【初心者歓迎】 異世界で魔王を倒しませんか? 【経験者優遇】
23歳、フリーター。
それが僕、山内康太の現在の肩書きだ。
もっとも、バイト先の飲食店が先日閉店した為、今は完全に無職になった。
そういう訳で、バイト雑誌を見ながら、僕は次のバイト先を探しているところだった。
「なんだろうこれ」
僕が見つけたのは、一つのバイト募集記事。
『異世界で魔王を倒しませんか?
アットホームな世界で勇者として楽しくお仕事。
初心者の方でも安心。先輩勇者が完全サポート!(※経験者優遇)
若い人が多く活躍していますよ。女性の方も多数在籍している職場です。
ご不明な点は、採用担当女神まで、お気軽にお問合せください』
そんな内容だった。
募集文の下には写真が掲載されていて、きれいな女性と、数人の男女が笑顔で写っている。
よくある職場写真だが、彼らの服装はどう見ても、鎧やドレスといった、現代日本にはありえない恰好だった。
普段の僕ならば、気にも留めなかっただろうけど。
なぜか僕は、携帯電話を手に取り、そこに電話してしまったんだ。
気が付けば、僕は異世界にいた。
採用担当女神という人に電話をかけたところまでは記憶にある。
電話に出たのは、澄んだ声の女性だった。
勤務内容などを軽く聞いた後、彼女は、「詳しい話を聞きますか?」と告げたので、僕は軽く「はい」と答えた。
そして、僕は今、異世界にいる。
「お話を聞いてくださりありがとうございます。私、採用担当の女神アスティアと申します」
「あ、山内康太です」
「山内さんですね、よろしくお願いします」
女神アスティアと名乗った女性は、目のやり場に困るような薄手の衣服を身にまとっていた。確かに女神、と呼んで差支えない美貌だ。
にこにこと話しやすそうな雰囲気。少し気が楽になった。
「山内さんは、異世界の経験はありますか?」
「えっと、初めて……だと思います」
「分かりました。こちらのお仕事は、初めての方でもサポートしますので大丈夫ですよ」
それは良かった。
異世界にいきなり放り出されても、右も左も分からない僕ではどうしようもない。
「では、本日から入れますか?」
「え、今日からですか?」
「ええ、早くから入った方がすぐに馴染めると思いますよ」
そういうものなのだろうか。でも、女神様が言うんだからそうなんだろう。
どうせ今はやる事もないフリーター生活だったので、別に問題はなかった。
「じゃあ今日から大丈夫です」
「ありがとうございます。それでは、早速担当エリアに召喚いたします。詳しい説明は、エリアリーダーに聞いてくださいね」
それが、僕が異世界でバイト勇者として戦う最初の日の話。
僕が異世界に来て、三ヶ月が経とうとしていた。
今日も今日とて、僕はバイト勇者の仕事を果たす。
「てい!」
剣を振ってモンスターを倒す。
斬られたモンスターが光となって消滅する。
最初の頃は驚いたけど、今となっては慣れたものだ。
草原にいたモンスターを全部倒し終えると、僕は一息ついた。
「ふぅ」
「お疲れさん」
「あ、お疲れ様です」
僕の先輩勇者にあたる斎藤さんが、労いの言葉をかけてくれた。
あの日、異世界に飛ばされた僕をサポートしてくれたのは、このエリアのリーダーであるバイト勇者の斎藤さんだった。
斎藤さんはもう一年以上も異世界で勇者をやってるらしく、ベテランと言っても良いレベルだ。
「とりあえず今日の時間は終わりかな」
「そう、ですね」
「ただ進捗遅れが出てるんだよな。もう少しだけやっていくよ」
「あ、手伝います」
僕らの仕事は最初に想像していた内容とは少しだけ違っていた。
てっきり魔王を倒す仕事だと思っていたけど、そうじゃない。
魔王を倒すのは、正社員の勇者の仕事だと、斎藤さんは最初に教えてくれた。
僕たちバイト勇者の仕事は、エリアに出てくるモンスターを倒す事、それだけ。
このモンスターというのは倒しても倒しても際限なく出てくる。どこにこれだけのモンスターがいるんだ、と時々叫びたくなるくらい、たくさん出てくる。
それを僕たちバイト勇者が毎日倒す。朝も昼も夜も関係なく、ただひたすら。
