表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【初心者歓迎】 異世界で魔王を倒しませんか? 【経験者優遇】

作者: ハマヤ

 23歳、フリーター。

 それが僕、山内康太の現在の肩書きだ。

 もっとも、バイト先の飲食店が先日閉店した為、今は完全に無職になった。

 そういう訳で、バイト雑誌を見ながら、僕は次のバイト先を探しているところだった。


「なんだろうこれ」


 僕が見つけたのは、一つのバイト募集記事。


『異世界で魔王を倒しませんか?

 アットホームな世界で勇者として楽しくお仕事。

 初心者の方でも安心。先輩勇者が完全サポート!(※経験者優遇)

 若い人が多く活躍していますよ。女性の方も多数在籍している職場です。

 ご不明な点は、採用担当女神まで、お気軽にお問合せください』


 そんな内容だった。

 募集文の下には写真が掲載されていて、きれいな女性と、数人の男女が笑顔で写っている。

 よくある職場写真だが、彼らの服装はどう見ても、鎧やドレスといった、現代日本にはありえない恰好だった。

 普段の僕ならば、気にも留めなかっただろうけど。

 なぜか僕は、携帯電話を手に取り、そこに電話してしまったんだ。









 気が付けば、僕は異世界にいた。

 採用担当女神という人に電話をかけたところまでは記憶にある。

 電話に出たのは、澄んだ声の女性だった。

 勤務内容などを軽く聞いた後、彼女は、「詳しい話を聞きますか?」と告げたので、僕は軽く「はい」と答えた。

 そして、僕は今、異世界にいる。


「お話を聞いてくださりありがとうございます。私、採用担当の女神アスティアと申します」

「あ、山内康太です」

「山内さんですね、よろしくお願いします」


 女神アスティアと名乗った女性は、目のやり場に困るような薄手の衣服を身にまとっていた。確かに女神、と呼んで差支えない美貌だ。

 にこにこと話しやすそうな雰囲気。少し気が楽になった。


「山内さんは、異世界の経験はありますか?」

「えっと、初めて……だと思います」

「分かりました。こちらのお仕事は、初めての方でもサポートしますので大丈夫ですよ」


 それは良かった。

 異世界にいきなり放り出されても、右も左も分からない僕ではどうしようもない。


「では、本日から入れますか?」

「え、今日からですか?」

「ええ、早くから入った方がすぐに馴染めると思いますよ」


 そういうものなのだろうか。でも、女神様が言うんだからそうなんだろう。

 どうせ今はやる事もないフリーター生活だったので、別に問題はなかった。


「じゃあ今日から大丈夫です」

「ありがとうございます。それでは、早速担当エリアに召喚いたします。詳しい説明は、エリアリーダーに聞いてくださいね」


 それが、僕が異世界でバイト勇者として戦う最初の日の話。










 僕が異世界に来て、三ヶ月が経とうとしていた。

 今日も今日とて、僕はバイト勇者の仕事を果たす。


「てい!」


 剣を振ってモンスターを倒す。

 斬られたモンスターが光となって消滅する。

 最初の頃は驚いたけど、今となっては慣れたものだ。

 草原にいたモンスターを全部倒し終えると、僕は一息ついた。


「ふぅ」

「お疲れさん」

「あ、お疲れ様です」


 僕の先輩勇者にあたる斎藤さんが、労いの言葉をかけてくれた。

 あの日、異世界に飛ばされた僕をサポートしてくれたのは、このエリアのリーダーであるバイト勇者の斎藤さんだった。

 斎藤さんはもう一年以上も異世界で勇者をやってるらしく、ベテランと言っても良いレベルだ。


「とりあえず今日の時間は終わりかな」

「そう、ですね」

「ただ進捗遅れが出てるんだよな。もう少しだけやっていくよ」

「あ、手伝います」


 僕らの仕事は最初に想像していた内容とは少しだけ違っていた。

 てっきり魔王を倒す仕事だと思っていたけど、そうじゃない。

 魔王を倒すのは、正社員の勇者の仕事だと、斎藤さんは最初に教えてくれた。

 僕たちバイト勇者の仕事は、エリアに出てくるモンスターを倒す事、それだけ。

