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旦那様は膝枕をご所望です

 私の為に数日お休みを取って下さったらしいロルフ様なのですが、本当に私の介護というか看病というか補助というか、脚に負担を掛けてはならない私の脚代わりになる、みたいです。


 基本的に側に居てくれて触れ方は優しいし、かなり気遣われています。

 捻った部分は薬液を染み込ませた布と包帯で固定しているのですが、それを取り替える時は跪かれるので私が落ち着きません。私が立てるべきである旦那様に事もあろうか跪かせるなんて……。


 その上、移動する時は一人で歩けると主張しても許してくれなくて、お姫様抱っこ搬送されるからもう恥ずかしくて仕方ないのです。ロルフ様に抱えられて食卓に現れた時のアマーリエ様達の顔といったら。

 ……最初の登場の後、にやにやしたコルネリウス様に凄くからかわれたんですからね。コルネリウス様は意地悪ですっ。


 そのような感じで恐れ多くもロルフ様に甲斐甲斐しく生活のお手伝いをして貰って一日経ちましたが、やはり足の痛みは引きません。

 勿論、初日よりは痛みが軟化したのですけど、それでも足首を動かしたり体重を掛けたりすると痛い。筋を痛めてしまったみたいで、少し回復には時間が掛かるそうです。


 今無理をして変な癖を付けてしまうと再発しやすいそうなので、安静にしておきなさいとアマーリエ様にも厳命されたので、されるがままなのですが……されるがままではならない事もそろそろあると思うのです。


「あ、あのですねロルフ様、手は無事ですし自分で食べられますので」


 そう、食事の補助は要らないと思うのですよロルフ様。


 隣に座っては小鳥に餌を与えるようにご飯を口に運ぶロルフ様です。もう手に力も入りますし胃も回復してきたので普通にご飯は食べられるのに、ロルフ様はまだ私にご飯を食べさせようとするのです。

 ロルフ様は末っ子だからか、世話を人にして貰う事はあれど世話をするという経験がないらしく……この補助が案外気に入っているらしくて、率先してしようとするというか。……滅茶苦茶、恥ずかしいのに。


「そうか? 兄上が食べさせてやると良いと」

「……コルネリウス様」


 原因はあなたですか、コルネリウス様。

 正面に座って親鳥雛鳥の関係になっている私達を微笑ましそうに、いえ愉快そうに眺めていたコルネリウス様を少し眉を寄せながら見て抗議するのですが、本人は何処吹く風といった様子です。


 コルネリウス様は私達の仲をもっと円滑で円満なものにしたいらしいのですが、その為のロルフ様への入れ知恵(と言って良いのですかね)は接触させたり変な事だったりするのです。……あーんもコルネリウス様の余計な一言だったのですね。


「はは、まさか真に受けるとは思っていなくてな」

「コルネリウス様、ロルフ様が信じやすいの分かってるでしょう」

「はは」

「まあまあ。仲睦まじくて何よりだよ」

「ホルスト様まで……」


 ホルスト様は穏やかに微笑んでいて、止める気もないです。コルネリウス様のように積極的に掻き回したりはしませんが、流れるままにというか、傍観してます。見守ってると言えば聞こえは良いのですが、つまり何にもせずのんびり此方を見ているだけ。


 そして、アマーリエ様なのですが……アマーリエ様は私達が仲良くなってくれたらそれで良いそうなので、余程の事がなければコルネリウス様を止めて下さりません。

 ……味方が居ないのですが。いえ、皆、私達の事を思ってなのでしょうが……。


「大丈夫だよエルちゃん、元気になったらエルちゃんもロルフ様にしてやればおあいこだろう」

「何処がですか……っ!?」

「兄上、エルネスタの細い体で私の体を抱えられるとは思いません」


 ロルフ様、突っ込み所がずれてます。


「そうきたか。そうじゃなくて、そのあーんとか」

「人前でそんな事出来ませんっ」

「じゃあ二人きりなら出来るんだね」


 にや、と笑ったコルネリウス様に、私も視線を強くします。

 そ、そりゃあ、二人なら吝かではないですが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしいですし、無理です……!


「こら、エルちゃんからかわないの」

「アマーリエ様……」

「ああ、でもロルフに甘えさせるのはありよ? 仕事ばかりしてるから、家くらいではのんびりして欲しいものだわ」

「も、もう沢山甘えてますからっ」


 アマーリエ様はまだしっかりしているロルフ様を見ているのでしょうけど、寝る前はロルフ様も魔力増幅の為のスキンシップが多いので傍から見れば甘えているように見えると思うのです。

