兄弟は正反対
「エル、兄上にお前の体質の事を話そうと思う」
コルネリウス様が帰って来て、数日が経過しました。
やはりというか、コルネリウス様はロルフ様と正反対のお方でした。毎日可愛いねと日課のように称賛されたり手の甲にキスして来たりと、本当にロルフ様とは正反対の女性に甘い優男タイプです。
評価が失礼かもしれませんが、毎度出くわす度に何かしらスキンシップをされるので、そういう評価になりました。因みに最近では触られる前にさっと避けられるようになったので、ロルフ様の機嫌の悪化は防げています。
色々な意味で大分慣れてきた私に、旦那様は冒頭の言葉を言ったのです。
「コルネリウス様に、ですか?」
……コルネリウス様に言うのですか。いえ、駄目とは言いませんけど、何というか……あまり気乗りがしません。嫌いとかそういうなのではないのですが、油断出来ないというか何というか。
義兄にそんな事を思ってしまうのも失礼なのでしょうが、背後から抱き付いて私をくるくる振り回したりするコルネリウス様のお戯れなどがあったので、どうもその影響が。因みにアマーリエ様に雷を落とされていました。
「お前は信用出来ないかもしれないが、兄上はあれでも優秀な魔導師だ。それもかなりの実力派だ」
「そ、そうなのですか?」
「ああ、昔は何をしても兄上には勝てなかったよ」
平然と仰るロルフ様ですが、私にとってはとても衝撃的です。
私には魔術の腕など判断出来ないのですが、ロルフ様はとても優秀な魔導師と窺っています。ホルスト様も歴代で一二を争う程と仰っていたので、恐らく群を抜いて秀でていた筈。
では、その一二を争う程、というのは、兄弟が熾烈を極めていたのでしょう。いえ、本人達は至って仲が良さそうなのですが。
「ただ、今は……エルが居るからな。魔力総量だけで言えば、兄上には劣らない」
「……私が、ですか?」
「ああ。……お前のお陰だ、お前が居るから、私は恐らく歴代でも類を見ない程に魔力を備えた人間になれた」
「お力になれたなら良かった、あまり何かした感覚はないのですけど……」
私はただ、ロルフ様に触れているだけ。私のお陰、と言いましても、私が具体的に何かした覚えはありませんし、実際にロルフ様がどのくらい魔力があってどれ程魔力が増えたのかも分からないので。
ですから、感謝されても、いまいち実感がないのです。
「……お前は、何も望まないのだな。褒美か何か要求してもよいのだぞ」
「ほ、褒美なんて……ロルフ様のお側に居させて頂ければ、それで」
「……そうか、分かった」
何が分かったのでしょうか。いつもロルフ様のお側に居る事には変わりませんし……いえ、特に何も要らないというのが理解して頂けたなら良いのですが。
「兄上、相談があるのですが」
そして、ロルフ様に連れられてコルネリウス様のお部屋に。
コルネリウス様は机に向かって読書をしていたらしく、手元には本があります。……コルネリウス様もお部屋のお片付けが苦手らしく、なんというかロルフ様とは違った意味でお部屋が散らかっています。資料や本ではなく、謎の壺やら箱やらが転がっていて何だか気軽に歩くのが怖い感じです。
「相談? おや、エルちゃんも。……ああ、そんな警戒しなくて良いよ、さ、そこに座ったらどうだい?」
私がロルフ様の後ろに隠れているので、少し目を瞠ったコルネリウス様ですが、気にした様子もなく手招き。
ロルフ様が遠慮なく私の手を引きつつ部屋に入ってソファに腰掛けるので、私も同じように隣に腰掛けさせて頂きました。
「……兄上、実は、エルネスタには特殊な体質があるようで……」
説明は、ロルフ様に任せます。正直本人より実感しているロルフ様の方が分かりやすいですし、そもそも魔術には詳しくない私が言っても曖昧で分からないかと思います。
ロルフ様の口からは、私の魔力は他者の魔力を増幅する効果がある事、効果は半永久的な事、触れる事で魔力を増加させていた事、私が心拍数を上げると効果的な事を説明。……最後の情報は必要だったのか謎なのですが、ロルフ様はそこまできっちり説明しています。
「ふむ、触れた相手の魔力を増幅する魔力、ね。それで対象がロルフに限られてる、か」
「はい」
「確かに私もエルちゃんに触ったりしているけど、私は増えてる感覚はしないね。でも、ロルフは増えている。それは私でも分かるよ、もう私なんかじゃ敵わないくらいには増えてるね」
「……これでも隠しているのですが」
「そりゃきっちり隠れてるけど、私だよ?」
「……それもそうですね」
