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プロローグ

 私の旦那様(と言っても名義上なのですが)は、とてもお仕事熱心な方です。

 朝から晩まで休む暇なく働いて、寝室に帰ってくるのは夜遅く。帰って来てそのまま寝てしまうのがいつもの事で、本当にお仕事に対する意欲がただならぬお方です。

 お仕事に精を出している為、私は見向きなどされません。寝室すら別ですし。


 私は、旦那様とは縁があって結婚こそ致しましたが、彼から愛されているとはちっとも思いません。愛し合って結婚した訳ではないのです。

 この結婚は、彼のご両親のお願いがあり、私の両親もそれを承諾したからこそ、結婚という形に相成りました。


 私は比較的裕福な商家の娘、彼はかの高名な魔術の研究機関の優秀な研究者。何でも両親達に縁があり、旦那様は女を寄せ付けないし嫁を貰おうともしない、との事で、丁度結婚適齢期の来ていた私をお嫁に行かせたのです。

 彼の家は魔術の使い手を多く輩出してきた家系。本来ならば私など喜ばれないのでしょうが……何でも魔力はあるそうなので、快く受け入れて貰えました。ただ、旦那様に興味は抱かれなかったようですが。


「ごめんなさいね、エルちゃん。息子が研究馬鹿で」


 幸いな、と言って良いのかは分かりませんが、旦那様のご両親は私に好意的で、妻として役目を果たせていない私にも心優しい言葉をかけて下さいます。

 義母となったアマーリエ様は今日も研究に没頭する旦那様に不満も露ですが、元から本人が望んでいない結婚なのだから致し方ないとも思うのです。旦那様も両親に説得されて渋々という形で承諾なさっていましたし。


「いえ、旦那様は研究が大切ですし、仕方のない事だと思います」


 私は、旦那様の事は嫌いではありません。好き、というと何とも言えないのですが、旦那様の研究熱心でストイックな部分は好ましく思っております。

 素っ気ないのは否定しませんし私を省みる事もないけれど、誰よりも真っ直ぐに、真摯に研究に打ち込む姿は、とても綺麗で。後ろ姿しかあまり見れないけれど、そのお姿はとても立派なのです。


「それでも、結婚したのだから少しは妻の事を気にかけるべきなのに……本当にごめんなさいね、私達の我が儘を聞いてもらったばかりに……」

「いえ、私も貰い手がなかったので……お互い様です」


 申し訳なさそうなアマーリエ様だけれど、私には嫁に行くのが困難だと思っていたので、貰って頂けた事だけでもありがたいのです。


 小さい頃に、乗っていた馬車を盗賊に襲われてしまった私は、命こそ助かったものの体に大きな傷を負ってしまいました。

 幸いな事に傷は顔ではなく服で隠せる位置ではありますが、斬られた傷はしっかり一条の痕となりこの身に刻み込まれています。肩口から腰の辺りまでラインが引かれてしまい、とても醜い体だと笑われるのです。


 実家が商家とはいえ三女の私は嫁の貰い手もなく、ひっそりと暮らしていました。そこに現れたのがアマーリエ様と、その夫であるホルスト様。昔の縁もあり、旦那様……ロルフ様と婚姻させて頂いた、という流れです。


「感謝こそすれど恨んだりはするつもりもありません。アマーリエ様が憤って下さるのは嬉しいですが、私は大丈夫ですので……」

「エルちゃん……」

「それに、旦那様だって私のような醜い体の女性を好まないのも仕方ないと思うのです」


 ただでさえ研究に一心不乱な旦那様が、綺麗でもない女性に見向きをするとも思えません。旦那様にとって、私はただ親に言われたから結婚したに過ぎない娘という存在に違いありません。

 それは少し寂しい事ではありますが私にはもうどうしようもない事で、旦那様のお戯れでいつか子を成して家に貢献できたら、という気持ちなのです。好かれるのも難しいでしょうから、旦那様も子孫を残すという役目を最低限果たして下されば、それで良いと思うのです。


 弱々しく微笑むと、アマーリエ様は何故か傷付いたようなお顔をなさるのです。私は何か失言でもしてしまったのでしょうか、もしかして孫の顔が当分見る事が出来ないという現実に衝撃を受けてしまったのでしょうか……?


「エルちゃんは悪くないのよ。だから、そんな悲しい事を言わないで頂戴。あなたはとても綺麗な女の子よ」


 どうすれば、と戸惑った私に、アマーリエ様は声を震わせて私の事をそっと抱き締めます。肩口が湿った気がしたのは、どうして?


「ロルフも研究馬鹿だけれど、決して女の子を見た目だけで決め付けて罵倒する人間ではないわ。あの子は本質を見抜く子だから。だから、愛されないと決め付けては駄目よ」

「アマーリエ様……」

「だから、エルちゃんもロルフに少しずつでも歩み寄って貰えたら、嬉しいわ。あの子はあの子で無愛想だし口を開けば研究ばかりだから誤解されやすいけれど、本当はとても良い子なのよ」

「……はい」


 背中をぽんぽん、と叩かれて、私は躊躇いがちに頷きました。……歩み寄るのは良いけれど、嫌われてしまわないか、怖い。

 まだお互いを知らないからこそ、興味を持たれなくても、嫌われても、仕方ない事だけど……知った後に嫌われてしまうのは、とても怖い。もしもを想像すると、震えてしまいそうで。


「無理はしなくても良いわ。ゆっくり、お互いを知っていけば良いの」


 私の逡巡を見抜いたアマーリエ様が優しく抱き締めてるのを感じながら、私は静かに瞳を閉じてはアマーリエ様の肩に顔を埋めました。……自分を知られて嫌われない事を、祈りながら。

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