純愛に一摘みのスパイスを
ご一読いただければ幸いです。
「私を買ってくれませんか?」
道端でそう言われて振り向いた先には一人の少女が立っていた。
「・・・は?」
少女のいきなりの発言に頭を真っ白にしながらディーノはそう答えた。
「お願いです。・・・なれてはいませんが、その・・・お金に困っているんです!」
「金に困ってるって・・・」
着ている衣服は少し汚れているが良い物だし、しなやかな手先や美しい金髪の毛先も良く手入れされている。器量も良く、明らかに良いところ出の自分と同じ貴族の令嬢に見えるのにお金に困るとはいったい。
ぐうぅ・・・
「腹減ってるの?」
「うっ・・・うっ、うぅぅ・・・」
「わー!まてまて!泣くなっ!わかった。これも何かの縁だ俺が飯を奢ってやるから!!」
真っ赤になって目尻に涙を浮かべて今にも泣きそうな少女にディーノは焦りつつ、そう促すのであった。
「するとなにか、お前が原因で婚約破棄されたからって親はお前を着の身着のままで家から追い出したということか・・・」
「・・・はい」
行きつけの庶民の食事処に来て、とりあえず色々な食べ物を注文したディーノは、レイチェルと名乗った少女の話を聴いて衝撃を受けていた。
「それでひもじくなって、遂には身売りをしようとしたと」
「・・・・はい」
しょぼんとする少女に、ディーノはなんて無責任な親だと呆れ、怒りを覚えていた。
「で、レイチェルは今幾つになるんだ?」
「14歳になります。」
「ったく、やっぱか・・・で、家はどこなんだ?」
「・・・放逐されたので、家名は名乗れません。」
「は!?何言っているんだ。この国には未成年の子を持つ貴族の親は子を庇護する義務があるんだぜ。成人してれば破門はあるが未成年を放逐するなんてありえないことだぞ。」
「そうなのですか?」
初めて知ったことのようで、少女はきょとんとした反応を見せる。そしてディーノの発言の真偽が解らず戸惑っている様子であった。
まぁ、見た目通りの箱入り娘で世間の一般常識には疎いのだろう。
もう10年も前の話にはなるがディーノが13の時に家出したときには、もう少し社会というものを知っていたものだ。
いまさらながらに、今回、もし悪党にでも声をかけていたらと思うと気が気ではなかった。
「たしかに世間知らずだな・・・まぁ、そんなことをする親の元に帰してもまずいか。」
「?」
「しかたね、家に来な。」
「え・・・でも、私、その・・・・」
自分を買ってくれと言ってたくせに、なにやらわたわたと焦る少女の反応にディノは思わず苦笑した。
「・・・別にお前を囲おうなんて思わねーよ。気はすすまねーが、うちの父親、母親に協力してもらうんだ。」
「は、はぁ」
戸惑う少女を連れて、自宅に帰ったディーノは早速、両親を呼び出し、応接間でレイチェルの話をした。
「なん、だと・・・」
「なんて、こと・・・」
「あー、だからこの子は親に捨てられて彷徨って、ついでにひもじくなって身売りしかけてたんだって」
愕然とした面持ちで話を聴く両親にディーノは分かりやすく説明を重ねた。
「「ゆ・る・せ・ん!!ませんわ!!!!」」
両親ともに怒りの表情を露わにそう断言した。
「貴族の・・・いや人の親として許せん所業だ!懲らしめてくれるわっ!!」
「そんな親にこんなかわいい子を送り返すのは悪魔の所業よ!レイチェルちゃんはうちの子になりなさいっ!」
父は怒りを滾らせ、母は涙を浮かべてレイチェルを抱き寄せた。
「へ?」
「まー、こんな親が居る家だが、よかったらしばらく滞在してくれ。」
戸惑うレイチェルにディーノはそう語りかけた。
