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第九章 第三節

 荒廃した帝都リヒテンベルクに今も凛としてたたずむ大神殿は、しんと静まり返っていた。

 早朝だから、というのもある。しかしそれよりも、ここにいる誰もが声を発しようとしないのが大きかった。

 その異様な空気に包まれた大神殿の一室で、前夜から話し合いをつづける四人の大神官たちは沈鬱な面持ちで互いに向き合っていた。

「参ったな……」

 と、リシェでなくとも愚痴を言いたくなる。

「帝国ではなく、あくまでノイシュタット相手の開戦か。ダスクの偽善者どもめ、考えおったな」

「確かに、フランコ殿のおっしゃるとおり。これでは、我々が動きたくとも動けません」

 と、ミラーン。

「本当に打つ手はないのでしょうか」

「ライナー、そこはすでにこれまで話し合ってきたじゃないか。元から、我々に与えられた手段は少ない」

「そうだな……」

 リシェの言葉は正しい。動きたくとも動けない状況に関しては、今も昔も変わりはなかった。

「では、このまま黙って見ていろと?」

「それしかないでしょう、フランコ殿。そもそも、他の諸侯が行動を起こさないくらいなのです。神殿側が先にどうこうするわけにもいきません」

「ノイシュタットも嫌われたものだ」

「笑い事ではないぞ、リシェ。ノイシュタットは周りの想像よりも、実際には状態がよくないと聞いている。それでも、武力も交易もそこに頼るしかないというのが、この国の現状だ。あそこにもしものことがあれば、それこそ帝国が傾きかねない」

「ああ、この期に及んで互いに牽制し合うとは、諸侯の日和見主義も度が過ぎるな」

「いや、他の諸侯も動けんのだろう」

 いつになくまじめなフランコが、机の上の(カップ)を手に取りながら言った。

「たとえ表向きにせよ、今はまだノイシュタット侯領と共和国の部分的な紛争にすぎない。だが、他の選帝侯が動いたらその時点で国と国との争いになる」

「全面戦争になってしまう、と?」

「ああ。そこが帝国の内情と隙を突いた、共和国のうまいところだ」

 帝国内部での(いさか)い。

 帝都騒乱で疲弊した現状。

 そして、特定の国と全面的に戦うわけにはいかない国際情勢を踏まえたうえでの巧みな策略だった。

「共和国の策がそれだけならまだいいのですが」

「ミラーン?」

「リシェ殿、考えてみてください。ここ最近、帝国各地ではロシー族だけではない、翼人が人間の集落を襲う事例があとを絶ちません。中でも、ノイシュタットのそれがもっともひどいと聞きます」

「そういえば、侯都近くの村が壊滅したとか」

 と、ライナー。

「噂では、翼人を奴隷として扱っていたらしいが、それは別の話だな」

「いえ、フランコ殿。それも含めて、私はどうも嫌な予感がしてならないのです」

「翼人と結託していると? まさか。ミラーン殿は本の読み過ぎだ」

「協力しているのではなく、翼人をうまく動かしているだけだとしたら?」

「裏で操っているということか」

 小柄なミラーンが首肯した。

「共和国が翼人をけしかけて、それが成功したとしたら、いくらノイシュタットでもただではすまないでしょう」

 一同に沈黙の幕が下りる。もしもの事態を思い、それぞれの内面は揺れていた。

 それを悟られるのを嫌ったか、フランコが苛立たしげにカップを置いた。

「それにしても、アリーゴとジャンルカの二人は何をしておるのだ。もう戻ってこないつもりか。ライナー、お前のところに知らせは?」

「いいえ。おそらく、行くに行けないのでしょう」

「うぅむ、内も外も問題だらけ、か」

 これだけ各地で暴動が頻発し、翼人までもが暴れているとなれば、そうそう長い距離を移動できたものではない。二人がいる位置からここまでは、それだけの物理的な距離があった。

 椅子の肘掛けを勢いよく叩いたフランコが、大仰に天を仰いだ。

「ま、ここでこれ以上議論しても意味はない。どっちみち、聖堂騎士団は動かせんのだ。政治的に動こうにも、共和国(向こう)帝国(こっち)も我らの話など聞きはせんだろう」

「おっさんに同意するのは癪だが、それについては同じだ」

 リシェは、長い髪をこれ見よがしにかき上げた。

「相変わらず失礼な奴だ。育ちが極めて悪いな」

「あんたに言われたくない」

「もうこれくらいにしよう」

 ライナーが、すっと立ち上がった。

「さすがに、私も疲れました。今日はこれで終えて、そろそろ休まないと。ただ、何が起きたとしても、いつでも対応できるようにはしておきましょう」

「何ができるかわからんが」

 相変わらずの憎まれ口を叩きながら、フランコらも席を立った。

 しかし、とてつもない負の要素をはらんだ急報が届けられたのはそのときだった。

 その内容を聞いた一同の顔が、さっと蒼ざめていく。

「なんということだ……」

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