4.会いました。
「……と、言うわけで、俺が浜野修吾です。前魔王陛下であるサザエですさんの、夫をやらせていただいています」
三十過ぎに見える、純日本人な顔立ちの男の人が、会釈して言った。あたしは軽く頭を下げた。
「神山透子です。えっと、浜野さん、あたしと同じ日本人……」
「そうだよ。透子ちゃん……そう呼んで良い? 透子ちゃんも、衝撃受けたでしょ、魔王の名乗り聞いて」
「ええ、まあ。……『タラちゃんです』って言われたし」
「俺は、『サザエでございます』だった」
二人して、遠いまなざしになった。
「長谷川町子ってすごいよね」
「そだね。……おれ、タラチが生まれた時にさ。もっとカッコイイ名前にしたかったんだけどさ」
あ。やっぱり、タラちゃんのお父さんなんだ。
「サザエに晴れやかな顔で、『この子の名前はタラちゃんです!』って言われた時には、泣けば良いのか笑えば良いのかって気分になったよ。わかってるんだけどね? 次に呼ばれる勇者のためだって。わかってはいるんだけどね?
でも自分の息子に『タラちゃん』って……!」
こっそり泣きました、と浜野さんは言った。気持ちはわかる。
「えっと、でも、魔王って代々、イソノさん一家の名前になるの? この先も?」
「この先はどうかわからないけど……俺の前の勇者のときは、魔王の名前はイソノ家の名前じゃなかったよ」
「へえ?」
「その時は確か、アイムー・ミク・イーマ・ウーシュと、アイムー・ミヌー・イーマ・ウーシュっていう、双子の魔王だった」
「ん~?」
あたしは首をかしげた。何のアニメだろう。その名前のキャラクターが思いつかない。
「えと、アイムー……? 」
「知ってると思うよ、透子ちゃんも。
ちなみに、その時の勇者は、魔王の名乗りを聞いたとたん、笑いの発作に取りつかれて、どうにもならなくなったらしい。最終的に、『子どものころの友人であるミッキーとミニーに剣を向けるなど、俺にはできない!』と言って、戦闘はチャラになった」
ミッキーとミニー?
「I'm Mickey Mouse (アイムー・ミク・イーマ・ウーシュ)と、I'm Minnie Mouse (アイムー・ミヌー・イーマ・ウーシュ)」
浜野さんが発音してくれた。ああ。
「世界的に有名な、例のネズミたちですか……」
英語圏の人だったらしい。
「召喚される勇者の国に合わせて、アニメのキャラの名前、引っ張り出してるんですか。マジパネェ、魔族の占い師」
そうして、「俺はミッキーマウスだ!」「あたしはミニーマウスよ!」と名乗られた、英語圏の勇者の衝撃も、半端なかっただろう。笑いの発作か。うん、そうだろうね……。
「えーとでも、浜野さん、若いね? 三十年こっちにいるって聞いたけど」
話題を変えると、浜野さんは、ああ、という顔をした。
「あ、それね。ちょっと裏ワザって言うか。俺、今、五十は越えてるんだ」
え。
「来た時、二十六だったから。でも、サザエと一緒になってから、何か起きたみたいで。老化がゆっくりになった」
「へえ~……」
「まあ、でも、ありがたいよ。魔族は長命だし。タラチが成人するまで、生きていたかったからね」
「ああ。……良かったですね。タラちゃんも立派な魔王になったし」
そう言うと、浜野さんは、照れたような、誇らしいような顔をした。あ、お父さんの顔だ。
「親の欲目じゃないけど、タラチはがんばってるよね」
「あ、はい。カッコイイです。貫禄あるし。お城の人たちからも、慕われています。評判良いですよ」
「あ、そう? ふふふ。だって、サザエと俺の子どもだもんね」
「デレデレな顔になってますよ、浜野さん」
ふふふ、とあたしが笑うと、浜野さんは赤くなって、でも嬉しそうな顔をした。
「いや、ほんとにね。タラチは、体が弱くて。熱ばっかりだす子だったんだよ。それが、大きくなって……感慨深いと言うか」
「タラちゃん、体弱かったんだ……」
「うん。サザエの魔力が強いのに、俺はそうでもなかったから……子どもに影響出たみたいで。でも、ここまで大きくなったんだから、もう大丈夫だよね。
後は、成人するだけだし」
……え?
「浜野さん、今、なんて言いました?」
「ん? サザエの魔力が強いのに、、俺はそうじゃない……」
「いや、その後」
「子どもに影響出たみたい?」
「もうちょっと」
「大きくなったから、もう大丈夫……あとは成人するだけ?」
きょとんとした顔の浜野さんに向かって、あたしは叫んだ。
「タラちゃんて、成人してないんですか!?」
「まだだよ。だって、あの子、十五歳だから」
な ん で す と !?
「まさかの年下~っ!!!!?」
衝撃の事実。
魔王さまなタラちゃんは、年下の男の子でした。




