3.意外でした。中編。
「そなた、われらの名に親しみを覚えたであろう?」
サザエさんが言った。あたしは、ほえ? と妙な声を上げた。
「なんじゃ。息子に言うたのであろう? わらわと息子の名に対しては、敵対する思いを抱けない、親しみを覚えると」
「あ~。まあ。言った……ね」
あれか。あのピクニックの時の発言か。
だって、タラちゃんと、サザエさんだもんなあ。
「ハッセ・ガウー・アマールチカは、偉大な人物であったようじゃな」
「長谷川町子先生です」
異世界発音されると、どこの人ですか、な感じだね。
「『いじわるばあさん』と、『サザエさん』が代表作で……」
「おお。それか。わらわの名に似ておるのう。サジャー・エッシャン」
「や、『サザエさん』……え~、日本語で、自己紹介の時に、『です』とか、『でございます』とかいう言葉をつけてですね」
あのアニメ、確か、サザエでございます、って言ってなかったっけ。
「『サザエでございます』」
と、思ったら、優雅な笑みを浮かべた美女に言われた。……何!?
「うむ、必然じゃな」
「え、いや、いまの何ですか、サザエさん!」
「わらわの名を名乗っただけじゃ」
はい?
「え、確か、『サザエです』……」
「通り名はな。幼名も入れると、わらわの名は、
サジャー・エイデ・ゴウシャ・ザイ・マルスと言う」
「……」
すみません。
庶民な異世界人の耳には、『サザエでございます』としか、聞こえません。
「長いので、普段はサジャー・エイデスと名乗っておるが」
正式名が『サザエでございます』で、短くしたのが『サザエです』。
うん。丁寧語だっけ? それが普通の言い方になってるよ。
「ああああの。それじゃ、タラちゃんにも別な名前が?」
「あれは、タラチ・イアンデスのままじゃ」
「さようですか……」
なんとなく、ほっとした。いや、別な名前があっても良いんだけどね!?
「ええっと、それで……何の話でしたっけ」
「必然の話じゃ」
いかん。『サザエでございます』の衝撃が激しくて、忘れる所だった。
「あ、はい。必然?」
「人の王の悪辣さにな、われらも辟易したのじゃ」
ラピスラズリのティーカップを持ち上げ、サザエさんは優雅にミルクティーをすすった。
「したがのう。異世界からの客人は、われらの姿を見ただけで恐慌状態になる者もいてのう」
「あ、えーと……すみません」
確かに、角や翼のある姿は、予備知識なしに地球の人間が見たら……現代日本ではそれほどでもないけれど。時代によっては、恐怖にかられる人もいただろう。
魔族の人たちが悪いわけでもないのに。
「なぜ、トオコが謝るのじゃ」
「いえ、何だか……すみません」
「おかしな娘じゃのう」
ほほほ、とサザエさんは笑った。
「見慣れぬ姿の者を見れば、怯えるのは生き物の常ぞ。仕方がないわな。
したが、こちらの話も聞かず、武器を振り回し続けられてはのう。こちらも困るのじゃ。
戦いたくも、傷つけたくもないのに、怪我をさせざるを得なくてな。こちらも最初は事情もわからず。起こらずとも良い悲劇が起きたりもしたわ」
「ああ……はい」
あたしはちょっと神妙な顔になった。あたしは幸運だった。でも。
間に合わずに命を落とした、異世界人もいたのかもしれない。
「まあ、それでな。われらも考えたのよ」
サザエさんは言った。
「人族の王の悪行は止まらぬ。誘拐され、死地に赴かされる異世界人は、今後もいるであろう。
ならば、異界人にとって馴染み深い、親しみを覚えるような名を、名乗ってみてはどうかと」
……。
「はあ!?」
「うむ。じゃからな。われらは、魔王の眷属や、魔王となるのが確実な子どもには、異世界風の発音の名をつけるのよ。慎重に、占ってからな。
そなたの言う、ハッセ・ガウー・アマールチカは、力のある芸術家であったようじゃな。わらわたちの世界の占者にも、その力が見えたのじゃから」
「はあ!!?」
「ゆえに、わらわは『サザエでございます(サジャー・エイデ・ゴウシャ・ザイ・マルス)』と名付けられ、息子には『タラちゃんです(タラチ・イアンデス)』という名が贈られた」
「はああ!?」
あたし、唖然。開いた口がふさがらない。
「え、いや、ちょ、そしたら、魔王さま、え、代々、占って、そんで『タラちゃんです』とか言う名前……え、まさか! そしたら、
『イクラちゃん』って名前の人もいるんですかっ!」
思わず食いついた。
「イクール・アルチ・イアンデスは、わらわの従姉弟の息子じゃ」
「おお! タラちゃんのはとこがイクラちゃん!」
素晴らしい。
「じゃ、ワカメちゃんとか、カツオくんとか!」
「ワールカ・メイチー・イアンデスは、妹じゃ。カイチ・ウー・ウォークンは、弟になる」
なに、そのシンクロ率。
「じゃ、じゃ、フネさんとか、波平さんとか、いますか!」
「フニーエ・スァンデスはわらわの母。ナムール・イーフ・エイデスは、」
「お父さんですか!」
「いや、叔父じゃ」
ニアピン。
ちょっと残念。
「うわー、でもすごいシンクロ率……」
どうしよう。変なふうにテンション上がった。
「あ、そしたらマスオさんは?」
「その名前の者は、おらぬのう」
「そうですか……」
気の毒に、マスオさん。いや、別に気の毒でもなんでもないんだけど!
「こっちでも影が薄いのか、マスオさん。あの話でも婿養子状態だったし……ん?
あれ、そしたら、こっちの占い師さんが優秀だってことで、長谷川町子先生が預言者とか何とか言うことにはならないのじゃ?」




