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旦那様とお兄さん

 ある日の事です。

 ロルフ様は今日は御休みでぐっすり寝ているので、私は先に抜け出してささっと着替えて、リビングに向かいます。……ロルフ様は私の部屋で寝ているので着替えるのもなんだか恥ずかしかったのですが、熟睡状態なので何とか着替える事は出来るのです。


 そんな感じでリビングに向かうのですが……アマーリエ様もホルスト様も普段通りまったりと過ごしている筈が、今日ばかりは、何故か二人が忙しそうにしていました。

 アマーリエ様は何やら荷物を運んでいたり、ホルスト様は大きな荷物を運んでいたり、とても急いだ様子です。


「どうなさったのですか?」


 忙しなく動いているアマーリエ様を引き留めるのも申し訳ないと思ったのですけど、一体何事なのかという疑問を止められず、アマーリエ様に声を掛けてしまいました。

 アマーリエ様は私の存在に今気付いたようで「あら」と声を上げて微笑みます。忙しいのにも関わらず私の相手をしてくれるようで、いつもと変わらない穏やかな笑みが私を迎えてくれました。


「それがね、朝急に連絡が来たんだけど……コルネリウスが帰ってくるって」

「コルネリウス様、が?」


 コルネリウス様は、ロルフ様のお兄様であり、つまり私の義兄という事になります。私とは入れ違いで屋敷から出ていったみたいなのです、というよりは式にだけ駆け付けて直ぐにお話しする事なく戻っていった、みたいですが。

 お話しした事はないのですが、ロルフ様のお兄様と考えると悪い方ではないと思います。女好き、というのがどういった意味なのかはちょっと分かりませんけど。


「いつ帰っていらっしゃるので?」

「今日」

「今日ですか!?」


 待って下さい、朝に連絡が来たというのに帰ってくるのは今日って。普通、もう少し早くに連絡を入れるものではないでしょうか。


「ほんといきなりよねえ。まああの子らしいんだけど。ふわふわしてる癖に思い立つと即行動なのよねえ」


 のほほんとアマーリエ様が仰るのですが、ふわふわしてて即行動の女好き(アマーリエ様談)とはどのような方なのでしょうか。全く想像が付かないのですが。


「先に荷物とか送ってきちゃってね、それでお片付けに忙しいのよ。コルネリウスの部屋に全部入れとかなきゃいけないし」

「その、お手伝いとかは……」

「ああ良いのよ、エルちゃんはゆっくりしておきなさい。もうじき終わるから」


 荷物があるなら、とお手伝いを申し出たのですが、アマーリエ様には有無を言わさぬ笑顔で断られて、私はすごすごと退散するしかありません。

 やはり邪魔になってしまったのでしょうか……コルネリウス様のお部屋は入った事がないので、勝手が分からないですし、邪魔になるのも当然かもしれません。差し出がましい事をしてしまいかけたのでしょう、反省しなくては。


 アマーリエ様もホルスト様も忙しく、ロルフ様は熟睡中。私は何をすれば良いのか……と迷ったのですが、丁度来客の鈴がなったので、兎に角二人が忙しい今私が動くしかない、と急いで玄関に向かって……そして、その人と対面しました。


 アマーリエ様と同じ茶髪を無造作に流し、後ろで緩く縛った髪型。穏やかという雰囲気をそのまま形にしたような柔和な印象を抱かせるかんばせ。瞳は青、少し垂れ目がちなのがおっとりとしたような雰囲気を作り出しています。


「ただいま……っと、あれ、君」


 そう、一度だけお見掛けした、あの姿です。……ず、随分と早いお帰りで……。


「えっと、コルネリウス様……です、よね?」


 どうしましょう、私が迎えない方が良かったかもしれません。帰ってきたらいきなりほぼ見知らぬ女が出迎えたんですもの。いえ、顔だけは知られていると思うので、不審者ではないと分かって頂けるとは思うのですが。

