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第九章 第七節

 シュラインシュタットという町は、明らかに盛り上がっていた。外に開かれていて自由な雰囲気に満ち満ちている。

 あちらこちらでさまざまな服装をした者たちが行き交い、昼、夜となく大通りは人でごった返す。

 そんな中を、二人の少年が楽しげに連れ添って歩いていた。

「俺は、こっちのほうが好きだな」

「うん」

 なぜか手に持った小袋を振り回しながら言うドミニクに、ルークもとりあえず同意した。

 ドミニクにとっては、ここも故郷のひとつだ。

 父親の仕事の都合もあり、帝国と共和国を行ったり来たりだったが、どこか停滞した空気のあるダスクより、ここノイシュタットのほうが過ごしやすかった。

 二人が軽快に道を進んでいくと、やがてシュラインシュタットの城の威容が目に飛び込んでくる。

 その質実剛健な姿は見る者を圧倒し、あたかもここノイシュタットの勢いを体現しているかのようだった。

「俺もいつかあそこへ行けるかなぁ」

「え?」

「いつか騎士になるのが夢なんだ」

「でも、ダミアン様は――」

「わかってる。だから今まで黙ってたんだ」

 表情を暗くして、ドミニクは自身の手を握りしめた。

「じゃあ、ここまで来たのって――」

「ああ、また城を見たかったんだ。ひょっとしたら本物の騎士に会えるかもしれないし」

 正直なところ、ルークにもドミニクの気持ちがわからないでもなかった。最強の戦士であり、王や選帝侯に仕える騎士は男の憧れ。誰もが一度は夢見るものだ。

 だが、それ相応に危険が多いことでも知られている。もしもの際は、主君のために身をていして戦わなければならない。

 ドミニクは、あくまで商人の、それも各地にその名を轟かす大商人の跡継ぎ。騎士になることを許されるはずもなく、ましてや命を懸けて戦うことが認められるはずもない。

 まさに、自身の思いと父親のそれとの間で板挟みにあっている。父を慕い、その期待に応えたいという意志はあるからこそ、余計にその悩みは深かった。

 それがわかるだけに、ルークはあえて何も言わなかった。

「――なあ、あれってなんて鳥だ?」

「え?」

 だが、当のドミニクはすでに気持ちを切り換え、脳天気に空をのほうを指さしている。この鷹揚さが、ドミニクのドミニクたるゆえんだった。

「あれは……」

 大きな鷲か鷹だろうか。長い翼を左右に広げ、風に乗って優雅に飛んでいる。

 それは、ゆっくりと北へ飛んでいき、やがて城の裏手にある丘というより山へ向かって降りていった。

「行ってみようぜ」

「あっ、ドミニク!」

 いつもの過剰な好奇心が顔を覗かせ、急に走り出した。あわてて追いかけるものの、ドミニクの足は速い。見る間に引き離されていく。

 やっと追いついたのは 麓まで来てからのことだった。

「ドミニク……速……すぎるよ……」

「なんだろうな、ここ。道がやけにきれいになってる」

 二人の前方には、細い道が続いていた。獣道のように見えなくもないが、その割には幅が広く、歩きやすそうに見える。

 自称〝探検〟をあちこちで頻繁に行っているドミニクには、それがどうにも不自然に思えた。

「なんか怪しい……行くぞ」

「あ、待って!」

 なんの警戒もなく、突き進んでいく。この無謀とも思える行動力は、彼のいいところでもあり、悪いところでもあった。

「まずいよ、ドミニク。これ以上、無茶をしたら」

「心配性だな、ルークは。どうせばれないよ、周りに誰もいないんだし」

「そういう問題じゃなくて……」

 こちらの言うことも聞かず、さっさと先へ行ってしまう。

 ――ダミアン様、僕にドミニクの歯止め役は無理です。

 (あるじ)がそのことを期待しているのは知っていたが、それに応えるのは難しいようだった。

「待って、ドミニク」

「遅いぞ、ルーク。こっちに何かありそうなんだ、急げ」

「って、ちょっと」

 止めても無駄だった。前をゆくドミニクは、一方的にさらに歩く速度を速めた。

 しばらくすると、まもなく一本の大木が見えてきた。不自然にも思えるそれの下は、どうやら少し開けているようだった。

「なんだ? なんかいる――」

「え?」

 木々の隙間から前方を覗くと、二人には有り得ない(、、、、、)存在が見えた。

 背に大きな一対の翼を持つ者たち――翼人だった。

「こ、これは……」

「しっ! 静かに、ルーク」

 唖然とするルークの視線の先には、赤く短い髪をした女性の翼人がいた。

 ――あの人、どこかで……

 何か引っかかるものがあって目を(みは)ったルークであったが、その対象は人込みにまぎれてすぐに見えなくなった。

 なんだったのだろう、と首をひねるものの、答えはまるで出てこない。ひとり思案しているうちにドミニクが動きだした。

「もっと近くに行こう」

「ちょ、ちょっと……!」

 もう十分接近しているというのに、どんどん先へ進んでいってしまう。ルークはどうすべきか判断を迷ったが、無謀なことをするドミニクを放っておくわけにもいかず、渋々付き従った。

 未知の存在の声が聞こえてくる。それだけで緊張のために動悸が速くなるが、ドミニクに相手を警戒する様子はまるでなかった。

 ――けど、本当に多い。

 後方からではよくわからなかったが、よくよく見やれば、周囲を埋め尽くすほどの翼人がすでに(つど)っている。

 その翼は本当に色とりどりだ。原色系から中間色までさまざまな翼の者たちが、互いに緊張した面持ちで言葉を交わしている。

「ルーク、もう下がろう」

「もうちょっと……」

 小声で止めても、後退するどころかさらに近づこうとする。いつかこの無謀なまでの好奇心と過ぎた行動力が身を滅ぼすのではないかと、子供心にも気が気ではなかった。

 ――ダミアン様、やっぱり自分には無理です……!

