旦那様の好物(試作)
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朝起きると、旦那様は既に隣には居ませんでした。朝早いと言っていたのですが、此所まで早いとは思っておらず、一瞬私が寝坊してしまったのではないかと心配してしてしまいましたよ。
隣にあった温もりはほんのり残滓が残っていて、旦那様の香りと共に毛布の中に留まって居ます。恐らく、此処を出てそう時間が経っていないのでしょう。まだ、温かい。
……よく考えれば、旦那様が先に起きていたなら私の寝ている顔を見られたという事では? ぐっすり寝ていて、涎とか垂らしていたのを見られたら……!?
慌てて口許を拭ってみますが、心配した涎を口から零したいたとかはなさそうなので一安心。……いえ、寝顔を見られたのは確かなのでしょうけど。
帰って来て「お前は変な顔をして寝るのだな」とか言われたら、私は恥ずかしすぎて穴に埋まらなければなりません。
無意識の自分がそんな事をしていないと期待しつつ、着替えて身仕度をしてからアマーリエ様の元に。朝食はお手伝いするという約束ですので、私も厨房に入らせて頂きます。
時間は時計で過ぎていない事を確認していましたが、アマーリエ様は準備万端の状態で私を待っていました。
「おはよう、エルちゃん。昨日はよく眠れた?」
「は、はい」
「ロルフから聞いたわよ、一緒に寝る事にしたのですって?」
「……は、はい」
アマーリエ様は旦那様が私と少しずつ打ち解けて(?)来ている事に大層お喜びで、実に嬉しそうにしております。
……旦那様、アマーリエ様に報告するのは良いのですけど……その、仕事場では報告しないで下さいね……? 他言は信用における人しかしない、とは言っていましたが……。
「良かったわ、ロルフもエルちゃんの事気に入ってくれたみたいで」
「あれは気に入っているというよりは物珍しいからだと思いますけど……」
「そうかしら? あの子、認めない人間とは話もしないのだけど」
……それは、昔の私は認められていなかったから、話し掛けられなかったという事では……?
「ああ、違うのよ。最初の頃のロルフは、何だかんだ戸惑っていたのよ。うちには子供はロルフとその兄のコルネリウスしか居なかったから、家に女の子、それも奥さんとしてエルちゃんが来るって事でどうして良いのか分からなかったのだと思うわ」
「……研究に打ち込んでく内に私を気に止めなくなったと……」
「そこは本当に息子の代わりに謝るわ。ごめんなさいね……あの子、不器用というか、本当に研究しか興味ない子だから……」
アマーリエ様も申し訳なさそうなのですが、ただ興味を失ったとか忘れてた、くらいでしたら全然大丈夫です。認められていなかったら、その、悲しいですけど……今の旦那様は、そんな気配はないですし。
アマーリエ様に大丈夫ですと微笑むと、ほっとしたようなアマーリエ様。アマーリエ様が心配なさる事ではありませんし、今はそこそこに付かず離れずの状態ですし……いえ物理的にはくっつきたがるのですが。検証の為に。
「それなら良かったわ。じゃあ朝御飯の準備をしましょうか」
「はい。……それは良いのですけど、この量は……?」
気を取り直して朝御飯の支度をしよう、という事になったものの、私の視線は材料が載せられた台に釘付けにされていました。
……先程から非常に気になっていたのですが、これ朝食の材料としては多くないでしょうか……? 鶏の骨に香草、様々な野菜大量に、卵など。朝食で消費するにはまず無理な量が並んでいるのですが。
「ああ、これ? エルちゃんクリームシチュー習いたいって言ってたでしょう? ならお昼に作って練習するのが良いと思って、ブイヨンを先に仕込もうと思うの」
ロルフには美味しいものを食べさせてあげたいものね、と慈愛の笑みを浮かべるアマーリエ様。私との約束を素早く果たしてくれようとしているのが分かって、とても嬉しいです。
……そう、アマーリエ様の秘伝のクリームシチューをしっかり会得して、旦那様に食べさせてあげたいのです。初めて作った時は味がどうなのか分からないから旦那様にはお出し出来ないので、旦那様が居ない時に作ろうと思っていたのですよ。
