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奥様と旦那様の結婚記念日

 気付けば、私とロルフ様の結婚記念日がやってきていました。

 結局ロルフ様の本音を聞いた後に何かあった訳でもないのですが、とても幸せです。私はロルフ様にちゃんと愛されていて、求められていたのだと知れたのだから。


 結婚記念日の事をロルフ様はちゃんと覚えていたらしく、朝起きると「今日で一年か」と感慨深そうに呟くのです。


 ……結婚して、一年経ったのですよね、私達。

 最初は、夫婦生活が上手くいくのかとても不安だったし、ちょっとだけ、ロルフ様が怖かった。冷たい眼差しをしていたロルフ様が。


 でも、案外上手くいくものなんですね。

 他人のような関係から、ゆっくりと、距離を縮めていって。きっかけこそ人には話せないですけど、それでも私達はお互いを知って、思い合うようになった。


「この一年、色々ありましたね」

「……そうだな。結婚した当初の私を殴れるものなら殴ってやりたい衝動にかられているが」

「もう。……良いんです、昔の事は。それに、昔のロルフ様が居たからこそ、今のロルフ様が居るんです。だから、良いの」


 そりゃあ最初は、傷付いたけど、それがあったからこそ、今の私が居る。それを否定しようとは思いません。……今、幸せなんですから。


 後悔ばかりしてますね、とロルフ様の頬をつつくと、少しバツが悪そうな顔。

 律儀ですよねえ、なんて笑いながら頬に口付けて「昔を悔いるより今を大切にしてくださいね?」とお願いすると、ロルフ様は直ぐに抱き締めてくれます。


「……大切にする、これからも、ずっと」

「はい。……私も、ロルフ様を大切にします」


 なんだか改めて言うのは気恥ずかしくてちょっと頬を赤らめると、ロルフ様はとろけるような笑顔を浮かべて、軽く口付けて下さいました。




「結婚一周年おめでとう、二人共」


 お昼頃まで部屋でべったりされて、漸く居間に向かうと、居間では家族が待っていました。

 皆、穏やかな笑顔で私達を見つめています。皆覚えてくれていたのだと思うと嬉しくて自然と笑みが零れ、ロルフ様と繋いだ手にも力がちょっとだけこもります。


「一時期どうなるかと思ってたけど、上手く行ってよかった。私もアマーリエも、コルネリウスも心配していたから」

「異国に居た時はどうなる事かと思ってたんだけどねえ。帰ってきたら帰ってきたでロルフは馬鹿だし。女心ちっとも分かってなくてひやひやしていたよ」

「そうそう。エルちゃん泣きそうになるのがよくあったもの。見守る側もはらはらしてたわ」

「あ、あの、お三方、ロルフ様も分かってるのでそれ以上は……」


 その、ご心配をかけたのは尤もなのですが、それ以上言うとロルフ様が凹んでしまうので……。ほら、ロルフ様が意気消沈してますし……。


 自覚はしているらしいロルフ様、色々と思い出したらしく地味に肩を落としています。過去の自分が不甲斐ない、と零しているので、余程気にしているのでしょう。


「い、良いのですよロルフ様、今幸せですから、ね?」

「……ああ。それは分かっているのだが、一つ大きな後悔が……」

「後悔?」

「……ちゃんと、花嫁姿を見ていれば良かった、と。あの頃はその、妻など興味ないと思っていたから。……今思えば、何故よく見なかったのかと……」


 ……それでがっかりしてたのですか。ま、まあ、ロルフ様、私なんて殆ど視界に写してませんでしたし、ただ義務としてそこに居ただけですからね。

 記憶に残っていないのはとても残念ですけど、過ぎてしまった事ですし。そもそもあの時の私は多分暗い顔をしていたから、覚えられていなくても良かったのかもしれません。


「あら、じゃあ丁度良いじゃない」

「丁度良い?」

「結婚記念日なんだし、折角だからドレス着てみたら良いんじゃないのかしら。ドレスはちゃんと大切に取ってあるわよ」

「本当ですか!」


 アマーリエ様の言葉に、ロルフ様が食い付いてしまいました。

 ……え、ええと、もしかしてドレスを着ろという事なのでしょうか。喜んで下さるならドレス姿をお披露目するのも吝かではないのですけど、その、私、一年前と同じ体型ではない気がするのですけど……。