 このモンスターというのは倒しても倒しても際限なく出てくる。どこにこれだけのモンスターがいるんだ、と時々叫びたくなるくらい、たくさん出てくる。

 それを僕たちバイト勇者が毎日倒す。朝も昼も夜も関係なく、ただひたすら。

 でも、さすがにそれじゃ体が持たないので、シフト制になっている。

 週5日、決められたエリアのモンスターを倒すのが僕の仕事だ。

 この三ヶ月で、何百何千というモンスターを倒したけど、それでも本当に毎日出てくる。

 ゲームならそれだけ倒せば、それなりのレベルになってると思うけど、残念ながらそう上手くいかない。

 少しだけ筋肉がついて、少しだけモンスターを倒すのが上手くなった、それくらいだ。


「てい!」


 目の前のモンスターを倒す。

 このモンスターを倒すのにもノルマがある。

 ただ、『ノルマ』という言葉は使ってはいけないらしい。『努力目標』なんだという。

 シフト中に努力目標をこなさないと怒られてしまう。

 でも、現実問題として、シフト中に目標を達成するのは無理だ。明らかに無理な数字だと斎藤さんはぼやいている。

 じゃあどうするのか。

 シフトが終わってからもモンスターを狩る事で、ようやく目標に到達する。

 残念ながら、というよりは当たり前のように残業代は出ない。

 自発的に目標達成に向けて行動している、というのが偉い人の認識なんだという。だから残業代なんてのはこの世界には存在しない。


「よーし、これくらいでいいかな」

「お疲れ様です」


 シフト終わってさらに二時間が経過し、僕らは再び休憩する。


「山内もこの仕事、慣れてきたな」

「はい、おかげさまで」

「そろそろお前もエリアリーダーになれるかもな」


 斎藤さんが笑って言う。

 そんな簡単になれるものなんだろうか、僕には分からない。


「いつまでこの仕事、続ければいいんでしょう?」

「そりゃモンスターが出なくなるまでだなぁ」

「いつかは出なくなるんですか?」

「まあ、勇者が魔王を倒せば出なくなるって話だが……それも難しそうだな」


 斎藤さんは渋い顔をする。

 このあたり、ベテランならではの事情通だった。


「そもそも正社員勇者が絶望的に人手が足りてないんだよ」


 斎藤さんは、本当の勇者の事を、『正社員』と呼ぶ。

 僕らとは違い、お金で雇われた訳ではなく、神の祝福を受けた光の勇者の事だ。

 斎藤さんは近くにあった小岩に腰を下ろし、タバコを取り出した。

 ちなみに、タバコは元の世界の物だ。

 女神様に頼めば一応、向こうの世界の物を取り寄せる事も出来る。少しだけ費用は掛かるけれど。


「本物の勇者サマが育つ前にすぐ死んじまう。死ななくても途中で諦めて逃げ出す。そんなんばっかりだ」

「そうなんですか……」

「本来はモンスター退治なんてのも、バイト勇者の仕事じゃないんだよ。本物の勇者が旅をして倒してれば、勝手に減っていくようになってんだ」

「へぇ……」


 ゲームで言うところのレベル上げでモンスターを倒しまくるみたいなもんだろうか。

 ああする事で、一定数のモンスターは間引けているらしい。


「でも、最近はそういう正社員勇者もいないから、俺たちみたいなバイト勇者がモンスター退治だけやってる訳だ」

「そうだったんですか」

「まあこのバイト勇者も、だいぶ人手足りてないんだけどな」


 それは僕も理解していた。

 このエリアのバイト勇者は僕と斎藤さんを含めて5人くらいしかいない。

 その人数で24時間、このエリアで戦い続けているんだから、人手不足なんてものじゃない。

 僕はまだ辛うじて週5日勤務、2日は休めるというシフトだけど、エリアリーダーの斎藤さんは、それこそ毎日勤務しているんじゃないかと思う。

 それでも、目標進捗が遅れていて、上の偉い人から怒られている。


「大変ですね」

「まあな……給料だけはいいからな」


 それだけが救いだと斎藤さんは言った。






 翌日は休みだったけど、急遽、女神様から連絡が入った。

 女神様は神殿にいるという話なので、神殿に向かう。

 神殿の奥の間に、彼女はいた。

 採用担当のアスティアさんだ。

