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第十一章 事件捜査

 彼は理科室の扉を開けた。中は薄暗い。電気はついておらず、室内に入ってくる夕焼けの明かりだけが頼りだ。

 彼は中にいた男に声をかけた。彼に背を向けていた男が、こちらを振り向く。

「遅かったな。待ちくたびれたよ」

「……僕は色々忙しいので。先生は知っていますよね」

 彼が言うと男、一年二組の担任教師である黒田が笑った。

「ああ。今日も委員会があったっけな。それより、例のものは持ってきたか?」

 彼は無言で、カバンから封筒を取り出した。それを黒田に差し出す。黒田は封筒を奪うように受け取った。早速封筒の中身を取り出し数え始める。封筒の中には一万円札が十枚入っていた。黒田は満足そうに笑んだあと、もう一度札を数えながら言う。

「払えないなんて言っといて、ちゃんと持ってくるとはね。本当についてたよ。あの日残業してなければ、お前がウサギ小屋を荒らすところに出くわすこともなかったんだからな」

 黒田の言葉に、彼は苦い顔をする。あの時、うさぎ小屋にいる所を見られたために、彼は黒田に強請られていた。

「次は十五万用意しろ。お前の家は金持ちなんだし、用意するのは簡単だろう?」

「そんな、話が違います。十万払えば、誰にも言わないって……」

「いいのか? 学校中に知られても。お前がウサギを殺した犯人だって」

「……」

 黒田は嫌な笑みを浮かべ、彼の肩を叩く。

「一週間以内に頼むぞ」

 そう言うと黒田は彼を残し、理科室を出て行った。一人理科室に残された彼は、唇を噛みしめる。自分への疑いをそらすことが出来たと思っていたのに。何故こんなことになったのか。彼は失態を犯した自分を激しく呪った。




「あー、ムカつく。あいつらマジムカつく」

 日曜日明けの月曜日。空は移動教室からの帰り、二階の渡り廊下で、傍らに並んで歩く紫藤海に憤然と言い放った。海は苦笑いだけしてコメントは控えますと言うように、渡り廊下の窓に顔を向けた。昼休みに入ったばかりのせいか、廊下には生徒の姿が多く見られる。

 空が腹を立てている理由。それは、先ほどの授業での出来事が原因だった。先ほどの授業は調理実習だった。その調理実習の最中、久保が光の腕に熱湯をこぼしたのだ。アレは絶対わざとだと空は思う。幸いすぐに水をかけ、家庭科の教師が応急処置を施した為、軽い火傷ですんだ。だが、もしかかった場所が顔であったり、熱湯をこぼす量が多かったりすれば、もっと大事になっていたはずだ。久保はあの時平謝りしていたが、真意はどうか分からない。

「久保の奴、文句を言ってやろうと思ったのにさっさと教室から出て行きやがって……っておい、何やってんだよ。海」

 隣を歩く気配がなくなったことに気づき、空は歩みを止め、後方にいた海に声をかけた。海はいつの間にか立ち止まり、窓の外を眺めていたようだ。空は海の側まで歩み寄った。海は窓の外に気を取られている。

「何見てんだ。海」

 海は空を見もせずに、窓の外を指差した。

「ほら、こっから保健室見えるやろ、光が出てえへんかなぁと思って見とってんけど。あそこ、一階の廊下見てみ、飯田が男としゃべっとる」

「あ、本当だ」

 空は海の横に並んで、海の指差す方向を見た。そこには確かに飯田倫子が、廊下で男子生徒と立ち話しをしている姿が見えた。

「彼氏かな」

 少し複雑な気分になりながら、空は呟いた。そのすぐ背後から、誰かが声をかけてきた。

「はっるなくん」

「わあ、何や、朝倉。俺光とちゃうで」

 海の叫び声に我に返った空は、背後に立っていた朝倉を見た。朝倉は海の顔を見た途端、可愛い顔に仏頂面を作った。

「ちょっと、何で紫藤なのよ。春名君だと思ったのに……春名君と紫藤って、後姿そっくりね」

「そうか?」

 そりゃ、兄弟だからな。と、空は思う。

 朝倉はそんな空にはお構いなしに、何見てたのよと言いながら空を軽く押しのけて、窓の外を見やる。そして絶叫した。

「あー、リンコちゃんと坂木先輩じゃない」

「どわっ、びびった。何だよ、朝倉。うるせーよ」

「何だよって何よ。二人して何見てるかと思えば、リンコちゃんだったのね。はっはーん。二人の関係が気になるって訳か。いいわ教えてあげる。坂木先輩はリンコちゃんの幼馴染よ。まだ付き合ってはないけど、時間の問題って気がするわね。高橋もリンコちゃんに気があるなら、今のうちにアプローチしときなさいよ」

