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第四章 第十三節

 背後に岩がむき出しの崖を背負う平らな場所に、白い翼をしたひとりの翼人が佇んでいた。

 みずからの剣を不思議そうに眺め、特に柄の辺りを念入りに見やっている。

 やや怪訝なものをその表情に浮かべながらも、柄を握りしめ、ゆっくりと一振りした。

 ――悪くない。

 それどころか、違和感が出る前よりずっと感触がよくなっている。ひょっとすると、アセルスタンが持っていた頃からすでに、どこかおかしくなっていたのかもしれなかった。

 ヴァイクが剣を鞘に戻し、振り返ったとき、そこには萌葱色の翼のにやけた男がいた。

「どう? いいでしょう」

「元の剣がいいんだ」

「まあ、それはそうだけど、壊れた部分は完全に直ったし、前より振りやすくなってるだろ? 刀身や柄に手を入れて、少しバランスをいじったんだ」

 余計なことを、と言おうとしたヴァイクであったが、確かに扱いやすくなったことは間違いなかった。

「おい、ナータンだったか。お前の仲間のところへすぐに連れていけ」

「横柄だなぁ。うちにもきつい性格の人はいくらでもいるけど、君ほどの奴はそういないよ」

「俺はぶっきらぼうに言ってるわけじゃない。仕方のない理由があるんだ」

「理由?」

「俺の仲間が――人間の仲間が、〝(イーリス)〟と名乗るはぐれ翼人の集団にさらわれた」

「えっ!?」

「本当は別のことで話し合いたかったんだが、それより今はその仲間を助けるのが先決だ。力を貸してほしい」

「わ、わかった。すぐに行こう」

 事情を察したナータンは、取るものも取りあえずいきなり飛び立とうとした。

「ゆくか、天空の大鷹よ」

 そこへ、アオクが静かに歩み寄ってきた。

「ああ、世話になった。俺にはまだまだやらなきゃいけないことがある」

「為すべきことがあるのは喜ぶべきことだ。閑暇は怠惰をもたらし、怠惰は頽廃を招く。今は己の道を進め。それが、やがてお主を天上の扉へと至らせるだろう」

「俺は、あんたのようになれるだろうか」

「なれん」

「――――」

「人は他の人になることはできん、たとえどんなに有能な人物であっても」

 アオクは微笑みながら言った。

「人はその人自身になるしかないのだよ、ヴァイク」

「俺は俺なりに理想を求めていけばいいということか」

「しかり。お主ならいつか、天上の階段を昇りきることができる、わしとは違った道でな」

「――また、いつか来る」

「ああ、待っている。誇り高きクウィン族の戦士よ」

 ヴァイクはうなずきを返すと、上空へと飛び上がった。ナータンもそれにつづき、大地に立つ老師に一礼してから去っていった。

「行ったか――お主たちの先に恵みがあらんことを」

 二人の戦士の若き背を見送った。

 その二人は、あっという間に老師の天幕が見えなくなるほどの速さで飛んでいた。白い翼の動きに、緑のほうはなんとかついていくのでやっとだ。

「ちょ、ちょっと速すぎるよ」

「そんなことより、ここからお前たちの仲間の集落まではどれくらいだ」

「集落というか、いつも集まってる場所はシュラインシュタットという町の郊外にあるんだ。そこまでは、そうだな、今から行けばもうすぐだよ」

「だったら、ちょうどいい」

 ジャンがさらわれてから、もうかなりの日数が経った。無事でいてくれるはずだと信じているが、それもこれも〝虹〟という連中の胸先三寸で決まってしまう。これ以上長引かせていいはずがなかった。

 二人は無言のまま飛びつづけた。ヴァイクとしてはいろいろと聞きたいことはあったのだが、その気持ちを押さえつけてしまうほど、今は焦りがこころの大半を支配していた。

 ナータンもヴァイクの思いは察していたのだが、どうしても聞いておきたいことがあった。

「ねえ、ところでどうして人間と一緒に?」

「今までいろいろあった。とても一言では説明できない。お前たちこそなんで?」

「僕たちは世界を変えたいんだ」

「…………」

 大仰な言い分だが、ナータンの目は真剣だった。

「翼人と人間が分離した世界、争いがつづく世界、そして翼人がジェイドに縛られた世界、そのすべてを変えたい」

「…………」

「すぐには無理かもしれない。けど、僕たちはあきらめてない。少しでも現状を改善して、次の世代へ受け継がせていくつもりだ」

「自分たちの代で実現しようとしないのか?」

「もちろんそれが理想だけど、現実は甘くはないからね。急いでやって失敗したら元も子もない。僕たちは、世代を超えてでもつづけていくことが大事だと考えている」

 継承が絶たれたとき、すべての可能性が消える。しかし、わずかでも思いが残るのならば、将来に花を咲かせることもできるだろう。

「つづけていくこと、か……」

 そういった考えは、今までなかった。自分の思いを成し遂げるには自分がすべてをやってのけるしか他に方法がないと思っていた。

 しかし、もっと長い期間で考えるのなら、ひとりではとてもできないようなことでも、いつか成し遂げられるはずだった。

「ナータン、お前たちの――」

「あ、あれ……?」

 緑の翼のナータンが突然止まった。ヴァイクが彼の視線の先を追うと、そこには人間の集落があった。

 それなりに、ではあるが大きいところだ。ひとりひとりが忙しく動き回っている姿が見える。

 だが、その中に明らかに異質な存在があった。普通の人間とは異なり、大きな何かを背負っている。

「あれは……!」

 最初に気づいたのは、ヴァイクだった。

 しかし、ナータンはまったく別のところに注目した。

「え? どうしてこんなところに――」

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