その辺りを見抜いたアマーリエ様には、本当に脱帽するのみです。
「では作りましょうか。ブイヨンを作っている間に朝食を作ってしまえば良いわ」
「はい」
さて、アマーリエ様の指示の元、朝食と昼食の準備にかかりましょう。
ブイヨンの作業自体はそう難しいものではありません。
まず先に、鶏ガラの下茹でから。脂と血を抜く作業です、余分な脂が出てきますし、雑味や臭み出てしまうのでちゃんと処理はしておかないとなりません。
茹でている間に玉葱や人参、セロリなどの香味野菜はざく切りに。香草は紐で括ってブーケガルニに。
下茹でが終わったら鶏ガラを別の鍋に移して水を入れ、強火で加熱していきます。アクと脂をしっかり取ってから、さっき切った香味野菜をどっさり投入です。
結構な量があったのですが、アマーリエ様軽々と入ったボウルを持ち上げて放り込むので、その細腕の何処に力が……とか感心してしまいました。
「子供を産むと女性は強くなるものよ。コルネリウスはロルフより遥かに手がかかったのよ……」
今はこの家におらず、他国に見聞を広めに行っているコルネリウス様。私も式で一度お見掛けしたくらいで、どんな方なのかいまいち分かっていないのです。旦那様同様綺麗な方だとは思いましたけど……。
「コルネリウスもその内帰ってくるわ。その時に改めて言うけれど、あれは非常に女性好きだから気を付けなさい。流石に義妹に手出しはしないと思うけど」
「そ、そんな方なのですか……?」
「勿論良い子ではあるのよ、賢くて常識もあるわ。ただ女好きなだけで……」
「……旦那様とは正反対の性格のような気がしますね」
「そうね、反対だわ。本質は一緒なのだけど……」
野菜のアクを取りつつの会話なのですが、アマーリエ様は大変苦労なさったらしくて「どうして二人して真逆の行動をするのに気は合うのか分からないわ」と苦笑しております。
兄弟仲は悪くなさそうで何よりなのですが、コルネリウス様は私とも仲良くして頂けるのでしょうか。
そう呟くと「エルちゃんは気を付けてね」と自分の息子なのにちょっと信用していないお言葉を頂いたので、私も曖昧に笑っておきました。
アクが粗方取れたのでブーケガルニを投入して紐は持ち手に括り付け、後はじっくり煮込んでエキスを抽出するだけ。先に軽く朝食を作って済ませてしまう事になりました。
ホルスト様が朝市で買ってきたパンにサラダ、オムレツとシンプルな朝食です。卵は家の敷地にある飼育小屋から朝取ってきたものらしくてとても新鮮でした。オムレツを作るときに中々黄身が割れなかったくらいですから。
綺麗な形に焼けたオムレツをフォークで切り分けながら、今頃旦那様はどんな事をしているのでしょうか、と考えてしまいます。
私は旦那様のお仕事をよく知りません。ただ研究に忙しく、常に仕事に追われているという事しかしりません。いえ、追われているというよりは自ら好んで追い掛けているとは思いますけど。
旦那様が魔術の何を研究しているのか、どんな仕事場で働いているのか、同僚はどんな方なのか、私は全く知らないのです。あ、寝間着を普段着にしている方が居るという情報だけは知りましたが、あとは全く知りません。知ろうとも、していなかった。
私も歩み寄る努力をしてこなかったのですね……と痛感させられました。もう少し、旦那様の事を知る努力をしなければ。……一先ず、旦那様の好物であるアマーリエ様秘伝のクリームシチューをマスターしなくては。
そして、昼食の準備に取りかかります。
しっかり煮込んだブイヨンを濾すと、澄んだ飴色の液体になっていました。ふわりと香る、良い匂い。何とも食欲をそそる香りです。このまま塩胡椒で味を整えるだけで立派なスープになるのではないのでしょうか。
「じゃあクリームシチュー、作りましょうか。と言ってもそう特別な事をしていないのよ?」
ころころと笑ったアマーリエ様。私に取り敢えず野菜を切るように指示したので、言われた通りに野菜を切っていきます。
私も料理は出来ない訳ではないので難なく切っていくのですが、アマーリエ様のように手早く均等に切れる程ではありません。勿論過不足ない程度の腕前はあるのですが……歴戦の奥様に勝てる筈もないでしょう。
アマーリエ様は料理人にでもなれるくらいに、手早く、そして美味しく料理を作り上げているので、本当に目標のような女性です。
