表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/20

第十五章 光の疑問

 坂木が捕まった日の夜から、マスコミ関係者がこぞって学校の周りに集まってきた。その光景は全国ネットで配信され、空も家のテレビで見ることになった。

 坂木の名前は未成年という事で伏せられていたが、学校名は公表されている。午後八時過ぎに学校から電話があって、明日は休校になることが分かった。


 結局三日間休校になり、四日目。空は久しぶりに教室に入った。教室はいつもよりどこかざわついており、話しの内容は事件についての憶測がおもだった。

「おっす、空。久しぶり」

 海が空に話しかけた。空も挨拶を返す。

「おはよう、外すごいな。マスコミ? すっごい取り囲まれたよ」

「おう、でも、下手に担任の死体見つけたなんて言うたらあかんで。面倒なことになるからな」

「そんなの分かってるよ」

 空は海に小声で囁かれ、同じように返した。

そのあと、教室内をぐるりと見回す。この三日間気にかかっていた事があったからだ。

「飯田、来てないな」

 ぼそりと空が呟いた。海は頷く。

「ああ。まだ見てへんな」

 飯田は坂木先輩と仲が良かった。きっと今回の一連の事件全て、坂木先輩が起こしたと知らされて、ショックを受けているに違いない。

「あ、朝倉」

 朝倉はちょうど今来たのだろう。鞄を手に提げて、空の横を通り過ぎようとしていた。

「何?」

 どこか暗い表情で朝倉は足を止めて、こちらを振り向いた。

「飯田、来てないみたいだけど、何か知らない」

「……リンコちゃんのお母さんから電話があって、リンコちゃん具合悪いって部屋から出てこないんだって。……先輩が犯人だって、知らされてかなりショックだったみたいよ」

 そう言って朝倉は一つ溜息を吐いたあと、自分の席に向かった。

「朝倉もまいっとるみたいやな」

「うん」

 空は海に頷くと、あいたままの飯田の机を見つめた。

「そういえば、光の姿も見てへんな」

「鞄があるから学校には来てると思うけど」

 空が、海に答えて春名の机を見る。その時視界に、教室に入ってくる光の姿が映った。

「ほら、いた」

 光を指差して、海に教える。海は空が指差した方を見ると、光に向かって歩き出した。海は無言で光に近寄ると、いきなり光に抱きついた。

 教室にいた女子達が、小さく声を上げる。

「光くーん。会いたかったわー」

 海お得意の女言葉が教室に響いた。近くにいた男子生徒からは、熱いねーなどと野次が飛ぶ。抱きつかれた光は相変わらずの無表情で、動きを止めていた。

「いやー。何やってるのー」

 空の近くにいた女子の一人が、友達に向かって囁く声が聞こえる。

 嫌とか言うわりに、嬉しそうじゃん。と、空は思う。男が男に抱きついてるいだけなのに、何がそんなに楽しいのか。女子のそういう心理は、空には分からない。と、いうか分かりたくない。

「……海」

「ん? 何や」

 光の呼びかけに、海は笑顔で答えた。

「いい加減離れろよ。キモイから」

「んー。確かにな」

 そう言って、ようやく海は光を解放した。

 海の奴、一体何がしたかったんだろう。光が自分の席につくのを見計らって、空は光と海のもとへ行く。光に朝の挨拶をしてから、海を見る。

「海、お前バカだろ」

「なんやと、誰がバカやねん。せめてアホって言えや」

「え? バカよりアホの方がいいわけ?」

「おう。当たり前やん」

「って、そんな事話しに来たんじゃないんだよ」

「じゃ、何や?」

「お前、何がしたかったの?」

 空に聞かれて、海は一度ポカンとした顔をした。そして思いついたように、口を開く。

「ああ、光大丈夫かなぁ思うて」

「思って?」

「確かめたんや」

「……本当にバカだな」

 光は海の言葉を聞いて、溜息交じりにそう言った。それに対して、海はまた、バカいうなと、文句を言っている。

 空はしばらく考えて、理解した。成る程、海は光が心配だったのだ。元気かどうか確かめるために光に抱きついた。抱きついた時、光がどんな反応を示すかで、光の今の状態を見極めようとしたのだろう。

 しかし、他にも方法はあったと思うのだが。

「あの、春名……」

 躊躇いがちな声が空の耳を打った。声の方を振り返ると、クラスメートの男子数名が集まっていた。いつも、光を無視していたはずの久保達だ。一体光に何のようだというのだろう。そう思って、空は思わずファイティングポーズをとる。