 どうしましょう。もし入らなかったら。ドン引きされてしまいます。


 きらきらと期待に満ちた眼差しのロルフ様。……これは断るのは無理そうだ、と悟ったお昼頃です。




 結果から言えば、無事にドレスは入りました。ちょっと緩くなってすらいるのは喜んで良いのでしょう。多分、殆ど閉じ籠っていた時期よりも運動をしているから、痩せたのかもしれません。

 ……ちょっと胸元がきついですけど、コルセットでどうにでもなる範囲だったのでセーフ。成長期が終わっていなかった事をちょっぴり喜んでいます。


 傷が隠れるデザインのドレス。一年ぶりに袖を通しました。

 まさか二度着る事になろうとは。

 真っ白の布地に繊細なレースと刺繍があしらわれた優美なドレスは、やっぱり着なれません。昔はこれを纏うのも複雑な気分で、見えてしまわないか怖々としていましたが……今はもう、気になりません。

 だって、ロルフ様は傷ごと受け入れてくれたのですから。


 あの頃の私は、こんなドレス似合わなかった。

 ずっと俯いて、暗くて鬱々とした雰囲気を撒き散らしていた私。無垢と幸福を象徴する純白など纏っても不釣り合いだと思っていた。


 けど……今は、前よりも似合っているでしょうか。ちゃんと、幸せなお嫁さんに、見えるでしょうか。


「エルちゃん、ロルフ呼ぶけど良いかしら」

「はい」


 今なら、胸を張ってこの姿を見てもらえる気がします。

 笑顔で頷くと、アマーリエ様は穏やかに微笑んで、それから部屋を出て行って、入れ替わるように、ロルフ様が部屋に入ってきました。


 ――式で見たきりの、タキシード姿で。


 お互いに変わった姿を見て固まりましたが、ロルフ様は私をじっと見詰めた後、そっと歩み寄って。


「その、何と言えば良いのだ。……とても綺麗だ」


 幸せそうに笑って私を抱き寄せ囁くロルフ様に、私も相好を崩して「ロルフ様も素敵ですよ」と返します。

 良かった、ロルフ様にとって綺麗に写っているなら、それだけで充分です。……私は、旦那様に愛された幸せな花嫁なのだから、旦那様に美しいと言ってもらえるだけで、着た甲斐がありました。


