見たのですね。


「私はその物語の魔法使いに憧れてな。母上に聞いてみれば、その魔法は今では古代魔術と呼ばれる分類の物だったのだ。とても興奮したのだ、実際にそんな魔術が存在したのだ、と考えたら心躍った。そうなれば私も使ってみたいと思うのは当然の流れだろう?」

「そう、ですね。憧れたら、そう思うと思います」

「父上に言えば笑われたがな。そんな事不可能だ、と。子供の夢を容易く打ち砕こうとする父上もどうかと思うのだ。要らぬ所で現実主義の父上には子供心ながら失望したぞ」


 無邪気に笑むように表情を緩めていたロルフ様ですが、一点、不貞腐れたように眉を寄せてはやれやれといった表情に。

 余程その時の事が嫌だったらしく、むすっとした無愛想な表情になっていて、苛立ちを抑えるように側にあった私の手をぷにぷに。少し触っていたら落ち着いたらしく、元の表情に戻っては肩を竦めます。

 手は、繋がれたままです。


「父上には否定された。今でも数々の人間に陰で馬鹿にされる。……だが、私はそうは思わなかった。昔の人間が出来たなら、今の人間が出来ない筈がないだろう。試す前から諦める方がおかしいのだ。大人に否定されたから諦めるなど馬鹿馬鹿しい、やってみなければ分からないだろう」


 それは、純粋な闘志であり、否定された事への憤りでした。当時は、とても悔しかったのでしょう。ホルスト様に否定されて、周りの人にも無謀だと笑われて、悔しい思いを飲んできた、筈。

 そしてそれは、研究意欲となって、前向きな形で注ぎ入れられた。恨む事で吐き出すのではなく、自身を動かす燃料として、綺麗な形で取り入れたのでしょう。


「私は、その否定を否定したいのだ。出来ない筈がない、叶わない訳がない、と。私は笑った誰もを見返したいのだ、お前達が諦めた可能性にだって芽が出て花咲かせるのだ、と」


 眩しい程に真っ直ぐ、そして凛とした表情。……ああ、だからこそこんなにもロルフ様は頑張ってるんだ、と思い知ったのと同時に、胸がじわりと熱くなります。

 誰に何と言われようと挫ける事なく前を見据え続けるロルフ様は、本当に、私には眩しくて、その光に焼け焦げてしまいそう。私には、絶対に出来ないからこそ……こんなにも、胸が感動に打ち震えるのです。


 純粋な志に、私は改めてロルフ様という個人に敬意を抱きました。私には勿体ない程、強く気高い旦那様。


「……愚かか?」

「いえ。……本当に、凄い、です」


 繋がったままの掌に、そっともう片手の掌を添えて、ロルフ様の掌を包むように、触れます。

 私は上手く、この思いを言葉に出来ません。だから、ただ凄いとしか言えない自分の表現力が、悔しい。もっとちゃんと、言葉に出来たなら、ロルフ様の事を励まして応援出来たのに。


 ただロルフ様の掌を包むしか出来ない私に、ロルフ様は目を瞠って……それから、少し嬉しそうに口許を綻ばせました。ロルフ様がそっと目尻に手を伸ばして指が掠めて行くと、仄かに湿った指先が見えて……。

 ……何で、泣いてしまったのでしょうか。感極まったから、涙が出たのでしょうか。


「……そういう反応をされたのは初めてだ。ありがとう、エル」

「い、いえ、私は何もしてませんし……」

「古代魔術が再現出来たら、いの一番にお前に見せると約束する。お前に一番最初に見せたい」


 いつになるか分からないがな、と柔らかく微笑んだロルフ様に、また胸が熱くなります。……また一つ、好きになったんだ、と自覚して。


「……待ってます、ずっと」

「ああ、楽しみにしておいてくれ」


 そうやって屈託なく微笑んだロルフ様に、私も静かに微笑み返しました。

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