 やはりアマーリエ様やホルスト様の紹介ありで挨拶をした方が、話の流れとしてはスムーズだったと思うのです。


 戸惑っているのが筒抜けだったらしく、コルネリウス様は少し私を凝視した後、ふにゃりと顔を綻ばせるのです。


「ああ、君がエルちゃんね。こうして話すのは初めてかな?」


 私の気負いをほぐそうとしたのか、実にフレンドリーに微笑みかけるコルネリウス様。

 ……そういえば、旦那様と正反対だ、と言っていた気がします。何というか、とても、人懐っこいような雰囲気がしますね。旦那様にはまず出来ないであろう愛敬たっぷりの笑顔に、肩の力が抜けていくのも感じました。


「は、はい。エルネスタ、です。コルネリウス様、ですよね?」

「そうそう。ちゃんと私の事知っていたなら良かったよ、誰ですか? って言われたらショックだし」


 覚えてくれていたなら良かった、と笑ったコルネリウス様に、私も釣られて少し笑ってしまいます。

 ほぼ初対面に等しいのですが、コルネリウス様はそんな事気にしないように気さくな笑みで話し掛けて下さるのです。本当に旦那様とは正反対と言いますか、旦那様は物静かな方なので、コルネリウス様のように盛り上げてくれようとする人とはそもそもタイプが違うのでしょう。


「エルちゃん……でいいかな、弟が世話になっています」

「い、いえ、とんでもないです。私の方こそ世話になって……」


 突然ぺこりと頭を下げてきたコルネリウス様に、私も慌てて頭を下げます。

 よく考えれば私は大切な家族の中に転がり込んできた他人な訳で、その辺り挨拶がきちんと出来ていなかったと思うのです。コルネリウス様とロルフ様は仲が良かったそうで、もしかしたら親に決められた結婚という事に不服という可能性もなきにしもあらずでしょう。


 ただ、コルネリウス様は私の態度に困ったように笑って「畏まらなくて良いのに」と肩を竦めています。


「そんな事はないと思うんだけどね。ほら、ロルフって無愛想で女に全く興味ないだろう? 兄としては心配してたんだよ」

「た、確かに女性に興味は持ってませんが……その、決して、冷たい訳でもない、です」

「……そうか、弟が心を開いているのなら良かった」


 何処かほっとしたように微笑むコルネリウス様。

 ……心を開いてくれている、のでしょうか。そんな事、私からは恐れ多くて言えないのですが……確かに、昔よりは打ち解けて下さいましたし、触れる機会も増えて……というか初めて触れるようになって今では寧ろ研究の為にと、夜は沢山触れてくるのですが。


 それが心を開いた、という事なら、嬉しいです。


「それにしても、残念だねえ。エルちゃんみたいな可愛らしい子に何とも思わないなんて、弟も本当に同じ男なのか心配になるよ」

「か、かわっ」

「ん? エルちゃんは可愛いだろう? そうやっておどおどしてる姿も可憐な花のようで魅力的だけど、自信持った笑顔の方が可愛いと思うな」


 そっと頬に手を添えて甘く囁くコルネリウス様に、色々とアマーリエ様の言った事が理解出来ました。まさに息を吐くように口説いていらっしゃいます、いえ、そういう意図はないとは思うのですが。


 女の子がころりと落ちてしまいそうな甘いマスクにとろけるような賛辞。心臓がどきりとしてしまいますが、ロルフ様のような切ないときめきではありません。ただ、驚いて戸惑ってしまった時のどきどきに、近いです。


 だから、顔こそ赤くなってしまいますが、こう、不思議と妙に冷静でいられるというか……。いえ、どきどきはしますし、恥ずかしくはあるのですが。


「か、可愛くなど、ありません。からかうのはよして下さい」

「事実を言ったつもりだったんだけどな。ああ、褒められ慣れてないのか。ロルフから褒められる事とかないだろうね。あいつ、そういうの無頓着だからさ」


 コルネリウス様も弟であるロルフ様の事はよく分かっていらっしゃるので、見てきたように的確な指摘。……旦那様の口から可愛いとか飛び出た日には私の心臓が飛び出してしまいそうなので、それはそれで良いと思うのです。

