第四章 第十一節
アジトの広場には数多くの仲間が集い、ざわつきが収る様子もなかった。それぞれが勝手にいろいろなことをしゃべり、落ち着かない様子で互いに言葉を交わし合っている。
「騒ぎすぎじゃないか?」
見かねてフーゴが全員を注意しようとしたが、それを片手を上げて押しとどめたのは白い翼のナーゲルだった。
「無理もないさ。みんな、本当は不安なんだ。誰だって未知の存在を恐れる。けど、怖くても新しい一歩を踏み出さなきゃいけない」
「当然だ。俺たちは、自分たちの運命を変えるために動いてるんだ。みずから前に進まなくては意味がない」
「それは、みんなもわかってる。ただ、今はなんとかして自分を落ち着かせようとしているだけなんだ」
「今からこれでは、先が思いやられるがな」
吐き捨てるように言って顔をしかめるフーゴに、ナーゲルは苦笑した。
「そういえばネリーは?」
「もう準備はできてるはずだ。アーシェラのところじゃないのか」
彼女の名が出たとたん、フーゴの表情がすっと険しくなった。
「おい、あの女、本当に残していっていいのか」
「アーシェラか? いいじゃないか、別に。何を気にしている?」
「俺は昔から、どうもあいつが好かん。前は、マクシムが一目置いていたからあえて何も言わずにいたが……」
「ヴォルグ族の出身だからって、毛嫌いする必要はないだろ?」
「そういうことを言ってるんじゃない。あの女、どうも自分のことしか考えてないように感じる」
「自分のことしか、か」
つぶやき、ナーゲルは大きく息をついた。
「それは、俺たちも同じじゃないのか?」
「どういうことだ」
「誰でも、自分の信念に従って生きてる。ここにいるのだって、たまたま考えてる方向性が同じだったというだけだ。仲間に迷惑をかけないかぎり、自分の好きなようにすればいいさ。ここは部族じゃないんだ。厳格な掟なんて必要ない」
そう言いきったナーゲルを、フーゴはまじまじと見つめていた。
「……ナーゲル、お前、マクシムに似てきたな」
「そうか?」
そう言われて悪い気はしなかった。ずっと憧れていた存在。翼人の戦士の誰もが認める人に似てきたというなら本望だった。
「だがな、ナーゲル。俺たちが出ていったあとに何かあったらどうする」
「また違うところを根城にすればいいだろ。俺たちにとっては、自分の居場所なんてすぐにつくれる。ま、ネリーはちょっと嫌がるだろうけどな」
「それもそうか」
と、ひとつうなずいたフーゴはそれ以降、そのことを気にしようとはしなかった。
「そろそろか」
木の根本に腰かけていたナーゲルが、ゆっくりと立ち上がった。その様子を見て、周囲が少しずつではあるが静かになっていく。
「そろそろ出立しよう。ネリーは?」
「もう来るはずだ」
歩いて近づいてきたカルの言葉どおり、すぐに気配を感じた。
ネリーは、アーシェラをともなって森の陰から現れた。
「ネリー、いいか?」
「うん。じゃあ、アーシェラ、行ってくる」
「交渉はナーゲルたちに任せておけばいい。お前は余計なことをするな」
「ひどい、私だって役に立てる。足手まといにはならないわ」
「わかった、わかった」
いつものやりとりが交わされ、ネリーは皆に向き直った。
「行きましょう、相手のところへ。自分たちが変われば、きっと何かを変えられるはずだから」
それは、みんな同じ思いだった。
ただひとり、アーシェラだけは内心の葛藤に震えながら、飛び立つ〝極光〟の面々を無言のまま見送った。
多数の翼の者が隊を組んで飛んでいく様は壮観だった。ネリーはナーゲルに抱えられて、緊張感の中でも久しぶりの空の旅を満喫していた。
景色が一瞬で後ろへ飛んでいく。人間にはけっして味わえないこの感覚を自分が体験できるのも、翼の人と地の人という二つの種族の融合があればこそだった。
「翼人の人がうらやましい」
「心臓が必要なのにか?」
「たとえそれがあっても私は、翼人の人はすごいと思う。それに――」
ネリーは、ナーゲルの蒼色の瞳を見た。
「たぶん、ジェイドのこともいつか乗り越えられる。私はそう信じてる」
「ネリー……」
彼女も本当は自分のことで精いっぱいなのだろうに、自分たちのことをいつも気づかってくれる。そのことが、ただ純粋にうれしかった。
一行が南からの風を感じながら先を進むうち、空の明るさが目に見えて落ちてきた。
「せっかくの日なのに」
とネリーは嘆くが、自然の理は精霊の気まぐれによってもたらされ、人にはどうすることもできない。天候が崩れたとしても、あきらめるしかなかった。
しばらくすると、翼人たちの目には遠方にうっすらと町の影が見えてきた。シュラインシュタットという名の都。その近くにある丘の森で、相手方と直接会う約束だった。
「あれ、何?」
だが、その手前でネリーは中規模の集落を発見した。何人もの人影が見え、忙しなく動き回っているのが確認できる。
シュラインシュタットの威容のほうに気を取られていたナーゲルたちは、ネリーに言われるまで気がつかなかった。
なんの気なしにそちらを見やったとき、一同は目をむいた。
「あれは……!」