「なんだよ。久保。また光に嫌がらせしようっていうのか」

 幾分強い調子で言った空を、少し見ただけで、久保は空から目を逸らした。久保は神妙な顔つきで、光を見る。

「あの、春名。俺たち、お前に謝りたくて」

「……」

 光は無言で、久保達を見詰めている。久保は唾を飲み込んだ。

「今まで、ずっとお前がウサギ殺したと思ってたから、俺、お前のこと無視したり、嫌がらせしたり……。本当、後悔してるんだ」

「俺も」

 久保の横にいた三宅が言った。久保達はそろって、光に向かって頭を下げる。

「ごめん」

 ごめん、ごめんと、それぞれがそれぞれのタイミングで謝る。頭は下げたままだ。謝罪の声が大きかったせいで、教室中の視線がこちらを向いていた。

 さて、光は何と答えるのだろうか。空はファイティングポーズをといて、黙って事の成り行きを見守る事にした。

「……別にいいよ。気にしてないから」

 その声に久保達は恐る恐るという感じで、下げていた頭を上げた。

「本当に?」

「ああ」

 肯定を聞いて、久保達の顔に安堵が浮かぶ。だが、その中で一人、三宅が冴えない表情のまま久保を肘で突いた。

「おい、あれも謝るんじゃなかったのか」

「あ、そうか。あの、春名。俺たちもう一つ謝る事があるんだけど」

「分かった、アレだろう。黒板の落書き」

 空は大きな声でそう言った。久保達の顔を見れば図星だった事が解る。

「あの、そうなんだ。あれも俺たちだったんだ。本当にゴメン」

 またも謝罪の言葉を口にした久保達を見つめて、光は口を開いた。

「知ってたよ」

「へ?」

「僕は、記憶力がいいんだよね」

「はあ……」

 突然自慢しだした光に、久保達は呆気にとられたように頷いた。

「何度か一緒に勉強しただろう? その時お前らの筆跡憶えたんだよ」

「え?」

「筆跡、憶えてたんだよ。だから黒板に誰が何を書いたのかも憶えてるよ」

 そう言って光は口元だけで笑んだ。近くで見ていた空はもちろん、聞き耳を立てていたクラスメート達も思っただろう。

 こいつ恐いと。

 久保達を見ると、皆、心なしか顔色が悪い。きっと光を敵に回した事を後悔しているに違いない。久保がしばらくして口を開いた。

「あの、冗談……だよな」

「言おうか? 誰が何書いたか」

 光の言葉に、慌てて久保達は辞退した。空は、そんな久保達に、ずっと疑問に思っていたことを聞く。

「あのさ、黒板のイタズラ書きの中に、人殺しってあったけど、あれってウサギのこと書いてたのか?」

 空の言葉に、久保達は顔を見合わせた。お前書いた? などと言い合っていたが、結局誰も書いていないという結論に至る。

「あ、思い出した。アレだよ。アレはもともと書いてあったんだよ」

「どういうことやねん」

 海が聞くと、三宅が答えた。

「高橋が言ってるのって、名前の下に書いてあったやつだろ? あれ、俺たちが教室に来た時にはもう書いてあって、それ見て俺たちいたずら書きすること思いついたんだよな」

 三宅の言葉に、久保も頷く。

「そうそう。確かになんで人殺し? とか思ったけど、その時はそんな気にしなかったな……あの、本当にごめんな、春名」

 光が見ている事に気づいた久保は、また謝った。光はそれに頷いた。

「じゃあ、誰が書いたんやろうな」

 海の独白に、全員が首を傾げた。




 放課後。空は光と海と並んで教室を出た。外にはまだカメラマンや、リポーターが待ち構えていて、教師からはくれぐれも彼らの相手をしないようにと厳重に注意された。

 階段を下りながら、空は口を開く。

「それにしても、久保達の顔。あれ本気で恐がってたよな」

「ああ、ホンマに。俺もちょっと怖かったもん」

「なあ、光。あれ本気で、憶えてんの? 誰が何書いたか」

「……」

 空の問いに、光はいくら待っても答えなかった。光は心ここにあらずといった表情である。

「おい、光ってば」

 大きな声で呼びかけると、光はようやく空の声に気づいたように、俯けていた顔を上げた。

「え? 何。何か言った?」

「何か言ったって……」

「何か気になることでもあるんか?」

 海の問いに、光は少し渋い顔をする。

「本当に、先輩が犯人だったのかなって考えてた」

「へ? だってそう言い出したのお前だろう」

 驚いて問う空に、光は心なし苦い表情で答える。

「動機が解らない」

「へ? 先輩言ってたじゃないか。黒田に脅されたから殺したって」

「そっちじゃないよ。教室の事件とウサギの事件の方。それに、どうして僕らの周りでばかり事件が起きたのかも気になってて」

「もしかして、光。お前自分が狙われてたなんていうんじゃないだろうな。それは自意識過剰ってもんだぞ」

「そうかな……」

 空の言葉に光はまた考え込むような顔をする。その横で、海が急に声を上げた。

「あ。そういえば、光に聞こうと思っとったことがあるんやった」

「何?」

「坂木先輩が刑事さんに連れて行かれる前、光に何か言ってったやろ。気になっててん。あれ先輩、何を言っとったんや?」

 海の言葉に、光はすぐに答えを返した。

「気をつけろって言われただけだよ」

「何を気をつけんの?」

「さあ……」

「分からなかったら気をつけようがないじゃん」