 実はこのエリアのエリアマネージャーも兼任しているという。


「山内くん、ごめんね、休みのところ」

「いえ……」


 女神様は最初の頃よりだいぶフランクになっていた。

 いつからか、僕の事を「山内さん」ではなく、「山内くん」と呼ぶ。


「山内くんもこの世界に来て三ヶ月、結構慣れたと思うんだ」

「はい……」

「それで、明日からさ、このエリアのサブリーダー、やってほしいんだけど、大丈夫?」


 女神様はいつも通りの人の良さそうな笑みで僕に聞いてくる。

 嫌です、なんて言えない雰囲気。


「えっと……サブリーダーって何をするんですか?」

「大丈夫大丈夫、やる事は今とほとんど変わんないし。一応、基本給に役職手当が付くからね」


 女神様はサブリーダーになると色々良い事が増えるよ、と教えてくれた。

 けれど。

 結局何をやればいいのかは最後まで教えてくれなかった。


「……じゃあ、やります」

「ありがとうねー。じゃあそういう事で、明日からよろしくね」

「明日、僕休みなんですけど……」

「それなんだけど、急遽、シフトに穴が開いたみたいなの。悪いんだけど、入ってくれないかな?」


 お願いね、と女神様は有無を言わさず決定してしまった。

 まあ一日くらいならいいか、と僕は引き受けた。


「他に誰がシフト入ってるんですか?」

「その日、一人なのよ」

「え?」

「大丈夫よ、モンスターが出にくい時間帯だし、ワンオペパーティーでも問題ないわ」


 ワンオペパーティー。

 僕も噂だけは斎藤さんから聞いていた。

 パーティーとついているが、そんなものは名ばかりで、単なるソロで狩りをする事を指す。

 ワンオペはきつい、と手慣れた斎藤さんですら愚痴ってたのを思い出す。


「しばらく山内くんにはワンオペパーティーでやってもらうかもだけど。でも、今バイト募集してるからすぐに元のシフトに戻せると思うわ」


 それまでお願いね、と女神様は胸を逸らした。豊満な胸がたゆんたゆんと揺れる。

 その日の収穫は、それくらいだった。








 ワンオペは結構しんどかったけど、意外に何とかなった。

 モンスターが出にくい時間帯というのもあるんだろうけど、一人という事を意識して行動すれば、一応こなす事は出来た。

 僕のシフトは週5から週6になっていた。

 今日は久々に斎藤さんと組む日だった。


「てい」


 モンスターを剣で倒して、周囲を見回す。

 ずっとワンオペでやってたから、たまに二人でやるととても捗る。

 いつの間にか、僕もベテランの域に到達していたのかもしれない。


「やるじゃねぇか、さすがだな」

「斎藤さんのおかげです」

「この分だとマジでエリアリーダーになるかもな」

「斎藤さんはどうなるんですか?」

「俺はなぁ、そろそろ仕事を辞めようかと思ってるんだけどな」


 仕事を辞めようかと思う。

 それは斎藤さんの口癖の一つだ。初めて会った日から、ちょくちょく耳にする。

 でも辞める気配はない。

 多分、本音を言えば辞めたいんだと思う。

 けど、今斎藤さんが辞めると、このエリアが回らないのを、他ならぬ斎藤さんが一番理解していたから。

 だから、バイトなりの責任感で、斎藤さんはずるずると続けていた。


「女神様が人手を増やすって言ってましたよ」

「うーん……」


 しかし斎藤さんの顔は暗い。


「人手を増やすっていっつも言ってるけどな、実際増える事ってあんまりないんだよ」

「そうなんですか……」

「今はどこのバイトも働き手がいないってのが現状だからな。給料が良くても人手が足らないって訳だ」

「大変なんですね」


 どこか他人事のような話だった。







 それからさらに三ヶ月が過ぎた頃。

 僕は女神様に呼び出されてエリアリーダー勇者になってほしいと告げられた。

 よく分からなかったけど、給料が増えると言われたので、とりあえず頷いた。

 こうして僕はエリアリーダーになった。

 ちなみに斎藤さんは、別のエリアに転属になった。

 リーダーになって変わった事は、仕事と責任と拘束時間が増えて、少しだけ給料も増えた。








「山内くんさぁ、最近数字落としてるけど……」

 

