5.集まりました。
目の前には、きらきらしい美形たち。
青く輝く髪と、氷にも似た薄青の瞳、白く輝く角と翼も神々しい男性。彼の名は、
「波平さん」
「会えてうれしいぞ、トオコ」
優雅な微笑も神々しい。なのに波平さん。彼の名前は、波平さん!
「ほんに。こたびの勇者はかわゆらしいのう」
「フネさん……」
真紅の髪と瞳の、燃え上がらんばかりに情熱的、官能的な美女が言った。漆黒の角がセクシーです、お姉さま。動くたびに、お胸が揺れてます。フネさんなのに。フネさんなのに!
「タラチは、良い娘に出会ったよね」
涼やかな声音で言う、金髪碧眼の美青年。金色の角と翼がまばゆい。音楽とか聞こえてきそう。ハレルヤ~とか歌いたくなりそう。
「イクラちゃん……」
そんな彼の名前は、イクラちゃん。
あたしは、思わず天を仰いだ。
「どうした、トオコ」
その中でも、美形ぶりではひけを取らない、赤い瞳の漆黒の魔王さまがこちらを見る。なんかもう、無駄にキラキラしてませんか。
「なんでもないです、タラちゃん。ちょっと、無性に、いろんな所にゴメンナサイと言いたい衝動にかられただけです」
涙をこらえつつあたしが言うと、タラちゃんは「ふむ?」と言って首をかしげた。
「父上と同じようなことを言うな。異世界の勇者とは、みな突然に天を仰いだり、打ちのめされたような顔で、夕日に向かって走ったりするものなのか」
「異世界には異世界の事情が……って、浜野さん、そんなことやってたんですか」
「『サザエさんのお母さんが、フネさんだなんて~!』と、叫びながら」
ああ。いろいろ、いろいろ、ギャップを感じたんだろうな。フネさんの揺れる胸を見つめつつ、あたしはそう思った。
「異世界の勇者とは、良くわからないものだな」
教官! と言いたくなるような、クールな美女が言った。青みがかった銀髪に深い青の瞳、白銀の角と翼の、
「ワカメちゃん」
「俺もいるよ~」
ワカメちゃんと同じ色彩の、くだけた感じの美青年が手を振った。
「お久しぶりです、カツオくん。この間は、お花をありがとうございました」
「女の子への礼儀だから~」
きらきらしい笑顔で、銀髪の青年が手をひらひらとしてみせる。ちょっとチャラい感じが魅力的と言うか、まばゆいと言うか。
あ、いかん。本気で涙が出てきた。もう、キラキラがハレーション起こしそうだよ、美形集団。ああ。それなのに。それなのに。
某イソノさん一家の名前なんだよ、全員!
「話には聞いていたが、こうして直に見てみると、トオコは可愛らしいなあ。自分をしっかり持っているし」
微笑む波平さんこと、ナムール・イーフ・エイデスさん。自己紹介の時には、『波平です』としか聞こえなかった。
「あれこれと着飾らせ、可愛がりたくなるのう。どうじゃ? わらわの城に来ぬかえ?」
色気満載の微笑みを向けてくる、フネさんことフニーエ・スァンデスさん。彼女の名前はあたしには、『フネさんです』としか聞こえない。
「ふむ。だが、異世界人の変わった所はなあ」
「別に良いじゃない、それぐらい。チャームポイントだと思えば」
どうやら双子だったらしい、『ワカメちゃんです』ことワールカ・メイチー・イアンデスさんと、『カツオくん』こと、カイチ・ウー・ウォークンさん。
「祖父殿は、何かと良く笑い出す癖を持っていたではないか。異世界の者には、異世界の者の事情があろう。のう、シュウゴ?」
そこにサザエさんこと、サジャー・エイデス前魔王陛下が言う。唯一、あたしと同じ感覚を共有できるだろう日本人にして元勇者、今はサザエさんの婿という立場になった浜野さんは、ひっそりと気配を消すようにして立っていたのだが。この言葉に苦笑いを浮かべた。
「サザエ……ああ~……まあ、そうですね……」
「そんな所もかわゆく思っておるぞ、シュウゴ」
「さ、サザエ……」
浜野さんは、真っ赤になった。よっ、ご両人。ラブラブですね、リアルマスオさん。
「それにしても、笑い出すおじいさんっって……」
「吾には曽祖父に当たるな。四代前の魔王、アイムー・ミヌー・イーマ・ウーシュの婿になった勇者だ」
あたしがつぶやくと、その言葉を聞きつけたタラちゃんが言った。浜野さんが、「ミニーマウスと結婚した人」と解説してくれる。ああ。例の英語圏の人か。
「魔王と結婚する勇者、多いんだ……?」
「うん、まあ。なぜかそうなる確率が高いみたいだよ。だから、透子ちゃんも安心してね」
「え? 何を」
「またまた。わかってるからね?」
いや、何を。
浜野さんからの謎の言葉に首をかしげつつ、あたしは改めて、周囲を見渡した。
魔王城のサンルーム。光が差し込む、美しい部屋。のどかで平和な場所。
そこにいる美形集団。まぎれこんだあたしは、すごく居心地悪いです。どっちをむいても美形。どこを見てもキラキラ。
「浜野さん……、そばにいて良いですか!」
「え、なに急に」
「浜野さんの顔が、今のあたしには安息の地なんです!」
美形集団にストレスを感じて、あたしは浜野さんの側に寄ろうとした。ビバ、普通顔。ビバ、のっぺりな日本人顔!