ロルフ様、それで納得出来るとはどういう事なのですか。
「まあそれは良いのだけど、これはとても凄い事なの、エルちゃんは分かってるかな?」
「……ロルフ様には、他言するなとは、言われています」
「だろうね。利用の仕方によっては、魔術界を揺るがす事にもなる訳だ。今の所増える魔力に天井は見えていないのだろう? つまり現時点では際限なく増やせる、という事だからね」
まあロルフにしか効かないみたいだけど、と肩を竦めたコルネリウス様。
もし、私が他の誰かにまで影響を及ぼせるのなら、それはとても大変な事になっていたのでしょう。ひとまずロルフ様にだけしか効かない、という事で大事にはなっていませんが。
「……何故なのでしょうか、何故、ロルフ様だけ……」
「んー、そうだね、他にも試してみないと分からないのだけど、推測は立つよ?」
……え? 今、何て。
「本当ですか、兄上」
「まああくまで予想だよ? エルちゃん、ちょっとおいで?」
笑顔で手招きされ、警戒しながらも近付くとしゃがむように指示されます。
おずおずと腰を折るとコルネリウス様は私の耳元に唇を寄せ、丁寧に掌で壁を作って内緒のお話状態に。
「多分、好きな相手にしか効果がないんじゃないかな」
「……、……っ」
好きな、相手。
言われて、漸く意味が理解出来てきました。
何故ロルフ様に分からないで、コルネリウス様はあっさり見当を付けたのか。それは、ロルフ様がとんでもなく鈍くて恋愛に興味のきの字もないお人だったから、では。
コルネリウス様は最初から私が縁による結婚でもロルフ様の事をお慕いしていると気付いていたのです。私がロルフ様の事で悩んでいる事も、全部見抜いて。
「……何故私には聞かせないのですか」
「これはエルちゃんの許可を取らないと言えないし」
ねえ? と首を傾げられて、私は猛スピードで首肯。
こんな事ロルフ様のお耳に入れる訳にはいきません。自分の口から言おうとも思っていないのにコルネリウス様に言われては泣き寝入りするしかないですし。
「……恐らく私や両親に適用されなかったのは、そこがないからでは? その辺り別の複数人で検証しないと分からないけど、エルちゃんが尽くしたいと思った相手にのみ発揮されるって考えると、上手く説明が付くんだけどな。ふふ、魔力は想いによって増幅する、なんてロマンチックだね」
ちょこっとからかわれるように言われて、私の顔から火が吹くのではないかと心配になりました。
ど、どうして会って数日の方にこの想いを知られてその上理由まで推測されているのでしょうか。コルネリウス様はコルネリウス様でとても微笑ましそうに私を見ていますし。ぜ、絶対面白がってますよね、コルネリウス様。
「兄上、何を吹き込んでいるのですか」
「失礼だねえ」
「エル、何を言われた」
「い、言えません、違いますっ、ロルフ様には関係なかったのです! コルネリウス様は間違ってます!」
絶対言えません、好きだから増えてしまうのではないかなんて、絶対言えません。私がお慕いしている事がばれてしまうのは、嫌です。たとえロルフ様が気にしなくても、私が恥ずかしいのです。
そもそもロルフ様に好きだって言っても「そうか」しか帰って来ない事なんて分かりきっているのです、想いが叶わない事だって知ってます。
だから、私はただお側に居る事を望むのです。女性として愛されなくても良い、ただ、家族としていつか、好きになって頂けたら、それで良い。だから、女として見てもらうなんて、思ってはならないのです。
「そうかいそうかい。難儀だねえ」
私の否定が嘘だと直ぐに見抜いているコルネリウス様は肩を竦めてやれやれとだけ。それ以上は追及しませんし、ロルフ様に説明をしようとしません。きっかけは作れどその後は関与しないという事なのでしょう。
……ロルフ様は、自分だけ除け者にされて重要なお話をされたと感付いてはいるので不服そうですが。
「ま、さっきのお話はなしにしても、兎に角君達が仲良くするのは大切だよ。その方が効率が良いのだろう?」
「そ、そうです、けど」
「だから寝る時は抱き締めてます」
旦那様、そこまで暴露しなくても良いですから。そ、そりゃあ夫婦としてはおかしくはありませんけど、その、恥ずかしいでしょう、抱き締め合ってる、なんて。
けれど、コルネリウス様はただ目を丸くしただけです。驚きというよりは……呆れに近いような。
「おやおや、何というか……君達本当に初心というか……普通に皮膚接触より粘膜接触の方が効率が良いのだろう」
「……っは?」
粘膜接触?