我が親ながら、単純で良い人たちだ。こんなだが父は侯爵位を賜り、貴族に限らず様々な分野に友人が多くおり、母も社交界に顔が広い、色々と後ろ指刺される可能性があるレイチェルを護るのにこれほど心強い人たちもいないものだ。
しばらくしてレイチェルを放逐した男爵家の両親だが、我が両親の加減無い働きで、王から厳しい罰を言い渡され、レイチェルに対する莫大な賠償金を課せられたらしい。当然、社交界からもつまはじきの憂き目に合い、そのうちお家も潰れるだろうってことだ。
まぁ、自業自得というやつだな。
それからの日常はというと、実はあまりディーノはレイチェルに関わりが持てずにいた。
自分の今やっている研究に集中したくて忙しくしていたこともあるが、父や母が、ついでに屋敷の侍従達までレイチェルを構いたおすものでディーノは特になにもせずともよかったのだ。
なんだか歳の離れた妹が出来たみたいだと思いつつ、勝手に連れてきて無責任だよなぁと自省した。
しかし少し賑やかになった侯爵家をみて、レイチェルを連れてきて良かったと納得するディーノであった。
「ディーノさん、こんな夜遅くにどうしたのですか?」
「お、少し腹が空いて何かないかと探しにな。お前こそどうした?」
そんな接点のない二人であるが、ある深夜と言って良い時間帯に屋敷の厨房のドアの前でバッタリ鉢合わせるのであった。
「私は明日の朝食の下ごしらえをしていたのです。少し時間がかかってしまいましたが・・・」
「え?料理できるのかお前・・・」
「ここに来るまでは出来ませんでした・・・でも部屋にいるのも所在無いですし、なにかできないかと叔母様に相談したら勧められて、やってみたら面白くて、みなさん才能あるって褒めて頂きました・・・人に褒められる事がこんなに自然に嬉しいなんて思ってもみなかったです。以前は褒めてもらうのは安心を得る為でしたから・・・。」
レイチェルは憂いを秘めた目でそう語る。そこに彼女が居た環境の過酷さの一片を見たような気がした。
「そうか・・・」
「叔母様やここのメイドさん達に色々と教えてもらいました。料理も掃除も買い物も・・・私の知らない事は沢山ありました。」
「だろ・・・お前が、いや俺たちが知らない事で世界は溢れているんだぜ。」
「はい」
「だが、貴族の令嬢として育ったお前に今の生活は大変じゃないのか?」
「いいえ、とても、とても楽しくて・・・・・・昔のわたくしが馬鹿のように思えます。何をあんなに必至に学び、心を削って、愛されていないとわかりながらも両親にも媚び諂っていたのでしょうか・・・」
「努力って物は、得たいものが得られなくてもその過程は掛け替えのない物だ。努力は報われないこともある・・・だが誇れるんだよ。」
「・・・ありがとうございます。」
ディーノの言葉に、涙を浮かべてレイチェルは感謝を述べた。
「レイチェル、また会ったな」
「っ!?」
そしてまたあくる日のこと、またもや深夜に厨房で会ったディーノはレイチェルに声をかけた。
しかし、運悪く包丁を研いでいたレイチェルはびっくりした拍子に誤って包丁で指を切ってしまったらしく赤い血が流れるのがみえた。
「だ、大丈夫か!?」
「す、少し切ったただけですから大丈夫です。」
「傷が残るのはまずい、ちょっとまってくれよ」
ディーノはポケットから折りたたまれた白い板を取り出すと厨房の机の上に開いた。
「何をしているのですか?」
「ああ、これか?これは『積み木魔法』だ。」
「積み木魔法?」
「おれが作った、まったく新しい魔法体系だよ・・・まずこの盤に魔力を送ると送った人の魔力に合わせて色々な色と形の結晶が浮き出る。」
ディーノが盤に魔力を送ると、様々な大きさ、色、形の結晶が盤から出てきた。
「この盤の上でも5秒程度しか持たない結晶だが素早く組み立てる・・・ええっと傷の治療は青・青・赤・白っと」