 言うだけ言うと、朝倉は空の背中を思い切り叩く。結構いい音がした。

「痛って、馬鹿力だな、朝倉。光に言ってやろ」

「な、何よ。やめてよね。春名君に変な事言わないでよ。私の恋路邪魔したら呪ってやるからっ。分かったわね」

 指を突きつけられて、空はたじたじと壁に背を押し付けた。横で見ていた海が、笑いを堪えているのが視界の端に映る。笑ってないで助けろよバカ。

「なあ、朝倉。坂木先輩のこと何か知ってるか。あの二人って生物部なんやろ」

「へ? うん。そうだけど。……何よ。紫藤までリンコちゃんに気があるわけ? リンコちゃんってばモテモテね。あっそうか。敵の情報収集をしようって訳ね。いいわ、知ってる事は教えてあげる、教室に戻るまでね」

 勝手に解釈して、朝倉はにっこり笑った。空は海を見たが、海は別段否定する気もないようだ。ただ呆れて言葉が出ないだけかも知れないが。

 三人は教室に戻るべく階段を上る。朝倉が話し始めた。

「坂木先輩は学年一の秀才で、スポーツ万能。生徒会長と生物部の部長もやってて、しかもルックスは抜群。コレでモテないわけないのよね。それなのに彼女はいないのよ。私、密かに坂木先輩はリンコちゃんのこと好きなんだと思ってるのよね。リンコちゃんのお父さんが亡くなったときも随分慰めていたし」

「え、飯田のお父さん亡くなってるのか」

 驚いて聞いた空に、朝倉は頷いた。

「そうなの。リンコちゃん随分落ち込んじゃって。リンコちゃんお父さん大好きだったから。あの頃はホントに、リンコちゃんまで死んじゃうんじゃないかって心配したくらい。でも、坂木先輩がずっとリンコちゃんに付き添ってくれて、お父さんはリンコちゃんに笑っていてもらいたいはずだよ、なんて言って慰めてた。そのおかげか、リンコちゃんも次第に笑うようになって、一安心したもんよ。リンコちゃんが笑うようになったのは、先輩のおかげね」

「へー、いい人なんやな。先輩……」

「そう、いい男だしね。だからあんた達、リンコちゃんをモノにしたいなら、先輩よりいい男にならなくちゃね。じゃ、そう言うことで」

 教室が見えると、朝倉はパタパタと走って教室のドアの向こうへ消えていった。海は教科書を持った手で、頭を掻きながら言った。

「なんや、こっちが話す隙をあたえへんやっちゃな朝倉は。……俺すっかり飯田に惚れてることにされとる。空やあるまいし」

「おい、俺だって別に飯田に惚れてるわけじゃねえっつうの」

 そりゃ、かわいいなとは思うけど。と、心の中で付け加えた。

「優等生で、やさしくて、人望もあってって、火の打ち所がないってこのことやな」

 不意に口調を改めて海が言うのを聞き、空も気持ちを改めた。

「うん、でも、そう言う奴に限って、悪い事するじゃん。あとは光みたいに性格悪いとかさ」

「悪かったな、性格悪くて」

 不意に曲がり角の向こうから声が聞えて、空はゆっくりと振り向いた。

「あ、あはは、聞えてた?」

 角から姿を現した光は、いつものポーカーフェイスだ。

「ああ。空は地声が大きいんだよ」

「悪かったな」

「それより、大丈夫なんか? 腕」

「ああ、たいしたことない。すぐ治るよ」

 光がそう言って軽く腕を振る。そうするとシャツの裾から白い包帯が見え隠れした。

「そういえば、お前、昼飯食いそこなったんじゃねー? 今から購買行くか」

 空がそう尋ねたのは、先ほどの調理実習で作った料理が、昼食を兼ねていたことを思い出したからだ。火傷を負ったせいで、光は食べ損ねているはずだ。

「ああ、それは平気。保健室に久保が持って来てくれたから、さっき食べたよ」

「久保が? マジかよ」

「ああ、僕が火傷したとき、久保がわざと熱湯かけたと思ったんだろう? でもあれはわざとじゃなかったよ。たまたまぶつかっただけ。それなのに、久保は自分が悪かったって頭下げに来た」

「あいつも、根は悪い奴とちゃうからな。それにしても、光。久保が出て行ってから随分経つけど、そんなゆっくり食事しとったんか」

「いや、ちょっと職員室に寄って来たんだ」

「何しに行ったんだよ」

「ちょっと聞きたい事があって。ここじゃなんだから、教室へ入ろう。座って話したい」

 光に促されるまま、空たちは昼休み中で、人気(ひとけ)の少ない教室に足を踏み入れた。教室の入り口に一番近い海の席の周りに集る。海は自分の席に座り、空はその前の席。そして光は左隣の席に椅子を引いて座り、背もたれに肘を乗せた。