……い、いや、ちょっと待って下さい、それは言ってはいけない類いのものなのでは。粘膜というのは、その、鼻とか、唇とか、その、もっと……恥ずかしい部位の事を指していますよね。
「なっ、ななな何を言ってるのですか!?」
「普通に考えて魔力は体の内側から溢れるものだし、体表に出ている僅かな魔力を吸収するより、もっと直接的に粘膜接触で吸収するなり体液を経口摂取するなりした方が効率は良いんじゃないのかな」
さらりと言っているコルネリウス様が信じられません。何でそんな事堂々と言えるのですか!
「……粘膜接触と体液摂取、ですか」
「こっ、コルネリウス様、駄目です、ロルフ様が興味を持ってしまったでしょう!」
「寧ろその発想がなかった事に驚いているんだけどね」
「……っ」
「涙目で睨まれても可愛らしいとしか思えないよ、エルちゃん。そもそも、別に極論抵抗さえなければ血液や涙を舐めても良いと思うよ、あれも体液だし」
まあ一番はエルちゃんが想像するのだけどね、と笑ったコルネリウス様に、私は半眼で視線を送る事しか出来ません。こ、これでは私一人だけはしたない想像をしてしまった事になってしまいます……!
そ、そんな事を言ったって、コルネリウス様があんな事いうから、想像してしまったのです。いえ、ロルフ様に限ってまずないと思いますけど……!
「それか、キスとかでも良いと思うよ?」
「……キスはしていますが」
「口と口ですれば良いのに。もっと言うならそのまま、」
「コルネリウス様、駄目です!」
コルネリウス様はロルフ様に変な事ばかり吹き込まないで下さい!
ロルフ様はそういう事に無頓着ですから、効率的ならと言う理由だけでしようとしてくるのが目に見えているのです。そんなの、嬉しくない。私の我が儘だと分かっていても、ただ検証の為に、研究の為に、という理由でされたくはありません。
顔が真っ赤になっているのは自覚しつつも、私はコルネリウス様を強く見据えてから部屋を飛び出します。
コルネリウス様なんて知りません。面白がって引っ掻き回したがるんですもの。私は、今のままで良い。面白いからってキスさせようとされては堪りません。
コルネリウス様は、意地が悪いです。どうして私の想いを知って、無理に進展させようとするのですか。そんな事されても、嬉しくありません。
羞恥で顔を染めながら、はしたないと理解しつつも走ってお部屋まで戻りソファで膝を抱えるのですが、数分後には追い掛けてきたらしいロルフ様が飛び込んできて、それからおずおずと私に近寄るのです。
「……エル、その、兄上も言い過ぎたと謝っていた」
「……怒っている訳ではありません。別に、良いです」
コルネリウス様としては発破をかけようとしただけなのでしょう。中々に進展しない弟夫婦の事を気にかけただけ。それくらい、冷静になれば分かります。
それを拒むのは、私の我が儘なのです。
コルネリウス様は、キスしてなし崩しに仲良くなれば良い、もっと言うならそのままコルネリウス様が想定していた一番魔力を増やせるであろう行為に雪崩れ込めば良い、そう取り計らってくれただけです。
個人的には余計なお世話だという気持ちは否めませんが、コルネリウス様なりに私達の仲を憂いてくれたのでしょう。
……気持ちの伴わない事が嫌だなんて、我が儘にもほどがあります。頬にキスは許す癖に、口やそれ以上は許さないなんて。ロルフ様に協力すると誓っておきながら、私の都合で逃げてばかりです。
「エル、お前は唇でするのが、嫌なのだな?」
「……嫌ではなくて、ロルフ様がしたくないのにするのが、嫌なのです。したいと、試したいは、違うのに」
「……私が嫌だと言った覚えはないのだが……まあ、良い」
私に近付いて、そっと抱き締めて。
「……では、いつかしたくなった時にでも試す」
「え、」
「試すのは嫌なのだろうが、したいから結果的に試す形になるなら問題あるまい」
良いだろう? と首を傾げるロルフ様は、私が唖然としているのを見て「何故そんな顔をする」と不思議そう。
……い、色々と突っ込みたい所があるのですが、まず一つ。
「……そ、そんな予定あるのですか」
「分からないが、したくなるのではないか? お前は柔らかいから、何処もかしこも触れたくなる。唇とて例外ではないぞ」
……とても、凄い事を言われている気がしますが……もう、ロルフ様が満足そうなので、今日のところはそれで良いかもしれません。……旦那様のそれは好奇心なのか、それとも……考えるのは、止めておきましょう。答えなんて、出ないでしょうから。
唇を親指でぷにぷにとしてくるロルフ様に、私はなんとも言えずただロルフ様の好きなようにさせる事にしました。