 抱き締めて額に口付けるロルフ様。それから、瞼、鼻、頬とゆっくりと唇が触れて。


「……エル。私はあの時、口付けなかったな」

「……はい」


 式はしたけども、誓いのキスはしなかった。ずっと、仮染めの夫婦のままなのかなと、ずっとあの時は思っていました。

 けど、今のロルフ様の眼差しは、あの時の冷たいものではありません。瞳に熱を宿し、真剣に、真摯に、乞うように私を見つめてくる。


 ……私は、妻として、一人の女性として、ロルフ様に求められるようになったんだ。


「今度こそ、誓いを立てても良いだろうか。私自身の意思と、言葉で」


 その一言に、静かに頷きます。


 最初は、契約婚のようなものだった。私を押し付けられた旦那様は可哀想だ、と思っていたし、愛される事なんてないだろうと思っていた。


 ……けど、未来は分からないものですね。こうして、愛し合うようになるなんて。

 あの頃の私に、悲観するなって言ってあげたいです。未来は希望に満ち溢れているのだと。


「まどろっこしい事は言わない。……いついかなる時でも、エルを愛し続け、添い遂げると誓う」

「……はい。私も、どのような時でも、何があっても、ロルフ様を愛し続け、生涯共に在る事を、誓います」


 今、きっと私は誰よりも幸せな花嫁になれたのだと思います。一年遅れだけど、深く結ばれた花嫁として。

 ……私達は、改めて夫婦になったのだから。


 それ以上は何も言わずに、私はただ瞳を閉じて顔を上げます。

 近寄る吐息、鼻を掠める慣れた香り。何度もしたのに、少しだけ緊張して――でも、とても幸せです。愛しい人と、本当の意味で夫婦になれたのだから。


 重なった吐息、柔らかく触れた唇。瞳から勝手に熱を伴った何かが零れるのを、幸福感にとろけた頭で、感じて。


「……愛している、エル」


 掠れた囁き声に、小さく「私もです」と微笑みながら返しました。




 その後ドレス姿を家族に見て貰って、皆さんから褒めて貰ったのは良いけれどコルネリウス様がニヤニヤ見ていたので(ロルフ様の反応が面白かったらしいです)ロルフ様が「私以外に見せなくて良い」と拗ねてしまいました。


 宥めるのに皆さんの前で頬に口付けるという恥ずかしい事をしてしまいましたが、ご機嫌になったロルフ様にまあ良いか、なんて思ってしまった私。……惚れ込んでるのは自覚してます。


 それから、流石にドレスのまま食事をする訳にもいかないので着替えて夕食に。今日はアマーリエ様が張り切ってくださったらしく、ご馳走が待ち構えていました。


 ……まあロルフ様はクリームシチューがない事に不満そうでしたが、アマーリエ様に「エルちゃんに明日作って貰いなさい」と宥められて機嫌を直しました。

 ロルフ様、滅茶苦茶アマーリエ様に簡単にあしらわれてます。


 そうして、お風呂に入って今日という日を終えようとしたのです。


「ドレス姿、綺麗だった」


 先にお風呂に入ったロルフ様は、いつものようにベッドで待ち構えていました。 


「ありがとうございます。やっぱりドレスって慣れませんけど……」

「脱いだのが勿体ないくらいだ。……その姿も好きだが」


 その姿、というのは寝間着姿の事でしょう。至って普通の寝間着なんですけどね。極端に肌が見えるとかでもないですし。


 ……本当は、アマーリエ様に「こんなのどうかしら」とかなり薄い生地で出来た寝間着を渡されたのですが、そんな大胆なものは着れなかったので普通のものです。

 あれは流石に恥ずかしいです、あんな、ひらひらすけすけな寝間着なんて……。


 まあロルフ様の事なので「どんなものでも似合う」と言い出しそうなのですけど。寧ろ見たがられる予感すらします。


 勝手に台詞を想像して恥ずかしいけどその様子が面白くて笑いつつ、私はロルフ様の隣に腰掛けます。

 すると、直ぐにロルフ様が私の事を抱き締めてくるので、びっくりして「きゃ」と自分でも恥ずかしいくらいに如何にもな声が出てしまいました。


 慣れてる筈なのに、胸が痛むくらいに鼓動が早くなっています。

 耳元で「……愛している」と言われるだけで、おかしくなりそうなくらいに胸がどきどきする。背中に回った手が体をくっつけさせるのを、私は真っ赤な顔で耐えます。


「私も、愛していますよ、ロルフ様」

「……足りない」

「ではどうすれば良いですか?」

「……もっと、強く抱き締めてくれ」

「はい」


 まだまだ足りない、そう呟くロルフ様に、私からもしっかりと抱き付きます。

 くっついた体は、互いに火照っていました。これは、お風呂上がりというだけではないでしょう。触れ合った所から混じり合うように熱が増えていくのが、恥ずかしいけど何だか心地好い。