 ……ちょっとくらい、褒めてくれたら、嬉しいですけどね。


「まあ女心を分かってない奴だからね。こんなに可愛らしいお嫁さんを貰ったというのに、その価値を理解してないんだから」


 肩を竦めて、それから……私の手を取り、手の甲に口付けました。

 意味が分からなくて固まってしまったのですが、コルネリウス様はなんの躊躇いもなく唇を触れさせては、笑うのです。あまりに自然な流れすぎて一瞬何が起こったのかさっぱり分からなかったのですが、何をされたのか理解した瞬間、頬がカッと熱くなる感覚。


 な、な、何で、いきなり、こんな。手の甲とはいえ、平然と、きす、して。


「ああ、これくらい挨拶だよ挨拶。しない?」

「しません……っ!」


 こんな事を毎回されてたら羞恥で死んでしまいます! 幾らコルネリウス様とはいえ、他人に口付けなど、恥ずかしい……! ないです、絶対ないです!


 うう、と羞恥で滲む目元のままコルネリウス様を見上げると、にこっと綺麗な笑み。騙されません、絶対。

 確かにコルネリウス様は悪い人ではなさそうですが、ロルフ様とは違った接触をしてくるので油断してはならないとも、思い知らされました。……勝手にこっとキスされるのは、断固拒否です。嫌というか、駄目なのです。ロルフ様じゃなきゃ、やだ。……ロルフ様だと、恥ずかしくて死んでしまいそうですが。


 何だかコルネリウス様には私の反応が楽しかったらしく、にこにこしながら頭を撫でてきて。確実に子供扱いされています、それか面白い玩具。


「……兄上、何をやっているのですか」


 ううう、と唸りながらコルネリウス様のされるがままになっていると、救世主が降臨しました。そう、ちょっと寝坊してきたロルフ様の事です。とても良いタイミングです、ロルフ様ならコルネリウス様とも仲が良いそうなので何とかしてくれるのではないでしょうか……!


 ……ただ、ロルフ様の機嫌は些か悪そうな気が。寝起きは悪くても機嫌は悪くならないのが旦那様だと思っていたのですが……?


「おおロルフ。久し振りだね、相変わらず無愛想だね。こんな可愛い奥さん貰って手出ししないって、男として色々と疑うぞ? 勿体ない」

「ろ、ロルフさまぁ……」


 ロルフ様に見せ付けるように後ろから軽くホールドされて、頭をなぜり。こ、コルネリウス様、ロルフ様に見せ付けるようにしないで下さい、ただでさえ恥ずかしいのに……!

 そ、それに、ロルフ様は、そういう見せ方されても、何とも思わないのです。寧ろ触れて何か違いが出ないか期待する方なのです、だから、意味がないのに……っ。


 助けて、と視線で訴えると、少しだけ瞳を細めるロルフ様。


「兄上、エルネスタが嫌がってるので止めて下さい」

「おやおや」

「……兄上」


 最後は、少しだけ声を低めに。お、怒っているのでしょうか……でも、何に。私がべたべたされた所で、ロルフ様は研究になるなら気にしないと思うのに。


 びくり、と体を揺らしてしまった私ですが、コルネリウス様は気にした様子もなく笑っています。

 ぱ、と私から手を離したかと思ったら、そっと耳元に唇を寄せて来ました。また何かされるのではないかと警戒した私なのですが、触れたのはくすりと笑った時の吐息だけ。


「……良かったねエルちゃん、思ったよりロルフは君に執着してるみたいだよ。エルちゃんももっと積極的になってもいいんじゃないかな」

「……っ」


 こ、コルネリウス様は、全部狙ってやっていたのでしょうか。ロルフ様が来る事も、私がこういう反応をする事も、ロルフ様の事を少しだけ不安に思っていた事も含めて、全部上手く流れるように。


