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旦那様、しょげる

 昼食の後アマーリエ様には旦那様の幼い頃の姿絵を見せて頂きました。

 ……旦那様、凄く可愛らしかったというか……今でも端整な顔立ちで、小さい頃は性別が分からないくらいに可愛らしいお顔をしていたのです。髪も長く後ろ束ねていたらしく、本当に女の子と見間違えられていたそうです。


 そんな可愛らしさだった為誘拐されかけて自分で撃退したという逸話が家族には残っているそうで。……流石旦那様というか、この頃から才能の片鱗を見せていたのですね。

 私も、旦那様のような力があれば、あの時撃退出来たのでしょうか……なんて、どうにもならない事を考えてしまいました。子供だった私なんかが、どうにか出来るなんて思いません。


 ちょっと暗くなった事に気付いたのかアマーリエ様が雰囲気を変えるように、幼い頃の旦那様とコルネリウス様のお話を聞かせてくれたりして、途中からちゃんと微笑んでお話を聞けるようにはなりました。

 ……心配かけさせてしまって、申し訳ないです。もう、気にしてないつもりだったのですが。


 夕刻になれば夕飯の準備です。旦那様は遅くなると言っていたので、旦那様の分も作りつつ先に三人で食べてしまう事になりました。


 まだブイヨンが余っていたので野菜やソーセージなどを入れてポトフにして頂きましたが、野菜が塊で入っているのが分かりやすいポトフを見ては、小さい頃の旦那様は嫌がっただろうなと想像して笑ってしまいました。

 味がついてるからそこまでではなかったかもしれませんが、シチューより野菜の味が強いポトフは苦手だったかもしれません。


 夕食を終えて談笑していると、暫くして旦那様が帰ってきます。馬車の音がしたのでお迎えに玄関まで脚を運ぶと、丁度姿を現した旦那様。

 昨日の夜振りなのですが、些かくたびれた御様子。朝早くからお仕事をずっとしていたので、お疲れなのでしょう。本当に旦那様は、研究を大切にしているのだとよく分かります。


「旦那様、お帰りなさいませ……へっ」


 ちゃんと近付いてお帰りなさいと挨拶しようと思って距離を詰めたら、何故か旦那様は目を見開いて……それから、私の事を、抱き締めて。


 ……え?


 思わず硬直した私を、旦那様は確かめるようにぎゅっと腕を回して抱き締めて、首元に顔を埋めてすりすり。……え、え、あの、旦那様、何をしているのでしょうか……!?

 もしかして酔っているのでは、と混乱する頭でかんがえたものの、お酒の香りは全くなくて、いつもの旦那様の薬草とも違う爽やかな香りです。


 だからこそ、何故いきなり抱き締められたのかさっぱり分かりません! だ、だって、旦那様は夜だけ検証するのであって、今は違うし、何で……!?


「あ、ああのっ、旦那様……?」


 体温が徐々に上昇して顔が真っ赤になるのを自覚しつつ、旦那様の背中をぽんぽんすると、旦那様はゆるりと顔をあげて至近距離に。顔が近くて、旦那様の繊細な睫毛一本一本数えられそうな程、近くて。

 見とれてしまいそうな程に美しいかんばせを近付けた旦那様は、ふと鼻を動かして一言。


「……うちのクリームシチューの匂いがする」


 晩御飯も作ったというのに昼御飯のクリームシチューの匂いを嗅ぎ分ける旦那様の嗅覚とは一体。


 ええと、私からクリームシチューの匂いがしたから抱き締めて確認していたのでしょうか。服にちょっと残り香があったみたいです。……旦那様、お腹が空いてしまっているのでしょう。

 ほっとした反面、なんかちょっと、残念というか。


「え、あ、ああ、その、アマーリエ様に作り方を教えて頂いたので……」

「……私の分は?」

「あ、えっと……その、まだ旦那様に食べて頂ける程上手に出来ていないというか、初めてだったから練習で……その、私達で消費してしまったと、言いますか」

「……そうか……」


 ない、と聞いた瞬間の旦那様の顔は分かりやすく落胆して非常に残念そうで、食べたかったという意志が表情に出ていました。……と、とても罪悪感があるのですが……。

 こんな事なら残しておけば良かったです、捨てられた子犬みたいな眼差しをされてしまって胸が痛いです。


 普段無表情な事が多い旦那様の明確な感情の発露に、私としては戸惑うばかりです。といいますか、旦那様、そんなにクリームシチュー好きだったのですね……。

 肩を落としている姿に、何故だか旦那様の頭から垂れた犬耳が生えたような錯覚すら覚えてしまいます。


「あ、え、えっと、その、また作ります! 旦那様の為に!」


 こんな旦那様を見せられて放っておくなんて出来ませんし、逆に言えば旦那様を喜ばせるチャンスでもあるのです。美味しく作れたら、旦那様はきっと喜んで食べてくれるに違いありません。