 そう言う空に、光は頷きをかえした。そのあと、海を見る。

「そういえば、海を突き落としたのが誰だったのかも、結局聞けなかったな」

「ああ。そういえばそうやけど。アレは俺の勘違いかも知れへんし。なんかそんな気がしてきたわ」

「でも、あの時はお前絶対に突き落とされたって喚いてたじゃん」

 空がつっこむと海は口を突き出した。

「うるさいな。時間が経つとあやふやになるんや。しゃあないやん」

 階段を下りきって、空たちは下駄箱へと向う。空はさっさと靴を履き替えた。ふと光を見ると、光が外履きを手にしたまま動きを止めている。

「どうした」

 尋ねると、今気づいたように、光は靴を一度下に置くと、もう一度下駄箱に手を伸ばした。

 そして何かを取り出す。それは白い封筒のように見えた。

「あ、それって、もしかしてラブレター」

 空は光が持っているものを目にして声を上げた。

「うるさい」

 光はそれだけ言うと、興味深げに覗こうとする二人の視線を避け、手紙を開くと読み始めた。

 しばらくして光は折り目通りに便箋を折ると、封筒に戻してそれを空に向かって放った。

 空は慌てて封筒を受け取る。

「何すんだよ」

「やる」

「はあ? 何がやるだよ」

 訝る空を無視して、光は海に視線を向けた。

「悪いけど、用を思い出したんだ。先に帰ってもいいし、待っていても構わないけど、どうする」

「え? まあ、待っとってもええけど。用って何や」

「っていうかコレ、俺にどうしろっつうんだよ」

 空が口を挟む。光は白い封筒に視線を向けた。

「十分たって僕が戻らなかったら見ていいよ。見たくなかったら捨ててくれ。じゃあ、行って来る」

 そう言うと光は一度出した靴をまた靴箱に仕舞う。そして空と海に軽く手を振ると、さっき下りてきた階段をまた上っていった。

 二人は光の背が見えなくなるまで見送った。

「とりあえず十分は待っとくか?」

「ああ、そうするか」

「じゃあ食堂行こうや。何か飲みながら待っとこう」

 そう言って二人は食堂へと足を向けた。


 空たちと別れた光は、屋上へと向かっていた。ゆっくりと階段を上る。普段滅多に足を運ばない屋上へと続く階段は、掃除が余りされていないのだろう。うっすらと埃が積もっている。光は手すりに掴まり、一度足を止めた。

 息を吐くと身体を屈めて痛む足をさする。たったコレだけ階段を上っただけで、酷く疲れた気がするのも、全てこの足に怪我を負ったせいだ。

 そう何もかもこの怪我のせい、否、あの事故のせいだったのだ。

 それがあの手紙でやっと解った。今度の事件の真相が知りたければ屋上に来るように。手紙にはそんな簡単な内容しか書かれていなかった。だが差出人の名が重要だったのだ。

 そしてその名を見たとき、光はあの一連の事件全て、坂木がやったのではない事を確信したのだった。

 屋上へと続く扉が見えている。光はまた足を動かしてゆっくりと階段を上りきった。

 屋上へと続く扉は、うっすらと開いている。そこから明るい日の光が、廊下に細い線を作っていた。

 光はドアノブに手を伸ばした。ノブを掴み外側に開く。薄暗い階段を上ってきたせいだろう。明るさに反射的に目を眇め、ゆっくりと瞼を開いた。

 その目に入ってきたのは光を呼び出した者の姿だった。




 光が呼び出しに応じて屋上へと向かった、そのちょうど一時間前。

 私市は刑事課に向う途中で、少女と同僚の若い刑事が言い争っている姿を見つけた。

 可愛らしい少女だ。どこか見覚えのある制服を着ている。

「ああ、清秀高校の生徒さんだね」

 声をかけると、少女と若い刑事がこちらを向いた。若い刑事はどこか安心したような顔をして口を開く。

「そうなんですよ。あの例の事件で捕まった生徒に逢わせろって聞かないんですよ、この子。私市さん、変わってもらえませんかね。俺急いでるんですよ」

 私市は鷹揚に頷いて、嬉しそうな顔で踵を返した後輩の背を見つめた。

「あの、どうしても逢えませんか? 先輩に」

 恐々と呟かれた声にはっとして、私市は目線を下ろした。背の低い少女のつむじが見える。そのつむじを見ながら私市は答えた。

「うん。ゴメンね。まだ取調べ中だし、家族とも面会は出来ない。規則でね」

 出来るだけ優しく聞えるように告げると、少女の溜息が聞えた。少女は顔を上げて、大きな目で私市を見上げた。

「じゃあ、コレだけ先輩に伝えてもらいたいんです。今日で終わりにするから、安心してと」

「今日で終わりにするから安心して? どういう意味だい」

 内心首を傾げながら問うが、少女は必死で私市を見つめてくる。今度は私市が溜息を吐く番だった。

「いいよ、それだけで良いんだね」

 少女は頷いた。頷いた拍子に長く伸ばした髪が揺れる。

「はい。よろしくお願いします」

 そう言って踵を返しかけた少女に、私市は慌てて声をかけた。

「あ、君名前は? 彼に誰からと伝えれば良い」

「ノリコからと伝えてください。じゃあ」

 そう言って今度こそ少女は私市に背を向け歩き出した。私市はそんな少女の背を、見えなくなるまで見送った。

 どこか寂しげに見えるな。何となくそう思った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