 ……そんな、まさか。だって、コルネリウス様は私とほぼ初対面なのです。今の私とロルフ様の事だって、知らない筈なのです。だから、こうしてロルフ様を試すような真似をしたのも偶然で。

 そ、そもそも、ロルフ様は、やきもちとか、焼かないです。やきもちを焼くなんて、異性として好意的に思っていないとないのですから、ない筈。


「……エルネスタ?」

「は、はい」

「……此方に来い」


 手招きをされて、コルネリウス様にも背中をぽんと押されて小走りでロルフ様の所に向かうと、私を呼んだ本人は私の肩を掴んで、そのまま引き寄せて……。

 ぽすん、と気付いたら旦那様の腕の中に収まっていて、今度はロルフ様から頭をなでなで。


「うむ。しっくり来るな」

「ろ、ロルフ様……?」


 あまりに突然で反応出来ずに、そのままロルフ様を見上げると、何故か満足そう。

 撫でるのはコルネリウス様よりは手付きが雑で、でも、その分暖かみがあるのです。……遅れて心臓がどきどきし始めて、何でこんな、コルネリウス様の目の前でくっついてるのか分からなくて、兎に角どうして良いのか分からずそのままロルフ様の胸に顔を埋めます。


 ……ロルフ様は、ほんのちょっとでも……独占欲を、覚えてくれたのでしょうか……?


「……っ、ふ、はは! いやいや、本当に帰って来て良かったよ、面白いものが見れた!」


 若干謀った気がしなくもないコルネリウス様は、何だかとても楽しそうで、お腹を抱えて笑っています。涙ぐむ程に笑うなんて、私達に失礼な気がするのですけど。

 ……いえ、ロルフ様の反応はいつもと違うから、意外なのも分からなくもないのですが……。


「可愛いねえエルちゃんは。ロルフ、ちゃんと大切にしてやらないと、エルちゃんは直ぐに小さくなって消えてしまうぞ?」

「大切にしてるつもりだが」

「じゃあ、もっとだ。少なくとも、ちゃんと女の子扱いしてやらないと、エルちゃんは寂しくて仕方なくなってしまうからね?」

「っコルネリウス様!」


 からかわないで下さい、と抱き締められたままコルネリウス様に視線を送ると、やっぱり愉快そうなコルネリウス様。……な、何というか、コルネリウス様は、旦那様と性格が反対に近いから、とても……対応に困ります。

 私の周りにはまず居なかったタイプで、どうして良いのかも分かりません。あと、コルネリウス様は何処まで私の心配を見抜いているのか、ちょっと怖い。


 観察眼に優れた方なのはよく分かります。そして何処まで本気で何処まで冗談か、見抜かせないような方という事も、よく分かりました。


「じゃあ僕はそろそろ部屋で休ませて貰うよ、長旅で疲れたからね」


 そして掻き混ぜた所でさらりと離れていく辺り、コルネリウス様は計算高そうな気がします。二人にして話し合いをさせようって事なのかもしれませんけど、引っ掻き回すだけしておいて本人はあっさり出ていくなんて、ずるいです。

 ……いえ、直接引っ掻き回されたのは、ロルフ様にですけど。

 今もずっと、ロルフ様のせいで胸の奥が熱くて、ぐちゃぐちゃになりそうなのです。期待と不安がごちゃ混ぜになって、胸が切ない。……こんな事なら、いっそ、ただの研究対象として思ってくれた方が、悲しいけど楽なのに。


 あっさりと家に入ってはお部屋を目指してさっさと歩いていくコルネリウス様に、何というか、これから大変な事になりそうだな、なんて思っては旦那様の胸に顔を埋めて溜め息を零しました。

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