 思わず意気込んで返事をすると、旦那様は一瞬呆気に取られたらしかったですが、次の瞬間には「では期待しておこう」と仄かに頬を緩めたのです。

 初めて見た、こんなにも穏やかな表情。嬉しそうな溌剌とした笑顔でも苦笑でもなく、慈しむような笑みに……また、心臓が高鳴ってしまいます。


 頬の熱が振り返しているのを感じつつ、何だか急に恥ずかしくなって旦那様の腕の中から抜け出してコートを預かる事で、自分を誤魔化すしかありません。

 ……此処数日、毎日旦那様にときめかされている気がするのです。これでは心臓が持ちません。


「今日の夕飯は?」

「ポトフです」

「……そうか」


 ちょっと微妙な顔をした旦那様。……やっぱり旦那様今でも野菜の塊は好きでないのでは。サラダは平然と食べてるので、野菜の塊が嫌いみたいです。

 そういう所は何だか可愛らしくてつい喉を鳴らすと、ちょっぴり不満そうな眼差しを向けられて、私は慌てていつもの表情に戻しては旦那様とリビングに向かいました。


 ……旦那様、残さず食べてくださいね?




 旦那様も食事が終わり、私はお風呂に入って寝る準備なのですが……やっぱり今日も検証は続くようで、何てことのない顔で旦那様がお部屋を訪れました。

 旦那様も湯上がりなのか、白い肌がうっすらと上気していて僅かに湿った髪が首筋に貼り付いているのが、妙に色っぽいです。


 二回目でちょっとは慣れるかと思ったのに、色気溢れる旦那様がベッドに上がった瞬間逃げたくなりました。旦那様のせいで短期的な心臓の鍛練をしている気分です。


 旦那様は特に気にした様子もなく、ただ私の隣に座り顔を私の肩口辺りに近付けてはすんすんと匂いを嗅いでいらっしゃる御様子。


「……残念だ、お前からは美味しそうな匂いがしていたのだが」

「さ、流石にお風呂には入りますよ……?」


 クリームシチューの匂いがする奥さんというのもどうかと思いますし、たとえそれが旦那様に良かったとしても私としては少し複雑です。

 しっかりと体も清めて寝間着に着替え、食べ物関連の残り香はない筈。旦那様は少々名残惜しそうなので、余程クリームシチューが好きなのだと確信です。


「残念だが、腹を空かせる匂いが消えたのは幸いだったかもしれない」

「……そんなにクリームシチュー好きなのですか?」

「好きだ」


 きっぱりと言われて、ひゅっと息を飲んでしまいます。

 分かっているのです、クリームシチューという主語が抜けているだけなのだと。でもこんなにはっきり、好きと面と向かって言われるのは、対象が私でないと分かっていても恥ずかしい。


「これを言うと皆馬鹿にしてくるのだが……お前は笑うか?」

「いえ、笑いませんよ。私もクリームシチュー好きです、し」


 ……食べ物に対して旦那様に好かれて良いな、なんて思うのは流石に馬鹿馬鹿しいかもしれませんが……旦那様に執着を持たれるのは、羨ましい。私はこの能力がなければ、見向きもされなかったでしょうから。


「そうか、良かった」


 私の言葉に旦那様は少しだけ頬を緩めて……今日は旦那様の優しい顔が大盤振る舞いされていて、辛いです。……ずっと旦那様にどきどきさせられて、心臓がどうにかなってしまうのではないかと心配してるのに。


「……それにしても、ふむ」

「な、何ですか……?」

「……これはこれで良い匂いがするな。母上とも違う。お前だけの匂いだ」


 肩口に近付けていた顔を、そのままこてんと埋めるようにくっ付けられて、また鼓動が跳ねてしまいます。


「ひゃ、……だ、だ、旦那様、嗅がないで下さい……っ」

「駄目なのか。この匂いは好きだが」

「……ぅ」


 ……そんな事を言われて、断れる訳がないというか……。

 暫く旦那様そのまま身を委ねていると、旦那様は満足したらしくて顔を上げては「部屋が暑いか?」とかなり明後日の方向に解釈されました。


 ……旦那様は、本当にそういう所に鈍いというか興味がなさそうというか。欲とか殆どなさそうな気がしますよ。……何とも思ってなさそうですし……。いえ、名ばかりの妻だから、仕方ないのかもしれませんけど。


「……エルネスタ」

「は、はい」

「明日はそこまで早くなくとも良いし、七時に起こしてくれると助かるのだが……もし、朝寝惚けてしまったら、すまない」

「え?」

「……今日は疲れた。翌朝素直に私が起きるとも限らないので、気を付けて欲しい」

「は、はい……?」

「私はあまり寝起きが良くない。暴力を振るったり不機嫌になる事はないが、兎に角起きないので、気を付けてくれ」


 ……よ、よく分からないですけど、兎に角寝起きに気を付ければ良いのですね……?


 何故かとても真剣な顔でお願いされたので、こくこくと頷きながらも内心首を傾げるしかありませんでした。

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