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第十八章 失くしたモノ

 光が病院の個室で目を覚ましたのは、気を失ってから二日目のことだった。

 ゆっくりと目を開けた光に、見舞いに来ていた空と海が声をかける。

「あ、目を覚ました」

「大丈夫か? 光」

 突然二人の顔が視界に入って驚いたのだろう。光はゆっくりと瞬きをして、一呼吸おくと口を開いた。

「ここは?」

「病院だよ」

 光の問いに答えたのは空だ。光はゆっくり起き上がると、静かに室内を見回した。淡い色調の簡素な部屋。光の寝ているベッドの横には点滴の袋が吊るしてある。点滴の管の先は光の腕につながっていた。

「お前が屋上で喘息の発作起こして、気ぃ失ってから二日もたったんやで」

「二日……」

「そう、二日や。心配したんやぞ」

「そうだよ。病院の先生は大丈夫っていったけどさ。もうこのまま目を覚まさないんじゃないかって、不安で」

 空が泣きそうな顔で光を見る。海も少し疲れたような顔をしていた。

「あの後、どうなった?」

 光は顔を俯けて、誰にともなくそう聞いた。

「飯田は自首したよ。全て自分がやったことですって、私市刑事に頭を下げて」

「……そうか」

「あいつ、なんであんな事しちゃったんだろうな。お前を困らせようとか、そんな事せずに直接お前に言えばよかったんだ。最初からさ。そしたら、こんな事にならずにすんだのに」

「……」

 光は空の言葉を黙って聞いていた。

「あ、あと俺を階段から突き落とした犯人やけど……」

 海の言葉の途中で、光は言った。

「ああ、飯田だろ」

「……なんで分かったんだよ」

 驚かしてやろうと思ったのにと、空が唇をとがらせる。

「それは、考えなくても分かるじゃないか。飯田が犯人で坂木先輩が共犯者なら、海が突き落とされた時の状況が見えてくる。どうして海が突き落とされなければならなかったのかもな」

「当たってるかどうか聞いてやるよ。言ってみな」

 空はどこか偉そうにそう言った。光は溜息を吐くと口を開く。

「飯田は間違えたんだ。僕と海を……」

「……どうして?」

「朝倉が言ってたんだろう? 僕と海の後姿が似ているって。飯田は階段を下りる海の後姿を見て、僕だと思ったんだ。飯田は教室の事件でもウサギの事件でも、僕を困らせることに失敗していると思っていたらしいから、今度は直接、僕を狙った」

「うん、それで?」

「飯田は僕を突き落とすつもりで、間違えて海を突き落としてしまった。海が落ちて倒れた後、気づいたんだろうな。先輩が駆けつけた時、たぶん飯田は階段の上にいたんだろう。先生の話じゃ、先輩は海の傍らに膝をついて、階段を見上げていたって言っていたから。先輩は飯田が突き落とした事がばれないように海の制服に警告の紙を入れたんだと思う」

「おお、当たったよ」

「さっきまで寝とったのに、よう頭まわるなぁ」

 海は感心したような、呆れたような声を出した。

 その時、光が何度か咳を繰り返した。

「……大丈夫か? 光」

 光は咳をおさめると、頷いて口を開こうとした。だが、光が答える前にドアがノックされる。

「はい」

 なぜか空がノックに答えた。三人の耳に、ドアが開く音が聞える。開いたドアの向こうに、四十代くらいの男性の姿があった。

 背が高くしっかりとした体つきで、高そうなスーツを身につけている。そのスーツがやけに良く似合っていた。

 誰だろう。

 空と海が同時に疑問を持った時、光がその人物を見て口を開いた。

「お父さん」

 光に父と呼ばれて、光が目を覚ましていたことに驚いていたようだった男性が、我に返った様に瞬きをした。

 光の父は、その顔に怒りを滲ませると、足早に光のもとへやって来る。

 空と海が見ている事に気づいていなかったのか、気づいていてそうしたのか、光の頬を平手で打った。

「あ」

「げっ」

 空と海が思わずそう声を漏らすほど、打たれた頬は痛そうだった。

 打たれたとうの本人は、呆然と打たれた頬に手をやって、父を見上げた。

「光、お前はもう高校生だ。手すりを乗り越えたらどうなるか、分かる年だろう。飛ばされた紙を取る為に屋上の柵を乗り越えるなんて、何て馬鹿なことをしたんだ」

 言われて光は空たちを驚いたように見る。二人は顔を見合わせて苦笑いした。

 光の父が言ったのは、二人が光の両親にした作り話だ。光は大切な書類を風で飛ばしてしまい、屋上の端に引っかかったそれを取ろうとして落ちそうになった。それを見つけた二人が引き上げた。公にはそう言うことになっていたのだ。


「聞いているのか、光」

 言われて光は空と海から父親の方に視線を戻す。普段滅多に怒ることのない父が怒っている。光は聞いていると答えて、静かに次の言葉を待った。

「お父さんとお母さんが、どれだけ心配したと思ってる? 目を覚まさないお前を見て、どれだけ心配したと」

 父の声が震えていた。それだけで、どれだけ心配をかけたのか分かる。光は静かに謝った。

「ごめんなさい」

「もう二度とこんな事しないでくれ」

 そう言うと、父は光を抱きしめた。突然の抱擁に、光はどうしていいか分からなくなる。視線をさまよわせると、空と目が合った。空はにんまりと笑っている。

 光は急に恥ずかしくなった。頬が熱くなる。頬の痛みは既に感じなくなっていた。

 どうしたらいいのか分からない。だが、光は父親を突き放す事はせず、ただじっと、父親が離れるまで動かなかった。




 空と海は病室を後にした。光が目を覚ましてくれてほっとしたと同時に、力が抜けた。あの後すぐに光の母親も現れた。その母親に、父親と同じように抱きつかれて、光はまた赤面していた。

 それを思い出して、空はふっと口元に笑みを乗せる。

 信号が赤に変わった。

 空は横断歩道の前で立ち止まると、傍らに同じように立ち止まった海を軽く見上げた。

「なあ。俺、光のあんな赤面した顔見られるとは思わなかった」

「ああ、思いっきり照れとったな、あれは」

「しばらくネタにできるな」

「そうやな、思いっきりからかってやろうや。心配掛けさせられた分も」

 空と海は共犯者の笑みで互いを見やった。

 信号が青に変わった。動き出す人々と共に空と海も横断歩道を渡る。

 しっかりと先を見据えて。




 テレビではひっきりなしに、空たちが巻き込まれた事件が、報道されていた。未成年という事で顔と名前は公表されなかったが、飯田の家の前には多くの報道陣が集まった。

 最初犯人とされていた少年が、少女を庇っていたと言うことでマスコミは色めきたった。今までかなり坂木を批判していた人の中には、坂木に同情的なコメントをするものも現れた。

 空はテレビのリモコンを取ると、電源のボタンを押してテレビを消した。

 まだ見ていたのにという、母の声を背に二階に上がる。事件の犯人が名乗りを上げたことで、また学校は休みになっていた。


 事件は終わったと、皆言っている。

 だが、全て解決したわけではないと、空は思っている。

 まだ、本当の意味で解決したわけではないのだと。


 そしてコレを解決できるのは、自分と海しかいないのだ。

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