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伯父の憂鬱

 コルネリウスにとってリーゼロッテは可愛い姪であり、そして教え甲斐のある将来有望な教え子であった。


「コルおじさまー、できたよ!」


 笑顔で用意したみかんを凍らせているリーゼロッテは、まだ幼いにも関わらず小さな魔術なら余裕で行使出来るようになっていた。


 コルネリウスやロルフの幼い頃もそうだったといえばそうなのだが、やはり先天的な才は群を抜いている気がする。もしかすればロルフよりも覚えるのが早いのかもしれない。


 コルネリウスもそうだが、ロルフは貪欲な好奇心で吸収するスピードが異常に早かった。その好奇心は間違いなく引き継がれているな、と教えるコルネリウスは在りし日の弟と重ねて苦笑するしかない。


 物覚えがよく、センスも良い。魔力量も父譲りな上恐らくエルネスタの影響を受けているのか、ロルフの幼い頃よりも潤沢。

 このまま成長したならば間違いなく魔導師として大成するであろう事は、誰の目にも明らかだった。正しくは、家族内だけでまだ秘されているが。


 師として、伯父として、魔導師の名家クラウスナー家の一員として、リーゼロッテの才能は喜ばしいものであったものの、リーゼロッテの将来が明るいかと言えば必ずしもそうでないとも理解している。


 あまりにも才が突出してしまえば、面倒事に巻き込まれるのだ。

 才能を妬んだものに攻撃されるかもしれない、才能を欲した人間に拐かされたり利用されたりするかもしれない。その辺りは自身の経験や優秀な弟を見ていればよく分かるので、今から懸念しておくに越した事はなかった。


 コルネリウスも、ある種の天才児として扱われてきた。

 クラウスナー家を繁栄させていくに相応しい才能を持った子だと他人からは言われ続けてきた。

 その評価は自分の歩む道を決め付けられたようで煩わしかった覚えがある。


 それ故にロルフがエルネスタの力で魔力量が爆発的に増え、家を継ぐと決まった時は、弟には悪いが本心から喜んだものだ。

 束縛を何よりも嫌うコルネリウスにとって、漸くの解放だった。


 だからこそ、リーゼロッテの現状は手放しに喜んで良いものか決めかねている。

 厄介な輩に目をつけられる可能性もそうだが、課せられるかもしれない義務があるから。


 リーゼロッテの両親である二人は、リーゼロッテの自由にさせるつもりではあるらしい。

 しかし、それを許せるかといえばそうでもないのだ。


 これから生まれてくる子供……恐らく二人目が生まれたならば三人目もそう遠くない内に授かるだろうと夫婦の熱愛っぷりを見ていれば明らかな未来を想定しているが、その子供達の誰かにはクラウスナーを継いで貰わなければならない。