「切ったら玉葱以外下茹でね。炒めても良いのだけど、あんまりロルフは野菜の味が好きじゃなくてね……」
「今では普通に食べています、よね?」
「昔の話よ。野菜の独特の風味が嫌だったらしくて、しょっちゅう残してたわ。だから、野菜自体に下味を付ければ食べるんじゃないかって事になって、ブイヨンで先に味を含ませておいたら食べるようになったのよ」
実は最初はシチューも好きじゃなかったのよ、野菜が塊で入っていたから……と衝撃の事実を聞かせて頂きました。……子供の時の旦那様は、野菜が嫌いだった見たいです。
子供の頃の好き嫌いは分からなくもないですが、今からはとても想像のつかない旦那様です。……何だか想像すると、旦那様がとても可愛らしい少年だったのではないかと思えてきました。今は、クールな方ですけど……。
「ふふ、その頃の姿絵もあるのよ。あの頃は可愛かったわ、今じゃ可愛げなくなっちゃったけど」
「み、見たいです……」
「あら、じゃあ食事が終わった後に見せてあげるわ」
「是非!」
ごめんなさい旦那様、旦那様が居ない間に旦那様の過去を暴いてしまいそうです。
旦那様の昔話で盛り上がっていると下準備も済んでしまったので、さっそく本格的な調理に入ります。野菜が柔らかく、そして味が染みた頃を見計らって、鶏肉をオリーブオイルとバター小量で軽く焼きます。
何でもバターは最後の仕上げで入れるので、此所で多く入れるとくどくなるそうです。
そこに、玉葱を投入です。ほんの少しだけにんにくの微塵切りを入れるのが隠し味だそうです。焦げないように気を付けつつしんなりして来たところで、白ワインを回し掛けます。
アマーリエ様は大胆にかけてわざと火を付けてアルコール分を飛ばしていましたが、事前に言われなかったらびっくりしていたと思いますよ。というか事前に言われて覚悟した私でも、燃え上がる炎にちょっと引け腰でしたから。
「此処小麦粉ね。白ワインで香りと粉っぽさを無くすのよ」
玉葱と鶏肉にかかるように小麦粉を振り掛けてささっと絡めるて、牛乳を入れます。分離してしまうので沸騰はしないようにしつつ煮て、煮立ってきたらブイヨンごと味を含ませていた野菜を入れ、少し煮込みます。
……煮込んでいる途中でとても良い香りがして、お腹が切ない音を立てそうで気が気じゃなかったです。何を考えているのか表情でばれてしまったらしくてアマーリエ様には「もう少しで出来るから辛抱よ」と言われて、顔を隠したくなりました。
「あとはクリームと、削ったチーズ、塩胡椒で味を整えて、コクを出す為にバターを加えて完成よ。そんなに難しくはなかったでしょう?」
「難しくはなかった、ですが……アマーリエ様の味を再現出来るかは分かりません」
「良いのよ。あの子、あなたが頑張って作ったって言ったら文句なんか言わないと思うわよ。あなたの味を好きになってもらえば良いじゃない。大丈夫よ」
励ますように背中をぽん、と叩かれて、私は心配になりつつも、こくりと頷いてシチューの仕上げに専念する事にしました。
アマーリエ様の指示通りに量を調整して味を整えつつ、しっかりこの量を頭に刻み込みます。
……旦那様の好きな料理なのですから、私が作れるようにならないと。アマーリエ様の味付けを再現するのが第一です。その後、少しずつ他の味も試してもらったら……。
「うん、大丈夫よ」
小皿に取って先に味見をしたアマーリエ様につい安堵して、私も味見分をよそいます。
口に含むと、何処かのレストランで出されるようなお味でありつつも、家庭的な優しさがある、温かさを感じる味。実家で作っていたようなクリームシチューとも違うお味で、ほっとするような味です。家の味付けよりほっとしてしまうのは、アマーリエ様の人柄のせいなのでしょうか。
「これで完成よ、大丈夫、上手に出来ているわ。パンもあるし、温かい内に食べてしまいましょう」
アマーリエ様の太鼓判も貰って一安心な私は、三人分よそって食卓に並べて仲良く昼食を取りました。ホルスト様からも美味しいと褒めて頂いたので、本当に良かった。
自分でも美味しいと思いますし、これが旦那様の好きな味なんだとついつい二杯も食べてしまったので反省です。今度は一人でこの味を再現しなくては。




