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日々降り積もる愛と重なる年月

ロルフ視点です。

 最近のエルは、あまり外には出たがらない。

 随分と膨らんだお腹が動くのに枷となるとの、安定期に入っているとはいえエルはそこまで体が強くはないので体調を崩しがちになっている、というのがあるだろう。


 エルとしては二度目なので「命を宿しているとこのようなものなのですよ、ロルフ様」と慣れた様子だった。それでも外に出掛けられるような気分ではないらしく、部屋でゆったりと過ごしている。


 リーゼロッテがやや退屈そうだったものの、エルに無理をさせてはならないと自分で判断したらしく兄上の所で魔術の勉強に励んでいる。

 ……さっき見てきたら覚えたての風の魔術で紙飛行機を何処まで飛ばせるか、というお遊びに発展していたのだが、あれも訓練の内だろう。本人が楽しく学んで身に付けているなら良い。少なくとも押し付けるよりは、ずっと。


 そんな訳で、エルは一人読書をしている訳だが……。


「何回も読むと、流石の私でも覚えてきちゃいますね」


 二人の思い出の本を読んでは苦笑しているエル。

 私の小さい頃に気に入っていた物語。今はエルが本の所有者となっているが、エルも気に入ったのか繰り返し読んでいる。……この本のようにエルの願いが叶った、というのもあるが、純粋にお話として気に入っているらしい。


 最初に二人で読んだあの頃よりも色褪せてはいるが、エルも丁寧に扱っているのでページが取れたり大きな汚れが出来……たんだったな、リーゼロッテがココアを溢したから。まあ拭き取ったし一ページだったから、そう被害もなかったが。


 私やエルと一緒に時を重ねてきた思い出の本を撫でて、穏やかに微笑むエル。

 ベッドから体を起こしているが、先程まで寝ていたせいかほんのりと着乱れている。少し目のやり場に困るので整えてやるとはにかんで「ロルフ様も気を使うようになりましたよね」と染々頷いていた。


 ……流石に私でも思うところはあるぞ。愛しい妻がしどけない姿で何も思わないなんて有り得ないだろう。


「何回も繰り返し読んだからな。リーゼロッテにも沢山読み聞かせをしていただろう。自然と覚えてしまったのだな」

「ふふ、そうですね……思い出の、だいすきなお話ですから」


 はにかんだエルに、愛おしさが込み上げる。

 しかし乱暴に抱き締めてしまえば子供にもエルにも悪いので、そっと掌を包み込む。それだけで溢れる程の幸せを露にするエルは、相変わらず可愛らしい。


 ……出会った頃は成人してそう経っていなかったのでまだ幼さが残っていたが、今は子を産み落ち着いた女性の魅力に満ちている。

 可愛い、というよりは美しい、が目立ってくる年齢ではあるが、やはりエルは可愛らしい。いつまで経っても、愛らしく愛おしいのだ。


 きん、と擦れて微かに音を立てる結婚指輪。思えば浅慮だったにも程がある指輪の選び方だったが、エルからは「ロルフ様から頂いたものは宝物です」と本心から言われたので、何も言わないようにはしている。

 ほっそりとした指をなぞると擽ったそうに微笑んでいるエル。片手でページを捲って私が好きな場面を見せると、懐かしそうに瞳を細めて。


「……私にとっては、ロルフ様が王子様で魔法使い様で勇者様ですね」

「私にとってエルは姫君だな。……まあ、姫は廃業して貰ったが」

「ふふ、そんな柄でもないですし」

「いや、姫だとまた連れ去られるからな。ただ一人の女として、妻として、私の側に居てくれたら良い」


 本人は平凡だとは思っているのだが、エルは整っているとは思うのだ。鮮烈な美しさこそないが、儚く淡い花のような清楚さかある。

 緩く波打った柔らかい髪も、大粒の翠玉も、直ぐに赤らむ滑らかな肌も、全て綺麗で思わず触れたくなってしまう。エルはきらびやかな宝石ではなく、……ああいや瞳は宝石にも勝る輝きなのだが、宝石というよりはやはり花だ。繊細で可憐な、花。

 手折らないように注意しなければいけない。


 そんなエルは、私の言葉を聞く度に顔が赤らんでいく。握った手が震えて、熱を溜め込んでいる気すらする。


「そういう事恥ずかしげもなくしれっと言えるのがロルフ様らしいというか。……私も、ロルフ様は王子様や魔法使い様や勇者様でなく、ただ一人の夫として居てくれたら、嬉しいです。……取られたくないですもの」

「エルしか見ていないから案ずると良い。エル一筋だからな。何があってもエルの下に戻ってくるのだから、心配する事はないぞ?」


 当たり前だが、妻以外に目移りする訳も靡く訳もないだろう。不必要に近付き言葉でも拒絶出来ないなら実力行使に移るだろうし。

 女性という生き物こそ認識すれど欲を抱くのはエルだけだ。触れたいし口付けたい。許されるならもっと身も心も愛したい。……と丁度言い寄られて撃退した所を見ていたヴェルに零したら「程々にね」と苦笑されてしまったのだが。


「私はエルにだけ愛を誓っているのだ。不安がる事はないぞ?」

「……知ってます」

「なら良かった。……ああ、すまない一つ嘘をついたかもしれない」

「え?」

「異性として愛するのは勿論エルだけなのだが、リーゼロッテも愛しているからな。ああそのお腹の子も愛しているぞ? だから、愛なら家族に、と思って」


 エルは特別だ。子供も特別だが、エルの特別とは違う特別だ。どちらにせよ大切なのは代わりないし、愛してはいるのだが。


 子供なら愛しても問題ないだろう? と笑うと、エルも穏やかに慈しむような微笑みを浮かべて頷き、私の手を握り返す。

 私を見つめる眼差しはひたすらに信頼と愛情に満ちていて、愛おしさが込み上げてくる。


 ……エルと一緒に住むようになって片手では数えられないくらいの年数を過ごしてきたが、益々好きになっていく。

 人は三年もすれば愛がなくなるとか言うが、それは嘘だろう。少なくとも、私はより強くなっていく。もっと時を重ねれば、たとえきれないくらいに、エルの事を愛するようになっているに違いない。


 これからもっとエルの事を愛するようになるのだと思うと嬉しくて、柔和に微笑んだエルの手を握り直して私も微笑みを返した。

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