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3.意外でした。前編。

「ある意味、必然であると言えようのう」



 迫力美女が言った。堂々たる体躯の肉食系美人である。流れ落ちる漆黒の巻き毛。真紅の瞳。象牙色をした頭の角が、つややかにセクシー。いや。



「必然?」

「うむ。まあ、説明すると長くなるのだが」



 大きな窓から差し込む光が、部屋中にゆったりと、陰影をつけている。

 美しい調度品が、上品に配置されたサンルーム。

 白と金でできたティーテーブルには、可愛らしいお菓子を盛った器と、ティーセット。

 そうしてデコラティブでありながら、繊細かつ優美な椅子に腰かける、頭に角のある迫力美人。

 現魔王の母君であらせられる、グロウガリアスの魔将。麗しき魔剣の女王。



「何が必然なんですか、サザエさん」

「サジャー・エイデスじゃ」

「サザエです、としか聞こえません……」

「まあ、人族の耳には、魔族の発音は難しかろうしのう」



 鷹揚に笑いつつ、サザエさんは、目の前の椅子を示した。



「まずは、座れ」

「いえ、あたしは使用人ですので」

「わらわが構わぬと言うておる。座れ」



 迫力美人なサザエさんに言われ、あたしはスカートのフリルを気にしながら、優美な曲線を描く椅子に腰かけた。


 タラちゃんの口利きで、あたしは現在、メイドをしている。大変な事も多いけど、でも、それなりに充実している。平穏な日々があるのって、ありがたい。たまにちょっと、元の世界の事を思い出して悲しくはなる。でも、忙しく働いていれば、気もまぎれる。

 それに……うれしいこともあった。お仕着せなんだけど、デザインが可愛いんだ、魔王城のメイド服! 渡された時にはきゃーきゃー言って喜んじゃった。


 ただ、たまにこうして、魔王さまや母君さまに、話し相手になれと言われるのが。ちょっと、気まずいと言うか。


 と、思っていたら、合図をしたサザエさんに、ささっと近寄る先輩メイドさん。そして素早く用意された、もう一脚のティーカップに注がれる紅茶。


 ことりと目の前にカップを置かれ、あたしは青ざめた。



「そなたも飲むが良い」

「いえ、あたしは」

「飲め。一人で茶をたしなんでも、楽しくもなんともない」



 サザエさんは微笑みながら、しかし逆らえない何かをかもしだしつつ、あたしに言った。うん。逆らえない。逆らったら何か、次元の彼方に飛ばされてしまいそうな気がする。


 手にしたティーカップにしかし、あたしの緊張は倍増。



「なんじゃ。ミルクティーは嫌いかえ?」

「いえ、好きです。好きなんですが、ちょっと緊張してしまいまして」

「かわゆい事を言いおるのう」



 ほほほほほ、とサザエさんが優雅に笑う。あたしも強ばった笑顔になった。いや、ミルクティーは大好きだよ! でも、怖いんだって、このティーカップ! 持ってるのが!


 手にしたカップに視線を落とす。優雅な金色の持ち手がついた、藍色のカップ。


 カップの形に削り出し、中をくり抜き、唇を当てる部分に違和感がないよう、磨き抜いた青金石ラピスラズリ


 落としたら、それまで。薄く削った宝玉のカップは、ぱんっと砕けてしまうだろう。それほど繊細、そして匠の技を尽くした芸術品が、あっさりとあたしの手の中に。


 多いんだ、そういうの、魔王城。こないだも、ガラスだと思っていたら、水晶をくりぬいて造られたグラスでしたよ。それが何ダースも並んでましたよ、キッチンの棚! お皿やボウルでも同じバージョンがありましたね! 紅水晶を削って形を整えたお皿がとか、紫水晶のボウルとかね! あの大きさのもの作るのに、どんだけの水晶の塊が必要だったんだ。磨けって言われたけど、手が震えましたよ、落としたらどうしようって思って!


 そういうグラスやカップ、お皿やボウルで、飲み食いできる神経がわかりません、サザエさん……。



「人の王の愚劣な行いは、代々続いておるでなあ。そなたのような異世界の人間を誘拐しては、剣を持たせ、われらの領土に放り出す。

 かような間に合せのような勇者に倒されるわれらではないが、犯罪の片棒をかつがされるようでな。良い気分ではない」



 恐る恐る、涙目になりつつ一口、ごくり。そうしていると、サザエさんが言った。

 眉をひそめた顔でさえ美人。



「え、あ、間に合わせ、ですか?」

「で、あろう? 本気でわれらをどうにかしたいのであれば、自国の魔力ある優秀な若者を鍛え、軍を作ったほうがまだ、可能性はある。だというに、剣を持つ術すら知らぬような異世界の人間をさらってきては、死にたくなくば戦って来いと……」



 ああ。そうだよね。言われてみれば、間に合わせだよね。あたしも、武器なんて持ったことのない人間だったし。



「自分の国の民を使うと、王の評判が悪くなるから、異世界の人間を呼んでいる、と言われました……」



 それに、そんな事も言っていた。考えてみれば、あたしはあの王と神官にとって、使い捨ての道具だったんだ。

 胸が痛む。そんな理由であたしは、この世界に呼び出され。

 向こうの世界を、向こうの世界であたしが持っていた、大切なもの全てを奪われた。



「トオコも災難であったな」

「いえ……あたしは。幸運でした。タラちゃんに、首輪はずしてもらったし。今もここで、働かせてもらってるし」



 それでも、自分が幸運であったことはわかる。あのまま殺されても、おかしくはなかった。でも、生かされた。助けてもらった。

 殺せと命じられた魔族の王に。



「トオコは、けなげよの」



 サザエさんが、ふと微笑んだ。うわう。綺麗。綺麗。美人!



「いいいいえ。けなげとかそんなんじゃ……、あう、えと、必然というのは、それで?」



 あまりの美しさに目がくらみそうになりつつ言うと、サザエさんは、「そうであったな」と言ってうなずいた。



ラピスラズリや水晶くり抜きのカップやグラスは、実物を見たことがあります。

ロマノフ王朝か何かの美術展で、展示されていました。

本水晶の光り方って、ガラスとでは違うんですね……それが無造作に、カットグラスの形でずらっと並んでいるのを見て、庶民なわたしは気分が悪くなりました。あれでお茶とか飲むって心臓に悪いよ……。


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