まるで積み木のように積み上げられた結晶は一つになり、白い光の玉となって盤の上に浮かんで静止する。
「これで魔法が出来るって寸法さ、ちょっと手を見せてみな」
ディーノは光の玉を手で取るとそれを、レイチェルの怪我した手にあてた。
すると傷口は薄れ、遂には消えてなくなってしまったのだ。
「時間のかかる神聖魔法をこんなに簡単に・・・すごい・・・しかもこれなら誰でも簡単に魔法が行使できる」
「そう、人間誰もが持っている魔力さえあればこれは使える。これが普及すれば、正に社会が変わり、きっと今よりも人々の生活はずっと向上するはずだ。」
「すごいです!ディーノさんはこんな凄い研究なさっていたのですね!」
「ああ、俺はこれを普及させるのが夢なんだ。」
柄にもなく夢をかたってしまったが、ディーノにとっては間違いなくこの積み木魔法は心血を注いできた夢そのものであった。
この事がきっかけで、積み木魔法に興味を持ってくれたレイチェルと研究について話し合う仲になり、実験にも参加してくれるようになった。ときには熱中しすぎて二人で徹夜して両親に怒られるなんてこともよくあった。
レイチェルはディーノが思いつかないような結晶の組み合わせや、結果の考察が出来、研究は大きく前進した。
この時にディーノの中でのレイチェルは恋愛対象というより同志と言った意味合いが強く、まったくと言っていいほど女性としては見ていなかった。
しかし自分の恋を自覚するのは、そんな研究の日々が二年ほど過ぎたある日、二人で行う中規模積み木魔法の実験中のことだった。
「「あ」」
ディーノはレイチェルの手を誤って掴んでしまったのだ。
しかし実験中であったので、しばらくそこから手を離せなかったのだ。
焦るディーノであったが、レイチェルはそんなディーノを見てふわりと微笑んだ。
それはこれまで見たことがないレイチェルの表情で、ディーノは自分の頭の中で雷が落ちるような感覚を覚えたのだ。
それからは、研究以外の事でもレイチェルと良く話すことが多くなった。
「実はおれは貴族の嫡男に生まれたから、これから先の道は親の跡を継ぐことだけだと思って、贅沢だが、それがどうにもつまらなくて非行に走っていた時期があるんだよ。」
「そうなのですか?」
「親父とお袋にそう言ったら。鉄拳が飛んできた・・・主にお袋からだけども」
「『なにをそんな事で不貞腐れているんだ、男なら一旗揚げる気でなんでもやれっ』てな・・・あの人たちは貴族の位や矜持を大切にしているけど、それは王様、ひいては領民の為なのさ。だがそれに誇りをもっていても子には押し付けはしない・・・・・うち位になると跡を継ぎたがるやつは山ほどいるから良いのを選ぶ、お前は自由にやれとさ」
「叔父様と叔母様らしいですね」
そう言って、微笑むレイチェルに何度この想いを伝えようかと思ったが、これから貴族を辞す予定のある自分に彼女を幸せにできるのか、貴族の彼女が市井で暮らすことができるのか、そもそもレイチェルは自分をどう思っているのか自信がなかった。
この想いは彼女を不幸にする・・・・そう考えてディーノは心の内に想いを留めるのであった。
「実は積み木魔法だが普及には大きな壁があるんだよ。」
「実用性は問題ないレベルになったと思いますが?」
「ああ、実用性の観点であればほぼクリアした。しかし問題は山積している。まずは組み合わせが多すぎてどんな作用が出るかまだはっきりしない部分がある事・・・それにこれが普及して困る魔道士がいること。そしてこれは容易に戦争の兵器に転用されかねないってことだ。」
「兵器・・・」