 エリアリーダーは月に一度、エリアマネージャーである女神様に報告の仕事があった。

 これが僕はたまらなく嫌だった。

 女神様は足を組んで僕を見る。


「目標届かないんじゃない、これじゃあ」

「はい……」

「どうするの?」

「えっと……何とか頑張ります」


 そう言うと、女神様ははぁと溜息をつく。


「数字出してくれれば別に頑張らなくてもいいんだけどさ」

「はい……」


 どうすればいいんだろう。

 数字を落としている理由は単純だ。

 人手不足でエリアが回っていない。

 ワンオペによる拘束時間の増加による効率低下だ。

 でも、それを言ったところで女神様は「バイト勇者を増やすように動いている」と言うだけだった。


「とりあえず、来週までに進捗ペースに戻して」

「……はい」


 頷くしかなかった。





 結局、目標までの数字が足りてないんだったらやる事は一つだ。

 シフト時間外にモンスターを倒すしかない。

 この頃から、僕はほぼ毎日勤務になっていた。

 ワンオペパーティーも、最近では珍しくない。

 以前はモンスターが少ない時間のみだったのに、いつのまにか平日の昼間ですら平然と行われている。

 それを僕は黙々とこなす。


「てい」


 刃を振ってモンスターを倒す。

 慣れたものだ。

 ただひたすら倒す、それだけの仕事。

 最近の勤務形態について、他のバイト勇者からも不満が出ている。仕事が多い、拘束が長い、などなど。

 でも、僕に言われても困る。名ばかりのリーダーでしかないから。

 結局、人手が足りないってのが一番の原因だったし、それが解消する気配はなかった。


「よう」

「あ、斎藤さん」


 休憩していると、斎藤さんがやってきた。

 別のエリアに転属して以来だ。


「元気そうだな」

「斎藤さんも……」


 お元気そうですね、と言おうと思ったが止めた。

 斎藤さんの顔色はあまり良くなかったからだ。


「どうかしました?」

「いや……実は俺の今やってるエリアがな、閉鎖するみたいなんだ」

「閉鎖……」


 それは初めて聞く言葉だ。


「要はバイト勇者の派遣をなくしてしまうって事だな。人手が足りてないエリアを閉鎖して、採算を取るらしい」

「でも、そんな事したら……」


 モンスターがドンドン出てきて、一般の人にも被害が出てしまう。

 斎藤さんはさびしそうに笑う。


「仕方ないさ、圧倒的に人手が足りてないんだからな。何しろ、連続18時間モンスター討伐とかザラだからな」

「大変ですね」

「エリアを閉鎖するからお役御免って訳だ。別のエリアの配属も可能って言われたけど、良い機会だし、辞める事にしたよ」


 辞める前に挨拶に来てくれたみたいだった。

 辞めると決まって斎藤さんは嬉しそうではあるが、同時に寂しそうであった。


「元の世界に戻るんですか?」

「ああ。一年以上ここでバイトして金も貯まってるし、しばらくゆっくりするわ」


 そう言って斎藤さんは去って行った。

 僕だけが一人、残された。








 それから一ヶ月が経った。

 相変わらず人手は足りてない上に、僕のエリアに回ってきた新人バイト勇者が急に来なくなった。


「飛んだのよ」


 と、忌々しそうに女神様が言ってるのが印象的だった。

 最近多いらしい。急にモンスター退治に来なくなるバイト勇者が。

 でも、こんな異世界でばっくれて、どこに行くというのだろう。僕にはそれが不思議だった。

 飛ぶくらいなら、斎藤さんみたいに辞めればいいのに。

 いや、辞めようとすると色々理由をつけられて、結局辞めれなくなる。ここはそんな世界だ。

 だったらどこかに逃げ出すってのも、考え方かもしれない。


「今月の進捗だけど……やっぱりダメね」

「すみません」


 さらに人手が減った以上、進捗ペースに戻す事も難しい状態だ。

 ワンオペにも限度がある。

 既に週7日のモンスター退治も破綻をきたしており、休みの日を挟む事になった。

 無休エリアから週1休エリアになったのである。

 当然、進捗ペースはさらに落ちる事になった。


「まあ仕方ないわね、今の状況だと」


 今までと違って女神様もどこか投げ槍だ。無理もないだろう。

 実は女神様も、さらに上の人から怒られているらしい。

 女神様はこの辺り一帯のエリアマネージャーだけど、その上にもっと偉い神様がいるという。

 僕は見た事も会った事もないので、聞いた話だけど。

 僕らの成績が悪いと、女神様はその神様にこっぴどく叱られる。

 そして僕らは女神様に叱られる。

 そんな構図。でも、今日はやけに静かだ。


「斎藤さんのエリアが閉鎖されたって聞きました」

「ああ、そうね……あの場所はもう終わりね」

「どうなるんですか?」