でも、さすがにそれじゃ体が持たないので、シフト制になっている。
週5日、決められたエリアのモンスターを倒すのが僕の仕事だ。
この三ヶ月で、何百何千というモンスターを倒したけど、それでも本当に毎日出てくる。
ゲームならそれだけ倒せば、それなりのレベルになってると思うけど、残念ながらそう上手くいかない。
少しだけ筋肉がついて、少しだけモンスターを倒すのが上手くなった、それくらいだ。
「てい!」
目の前のモンスターを倒す。
このモンスターを倒すのにもノルマがある。
ただ、『ノルマ』という言葉は使ってはいけないらしい。『努力目標』なんだという。
シフト中に努力目標をこなさないと怒られてしまう。
でも、現実問題として、シフト中に目標を達成するのは無理だ。明らかに無理な数字だと斎藤さんはぼやいている。
じゃあどうするのか。
シフトが終わってからもモンスターを狩る事で、ようやく目標に到達する。
残念ながら、というよりは当たり前のように残業代は出ない。
自発的に目標達成に向けて行動している、というのが偉い人の認識なんだという。だから残業代なんてのはこの世界には存在しない。
「よーし、これくらいでいいかな」
「お疲れ様です」
シフト終わってさらに二時間が経過し、僕らは再び休憩する。
「山内もこの仕事、慣れてきたな」
「はい、おかげさまで」
「そろそろお前もエリアリーダーになれるかもな」
斎藤さんが笑って言う。
そんな簡単になれるものなんだろうか、僕には分からない。
「いつまでこの仕事、続ければいいんでしょう?」
「そりゃモンスターが出なくなるまでだなぁ」
「いつかは出なくなるんですか?」
「まあ、勇者が魔王を倒せば出なくなるって話だが……それも難しそうだな」
斎藤さんは渋い顔をする。
このあたり、ベテランならではの事情通だった。
「そもそも正社員勇者が絶望的に人手が足りてないんだよ」
斎藤さんは、本当の勇者の事を、『正社員』と呼ぶ。
僕らとは違い、お金で雇われた訳ではなく、神の祝福を受けた光の勇者の事だ。
斎藤さんは近くにあった小岩に腰を下ろし、タバコを取り出した。
ちなみに、タバコは元の世界の物だ。
女神様に頼めば一応、向こうの世界の物を取り寄せる事も出来る。少しだけ費用は掛かるけれど。
「本物の勇者サマが育つ前にすぐ死んじまう。死ななくても途中で諦めて逃げ出す。そんなんばっかりだ」
「そうなんですか……」
「本来はモンスター退治なんてのも、バイト勇者の仕事じゃないんだよ。本物の勇者が旅をして倒してれば、勝手に減っていくようになってんだ」
「へぇ……」
ゲームで言うところのレベル上げでモンスターを倒しまくるみたいなもんだろうか。
ああする事で、一定数のモンスターは間引けているらしい。
「でも、最近はそういう正社員勇者もいないから、俺たちみたいなバイト勇者がモンスター退治だけやってる訳だ」
「そうだったんですか」
「まあこのバイト勇者も、だいぶ人手足りてないんだけどな」
それは僕も理解していた。
このエリアのバイト勇者は僕と斎藤さんを含めて5人くらいしかいない。
その人数で24時間、このエリアで戦い続けているんだから、人手不足なんてものじゃない。
僕はまだ辛うじて週5日勤務、2日は休めるというシフトだけど、エリアリーダーの斎藤さんは、それこそ毎日勤務しているんじゃないかと思う。
それでも、目標進捗が遅れていて、上の偉い人から怒られている。
「大変ですね」
「まあな……給料だけはいいからな」
それだけが救いだと斎藤さんは言った。
翌日は休みだったけど、急遽、女神様から連絡が入った。
女神様は神殿にいるという話なので、神殿に向かう。
神殿の奥の間に、彼女はいた。
採用担当のアスティアさんだ。
実はこのエリアのエリアマネージャーも兼任しているという。
「山内くん、ごめんね、休みのところ」
「いえ……」
女神様は最初の頃よりだいぶフランクになっていた。
いつからか、僕の事を「山内さん」ではなく、「山内くん」と呼ぶ。
「山内くんもこの世界に来て三ヶ月、結構慣れたと思うんだ」
「はい……」