と、思っていたら、後ろから襟首をつかまれ、ぐいっと引っ張られた。
「うひゃわ!」
バランスを崩して転びそうになったが、ぽすっと誰かの胸に抱きかかえられ、免れる。……って、誰かの胸?
「おや」
「まあ」
「ほう」
「ひゅーひゅー」
周囲から上がる声。見上げたあたしの目に、不機嫌な顔のタラちゃん。え? 何がどうなった。
「え、ちょっとタラちゃん。なんで引っ張ったり」
「トオコは」
もがいて腕から抜け出そうとしたが、タラちゃんは許さず、さらに力をこめてきた。ぐえ。
「吾より父上が良いのか」
「はあ? 何の話……」
「父上は、母上のものぞ。トオコが想ったところでどうにもならぬ」
「いや、だから、何の話」
あわあわしていると、「これ、女子に対して乱暴じゃぞ、タラチ。トオコに怪我をさせる気か?」とサザエさんが言った。タラちゃんは、不満そうな顔をしたが、腕の力をゆるめた。あたしはあわてて、タラちゃんの腕から抜け出して、距離をとった。
すると、ずん、と空気が重くなった。ちょっと冷や汗が出た。何だかよくわからないけど、タラちゃんの不機嫌さに拍車がかかっている。
「ははは。若いなあ、タラチ」
「女の子は、優しく扱わないとダメよ」
「やっぱり良いなあ、タラチ。魔水晶の鉱山一つあげるから、交代してくれない?」
周囲から、上がる声。わけわからん。特に最後の、イクラちゃんの発言は、なんなのだ。
「断る」
タラちゃんは、威嚇するような勢いでイクラちゃんに言うと、またあたしの腕をつかんで引っ張り、抱きついてきた。ちょっと! お姉さんに甘えたい子どもですか、君は! 十五歳なのは知っているけど、見かけは完全に成人男性なんですよ、異世界事情か何だか知らんけど!
うお、なつくな! なでるな! 匂いをかぐな! ヤメテヤメテ~、お姉さんのライフはゼロよ!
「おお、仲が良いのう」
がっしり抱き込まれ、ふんふん匂いをかがれ、ぐりぐり頭をこすりつけられたあたしがじたばたしていると、微笑ましげに言われた。眺めてないで止めてください、サザエさん!
「本当だね。相性もよさそうだし。一族の主だったものも、好意的だしね。良かったね、透子ちゃん」
にこにこしながら、浜野さんが言った。何が。何が良かったんですか!
すると、浜野さんは、爆弾発言をしてくれた。
「だって、君はタラチのお嫁さんになるんでしょ? 集まったみんなに認めてもらえて良かったねえ」
その瞬間。
あたしの中で、全てが止まった。世界も。思考も。何もかも。
ただ、浜野さんの言葉だけが。
繰り返し、あたしの中で響いていた。
タラチのお嫁さん。
タラチのお嫁さん。
タラチのお嫁さん。
「……タラちゃんの、お嫁さんんんん~~~~っ!?」
そうして次の瞬間、動き出した世界の中、愕然として叫ぶあたしがいた……なんでやねん!
まさかのラブコメ展開。