 勿論、ロルフ様にそんなつもりはなく、ただ魔力の為、それから抱き締め心地が良いから触れているだけでしょうけど……。


「あらあら、二人きりだとそうなのね」

「あっ、や、いえ、ちがっ」


 アマーリエ様、私の言葉にほっとしたご様子。

 ま、待って下さい、誤解があります、私は甘えるというのは比喩でただ作業的にくっつかれている事を表現しただけなのです。

 だから、アマーリエ様が期待しているような事は……っ。


「ロルフ、エルちゃんになにしているのかしら」

「何もしていませんが」


 ロルフ様としては意識して何かしている、というつもりはないらしく、アマーリエ様の質問にも平然と答えていらっしゃいます。

 ……寝室でしている魔力増幅の触れ合いの事を言われなくて良かった、と思うと同時に、あれはロルフ様にとっては何でもない事なのだと思い知らされ、複雑でもあります。


「頬にキスとハグはいつもしてるだろう」

「こっ、コルネリウス様!」

「まあ」

「あれは普通なのでは? 兄上がもっとしろと……」

「……コルネリウス様」


 何故コルネリウス様はスキンシップをエスカレートさせようとするのですか。

 いえ、嫌じゃないですけど、ロルフ様は検証の為なら進んで触れてきますし、恐らくそのまま羞恥も何もなく素肌同士でくっつけられる御人ですからね? もっと触れ合うとなると、非常にまずいの、コルネリウス様は分かってますよね?


「私としてはロルフを男として成長させたいだけだよ。あと弟夫妻の仲が上手く行く事を祈ってる」

「ろ、ロルフ様に変な事吹き込まないで下さい」

「私は吹き込んでなどいないよ? ロルフ様がしたいと思った事をすると良いと助言しただけだし」


 ロルフ様の、したい事?

 今までのスキンシップも、口移しも、あーんも、したい事……? い、いや、まさか。だって、触れるのは増幅の為ですし、口移しは飲めなかった私の為、あーんは上手く食べられなかったから手っ取り早い方法を選んだだけなのです。そこに、ロルフ様のしたい事は関係ないでしょう。


 かあっと頬が熱くなるのを感じながらロルフ様を窺うと、不思議そうに首を傾げられます。……そ、そう、ロルフ様はあくまで、効率が良かったから、触れただけです。

 それなのに、周りの三人からは生暖かい視線。もっと仲良くしても良いのよ、というアマーリエ様の囁きすら聞こえて、私は周知に耐えられず、机を支えに立ち上がりました。


「……ご、ご馳走様でした、部屋に戻りますっ」


 歩こうとしたら痛みが走り……そして、ロルフ様も立ち上がって私の事を抱えていました。……勿論、行きと同じお姫様抱っこで。


「私が抱えていくから大人しくしろ」

「……っ!」

「はは、仲睦まじくて何よりだ」


 恥ずかしかったから一人で逃亡したかったのに、ロルフ様はそれすら許してくれません。心配から付き添ってくれるのだとは分かっていても、本人が常に側に居るのは、恥ずかしくて……っ。


 うう、とコルネリウス様に視線を送れば笑いを噛み殺しているコルネリウス様が居て、あなたのせいでもあるんですよ、とぱたぱた脚を動かすとロルフ様は厳しい表情。

 どうやら脚を動かした事が駄目だったらしく「エルネスタ」と低い声で囁かれて、ムッと不機嫌そうな顔と出会います。……ロルフ様、お世話してくれるのはありがたいのですが、若干過保護になってませんか……?


 じいっと見られては抵抗も出来ず、私はロルフ様にされるがままでお部屋に運ばれるのでした。




「……ロルフ様」

「何だ?」


 お部屋に戻され、丁重にベッドに下ろされた私。

 怪我人だからこんなにも丁寧に接してくれるのでしょう、分かってはいても、まるでお姫様のように優しく甘く触れてくるから、望んではいけない欲がむくりむくりと胸の奥で芽を出しかけているのです。


 ……我が儘を言っては駄目です。ロルフ様は心配と罪悪感から優しくしてくれてるだけ。私が怪我をしていては不都合というのもあるからこそ、こんなにも繊細な細工を扱うように接してくれている。

 きっと、アマーリエ様やコルネリウス様、ホルスト様にもしっかり釘を刺されている筈です、だからこそ、こんなに優しいのですよ。

 ……これ以上は何かさせては駄目でしょう。たとえ、気遣ってくれていても。


「その、本当に、気遣わなくても良いですから。あと、コルネリウス様の言う事を真に受けちゃ駄目ですからね」


 コルネリウス様の事については、本当にあんまり全部実行されても困ります。何をコルネリウス様から言われているかは分かりませんが、ロルフ様は男女関係についてはほばまっさらな状態で、信頼のおける人からの情報だと直ぐに実行しようとするらしいので。


「真に受けてはいないぞ、参考にはしているが」

「……何を言われているのですか?」

「エルの触り方を。いきなり胸を触ったら怒るから雰囲気を作ってからと」


 一度コルネリウス様とはじっくりお話をする必要があると思うのですが、どうでしょうかコルネリウス様。何を吹き込んでいるのですか本当に。


「……私はエルが嫌がる事をするつもりもないぞ。エルが嫌がるので枕も控えているし」

「したかったのですね」

「……少し」


 そこは素直なのですねロルフ様。

 まあ触り心地が良いという意味ですよね……ロルフ様らしいですけど。


 ロルフ様は、女には興味がないそうですが女の体は好きなようです。変な意味に聞こえますが、つまり柔らかくてふにふにした物が好きらしいです。

 そこに欲とかは込められていないらしく、ただ触ってて気持ちいいから好きというだけみたいで「エルは触り心地が良いな」と手でまさぐる……いえ、そんな変な場所は触られていないのですが、真顔で触れてきたり。


