2.続きました。
ひよひよ、と、小鳥の声がした。
うららかな昼下がり。
柔らかな芝生の上に、分厚いキルトの布を敷き、あたしは絶賛、ピクニック中だった。
「うをを~、このチキン絶品! ハニーマスタードがきいてる~。
こっちのサンドイッチも! チーズとバジルのハーモニーが、まったりとして、しかししつこくなくっ」
「ミルクティーもあるぞ」
隣にいる魔王が、熱いお茶を注いでくれた。
「っく~っ、五臓六腑にしみ渡る……っ」
「それはどういう表現だ」
「端的に言うなら、うみゃい!」
「そうか。料理番に伝えておく。喜ぶだろう」
あたたかな日の光。おだやかな風。鳥の声。花の香り。
お茶を入れてくれる迫力美形。
そして、……美味しいごはん!
「やー、もう、幸せいっぱいですよ、タラちゃん」
「タラチ・イアンデスだ」
頭にねじれた角、背中に羽つきの迫力美形が言った。ティーポット片手に持ちながら。
「日本人の耳には『タラちゃんです』と聞こえるんですよ、タラちゃん。
ちなみに『ちゃん』は親愛を意味する呼び掛けのようなものです」
「トオコは吾に、親愛を覚えているのか? 吾は、人族の者が忌避する魔族の王ぞ?」
「あのクサレ王と腹黒神官に比べれば、天使のようです! ごはん美味しいし、首輪はずしてくれたし」
あたしはそう言うと、ミルクティーをもう一口飲んだ。
「正直言って、この世界とは何の関係もないんですよ、あたし。なのにいきなり呼び出されて、勝手に首輪つけられて。
戦って魔王倒して来い、さもないと殺すなんて言われて、この世界の人間に義理とか信頼とか、もてるわけないでしょう」
「吾には持てるのか?」
「魔王陛下はあたしの命を救ってくれた。美味しいごはんもくれた。それに何より、」
あたしはぐっ、と拳を握った。
「タラちゃんなんて名前の人に、害意を持つのは難しいんですよ! 一般庶民な日本人としては!」
某イソノさん家のホームドラマ、おそるべし。子ども心にすりこまれた、「は~い」や、「ちゃ~ん」の一言や笑顔が、どうしても、どうしても、ど、う、し、て、も!
魔王さま見ると、くっきりと脳裏にフィードバック。だって、タラちゃんだし!
魔王なタラちゃんは、良くわからないという顔をした。
「良くわからぬが……、まあ。しばらくは、ここでのんびりするが良い。勇者一人ぐらい、養っても問題はないゆえな」
「ありがとうございます。あ、でも、役に立てそうなことあったら言って。無駄飯喰らいはイヤだから。荒事以外でなら協力するし」
「心配するな。ごく普通のジョシコオセイとやらのそなたに、荒事なぞ頼んだりはせぬ。
異世界人のそなたでもできそうな仕事なら、何かしら、あるだろう。執事のオルテスに頼んでおく」
「あざーっす!」
「それはどういう意味だ」
「ありがとうございます、の略」
「そうか。あざーっす?」
「いや、タラちゃん、そんな真面目な顔して言わないで。軽いノリで言う言葉だから」
「ふむ?」
首をかしげて、魔王陛下は、あざーっす、とか、あざっす、とか、口の中でつぶやいている。迫力美形に言われると、ギャップがありすぎる。
「それにしても、本当なの? お母さんの名前」
「む? ああ。驚いたぞ、トオコに問われた時は」
「いや、まさかと思ったんだけど……」
「異界の勇者には、予知や透視などの能力があるのか?」
「や、あたしにはないです、そんな力。もしあるとすれば、原作者の……ええっと。長谷川町子先生にじゃないですかね」
「ハセー・ガウ・アマーチカ? 預言者か何かなのか」
「預言者というか……、あたしの住んでた日本という国で、多くの国民に多大な影響を及ぼした、マンガ家という職業の人です。
もう亡くなってますが、いまだに彼女の書いたものは読み継がれ、語り継がれています」
「そうか。芸術家は、預言者と似たところがある。偉大な人物だったのだな。
吾のみならず、母の名すら看破していたとは」
「初めて聞いた時は、冗談かと思ったよ……」
魔王タラチ・イアンデス・グロウガリアス。
日本人の耳には「タラちゃんです」と聞こえる名前を持つ母親の名は。
「サザエさんなんだもんなあ……」
迫力美形な魔王のお母さまは、迫力美人なきらきらしい女性だった。その女性に笑顔で、『サザエです』と名乗られた衝撃は、いまだ新しい。
「サジャー・エイデス・グロウガリアスだ」
「うん、やっぱ『サザエです』としか聞こえないわ」
長谷川町子は、偉大だった。
* * *
アトリエゆずはらの、拍手お礼として置いていたもの。なんだか続いてしまった。