「そうだな、例えばこれを1万枚作って1万人の兵に与えたらそれだけで既存のどの国も追い付けない規模の攻撃魔法部隊の出来上がりだ。それに理論上だと複数人で一斉に積み木魔法を積み上げれば、街が、いや最悪国が消える位の攻撃力を持つ魔法が作れるんじゃないかな」
「そんな・・・」
「便利な力は、転じて鋭利で凶悪な力になるのさ・・・・だがそこに人々の暮らしを劇的に変える力があるのに、それをあきらめられるだろうか・・・」
「・・・・」
「だから俺は世界の魔法研究の中枢、魔法国家ナーフに渡って徹底的に研究したいんだ・・・・・・・・そこで研究して、実証して・・・・この技術が世界の為になるのか、ならないのかを見極めるまでは戻らない・・・・やることが多すぎて、もしかすれば一生戻ってこれないかもしれないが」
「そう・・・ですか」
「ああ」
「いつ、その国へ行くんですか?」
「実は、来週の火の曜日に出る予定だ」
「そんなに急に・・・」
「昨日、魔法国の研究所から研究室の創設許可の連絡が来た。時間は有限だ。なるべく早く向かいたい。」
「・・・・」
「これまで、協力してくれてありがとう。・・・・急に、ごめんな」
「いえ・・・・がんばってください、ディーノさん」
レイチェルは小さくつぶやくと、俯いたまま部屋を出て行ってしまった。
「くそっ・・・」
その瞳に涙があったのが見て取れたディーノは自分自身に対して憤りの声を挙げた。
「・・・レイチェルは来ないか」
魔法国家ナーフへの旅に出る日。見送りに、レイチェルは姿を現さなかった。
「・・・まぁ、時間が解決することもあるさ。・・・お前もたまに手紙位はだすんだよ」
「そうするよ」
レイチェルの部屋を見上げるディーノの肩に手をやり父親はそう言って励ました。
「親父、お袋、それじゃあ行って来るぜっ」
「ああ、行ってこい」
「しっかりね。家のことは任せなさい」
「ああ、二人ともレイチェルのこと、よろしく頼む」
「「ええ」」
両親と家の侍従達に見送られて、ディーノは魔法国家ナーフへと旅立つのであった。
魔法国家ナーフは世界の中心の一つと言う事もあって、街も大きく様々な人種が入り乱れていた。着いて早々に研究所に顔を出したディーノは施設や設備の説明を受け、研究心を昂らせていた。
しかし、陽も暮れて研究者に宛がわれた家の前に着き、その手を扉にかけたときに一抹の寂しさが胸に去来した。
ここは異国、侍従達も両親も、そしてもちろんレイチェルも居ないのだ。
ガチャ・・・
「おかえりなさい!ディーノさん。」
「へっ・・・」
そこには居るはずもないレイチェルの姿があった。
「えっ・・・ど、どうしてここに居るんだ?」
「私はディーノさんよりも先にこちらの国に来て色々支度をしていたんですよ。叔父様と叔母様から聴いていませんか?」
「・・・あのくそ親父共・・・」
脳裏にほくそ笑む両親の顔がよぎった。
「でもいいのか、レイチェルは?ここじゃ貴族としてのまともな生活は送れないし、贅沢に着飾る事なんて事も出来ない、もしかしたらまたひもじい思いをするかもしれないんだぜ。」
「私、きっとディーノさんよりも家事はできますよ。こう見えて頑丈ですから贅沢だって要らないし、ひもじさだって耐えられます・・・・・・・・・私はずっと、ずっと貴方と一緒に居たいんです。」
レイチェルはそれまで見たこともないような満面の笑みをディーノに向けていた。そこに以前あった陰りはもうなかった。
「ダメ・・・ですか?」
答えないディーノに、レイチェルの瞳は不安に揺れた。
「・・・・・・負けた」
「あっ」
そう言うとディーノはレイチェルの身体を抱き寄せた。
「俺とずっと一緒にいてくれっ、レイチェル!」
「は、はい、一緒にいます、ディーノ!」
二人一緒ならどこでも、いつまでも生きていける。
