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旦那様は添い寝をご所望です

 旦那様は今何と仰ったでしょうか。聞き間違えがなければ私の隣で寝たいと言ったように聞こえたのですが。


「旦那様が、私の隣で、ですか?」

「ああ」

「……理由を窺っても宜しいでしょうか」

「お前の魔力が本当に増幅を促すかどうか検証したいのだ。魔力に触れるならば皮膚接触は必要だろう。かと言って昼間だとやる事があって忙しいし、不必要に動いては計測に誤差が生じるかもしれない。だから、一番動かず、尚且つ長時間共に過ごせる夜を共にするのが効率が良いと思ってな」


 ……何だ、そういう事ですか。いえ、何となくは予想していましたけど……それでもまさか旦那様が一緒に寝ようとか言うとは思っていませんでしたよ。

 単に、実験というか検証したいが故にそのような事を言い出したのですね。それなら良かっ……良かったのでしょうか。


 旦那様を窺っても、自分の言う事には間違いないと自信を持っていらっしゃるご様子。確かに理には敵っていますが、色々と問題があるとは思わないのですか旦那様。


「あ、あの、旦那様。い、幾ら検証の為とはいえ、隣に寝る事には抵抗はないのですか……?」

「何故抵抗を感じなければならないのだ」

「ですから、その……寝ている間はずっと、隣に私が居る状態ですよ? 邪魔になりませんか……?」

「別にベッドは広いし、お前は小柄だから邪魔にはならないと思うが」

「……私の事、お嫌いではないのですか……?」

「何故嫌いという発想が出てきたのかは分からないが、嫌いならば口も聞かないと思うが。……勿論、お前が嫌だから同衾したくないというならばそれで納得するが」

「そ、そんな、嫌だなんて思ってません!」

「なら問題ないだろう」


 旦那様に嫌いという誤解をされるのは嫌で強く首を振ったら、じゃあ良いなと承諾した事になってしまって、声を上げようとすると「嫌か?」と首を傾げられるので、断れません。

 無理に言えば旦那様は残念そうにするし微妙に悲しそうにするから、もう何も言えないのです。

 ……これは詰んだのでは。


「……そ、の……横で、寝るだけですよね……?」

「皮膚接触するのが条件だから、密着はするが」

「み、み、密着……ですか……」


 密着、という事は……ベッドの上でくっつくのですよね。……私、普通に抱き締められただけでも動悸が尋常じゃないのですが、耐えられるのですか私は。い、嫌ではありませんけど、どきどきして眠れない気がするのです……!


 旦那様は平然としていますし、多分犬と一緒に寝るくらいの認識なのでしょうが、私にとって旦那様は犬とは全く思えません。こんなにも、綺麗できらきらした人を、どう犬に見ろというのでしょうか。


「それでは寝るか」

「え、ま、まだ心の準備が……」

「準備する必要があるのか? 私達は神官に認められた間柄ではあるぞ」


 妻なら一緒に寝ても問題ないだろう、と言い切った旦那様に、もうどうして良いのか分からなくて早くも誤差動し始めた心臓を掌で押さえては深呼吸です。

 ……初めて、旦那様に妻って言われました。本人は、そういうつもりで言ったのではないでしょうし、役割として見なしているのでしょうが……それでも、私にとっては認められたようで、嬉しいです。


「……急に嬉しそうになったな?」

「い、い、いえ、そんな事は……いえ、そんな事あります……?」

「どちらでも良いが、そろそろ寝たい。寝台に上がっても良いだろうか」

「は、はい……」


 あ、普通に認めてしまいました。


 ううう、と唸りながらも、旦那様を言いくるめられる気がしなかったので、躊躇いがちに旦那様とベッドに、上がるのですが……ベッドに乗ったら乗ったで、並んで寝る事を実感してしまって、体温そのものまで上がってしまいそうです。


 旦那様に他意はありませんし、旦那様そういう事に興味がなさそうなので平気だとは、分かっているのですが……客観的に見てしまった時に危うい雰囲気を作ってしまっているのも、事実で。


「……そこまで緊張されても困るのだが。別に取って食べはしない。これから習慣になるのだから、そう構える必要はない」

「ま、毎日……!?」

「データを取りたいのだから当たり前だろう。繰り返しする事で精度が出るのだから」


 あっさり言って下さいます旦那様ですが、私の心臓は持つのでしょうか。旦那様が近くに居るだけで、胸のどきどきが強くなって仕方ありません。普段なら平気なのですが、密着するのだと考えると……体が火傷してしまいそうです。