「それで、明日からさ、このエリアのサブリーダー、やってほしいんだけど、大丈夫?」
女神様はいつも通りの人の良さそうな笑みで僕に聞いてくる。
嫌です、なんて言えない雰囲気。
「えっと……サブリーダーって何をするんですか?」
「大丈夫大丈夫、やる事は今とほとんど変わんないし。一応、基本給に役職手当が付くからね」
女神様はサブリーダーになると色々良い事が増えるよ、と教えてくれた。
けれど。
結局何をやればいいのかは最後まで教えてくれなかった。
「……じゃあ、やります」
「ありがとうねー。じゃあそういう事で、明日からよろしくね」
「明日、僕休みなんですけど……」
「それなんだけど、急遽、シフトに穴が開いたみたいなの。悪いんだけど、入ってくれないかな?」
お願いね、と女神様は有無を言わさず決定してしまった。
まあ一日くらいならいいか、と僕は引き受けた。
「他に誰がシフト入ってるんですか?」
「その日、一人なのよ」
「え?」
「大丈夫よ、モンスターが出にくい時間帯だし、ワンオペパーティーでも問題ないわ」
ワンオペパーティー。
僕も噂だけは斎藤さんから聞いていた。
パーティーとついているが、そんなものは名ばかりで、単なるソロで狩りをする事を指す。
ワンオペはきつい、と手慣れた斎藤さんですら愚痴ってたのを思い出す。
「しばらく山内くんにはワンオペパーティーでやってもらうかもだけど。でも、今バイト募集してるからすぐに元のシフトに戻せると思うわ」
それまでお願いね、と女神様は胸を逸らした。豊満な胸がたゆんたゆんと揺れる。
その日の収穫は、それくらいだった。
ワンオペは結構しんどかったけど、意外に何とかなった。
モンスターが出にくい時間帯というのもあるんだろうけど、一人という事を意識して行動すれば、一応こなす事は出来た。
僕のシフトは週5から週6になっていた。
今日は久々に斎藤さんと組む日だった。
「てい」
モンスターを剣で倒して、周囲を見回す。
ずっとワンオペでやってたから、たまに二人でやるととても捗る。
いつの間にか、僕もベテランの域に到達していたのかもしれない。
「やるじゃねぇか、さすがだな」
「斎藤さんのおかげです」
「この分だとマジでエリアリーダーになるかもな」
「斎藤さんはどうなるんですか?」
「俺はなぁ、そろそろ仕事を辞めようかと思ってるんだけどな」
仕事を辞めようかと思う。
それは斎藤さんの口癖の一つだ。初めて会った日から、ちょくちょく耳にする。
でも辞める気配はない。
多分、本音を言えば辞めたいんだと思う。
けど、今斎藤さんが辞めると、このエリアが回らないのを、他ならぬ斎藤さんが一番理解していたから。
だから、バイトなりの責任感で、斎藤さんはずるずると続けていた。
「女神様が人手を増やすって言ってましたよ」
「うーん……」
しかし斎藤さんの顔は暗い。
「人手を増やすっていっつも言ってるけどな、実際増える事ってあんまりないんだよ」
「そうなんですか……」
「今はどこのバイトも働き手がいないってのが現状だからな。給料が良くても人手が足らないって訳だ」
「大変なんですね」
どこか他人事のような話だった。
それからさらに三ヶ月が過ぎた頃。
僕は女神様に呼び出されてエリアリーダー勇者になってほしいと告げられた。
よく分からなかったけど、給料が増えると言われたので、とりあえず頷いた。
こうして僕はエリアリーダーになった。
ちなみに斎藤さんは、別のエリアに転属になった。
リーダーになって変わった事は、仕事と責任と拘束時間が増えて、少しだけ給料も増えた。
「山内くんさぁ、最近数字落としてるけど……」
エリアリーダーは月に一度、エリアマネージャーである女神様に報告の仕事があった。
これが僕はたまらなく嫌だった。
女神様は足を組んで僕を見る。
「目標届かないんじゃない、これじゃあ」
「はい……」
「どうするの?」
「えっと……何とか頑張ります」
そう言うと、女神様ははぁと溜息をつく。
「数字出してくれれば別に頑張らなくてもいいんだけどさ」
「はい……」
どうすればいいんだろう。
数字を落としている理由は単純だ。
人手不足でエリアが回っていない。