そうディーノは確信した。
強く抱き合う二人を魔法の街灯が優しく包んでいた。
・・・・・・・・視点変更・・・・・・・・
綺麗な純愛で終わるのを望む方は以下は読むべからず。
ほんの少しのスパイスが欲しい方はどうぞ。
「報告、対象と接触。予定とは違う形であるが、対象自宅に潜入成功した。兵器開発の不穏分子の内定を進める」
『了解した。任務継続せよ。』
まさかこんなに美味しそうな餌に喰いつかない男が居るとは思いもしなかったが、まぁ私は色仕掛けするには少し経験が足りていなかったか。
しかし、まさかあのタイミングで腹が鳴るとは・・・初の大きな任務で緊張しすぎたか。
だが、まぁ結果的に処女も散らされずすんだと思えば結果オーライかな。
「定期報告、すまない対象両親から私の仮の両親役へ何らかの形で圧力が加わる可能性が出た。」
『予想範囲内だ。任務継続せよ。』
あの両親には笑わせてもらった。
しかし、あの純粋さは邪な考えしか持てない私たちのような者にとっては、交じり合えない、まるで水と油のようなものだ。
誰とも知らないうちのトップが嫌うのもわかる。
あんな純粋に赤の他人の為に怒れる人がいるのだな・・・と柄にもなく感心してしまった。
「定期報告。夜間諜報中に対象に見つかるも問題なし。」
『了解、例の物は見つかったか?』
「いや、まだだ。対象が持ち歩いている事が考えられる。」
『わかった。任務を継続せよ。・・・・ぬかるな、失敗はゆるされない。』
「・・・・わかっている」
定期報告をするとどこか心が荒む。
叔父様も叔母様も、屋敷の方達は私に良くしてくれる。彼等の温かさに触れて、自然と笑っている自分がとんでもなく滑稽で、後ろめたく思えてくるのだ。
それにあのディーノだ。
努力は誇れる・・・か、確かにそれはそうなのだろう。だが、それは正しい事をしていることが前提だ、後ろめたい努力なんて誇れるだろうか。
そして結果が出なければ、所詮それは全て無駄な努力だ。
私達のような者は結果を出さなければ後はないのだ。
「定期報告。ついに対象の魔法技術に接見しました。」
『了解、私見で良い、魔法の危険性はどの程度のものか?』
「はっ、報告にあったように既存の魔法体系とは異なるものでした。しかし、すぐに危険性を論ずるには情報が足りません。」
『了解した。引き続き情報を収集せよ』
「はっ」
積み木魔法の研究はなかなかに面白いものだった。
私の発想をディーノは受け入れて活かし、ディーノの疑問に私も一緒に悩んで、答えを出していく作業は充実していて、時に私は立場を忘れて熱中してしまうほどであった。
余計な事を考えずに、二人で積み木魔法を積み上げるときはただ相手を感じていればいいのだ。
それはこれまで感じたことのないような安らかなひと時であった。
じっと自分の手を見る。
研究の最中に誤って私の手を掴んだディーノの手の温かさがそこにはまだ残っているように感じた。
らしくないなとレイチェルはふっと唇に笑みを浮かべたのであった。
「定期報告。魔法研究に携わることに成功し、引き続き情報を得ています。」
『了解した。これまでの情報を統合して、この魔法体系の危険性はA2レベルに相当すると判断された。』
「A2レベルですか・・・それはその存在の抹消に対象の殺害も入るということですか。」
『命令はこちらで下す。が、そこでの暮らしも長くはないだろう。』
「・・・了解しました。」
『引き続き情報収集し、最後に備えろ。』
「は、了解しました。」
この生活が終わる。
それは始まったときから、定められていた事であった。
この手でディーノを・・・・・・じっと自分の手を見つめていたレイチェルの背後から突然声がかかった。
「誰と話しているんだい?」