 ロルフ様の胸元に顔をくっ付けると、いつもよりとても早い速度で、心臓が鼓動を刻んでいます。きっと、私も同じくらいに早いのでしょうけど。


「エル、私の心臓の音が聞こえるだろうか」

「……どきどきしてます」

「中々に、慣れない。いや、前よりもずっと、高鳴る。……お前のせいだぞ」

「私の心臓がうるさいのも、ロルフ様のせいですよ」

「そうか……お互い様、なんだな」


 とくとくと、胸の中で早鐘のように打つ心臓。これは、私もロルフ様も一緒です。……どちらも、互いのせいで、どきどきしているのですから。


 ふふ、と二人して笑い合って、それからロルフ様は私の瞳を覗き込んで来ました。


 鳶色の瞳に宿るものが、何なのか。分からない程、鈍くもありません。莫大な熱と物欲しげな色を孕ませた瞳で「エル」と囁かれて、自然と体が震えます。


「その、今更ではあるが……本来の結婚式の後の、事を、しても……良いだろうか」

「……はい」


 求められるのは分かっていたので、決めていた答えを教えると、ロルフ様は何故か目を丸くして。


「……嫌がらないのか」

「な、何で嫌がる事になってるのですか。この間、良いと言ったでしょう」

「……その、……女性の体に負担がかかると聞いて」


 律儀にそこを気にしていたらしいロルフ様。因みにレオナルド王子殿下から頂いた本で学んだそうです。

 ロルフ様に何を送りつけているのかと本当に問い質したくはあるのですが、役に立っているのも事実なので今日ばかりは何も言えません。


 随分と可愛らしい事を気に病んでいるロルフ様に、安心させようと背中を軽く叩いておきました。


「大丈夫ですよ、ロルフ様を受け入れたいです。それに……私も恥ずかしい事、言っても良いですか?」

「恥ずかしい事?」

「ずっと、待ってました。……ロルフ様に求められるのを。あなたに、愛されたかった」


 こんな事言うのはとても恥ずかしいしはしたないとは、分かっているけれど。

 私は、ロルフ様に妻として求められるのが、嬉しくて堪りません。


 ずっと、仮面夫婦で、その上傷を持つ私が愛される事なんてないんだって思っていたのです。

 ……それなのに、今、こうしてお互いに愛し合って、心の底から欲しがられる、求めて貰える。私から求めて良いんだって、教えて貰えた。


「私は、幸せですよ。……ロルフ様が、欲しいです」

「……エル」


 返事は、口付けで返されました。いえ、私も口付けで返事をしたのかもしれません。


 急いた動作で唇を重ねられ、そのまま求められるがままに深く口付けてられて。重ねた唇から微かに声が漏れるのが、恥ずかしい。

 まだ、回数はこなしてないのにいつの間にかお上手になっていたというか、翻弄されて、気が付けば息が荒れていて、体から力が抜けていました。


 四肢に力が入らなくてロルフ様に凭れていた私は、そのままロルフ様に押し倒される形でベッドに横たえられて。

 ぼうっとロルフ様を見上げれば、覆い被さるロルフ様は焦燥と渇望が混じった表情で、私を見下ろしていました。


「……エルと居ると、私が男なのだと思い知らされる。こんな衝動、エル以外に覚えない。……欲しいと思ったのは、エルだけだ」


 手が、私の服にかけられる。


「……エル、良いだろうか」


 切ない眼差しで物欲しそうに見つめてくるロルフ様に、苦笑してしまいました。


 ……良いと言ってるのにね。きっと、私がやっぱり嫌だと言ったら、引き下がるのでしょう。優しくて、甘くて、不器用な人なんですから。

 私は、ロルフ様に全てをあげると言ったのに。


「……ロルフ様。私を、愛して下さい」


 私を求めてくれる愛しい人にそう笑いかけて、誘うようにロルフ様の手に私の掌を重ねました。




 ――その日、私は愛しい人の体温を、知った。

これで100話目となります。

あともう数話で一区切りしようかな、と思います。

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