 密着されたら色々と持たない気がします。主に体温とか匂いとかで。


 だから、私は少しだけ考えて、思い付いた名案を旦那様に進呈する事にしました。


「旦那様、て、手を繋ぐ事から、始めましょう」


 そう、皮膚接触をしなければならないというだけならば、抱擁する必要はないのです。抱擁の方が触れる部分が多いですけどね、皮膚接触と言っても薄衣一枚程度なら服越しでも大丈夫みたいなので。

 兎に角、触れる事で魔力を旦那様に流すなら、手を繋ぐだけでも良いと思うのです。寧ろそちらから始めるのが筋だと思うのです、私と旦那様は夫婦とはいえ、一緒の閨で抱擁しながら寝るのはまだ、その、早い、ですし。


 恥ずかしさに少しだけ噛んでどもってしまったものの、私としては死活問題なので真剣に訴えると、旦那様はふむ、と口許に手を当てて思案顔。


「別にそれでも構いはしないが……」

「じゃ、じゃあそうしましょうか。ほら、旦那様……」


 何も言われない内に素早く横になった私。旦那様も、私に合わせるように寝転んで。

 きゅ、と横に流した腕を掴まれ、そこから辿るように旦那様の掌が滑り、そして掌に。大きな掌が私の掌を捉え、そして離さないとばかりに指をしっかり絡めてホールド。寝る体勢はこのようにするらしいです。


 旦那様は細いのにしっかりとした感触で、温かい。ペンを握っている事が多いのか指に硬い起伏があったりするけれど、とても、落ち着く……いえ、心臓は暴れているのですけど。


 ……あ、改めて考えると、今凄い事になっているのではないでしょうか。横たわった隣に旦那様が居て、手を繋いでいるって。

 ……とても、夫婦らしい光景では、ないでしょうか。旦那様が、そう思ってなかったとしても……。


「痛かったり不自由はないか?」

「は、はい」

「なら寝ようか。明日は私は朝早くに出て帰りは仕事で遅くなる。お前の事をもっと調べたかったのだが、急ぎこなさねばならない仕事が出来たようでな」


 今まででは考えられなかった、明日の事を話してくれる旦那様。……そもそも今まででは話す事なんてほぼなかったので、とても大きく関係が前進したのではないでしょうか。

 隣に居る事を拒まないで、会話をしてくれる、これだけで、私は報われた気分です。


「お前をその内研究所に連れていく。詳しく調べるなら研究所の設備を使いたいからな」

「わ、私が研究所に、ですか……?」

「まあお前の能力を調べる為とはいえ他言するのは諸刃の剣だ。研究所の奴等は一癖二癖ある人間ばかりだからな」


 旦那様、それは旦那様にも返ってくると思います。


「全員が私の知り合いという訳でもないし、善人という訳でもない。取り敢えずは妻が来るとでも言っておく」


 ……妻、という一言に、心臓がとくんと跳ねます。

 名目上の事だって分かってはいるのですが、旦那様の口から妻と聞くだけで、胸が熱くなるのです。こそばゆい感覚、でも、内側から光に照らされるような暖かい感覚が広がって、心地好い。


 旦那様にとっては、まだ妻というのは名前だけ。……いつか、認めて貰って、隣に立つ事を許して頂けるでしょうか。


「お前は心配しなくて良いから根回しが出来るまでは家で大人しくしてくれれば良い。それではおやすみ」

「……お、おやすみ、なさい。旦那様」

「おやすみ、エルネスタ」


 そっと囁かれた名前に、ときめくのも仕方のない事だと思います。……旦那様は、とても優しい声で名前を耳元で囁くのです、どきどきするのは当たり前の事でしょう。


 隣で寝るのだと考えると私はじわじわと熱が頬に押し寄せて来るのですが、旦那様は気にした様子などありません。旦那様にとって、これは検証という事で、知的好奇心と探求欲以外に感情はないでしょう。

 ……それが少し、寂しいです。


 ですが、旦那様にそれ以外の感情を下さいと言うのは私の我が儘でしかありません。


 少しの寂しさと旦那様の距離で高鳴る鼓動を一緒に胸に住まわせて、私は早く寝てしまおうと瞳を閉じては何も考えないようにして眠りに就くのでした。

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