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旦那様の寝起きは悪いです

 ……そう、私は忘れていたのです。最初に私が気を失った後、一緒に寝ていた旦那様が、どういう行動をしたのか。


「……旦那様、起きて下さい」


 今日は目覚めが早く、窓から差し込む光と壁に視線を走らせて時計が七時前である事を確認して、旦那様に声を掛けます。

 因みに朝なので手は繋ぎっぱなしです。結局検証はどう進んでいるのか、旦那様に聞いていませんが……明確な変化があれば、旦那様が嬉々として報告するだろうから、まだ変化はないのでしょうか。まあ、二晩一緒に寝ただけでは望むような結果は得られていないのかもしれませんね。


「旦那様、時間です。起きて下さい、お仕事があるのですよね……?」


 起こさない訳にはいきませんので、熟睡中で申し訳ないのですが片手で揺さぶって声を掛けるのですが、やっぱり起きて下さいません。手だって握られたままですし、振りほどけそうにないです。


 旦那様、と失礼を承知で頬をぺちぺちと弱めに叩くと、これには効果があったのか小さな唸り声を上げて身動ぎする旦那様。……ちょっと可愛いと思ってしまった私が居ます。

 旦那様に可愛いなんて失礼でしょうが、やはり寝顔は中性的な雰囲気が強く、とても美人なのです。


「旦那様、起きて下さい」


 繰り返し頬を指の腹でやんわりと叩くと、徐々に意識が覚醒に近付いているのか、旦那様はゆっくり瞳を開き……ぼーっとしていました。旦那様は寝起きが悪いと言っていたので、この状態が暫く続くのでしょう。


「旦那様、おはようございます。朝ですよ」


 意識をしっかりさせる為にもと、朝である事を伝えて……旦那様は、何とか起き上がったものの、こてりと首を傾げました。その姿は普段のクールな旦那様を見ている私には驚きで、軽く目を瞠った私に、旦那様は「んー」と返事にもなっていない声を喉を震わせて出します。


 そして、もぞもぞと此方に身を寄せて来ました。


 え、と固まった私に、旦那様は枕を求めたらしく、そのまま私に身を預けてて来るのです。ぽふん、と一番私の体で柔らかい部位に顔を埋めてすりすり。……待って、待って下さい旦那様、こ、これはちょっとまずいのでは。


 べ、別に、傷を隠す為に首元の辺りまで隠れる寝間着を選んでいますので肌が見えるとかそんなのではないですけど、頬擦りされるのは、非常に問題というか。寝惚けているのは分かるのですが、女性の胸元に顔を埋めるなんて、そんな……!


「っ、だ、旦那様! 起きて、起きて下さい!」


 瞬間沸騰した頭が警告音を鳴り響かせます。この接触の仕方は、恥ずかしいというか兎に角駄目です! もし盛り上ったり凹んだりしている傷口の感触とか気味が悪いとか言われても嫌ですし……起きた時にひ、貧相とか、思われるの、嫌ですし、何より恥ずかしい……!


 私が覚悟を決めて旦那様の背中を強めに叩くと、今度はぎゅっと背中に手を回されて離さないとアピールされました。アピールされても困ります旦那様、もっと良い枕があると思うのです、高級品の枕がそこに転がってますから!


「旦那様、起きて下さい、仕事です! 仕事遅刻しちゃいますから……!」

「……仕事」


 寝惚けていても仕事という単語にはピンポイントで反応して、ぴくりと体を揺らす旦那様。流石研究第一の旦那様、そこは身に刻み込まれているのですね。

 ……お疲れの所悪いのですけど、流石にこの体勢で二度寝を受け入れる程、私は旦那様耐性がないので……此処で畳み掛けなければと直感が告げているのです。


「そう、お仕事です。旦那様、七時になりました。お仕事の準備をしましょう?」


 ぽんぽん、と背中を叩きつつまた半分意識が眠りの海に脚を浸している状態の旦那様に、優しく声を掛けて……漸く、のろのろとした動きで顔を上げます。体勢はそのままですので、とても胸元が擽ったいやら心臓が爆発しそうな程の痛さやらを、必死に耐えるしかありません。


「……ああ、お前だったか。おはよう」


 開口一番が何とも思ってなさそうな挨拶で、私はもうこれはあまりの意識のされなさに泣いて良いのでしょうか。これは旦那様の認識と全般的な欲の薄さ(クリームシチューと研究除く)のせいでありますけど、私ばかり動揺して、何だか恥ずかしいです……。

 旦那様に毎回心臓の通常運転を脅かされている身としては、せめて少しくらい旦那様にもどきどきして欲しいです。そうすれば私の気持ちも分かって、突然の事を控えて下さる筈。それからちょっとでも意識してくれたら万々歳なのですが。


「だ、旦那様、私に一言ないですか」

「ん? ……ああ、丁度良い枕だった」


 ……旦那様なんて知りません。




「……すまない、私が悪かったから露骨に距離を取らないで欲しい」


 取り敢えず旦那様も目覚めたという事でそれぞれ身支度を済ませたのですが、朝食後の私の態度が少しよそよそしくなって距離を取った事に気付いた旦那様。


 しっかり服を着込んで胸元を手でガードする私に、アマーリエ様やホルスト様は何があったのか察したらしく苦笑い。ただ旦那様に掛ける言葉が「ロルフは女心を理解した方が良いわよ」と「男冥利に尽きるだろうに、ロルフはある意味凄いな」とそれぞれ別のベクトルです。ホルスト様はアマーリエ様に小突かれていましたけど。


 旦那様も流石に味方が居ない(ホルスト様は中立みたいです)のに気付き、やや困った表情。

 旦那様は仕事に出掛けるので、私はそのお見送りです。私達二人になってから、旦那様がやや申し訳なさそうに此方を窺って来ました。


「お前にとって触られるのは嫌だったのだな。その、言い訳ではないのだが、私にとって乳房というものは単に胸部に付いた脂肪という認識で……。触れる分には柔らかくて心地好いとは思うが、それ以上のものでもないんだ。やましい気持ちなどは、抱いていない」


 全く分かってないです旦那様……寧ろちゃんと意識して下さい、意識する事が不用意に触れる事の予防に繋がるというのに、旦那様は全く分かってないです。そもそも性別を単なる人間の規格としてしか思っていなさそうな旦那様と、私はいつか家庭を築けるのか不安になって参りました。


 ……やっぱり、私はただの研究対象としてしか見られない定めなのでしょうか。旦那様が女性として求めてくれる事は、ないのでしょうか。


「……いえ、もう良いです。旦那様が私にそういう感情を抱かない事は重々承知していますので」

「……そうか?」

「はい。……良いです、別に。怒ってはいません」


 ただ、先行きがとても不安になっただけです。


 ……でも、仕方のない事ですよね。旦那様としては妻なんて、必要なかったのでしょうし。ただ、アマーリエ様達に言われたから、世間の目を考えたから、結婚しただけなのです。妻だからと私に一々気を遣わせられるなんて、旦那様からすれば煩わしいのではないでしょうか。

 ただ縁と情けで嫁がせて貰った傷物の私が、人並みの女としての幸せを得るなんて、分不相応なのでしょう。


「いってらっしゃいませ、旦那様」


 だから、私からは旦那様に女として見て欲しい、などとは言ってはなりません。思う事はあっても、旦那様に口出しする事はあってはならないのです。旦那様に、強制してはなりません。


 そう誓って旦那様を送り出そうと腰を折った私に、旦那様は少しだけ怪訝そうな眼差しを向けて何かを言いかけたものの、それ以上会話はせずお仕事に向かわれました。

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