「どうもこうも、モンスターが溢れて人家を襲って終わりよ。かくて世界は闇に包まれました、ちゃんちゃん」


 そんな不謹慎な事を、女神様はいつものように綺麗な笑みを浮かべて言う。


「どうにもならないんですか」

「無理よ。上は勇者を創るつもりがないんだもの」

「創る?」

「ええ。本物の光の勇者ってのは、創造神が創るのよ。そうやって、勇者は生まれるの」

「どうして創らないんですか?」

「信仰心が足りないのよ。勇者一人を創るのにも手間暇がいるの。でも、上の神様はそれを行うつもりがない。バイトの勇者でもモンスターを討伐する事は出来るものね」

「でも、それだとずっと戦い続ける必要があるんじゃ……」

「ええそうね。魔王を倒さない限り、モンスターは増え続ける。でもね、それで良いと考える人もいるの」


 分からない話よね、と女神様は言った。


「モンスターを勇者が倒し続ける限り、人々は神を信仰するわ。たとえそれが、お金で雇われてるバイト勇者でも、人には関係ないのよ」

「そうなんですか……」

「信仰心を使って光の勇者を創っても、モノになるのには年数が掛かるし、魔王を倒せずに死ぬかもしれない。だったらバイトで何とかしろってのが上の方針なのよね」


 僕にはよく分からない話だったけど、女神様が少しだけ寂しそうなのが分かった。

 きっと女神様は、本気で魔王を倒して世界を救いたいんだと思った。

 でも、彼女の理想は、どこにも届かない。


「お疲れ様、今日の報告はこれでいいわ」

「はい、お疲れ様です」






 それから二週間後の事だった。

 僕のエリアが閉鎖されるという報告が女神様から届いた。

 特に何かの感情は湧かなかった。

 ただ、やっぱりな、という気持ちだけはあった。


「希望があれば、他のエリアの転属も受け付けるわ」


 事務的に女神様はそう言った。

 その表情に、笑みも何もない。

 また一つのエリアが閉鎖され、そこにいる人々がモンスターに襲われるだけの事だ。


「街の人たちの避難はどうするんですか?」

「それはこちらの仕事よ、あなたたちが気にする必要はないわ」


 きっと女神のお告げとかで何とかするんだろう。


「……僕、元の世界に戻ります」

「そう、今までありがとう、山内くん」

「いえ、こちらこそお世話になりました」


 僕は女神様にお礼を言う。

 なんだかんだあったけど、色々とお世話になったのも事実だ。

 モンスター退治の仕事は辛かったけど、今となっては良い思い出なのかもしれない。

 きっと僕は、あの日の斎藤さんみたいな顔をしているに違いない。


「……じゃあね、ばいばい」


 女神様はそう言って、僕を元の世界へと送ったのだった。






 24歳、フリーター。

 元の世界に持った僕は、一つ年をとっていた。

 少しだけ貯金に余裕が出来た事と、体つきがガッシリした事。

 異世界で手に入れたのは、それくらいだった。


「……ふー」


 元の世界に戻ったところで、やる事は一つだ。

 バイトをする。

 生きるってのは大変だ。

 体力がついたから、前よりは幾分か楽になったけど、結局こちらの世界でも変わらない。

 人手不足だったり、拘束時間が長かったり、ワンオペだったり、変な役職につかされたり。

 でも、なんとなく。

 物足りなく感じている自分もいた。

 異世界でただ毎日モンスターを退治していた日々を、懐かしく思う時もあった。


「あれ?」


 仕事帰りにコンビニに立ち寄って、バイト募集のフリーペーパーを見つける。

 それは、僕が前に異世界勇者のバイトを見かけた雑誌だった。

 ふと気になって雑誌を手に取る。

 パラパラとめくった先に、僕は見慣れた顔を見つけた。


「あ……」


 にこやかに笑顔を浮かべた女神様の姿。

 その周囲には、同じく笑顔を浮かべたバイト勇者の姿があった。

 そしてその中に――斎藤さんの顔もあった。


「結局、戻ったんだ」


 斎藤さんも僕と一緒なのかもしれない。

 どれだけきつくて、どれだけしんどくても。

 バイト勇者の仕事が好きなんだろう。

 写真の上の文章は相変わらずだ。



―――異世界で魔王を倒しませんか?



 気が付いた時には、僕は携帯電話を取り出し、電話を掛けていた。

 電話口に聞こえるのは、いつか聞いた澄んだ女性の声。

 人事担当兼フロアマネージャーの女神様。

 そして僕はこう告げた。


「あの……異世界で勇者の応募を見たんですが……」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 題材は某牛丼家ですねわかります。
[気になる点] 本気で魔王を倒して世界を救いたいんだと思った[。] [一言] わあブラック
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