 胸中で叫び、ドミニクの背中を見やる。そこには危険なまでの嬉々とした気配が漂う。

 当のドミニクはこちらの気も知らず、興味津々といった様子で方々に目を向けていた。

「でも、なんでこんなに集まってるんだ?」

「さあ……?」

「よく考えたらおかしいじゃないか、町のこんなに近くに、こんなに翼人が集まるなんて」

 ひとつの可能性に思い至り、ルークは顔を蒼くした。

「ま、まさか」

「ないとは思うけど――帝都のときと同じかもしれない」

 大人たちはひた隠しにしようとしているが、子供の間でも帝都騒乱のことはもはや周知の事実であった。

 翼人の襲撃による大都市の崩壊。

「もし本当に――」

 とドミニクが言いかけたその切な、後方から重く轟くような大きな音が響いてきた。

「な、なんだ?」

 振り返ると、町のあるはずの方角で大きな土煙が上がっている。

 驚いて立ち尽くしているうちに、それはひとつ、ふたつと増えていき、やがて凄まじいまでの絶叫が天を圧し、周囲を震わすほどになった。

 眼前の翼人たちも驚いた様子で騒ぎはじめた。

「ルーク?」

「町のほうで何かあったみたいだ。こんなの普通じゃない」

「――行ってみよう。なんか、気になる」

「ドミニク……」

 先ほどまでの翼人への興味はどこへやら、反転したルークは山の麓へ向かって駆けだした。

「ドミニクッ!」

 追いかけてきたルークが、いつになく切迫した声音で叫んだ。

 さすがのドミニクもいったん立ち止まり、背後を振り仰いだ。

「もういい加減にしよう、ドミニク。これ以上は度を超してるよ」

「でも、町には支店のみんながいる。なんか嫌な予感がするんだ。急がないと……」

「僕たちが行ったところでどうすることもできないよ! 自分の限界をわきまえるんだ、ドミニク!」

 いつもなら、ここまで強く言われれば、それに応じて強く反発するのがドミニクだ。しかし、今は逆に、冷静な顔へと表情が変じていった。

「……ルーク、お前の言っていることは正しいのかもしれない。でも、俺はやれるだけのことをやってから考えたいんだ」

「あっ」

 必死になって止めたというのに、結局そのまま行ってしまった。

「ああ、もう」

 ルークは天を仰いだ。

 ――これは、本当に彼も(、、)自身の行動によって自滅するかもしれない。

 かつて、自分の近くにいた人のことを思う。

 安易な発想、無謀な行動、そして悲惨な末路――

 それは、明確な自滅の道だった。周りはそれをずっと心配していたというのに、肝心の本人が最後までそれに気づかず、みずから望んで地獄への縦穴に飛び込んでいった。

 あとには、残された者の悲しみだけが漂う。

 二度と嫌だった、あんな思いをするのは。

 ――でも、僕には無理だ。

 今回のように、どうせ止められない。どうしたらいいのだろうと思案するものの、とりえあずの答えすら出てこない。

 深く深く苦悩の(ふち)へと落ちていきそうになったルークが、ふと横手に何かの気配を感じた。

「え?」

 と思わず声を出してしまうほど、そこに見えたものは場に不似合いだった。

 自分たちとは別の道を、逞しい肉体をした若い男が下方というより横へ向かって急ぎ進んでいく。腰に()いた剣は鞘に収りながらも剣呑な雰囲気を醸し出し、その所作は素人が見てもわかるほどに無駄がない。

 騎士のようにも思えるその人は、厳しい顔つきのまま坂道を横切っていった。

 ――なぜこんなところに?

 という疑問はすぐに消えた。

 先をゆくドミニクはよほど必死なのか、憧れの人がすぐ近くにいるのかもしれないというのに一心不乱に道を駆け下っていく。

 ――ドミニク……

 これは、好奇心が原因なのではないと、すぐに気づいた。

 本当に店の者たちが心配なのだ。母親のぬくもりを知らないドミニクは、誰よりも家族や仲間を大切にしていた。

 そんな彼だからこそ、本人は無謀な性分にもかかわらず周りがついてくる。自分もそうでなければ、さすがに付き合いきれなかっただろう。

 ――でも、止めなきゃ。

 おそらく、町のほうでなんらかの混乱が起きている。このままでは巻き込まれるのが落ちだ。

 だが、ルークの声はドミニクには届かなかった。運動能力に優れる彼の背中は遠ざかっていく一方で、だんだんと危機感より焦りのほうが強くなってきた。

 必死の思いで山を駆け下り、町を見渡せる高台まで来たとき、ドミニクは止まった。追いついたルークが見たのは、驚愕の光景であった。

「なんだ……これは……」

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