幸せな家族計画
甲高い泣き声が、屋敷中に響き渡ります。
これも日常と化してしまったのは、いつからだったでしょうか。
すっかり軽くなった足取りで足早に音源に向かうと、ロルフ様が助けを求めるように現れた私に視線を寄越します。
「エル、エル、どうしたら良い、リーゼロッテが泣き止まないんだ」
腕に抱いているのは、おくるみに包まれた赤子。
泣いているのは赤ちゃんなのですが、寧ろロルフ様の方が泣きそうです。助けてくれ、と眼差しが切に語っていて、私の登場に安堵と、それからあんまりに泣いている赤子に困惑の様相です。
この子は、私達の間に産まれた子供。名前はリーゼロッテ、名前から分かる通り女の子です。
女の子が産まれた時のロルフ様の喜びっぷりったら、凄いものでして……笑顔で「エル似のさぞ可愛い子になるだろうな」と興奮も凄かったのです。
いえ、男の子でも多分『エルに似た素敵な男の子になるだろう』とか言いそうですけども。
今回はちょっとロルフ様に任せて席を立っただけなのですが、その間に泣いちゃったみたいでロルフ様がおろおろ。
腕の中でわんわんと泣く可愛い娘に苦笑し、ロルフ様から引き継ぐように抱き抱えると、ぴたりと泣き止むのだから不思議です。……まあロルフ様が代わりに凹んで泣きかけるのですが。気を強く持って、ロルフ様。
「……何故私が抱くと泣くのだ……」
「何故でしょうね」
「……むう、些か不公平だ」
「仕方ありませんよ。もう少し大きくなったら、大丈夫だと思いますし」
母親の腕の中はどうやら安心するらしくて、今は指をしゃぶりながらも大人しくしています。このままだと直ぐに寝てしまいそうですね、寝付きがよくて助かってはいるのですけど。
うとうととしているリーゼロッテはそれはもう可愛らしい。
ロルフ様は私似だと言いますが、多分ロルフ様の血が濃いです。髪の色や、何となくの顔立ちはロルフ様のもの。瞳は私の色を継いでいるみたいですけど。
すっかり静かになった愛娘にロルフ様は少し名残惜しそうにしつつも、それでも愛おしそうに眼差しを和らげて見守っています。
若干そわそわしているのは、自分も抱きたいからでしょう。さっき泣いてしまって漸く落ち着いたので、まだ控えて頂きますけど。
「……エル」
「はい、何でしょうか?」
「間接的に抱っこしたい」
「か、間接的に、ですか?」
「なのでエルが私の膝の上に座って私が抱き締めれば完璧だと思うのだ」
如何にも妙案を思い付いた、という得意満面な笑みで手を広げるロルフ様に、暫し瞬きを繰り返して。
……もう、と苦笑を浮かべて、ゆっくりと起こさないように静かに、ロルフ様の膝の上に座ります。ロルフ様もまた、リーゼロッテを起こさないように、優しく私を抱き締めて。
リーゼロッテがぐずる様子はありません。落ち着いた、一定の呼吸をしています。
私は逆に、少しドキドキしてしまって、落ち着かないのですけど。
私を抱き寄せつつ、片手で横髪を掬い上げて唇との逢瀬を実行するロルフ様に、胸の高鳴りが強くなる。
喜怒哀楽の強くなったロルフ様は、昔よりもずっと、甘いマスクになっています。
表情筋が死んでいるとコルネリウス様に言わしめた無表情さは今は影も形もなく、ひたすらに柔らかく温もりに満ちた笑顔と眼差しを下さるのです。
髪に口付けるその動作一つで、否応なしに鼓動が跳ねてしまいます。気障な仕草なのに、それを不釣り合いだとか格好つけたとかとは思わせない、自然な運び方。
ロルフ様は私にとっての魔法使い様であり勇者様でありましたが、王子様でもあるのです。だからこそ、異様に似合うというか。
「……こうして、ゆっくり触れ合うのは久し振りだな」