ワンオペによる拘束時間の増加による効率低下だ。
でも、それを言ったところで女神様は「バイト勇者を増やすように動いている」と言うだけだった。
「とりあえず、来週までに進捗ペースに戻して」
「……はい」
頷くしかなかった。
結局、目標までの数字が足りてないんだったらやる事は一つだ。
シフト時間外にモンスターを倒すしかない。
この頃から、僕はほぼ毎日勤務になっていた。
ワンオペパーティーも、最近では珍しくない。
以前はモンスターが少ない時間のみだったのに、いつのまにか平日の昼間ですら平然と行われている。
それを僕は黙々とこなす。
「てい」
刃を振ってモンスターを倒す。
慣れたものだ。
ただひたすら倒す、それだけの仕事。
最近の勤務形態について、他のバイト勇者からも不満が出ている。仕事が多い、拘束が長い、などなど。
でも、僕に言われても困る。名ばかりのリーダーでしかないから。
結局、人手が足りないってのが一番の原因だったし、それが解消する気配はなかった。
「よう」
「あ、斎藤さん」
休憩していると、斎藤さんがやってきた。
別のエリアに転属して以来だ。
「元気そうだな」
「斎藤さんも……」
お元気そうですね、と言おうと思ったが止めた。
斎藤さんの顔色はあまり良くなかったからだ。
「どうかしました?」
「いや……実は俺の今やってるエリアがな、閉鎖するみたいなんだ」
「閉鎖……」
それは初めて聞く言葉だ。
「要はバイト勇者の派遣をなくしてしまうって事だな。人手が足りてないエリアを閉鎖して、採算を取るらしい」
「でも、そんな事したら……」
モンスターがドンドン出てきて、一般の人にも被害が出てしまう。
斎藤さんはさびしそうに笑う。
「仕方ないさ、圧倒的に人手が足りてないんだからな。何しろ、連続18時間モンスター討伐とかザラだからな」
「大変ですね」
「エリアを閉鎖するからお役御免って訳だ。別のエリアの配属も可能って言われたけど、良い機会だし、辞める事にしたよ」
辞める前に挨拶に来てくれたみたいだった。
辞めると決まって斎藤さんは嬉しそうではあるが、同時に寂しそうであった。
「元の世界に戻るんですか?」
「ああ。一年以上ここでバイトして金も貯まってるし、しばらくゆっくりするわ」
そう言って斎藤さんは去って行った。
僕だけが一人、残された。
それから一ヶ月が経った。
相変わらず人手は足りてない上に、僕のエリアに回ってきた新人バイト勇者が急に来なくなった。
「飛んだのよ」
と、忌々しそうに女神様が言ってるのが印象的だった。
最近多いらしい。急にモンスター退治に来なくなるバイト勇者が。
でも、こんな異世界でばっくれて、どこに行くというのだろう。僕にはそれが不思議だった。
飛ぶくらいなら、斎藤さんみたいに辞めればいいのに。
いや、辞めようとすると色々理由をつけられて、結局辞めれなくなる。ここはそんな世界だ。
だったらどこかに逃げ出すってのも、考え方かもしれない。
「今月の進捗だけど……やっぱりダメね」
「すみません」
さらに人手が減った以上、進捗ペースに戻す事も難しい状態だ。
ワンオペにも限度がある。
既に週7日のモンスター退治も破綻をきたしており、休みの日を挟む事になった。
無休エリアから週1休エリアになったのである。
当然、進捗ペースはさらに落ちる事になった。
「まあ仕方ないわね、今の状況だと」
今までと違って女神様もどこか投げ槍だ。無理もないだろう。
実は女神様も、さらに上の人から怒られているらしい。
女神様はこの辺り一帯のエリアマネージャーだけど、その上にもっと偉い神様がいるという。
僕は見た事も会った事もないので、聞いた話だけど。
僕らの成績が悪いと、女神様はその神様にこっぴどく叱られる。
そして僕らは女神様に叱られる。
そんな構図。でも、今日はやけに静かだ。
「斎藤さんのエリアが閉鎖されたって聞きました」
「ああ、そうね……あの場所はもう終わりね」
「どうなるんですか?」
「どうもこうも、モンスターが溢れて人家を襲って終わりよ。かくて世界は闇に包まれました、ちゃんちゃん」