「!!」
「はっはっはっ、驚かせてすまない私だよ」
「叔父様・・・いえ、少し独り言を言ってしまいまして。恥ずかしいです。」
声をかけて来たのは侯爵であった。朗らかで優しそうな顔で話しかける叔父様にレイチェルは報告の内容を聴かれてはいないと思い安堵の息をもらす。
「いやいや、隠さずとも良いよ諜報部の、たしか特務諜報隊ティソナ・デル・シドのR001だったかな。」
レイチェルのそんな嘘を侯爵は朗らかに衝撃的な事実をもって返した。極秘とされている特務諜報隊名に自分の名を示すナンバーすら知られている事実にレイチェルの緊張は一気に高まった。
「・・・・いつからお気づきで。」
「んー、わりと最初からかな。」
「どうして、叔父さまは早く私を追い出さなかったのですか?」
「そうだな・・・・そう、君が恋をしていたからだよ。」
以外にも侯爵はレイチェルの疑問に答えてくれたが、その答えは意外なものであった。
「は?私がディーノに恋するわけありません。あんな研究バカの甘い考えの奴に・・・。」
「それだ。私は君の恋の相手はディーノとは言ってはいないよ。」
「・・・ッ」
「それに、さっきの報告も、なぜディーノが火の曜日に国を発つことを報告しなかった?」
「それは・・・。」
「国外にあの技術が漏えいする事が知られれば、その前に殺せと命令が下りるかもしれないからだろう?だけど後で報告しなかったのがバレれば君も只ではすまいないはずだ。」
「・・・・・・・」
恋かどうかは分からないが、確かにあえて私はディーノが国外へ出る事を報告しなかった。確かに私は思っていたのだ。
ディーノに死んで欲しくないと。
眼を閉じると私に微笑みかけるディーノの顔が瞼の裏に映る。
二人でした研究の日々が走馬灯のように駆け巡った。
それを振り切るようにレイチェルは隠し持っていた包丁を抜いた。
「・・・・・私には叔父様の口を封じる事も、失敗して命を続ける事も許されていない。・・・これで終わりです。」
包丁を逆手にもち、自らにその刃先を向ける。
「一つレイチェルちゃんへ提案なんだが、あいつに、ディーノに付いて行く気はないか?」
「・・・・は?何を考えているんですか叔父様。私は諜報隊の者ですよ。」
「あいつは純粋すぎて親としては心配なんだよ。その点、レイチェルちゃんが傍に居てくれれば安心だ。あいつを護ってやってはくれないか?」
「それは無理ですよ・・・私が諜報隊を抜けられるのは死んだときだけですから。」
肩をすくませてそう魅力的な提案をした侯爵に、しかしレイチェルは半ば呆れ、そして半ば諦めながらそう返した。そう、諜報隊を生きて抜けた者はいないのだ。
「いいや誰にも未来は決められやしないさ・・・・心配ない、これでも私には多くの友人がいてね。君の後ろで糸を引いている者とも少しお話すれば分かってもらえるはずだ。そう問題は君が死と生のどちらを選ぶかなんだ・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わたしは」
そして特務諜報隊ティソナ・デル・シドのR001と名付けられた少女は死に、レイチェルは生き残った。
叔父様がどんな手を使ったのかわからないが、私の所属していた諜報隊からはあれから一度も連絡は来なくなった。
それから叔父様の伝手で国境を越えて魔法国家ナーフへとディーノに先んじてレイチェルは渡ったのだ。
今日はディーノがこの国へ到着する日だ。
私の思いの全てを彼に伝えてみよう。
まだ不確かなこの気持ちを恋だと信じて。
ただ、あなたと共に居たいのだと。
諜報⇒スパイ⇒スパイス なんちゃって・・・(゜ー゜;Aアセアセ
お読みいただき、ありがとうございましたぁーm(_ _;)m