 普段弁当のにおいが充満する昼休みの教室だが、今日は食べ物のにおいがしない。調理実習のおかげで、いつも弁当を食べ終えた後、机をつけて話しに花を咲かせている女子たちの姿もほとんど無かった。今は教室の隅に数人の女子が集まって会話しているだけだ。その中に朝倉もいる。

「職員室で、須波先生に話しを聞いてきた」

「須波センセって誰や」

 空も聞き覚えがなかった名前なので、海と同じように光を見る。光は白けた表情で、眼鏡を中指で押し上げた。

「あのな。お前を助けてくれた先生の名前だよ。階段落ちたとき、坂木先輩と一緒にお前を運んでくれた先生が、須波先生。生活指導の先生だから見たことあるだろう。校門の前によく立ってるじゃないか」

 空は言われて思い出した。朝たまにジャージ姿の、頭の禿げた先生が校門前に立っている。

「ああ、あのツルピカ先生か」

 ついそう口に出した。

「あはは、ツルピカ先生って、ツルピカ先生、あははは、上手い事言うたな。空。最高や。あははははは」

 笑い出した海を、光が軽く睨む。

「あのな、笑ってる場合じゃないんだよ」

「あー、へいへい。そうでした。分かりましたよ。で、その須波センセに何を聞きに行ったんや。階段落ちたときの事か」

「そう。先生と坂木先輩が海を見つけたときの状況を、出来るだけ詳しく聞きたかったんだ」

「へー、で、どうだった。何か分かったか」

 空が聞くと光は軽く頷いた。空と海を交互に見て口を開く。

「あの日、先生は授業で使う物を忘れて、職員室に坂木先輩を連れて取りに戻ったんだ。そして、荷物を持って坂木先輩が職員室を出た直後……」

 そこで一度言葉を切り、光は海を見た。つられて空も海に目を向ける。

「……お前の悲鳴が聞えた。先に職員室の外に出ていた坂木先輩が階段の方へ走っていったのを見て、先生も先輩を追って職員室を飛び出した。職員室から出て、階段のある渡り廊下に行く為に角を曲がった時、しゃがみ込んで階段を見上げている先輩と、先輩にかくれて倒れているお前の足が見えたそうだ」

「じゃあ、やっぱ、先輩は突き落としてないってことか。先輩は今度の事件とは無関係ってことかな」

「それは、どうかな。少なくとも先輩は、あの脅迫文が書かれた紙を海の制服のポケットに忍ばせることは出来たはずだ」

「んー、確かにそれは可能やろうけど、じゃあ俺を突き落とした奴と、教室を真っ赤にした犯人とは別やっちゅうことか」

 海は顎に手をやって、考え込むような仕草をする。その海の顔を覗きこんだ空は、からかう口調で言った。

「おまえ、どっかで恨みでもかったんじゃないの? 妙なギャグで教室寒くしやがってっとかさ」

 言葉の後半で背中を突き飛ばすようなジェスチャーをした空に、海は眉を顰めた。

「おいこら。俺がいつ、寒いギャグなんて言うた? 俺のギャグはいつも大うけやん」

 海の言い分に賛同する者はいなかった。空は思いっきり顔をしかめ、光は静かに首を横に振る。

「おまえら……真実は時に人を傷つけるんやで、憶えとけよ」

 海はどこか悄然と呟いた。そしてふと、何かに気を取られたように視線をずらす。

 空はその視線が気になって海の目線を追う。その先には教室の隅でかたまって談笑している女子達がいた。朝倉達がこちらを見ながらヒソヒソと話をしている。

「また見とるわ。なぁ光、朝倉なんとかしいや」

 唐突に海が言った。言われた光は意味が分からないというように、首を軽く傾げる。

「どういう意味だ」

「さっきな、朝倉にお前と間違われてん。後姿がそっくりなんやと」

 海の言葉に意外そうに目を上げた光に、空はうんうんと頷いた。

「そうそう、朝倉の奴、すっげー可愛い声ではっるなくん、なんて海のこと呼んでたんだぜ。おまえも罪な男だよなぁ」

 そんな風にからかったのだが、光は空が予想したような反応を示さなかった。空としては恥ずかしがって欲しかったのだが、光は恥ずかしがるそぶりも見せずに考え込むような顔になった。

「僕と海の後姿がそっくり? まあ、身長は似たようなもんだけど」

 何かを考えるように目を伏せた光に、空は声をかける。

「なんだよ、似てるのが嫌なのか」

「いや、そうじゃなくて……」

 どこか上の空で何かを考えているような光の反応に、空は海と目を合わせて肩を竦めあった。光がこういう反応を示している時は何を言っても、たいした返事は返ってこない。

 話が途切れてちょうどいいタイミングで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り始めた。空は光を促して、自分の席に戻る為に腰を上げた。

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