そんな不謹慎な事を、女神様はいつものように綺麗な笑みを浮かべて言う。
「どうにもならないんですか」
「無理よ。上は勇者を創るつもりがないんだもの」
「創る?」
「ええ。本物の光の勇者ってのは、創造神が創るのよ。そうやって、勇者は生まれるの」
「どうして創らないんですか?」
「信仰心が足りないのよ。勇者一人を創るのにも手間暇がいるの。でも、上の神様はそれを行うつもりがない。バイトの勇者でもモンスターを討伐する事は出来るものね」
「でも、それだとずっと戦い続ける必要があるんじゃ……」
「ええそうね。魔王を倒さない限り、モンスターは増え続ける。でもね、それで良いと考える人もいるの」
分からない話よね、と女神様は言った。
「モンスターを勇者が倒し続ける限り、人々は神を信仰するわ。たとえそれが、お金で雇われてるバイト勇者でも、人には関係ないのよ」
「そうなんですか……」
「信仰心を使って光の勇者を創っても、モノになるのには年数が掛かるし、魔王を倒せずに死ぬかもしれない。だったらバイトで何とかしろってのが上の方針なのよね」
僕にはよく分からない話だったけど、女神様が少しだけ寂しそうなのが分かった。
きっと女神様は、本気で魔王を倒して世界を救いたいんだと思った。
でも、彼女の理想は、どこにも届かない。
「お疲れ様、今日の報告はこれでいいわ」
「はい、お疲れ様です」
それから二週間後の事だった。
僕のエリアが閉鎖されるという報告が女神様から届いた。
特に何かの感情は湧かなかった。
ただ、やっぱりな、という気持ちだけはあった。
「希望があれば、他のエリアの転属も受け付けるわ」
事務的に女神様はそう言った。
その表情に、笑みも何もない。
また一つのエリアが閉鎖され、そこにいる人々がモンスターに襲われるだけの事だ。
「街の人たちの避難はどうするんですか?」
「それはこちらの仕事よ、あなたたちが気にする必要はないわ」
きっと女神のお告げとかで何とかするんだろう。
「……僕、元の世界に戻ります」
「そう、今までありがとう、山内くん」
「いえ、こちらこそお世話になりました」
僕は女神様にお礼を言う。
なんだかんだあったけど、色々とお世話になったのも事実だ。
モンスター退治の仕事は辛かったけど、今となっては良い思い出なのかもしれない。
きっと僕は、あの日の斎藤さんみたいな顔をしているに違いない。
「……じゃあね、ばいばい」
女神様はそう言って、僕を元の世界へと送ったのだった。
24歳、フリーター。
元の世界に持った僕は、一つ年をとっていた。
少しだけ貯金に余裕が出来た事と、体つきがガッシリした事。
異世界で手に入れたのは、それくらいだった。
「……ふー」
元の世界に戻ったところで、やる事は一つだ。
バイトをする。
生きるってのは大変だ。
体力がついたから、前よりは幾分か楽になったけど、結局こちらの世界でも変わらない。
人手不足だったり、拘束時間が長かったり、ワンオペだったり、変な役職につかされたり。
でも、なんとなく。
物足りなく感じている自分もいた。
異世界でただ毎日モンスターを退治していた日々を、懐かしく思う時もあった。
「あれ?」
仕事帰りにコンビニに立ち寄って、バイト募集のフリーペーパーを見つける。
それは、僕が前に異世界勇者のバイトを見かけた雑誌だった。
ふと気になって雑誌を手に取る。
パラパラとめくった先に、僕は見慣れた顔を見つけた。
「あ……」
にこやかに笑顔を浮かべた女神様の姿。
その周囲には、同じく笑顔を浮かべたバイト勇者の姿があった。
そしてその中に――斎藤さんの顔もあった。
「結局、戻ったんだ」
斎藤さんも僕と一緒なのかもしれない。
どれだけきつくて、どれだけしんどくても。
バイト勇者の仕事が好きなんだろう。
写真の上の文章は相変わらずだ。
―――異世界で魔王を倒しませんか?
気が付いた時には、僕は携帯電話を取り出し、電話を掛けていた。
電話口に聞こえるのは、いつか聞いた澄んだ女性の声。
人事担当兼フロアマネージャーの女神様。
そして僕はこう告げた。
「あの……異世界で勇者の応募を見たんですが……」