6.話しました。中編。
「待て。ちょっと待て」
あたし、混乱中。何がどうして、どうなった。
「あたしが、あんたに、けっこんの、もうしこみ、したって?」
「驚いたが、その気概は好ましいと思った」
タラちゃんは、ほんのりと頬を染めた。うをを、超絶美形がデレてる! 目の保養! いや、そうじゃなく!
「うおおおおおあたし何言った~~!」
「透子ちゃん、落ち着いて」
浜野さんが、声をかけてくる。あたしは椅子から立ち上がると、浜野さんに駆け寄った。胸ぐらをつかんで叫ぶ。
「アレですか! 異世界事情! なんか変な習慣が結婚の申し込みになっちゃうとか、うっかり言った何かがたまたま、プロポーズの言葉になっちゃってたとかっ!」
某アニメみたいに、平手打ちがプロポーズとか。
そう思っていたら、浜野さんがタラちゃんに声をかけた。
「いや、だから、落ち着いて……タラチ? 彼女は何をしたんだい。アンゲゲラ族の裸踊りとか、メルフォゲスラ族の魅惑の這いずりとか、したのかい?」
なにそれ。微妙に詳細が知りたいぞ。
「父上……いや。トオコは別に、狂乱の裸体をさらしたわけでも、色香を放つ這いずりをしたわけでもありません」
やってないよ! 何を狂乱したり、イモムシやったりするんだよ! ってか、色気あるの? 這いずるのに?
「吾も父上から、異界の風習は聞き知っております。トオコはまさに、その風習に則って吾に求婚しました」
「いやだから、あたし、そんな事した覚えないって! 異界の風習ってナニ? 何がどうしてプロポーズになったわけ?」
思わずそう言うと、タラちゃんは言った。
「トオコは吾に剣を突きつけてきた」
「いやそりゃ、戦うつもりだったしね」
「そうして、言った。『結婚を前提としたお付き合いをしてほしい』と」
「はい?」
あたしは硬直した。
「言ったの?」
浜野さんの言葉に首を振る。なぜに、そんな言葉を言ったと誤解されているのだか。
するとタラちゃんは、顔を歪めた。
「トオコははっきりと、吾に向かって言ったではないか。あの時の自分の言葉を、良く思い出してみるが良い」
「え?」
あたしは眉間にシワを寄せると、タラちゃんとの出会いを脳裏に再生しようとした。
~回想中。
『死にたくないから、ここまで来たわ』
魔王は、あたしを見つめ、ふうと息をついた。
『まこと、愚かしい行いを繰り返すな、人の国の王とその取り巻きは。
哀れとは思うが、勇者よ。吾も殺されてやるわけにはゆかぬ』
『そうだろうね。あたしもこんな理由で殺しに来る人がいたら、全力で嫌がるし。でも、死にたくないからさ』
剣を構える。
『だから付き合ってよ、悪いけど。礼儀らしいから、名乗るわね。あたしは透子。神山透子。食べ歩きが好きな、ただの女子高生……だった』
『礼にのっとり、吾も名乗ろう。
北の荒野、魔の一族を統べる王、タラチ・イアンデス・グロウガリアス』
~回想終了。
「やっぱ、結婚してくれなんて言った覚えないけど……」
首をひねると、タラちゃんが、むう、という唸り声を上げた。
「トオコにとって吾は、さほどに小さき存在か。あれほど情熱的に申し込んでおいて、それを忘れるとは……」
「え、いや、タラちゃんには感謝してるよ!? すごいありがたかったよ! 今も仕事もらってるし、もう足向けて眠れませんってぐらい恩人だよ!」
慌ててあたしは言った。
「でもあたし、そんな事言ったっけ……?」
タラちゃんは、不機嫌そうな顔になった。
「では、教えてやろう。トオコは吾の所に来て、『おまえが魔王か』とまず、問うた」
「ああ、うん」
あたしはうなずいた。確か、そんな感じだった。
「『そなたがこたびの勇者か』と尋ねた吾に、そなたは諾と答え、旅路での苦労と、呪いの首輪をつけられた事を語った」
「うん。確かそうだった」
タラちゃんは、続けた。
「そうして吾に剣を向け」
「うん」
「結婚しろと言った」
「いやそこ、おかしいから!」
あたしは叫ぶと、必死になって記憶を探った。あの時、あたしはなんて言った?
「えーと、だから! 確か、首輪があるからって言って、死にたくないから、ここまで来たって言った、けど」
「うむ」
「で、名乗って」
「いや、その前だ」
「その前?」
~再び回想中。
『死にたくないから、ここまで来たわ』
『まこと、愚かしい行いを繰り返すな、人の国の王とその取り巻きは。
哀れとは思うが、勇者よ。吾も殺されてやるわけにはゆかぬ』
『そうだろうね。あたしもこんな理由で殺しに来る人がいたら、全力で嫌がるし。でも、死にたくないからさ』
『だから付き合ってよ、悪いけど』(←)
~回想終了。
え。
え。
え。
「まさか……あれ?」
「思い出したか」
「いやだって……なんであれでプロポーズの言葉になるのよ! あれって単に、今から殺し合いになりますけど、すいませんって意味の言葉じゃない!」
「えーと、実際にはなんて言ったの、透子ちゃん」
黙ってやりとりを見ていた浜野さんが、そこで尋ねてくる。
「だから、こう、剣を向けてですね? 召喚された事と、呪いの首輪の話をしてですね? どうしても戦わないとって説明して、『悪いけど、付き合ってよ』って」
すると、タラちゃんが言った。
「あれは、異界の正式な婚姻申込みではないか。父上が教えてくださった通りの作法であったぞ」
沈黙が落ちた。
「息子になに教えてんだ、浜野さん~~~~っ!!!」
長い伏線だった……。