「そう、ですね。生まれてからはてんやわんやで、ロルフ様もお仕事が忙しかったですし……」
リーゼロッテが生まれてからは、本当に毎日が忙しかった。中々寝れない日も続いたし、ロルフ様はロルフ様で非常に申し訳なさそうな顔をしつつ舞い込んできたお仕事を処理したり。
なるべくお休みを取ってお手伝いをしてくれたりして、とても妻と子思いの旦那様だと実感しております。まあ、リーゼロッテを泣かせたりする事もありますが、こればかりはご愛嬌。
最近では大分お乳を飲む頻度も減ってきたので、少しだけ落ち着く猶予も出来てきたのです。
「疲れているのではないか?」
「正直、体は少し疲れていますが……心は全然そんな事ないのですよ。可愛い娘ですから」
「そうだな。もう少し大きくなれば私でもきっと、きっとあやす事が出来るだろうから、エルの負担を減らせるだろう」
きっとを二回も言ったのは、そうであって欲しいというロルフ様の願いが多分に含まれている気がしますが、私もそうだと信じております。
綻んだ口許を見て、ロルフ様もまた柔らかく唇をしならせる。
笑みのまま「父親だからな、私も子育てに参加するべきだ」と父親としては理想的なお言葉を、その唇に乗せたロルフ様。
素敵な旦那様ですね、と茶化した訳でもなく本気でそう思って告げると、はにかむように頬を染めて微笑んで。
「私はエルの良き夫であり、リーゼロッテの良き父親になりたいからな」
「あら、もうなっていますよ。……私の、自慢の旦那様ですもの」
決して、最初は良い旦那様だとは言えませんでしたが……それは私にも返ってくる言葉でしょう。
しかし、今では違います。
私もロルフ様も、随分と変わりました。
私は自分の傷を気にしなくなったし、自分でもはっきりと自覚出来る程に明るくなりました。自分に自信が持てた証拠なのでしょう。
そして、愛される事を、知った。
ロルフ様は、他人に興味を持てるようになったし、魔術だけが全てではないと知った。
愛する気持ちを、理解した。
互いを思いやり、慈しみ、尊重し、大切にしていける。このように変わったという事は、それだけ私達が相手の事を知って、愛し合った、という事でもあります。
きっと、それは、私達にとって最も幸福な事。
「……エルも、私の自慢の妻だ。何処に出しても恥ずかしくない、良き妻だと、思う」
「ふふ、ありがとうございます」
「自慢の妻に自慢の娘。私は幸せ者だな」
「私もですよ、ロルフ様」
言葉の通りに表情を緩め、愛しい人の胸に体を預けます。
……クラウスナー家に嫁いで、ロルフ様の奥さんとなって、二年。最初は、愛ある夫婦生活なんて、子供なんて、無理だと思っていたのに……案外、望みは叶うものなのですね。
実は、お姫様になりたい、とは別に、もう一つ夢があったのですが……。
「……どうせなら自慢の息子も欲しいのだが、どうだ?」
いつの間にか、叶ってしまいましたね。
素敵な旦那様に可愛い子供、幸せな家庭を築きたいっていう、お姫様とは別の、女の子の憧れも。
若干体を揺らしながらもそっと窺ってきたロルフ様には照れ隠しにはにかんで。
また落ち着いてからですね、と小さな声で囁いて、私は自分を満たす熱を悟られないように、俯いて微笑みました。
更新間隔が空いて申し訳ありません。
書籍の情報につきましては今後お知らせしていけたらと思いますので今暫くお待ち頂ければ幸いです。
ひとまずこれで完結に設定を戻します。
また子供のお話とかレオナルドに巻き込まれる夫婦だったりコルネリウスのお相手の話とかをその内書いていけたらと思います。
それでは最後までお読み頂きありがとうございました……!