 ……私としては、凄く、恥ずかしいのです。触れられるのは好きですけど、感触を確かめられるように揉まれたり撫でられたりするのは、擽ったいし何とも言えない気持ちになります。……あ、触られるのは腕とか腰とか脚ですからね。


 なので、胸枕、というのは、かなり抵抗があります。


「……その、枕は、膝で勘弁して頂けませんか」

「膝?」

「……ひ、膝枕、では駄目ですか……?」


 流石に自分の胸を提供するのは非常に恥ずかしいので、妥協案として膝……まあ太腿なのですが、そちらの方をお貸しするというのはどうでしょうか。

 胸よりは柔らかくないですが、太腿も充分に枕としては通用すると思います。


「……ああ、私がこの間したものか」


 存在は知っていたらしく納得の表情のロルフ様。確かにあれも膝枕の一種だと思います、普通は性別が逆だとは思いますが……。


「その、ロルフ様の時間がある時にしか、出来ませんけど……」

「……ふむ」


 ……早速ロルフ様が横になってベッドの縁に腰掛けていた私の太腿に頭を乗せてきたのですが。最近のロルフ様は大胆というか、とても、遠慮が薄れてきたような気がするのです。

 打ち解けてくれたという事なのでしょうか。


 頭の位置を動かして良いように固定させる位置を見付けたらしいロルフ様、仰向け状態で私の事を見上げては少しだけほんのりと頬を緩めます。


「ふむ、中々良いな」

「お、お気に召したなら良かったです……?」

「ん」


 喉を鳴らし、側にあった私の掌を軽く握ってはふにふにと感触を確かめているロルフ様。

 これは、甘えているのでしょうか……? そんな、まさか。ロルフ様が甘えるなんて、ないです。だって、私に。


 何故こんな事をしたのか分かりませんが……ロルフ様がこの体勢を気に入ったのは、事実です。


「……ロルフ様」

「何だ」

「……その、寝ても良いですよ。私、ロルフ様の膝で寝てしまいましたし……」


 随分と心地好さそうにしていて、それならいっそ休んで下さっても構わないのです。どうせ、私は脚を挫いただけでそれ以外は元気ですし……太腿くらい、私のものでいいならお貸しします。


 失礼かと思いましたが、ロルフ様が私にして下さったように髪をさらりと梳くと、ロルフ様は寝転んだまま驚きの眼差しを向けてきます。

 それが何だか幼く見えて可愛らしくて微笑むと、ロルフ様は暫く目をしばたたかせていましたが、やがてふっと息を吐いて全身から力を抜きました。


「良いのか」

「はい。私の為に仕事を休んでしまいましたし……大丈夫ですよ」

「では言葉に甘える」


 前言撤回はなしだぞ、と囁いて、ロルフ様は静かに瞳を閉じるのです。それが私を信頼しての事だとは、何となく分かりました。

 少しは私の事を内側に入れてくれているのかな、なんて自惚れ、しても良いのでしょうか。


 暫くすると、すぅ、と寝息を立て始めるロルフ様。

 眠りに落ちたのか、私が頬を撫でても瞳が開いたりする事はなく、ただ安らかな表情で規則正しく胸を上下させています。


 繊細な睫毛が呼吸の度に僅かに揺れるのを眺めて、何だかとても贅沢な気分で一杯です。

 女性も羨む柔らかな亜麻色の髪、整った鼻梁、やや白めの細かい肌。少し薄めの唇から紡がれる声は、甘く鼓膜を震わせる事を知っています。私の名前を呼ぶ時は少し優しく甘いのも、知っています。


 私は、ロルフ様以上に格好良い人を見た事がありません。お慕いしているから、というのが大きいのですが……ロルフ様より輝く人を見た事がないのです。

 そんな方の妻になれて、ほんのちょっと気を許してくれて、触れる事を許して貰えるようになって、私は幸せ者でしょう。


 私にとって、ロルフ様は何にも代え難い、大切な人。ちょっと無愛想ですが優しくて、いつも真剣に研究に取り組んで、家族を大切にする、素敵な人。その家族の一員に、私はなれたのでしょうか。


「……ロルフ様」


 想いが通じなくても、報われなくても、それでも良いのです。こうして、側に居させてくれれば、それで。


「……ん」


 喉を鳴らすようにして声を上げたロルフ様。こんなにも油断した姿を見せるのは、初めてかもしれません。私は、しょっちゅう油断した姿をロルフ様に見られていますけど。

 そう、この前だって。


 ……あの時、ロルフ様は何故私に触れていたのでしょうか。あんな、優しい顔をして。


 考えてもロルフ様の気持ちはロルフ様にしか、分かりません。

 だから、私は考えるのを止め、静かに眠るロルフ様の寝顔を眺めて少し笑うだけにして、私も静かにロルフ様の顔を眺めてはゆっくりと時間を過ごしました。

 ロルフ様が望むなら、いつまでもこうしていたい、なんて思いながら。


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