順応⁈
ゴキブリとして生きていくことを決心した俺。
その決心とは、何かをすることではない。
何もしないことだ。
人間だったときの自分というものを全て捨て、本能のままに生きる。
それしかゴキブリとして生きていく術はない。
俺は呆然と下水道を彷徨った。
どこに向かって歩いているのかはわからない。
何の為に生きているのかもわからない。
わからなくていいんだ。
ただ本能に身を委ねていればいいんだ。
何も考えず無心でいるはずなのに、不思議と体は勝手に動く。
これが、本能というものなのだろう。
何も考えずに歩いていると、急に足が速く動き始めた。
『ああ、何かを求めている。』
そして、ある物の前でピタッと止まった。
目の前には、茶色い塊がそびえ立っていた。
『なんだこれは。』
見覚えのある色、形。
そして、忘れられない強烈な匂い。
そうそれは、紛れもなくウンコだった。
きっとドブネズミかなにかの糞だろう。
なぜウンコに向かって走り出し、ウンコの目の前で止まったのかは、考えたくもなかった。
何故なら俺はずっと腹が減っていたからだ。
『まさか、これを喰えって事じゃないっすよね?』
俺は恐る恐る自分のカラダに問いかけた。
すると俺の口内から唾液みたいなのがドッと流れてきた。
どうやら身体は求めているようだ。
そしてなによりその時、俺の手足はその場から離れる事を全力で阻止するように、地面に爪を食い込ませ踏ん張っていた。
どうやら逃げることも出来ないようだ。
『わかったわかった。逃げたりしないから、ちょっと覚悟だけ決めさせて。』
そう自分の身体を宥め、ウンコをじっと見つめる俺。
『カレーだと思え、カレーだと思え、カレーだと思え、これはカレー、これはカレー』
そんな風に自分に暗示をかける。
『カレー、カレー、カレー、カレー・・・やっぱ無理‼︎ 絶対無理‼︎ウンコじゃん‼︎』
そう思った時には、もう俺はウンコを食べていた。(←注目)
いや、自尊心を保つためにも「カラダが勝手にウンコを食べていた」と言わせていただきたい。
自殺しようとしたの時と同じパターンだった。
俺の意思は、無視された。
虫のカラダに、無視された。(おいおい「虫だけに無視。」ってか?笑 全然面白くねーよ! てかなんでウンコ食ってんだよ!バカじゃねーの⁈ ゴキブリってなんでも食うんだろ?だったらもっとマシなもん食えよ!草とか、苔とか、髪の毛とか、虫の死骸とか、そうゆう美味しそうなモノを食えよ! いや、美味しそうじゃねーわ‼︎ 感覚おかしくなってるわ!気持ち悪りぃ! てかさぁ!色々言いたいことはあんだけどさぁ、全部言ってたらキリがねぇから、一つだけ言わせてくれや!これだけ言わせて貰えりゃ気が済むからよ!いいな? よく聞けよ?言うぞ!?)
「ウンコめちゃくちゃ美味いじゃねーか‼︎‼︎」
そう。
ウンコはめちゃくちゃ美味しかった。
例えるなら、、、いや、例えられないほどの美味さだった。
おそらくゴキブリには人間のような味覚はない。
だからこそ、栄養分をそのままストレートに感じ取り、幸福感を味わうができるのだろう。
ゴキブリがなんでも食べる理由がわかった。
だってなんでも美味しいんだから。
『ちくしょう!美味すぎんだよ!くそが!』
気づけば俺は、もはや自分の意思でウンコを食べていた。
人間生活26年で培った清潔感と羞恥心は、脆くもウンコの前で崩壊した。
大好物だった「早い!安い!旨い!」の三つ文句でお馴染みの吉野家の牛丼よりも
「臭い!汚い!旨い! 」でお馴染み(?)のウンコの方が美味しく感じるのは、前の二つ文句がハードルを極限まで下げてくれているからだろうか。
いや違う。
間違えなくウンコの方が美味い。
これは事実だ。
もし、食べログにウンコがあったら俺は迷わず5つ星を付ける。
もし、わんこそば大会ならぬ「ウンコそば大会」が開催されたなら、俺は2位以下に大差をつけ優勝するだろう。そもそも誰も参加しないだろう。
もし合コンで女の子から
「好きな食べ物なぁにー?」と聞かれたら
真っ直ぐな瞳で「ウンコ!」と即答するだろう。
そして俺はその合コンで、女の子ではなく「女の子のウンコ」をお持ち帰りするのだろう。
それくらい、ウンコは美味しかった。
美味しくて美味しくて美味しくて、気が狂いそうなほど、美味しかった。
本当だ。
信じて欲しい。
ウンコは美味いんだ!
今これを読んでいる人は、きっとこう思ってるだろう。
『ウンコのくだり長ぇーよ!美味いのはわかったよ!』と。
ならば言わせていただきたい。
正当化くらいさせてくれよ‼︎‼︎‼︎
ウンコ喰ったんだぞ‼︎
これくらい言わないと恥ずかしいんだよ‼︎
「美味しい」と「悔しい」
が心のシーソーでバッタンバッタンと上下運動を繰り返す中で、俺はふと思った。
『そういえば、家族はどうしてるのかな?』
死んでから生まれ変わるまでが衝撃の連続で、全く考えていなかった。
死んだ事を悔やむ時間も、悲しむ時間も与えられなかった。
きっと両親は悲しんでいるだろう。
まだ26歳の息子が、不慮の事故で死んだんだ。
底知れない悲しみに打ちひしがれているのだろう。
そして、悲しみの中こう願ってるのだろう。
「どうか、天国で笑っていて欲しい。」と。
父さん、母さん。
聞こえますか?
僕は今
「下水道でウンコを食べています。(めちゃウマ♪)」
そんな風に
自己嫌悪
と
開き直り
を繰り返し
俺はこの下水道でゴキブリとして
着実に成長していったのです。
つづく