 一番才がある人間に継がせる、それだけはロルフやエルネスタの意向がどうであれ確定だ。


 だからこそ、リーゼロッテが優れていれば優れている程、自由がもがれていくのではないかとコルネリウスは心配していた。


 自身が一時期家に繋がれた状態であったからこそ、リーゼロッテの思いがどの方向に向くのか不安なのだ。

 もし自由を望んだ時同じように繋がれてしまったらどうなるのか、過去の自分を思うと憂鬱にすらなる。


 自分は、諸国に留学する自由と引き換えに、帰って来て相応の相手を見付けたら家を継ぐ事になっていた。


 結局ロルフが継ぐ事になりその条件はなくなったものの、リーゼロッテが継ぐ事になればそうはいかないだろう。

 これから生まれる子供次第ではあるが、もしかしたら自分と同じ思いを抱くかもしれない。


「……コルおじさま、きいてる?」

「ああごめん、聞いてるよ。よく出来たね」


 そこで声をかけられて、我に返って褒めて欲しそうな弟子を優しく撫でる。

 愛弟子の父親、つまり弟であるロルフより撫で方が上手いとリーゼロッテからご満悦のお言葉を貰っている手付きにより、リーゼロッテは大層満足したように瞳を和ませた。


 素直で可愛らしい弟子は上の空だったコルネリウスに不満は口にせず、ただ嬉しそうに笑っている。


 そういえば昔自分も無邪気に褒められて喜んだ時期があったな、と思い返して何とも言えない複雑な感情が広がる。

 純粋な喜びは次第にプレッシャーに塗り替えられていったからこそ、今のリーゼロッテは眩しい。無邪気に喜べる内は、自分も学ぶのは楽しかったのだから。


 抑圧を感じるようになってから何処までも自由なロルフを一時期妬みすらしたが、今では逆転している。

 そのロルフは次期クラウスナーの当主という立場を苦にも思っていないようなので、やはり器が違ったのだと実感せざるを得なかった。


「……ねえロッテ、聞いても良いかな」

「なあに、コルおじさま」

「リーゼロッテは将来何かしたい事とかあるかな」


 突然の問い掛けに、リーゼロッテは母親譲りの翠玉をきょとんと丸くして、それから直ぐに弾けるような笑顔をいとけない容貌に湛える。


「あのね、おおきくなったらレオさまをまもれるようになりたいの! おかあさまは『じゃあこの場合目標は側近なのかしら』っていってたから、そっきん? をめざすの!」

「え、レオの側近? こりゃまた何で」

「レオさますきだもん! そんけーしてるの!」


 この間はコルおじさますきーだったのにいつの間にやらレオさますきーになっていて、伯父として地味にショックを受けたものの、どうやら敬愛らしいので安堵する。


 レオナルドの何処にリーゼロッテが尊敬する要素があるのか旧知の仲としてはやや疑問だったものの、レオナルド本人は間違いなく優秀なので、ロルフやエルネスタから聞いたのかもしれないと納得しておいた。


 ……人格面で尊敬出来るやつなのかは、閉口しておく。

 とてもイイ性格をしているというのは、ロルフやコルネリウスだけが知る事であり、エルネスタやリーゼロッテは恐らく知らないのだ。リーゼロッテにはまだ夢を見ていて貰おうと思う。


「まあレオの側近……というかこの場合は右腕というか助手というかややこしい立場なんだけど、それを目指すなら目指すで良いと思うよ。で、そこから問題なんだけどね」

「もんだい?」

「もし、それとは別にどうしてもやらなければならないすごく大変な事がリーゼロッテに託されたら、どうする?」


 この際夢がレオナルドの側近であろうが何でもいい。

 聞きたいのは、もし当主という責を背負わされた場合、リーゼロッテはどうするかという事だ。自由をもがれる事を許容出来るのか。

 幼子に問い掛けるには酷なものかもしれないが、確かめておきたかった。


 リーゼロッテは暫く瞬きを繰り返してコルネリウスの言葉を噛み砕いていたものの、やがて軽く笑う。なんだ、そんな事? と言わんばかりに、あっけらかんと。


「もちろん、どっちもがんばるよ!」

「……片方だけでもすごく大変なのに?」

「だって、やるまえからあきらめてたらなにもかなわないでしょう? やるまえからおわるなんて、もったいないもの」


 その一言に、雷に打たれたような衝撃を受けた。


 ――ああ、自分はやる前から諦めて、ただ面倒から逃げていただけなのか。


 その事実を突きつけられて、胸が軋んだような痛みを覚える。けれど、それがどうにかなるものでも、やり直せるものでもないとも、分かっていた。


 そもそも、自分はしたい事なんてなかったのかもしれない。ただ、縛られているのが嫌でもがいていたなの過ぎないのかもしれない。

 ロルフのような明確な目標がなく、ただ気の向くままに生きてきた自身が情けないし、今まで何をしてきたのだと自嘲すら浮かんでしまう。


「コルおじさまは、なにかあきらめたの?」

「……そうだね、諦めて、結局その役割がなくなって自由になったけど途方に暮れてるのかな」

「じゃあいまからでもやりたいことをするほうがいいとおもうの。コルおじさまは、じゆうなんでしょ?」


 だったらなんでもできるよ、と子供の無邪気で無責任な発言だとも分かっていたが、その一言が突き刺さる。


「今からでも間に合うかな。特に目標がないんだけどね」

「じんせーまだまだだからだいじょーぶだよ!」


 子供に諭されるのは複雑であったものの、リーゼロッテの言う通りまだまだコルネリウスも若い。といっても三十路手前ではあるので、急がなければならない気もする。

 今までのらりくらりと過ごしていたのだから、何かに邁進するのも悪くない。


「……ひとまずは、ロッテを立派な魔導師兼淑女にでもするのが良いかなあ。レオの側に居るなら、ある程度の教養は必要だし」

「しゅくじょ?」

「素敵な女性だよ。ロッテならなれるさ」


 不思議そうな愛弟子を撫でて、ひっそりと笑う。

 本来ならもうこのくらいの子供は居てもおかしくない。リーゼロッテを見ていると、自分も子供が欲しくなってくる。


 取り敢えず、相手を見付ける事を目標にしても良いかもしれない。所帯を持ちたいという気持ちが、仲睦まじい弟夫婦を見ていたらむくむくと湧いてくるのだ。


 まあ今のところは現状維持なのは変わらないかな、と苦笑して、喜ぶリーゼロッテを甘やかしてやる事にした。

 また一ヶ月ぶりの更新となってしまった(小声)

 活動報告にて今後の更新について色々アンケートとリクエスト受付をしていますので、ご協力頂ければ幸いです!

 本編、後日談等時系列問わず何か読みたいエピソードがありましたら活動報告の方にコメントいただければなと思います(*´ω`*)

 よろしくおねがいしますー!

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