8.宣言されました。2
遅くなりました。
「陛下には、そんな性癖はございませ~ん!」
タラちゃんがロリコン。タラちゃんがロリコン。
ああでも、十五歳だし良いのか。タラちゃん、見た目は二十歳過ぎてるから犯罪くさく見えるけど……いや、良くないよ! 十五歳と五歳でも十歳差じゃん! 高校一年生と幼稚園児だよ!
などと考え、頭がぐるぐるしていたら、いきなり出現した兵士? らしき男の人に、涙目で叫ばれた。え、誰?
「お久しぶりですね、カクート」
「ロザリー! トオコさまに、陛下の性癖を誤解させるような発言はつつしめ!」
「え? いま、どこから……え?」
誰もいなかったよね。今ここには、怪しいロザリーとあたし、へたりこんでいる美少女、いや美幼女の他には、誰もいなかったよね! ちょっとロザリー、なに落ち着き払って挨拶してるの!
混乱していると、兵士に膝をつかれて挨拶された。精悍な男性の頭には、犬耳。ちょ、犬耳あるよ、この人。
「御前に姿を現したこと、お許しください。わたくし、
ヘロしです!」
「ひろしです?」
一瞬、情けない感じのホストの姿が頭に浮かんだ。
「いえ、『ヘロし』です。『ヘロし隊』会員ナンバー二五〇番、『勇者どのを見守り隊』所属、カクートにございます。
われらは隊員の義務として、トオコさまを日々、陰ながらお見守りいたしております!」
「『ヘロし隊』……」
いきなり出た、『ヘロし隊』。二五〇番って、会員数どれだけいるの。
そこで、ばっさばっさという音がした。思わず音の出所を見ると、跪く彼の背後。尻尾もあるよ、この人。
「『われら』ってことは、まだたくさん隠れてたりするんですか……」
そちらは気にしないようにして、あたしが言うと、半分透けているロザリーが、ぼそりと言った。
「『へロし』は一人見かけると、その五十倍は隠れていると言われております」
「Gのつく虫かい」
解説をありがとう、ロザリー。
「それにしてもどこから……ぜんぜん気配なかったよ」
「はっ、われら、普段の任務は、特殊部隊『イッキュウ・ゼン・ジー』の隊員として、隠密活動をしておりますので!
気配を殺して草葉の陰に忍んだり、天井裏に隠れたりなど、大得意でございます!」
ばっさばっさ。揺れる尻尾。
「忍者かい」
思わず突っ込むと、「はぁうっ!」と叫ばれた。
「そそそそそそのような……そのような、おほめの言葉をいただけるとは……」
ばっさばっさばっさ。兵士の目がキラキラしている。すごい勢いで尻尾が振られている。
「え、ほめ言葉になるの、今の?」
「先代魔王陛下の王婿、シュウ・ゴーどのから伺っております。
『ニンジャー』、とは、
異世界に生息する、オタクを究めた究極の魔人の敬称にございましょうっ!」
きらきら、ぶんぶん、ばささささ~っ。
目のきらめき度MAX。尻尾の振り度MAX。
「どんな異世界解説をしたんだ、浜野さん!」
あれか。世紀末英雄な一休さんな感じで、忍者の説明しちゃったのか。それにしても、忍者がオタクって、どこでどうしてそうなるんですか。そうしてあなたは、どうしてそんなに大喜びをしてるんですか~~~っ!
「『ニンジャー』は、『ヘロし』の憧れ、『イッキュウゼンジー』の目標なのです!」
「あー……そう。うん。どんな風に憧れて、何を目標にしているのか知るのが怖いんだけど。そっかー……」
絶対、どこか誤解があるよね。説明したの、浜野さんだし。
「あれ、えーと、ちょっと待って。『イッキュウゼンジ』って言った? それって、カツオくんの特殊部隊じゃなかったっけ」
そこでふと、気がついて言うと、犬耳兵士は尻尾の振りを抑え、でも嬉しげに答えた。
「はっ。要人警護や、各国の情報収集などが主な任務であります! トオコさまにも、目立たぬよう警護し、安全を確保するよう言われております!」
「ああ、だから……ん? それだったら……普通、名乗る時には、『イッキュウゼンジ』が先で、『ヘロし隊』が後になるのじゃ?」
素朴な疑問だった。だってどう考えても、名乗る時には、厳しい訓練を受けた公的……と言えるのかは良くわからないが、正式な? 身分みたいなものが先になって、趣味の分野みたいなのは、後になるんじゃないかと思ったのだ。
別に、何をどうしようとの意図があったわけではない。
しかしあたしの言葉は、兵士の何かに、火をつけてしまったらしかった。
「われらの真の姿とはぁ! 草葉に忍ぶ者に非ず!
ただ趣味に生き、趣味を全うし!
オタクと言われる道を貫く!
それがわれら、『ヘロし』の心意気なり~!」
すくっ、と立ち上がったと思うと、いきなり叫ばれた。びしいっ! と、戦隊ものみたいなポージングをされながら。
「『ヘロし』! それはオタク!(しゃきーん!)
『ヘロし』! それは愛と友情の絆!(ずばーん!)
『ヘロし』! それは世を騒がせ、全てを動かしながら、ひたすら趣味に尽くす熱き魂の叫び!(どどーん!)
われら、『ヘロし』! 『ヘロし隊』~!(ぱぱらぱっぱぱ~っ!)」
一言ずつ、ポーズを取っていた。しかもポーズを取るたび、どこからか効果音が轟いた。なんで。
「『隠れヘロし』はいつも、良い仕事をしますね。場面にあった音の選択も見事です」
動じる事なく、無表情に言うロザリー。
「隠れている人たちがやってるんですか、あの効果音。ってか、これって何か意味あるの」
「『ヘロし』ですから」
「意味不明なんだけど」
オタクって所だけはわかったけど。
「『ヘロし』は陛下と勇者さまのロマンスに尽くすもの。それゆえの様式美です」
様式美なのかい。
「なんでこれが様式美……いや、良いよ、説明しなくても。どうせ浜野さん辺りが言ったんでしょ。に、しても、ロマンスに尽くすって……」
「オタクですので」
「ロマンスオタク?」
「正確には、『陛下と勇者さまのロマンス』オタクです」
その間も、犬耳兵士のエキサイトは止まらない。
「東に陛下の涙あれば、行って勇者さまのハンカチがありますよとささやき!(びしいっ!)
西に勇者さまの笑顔あれば、行って状況を陛下に魔力で中継し!(しゃきーん!)
南に陛下と勇者さまのロマンスを語る者あれば、行ってけしからん、もっとやれと励ましてやり!(きらきらきら)
北に陛下と勇者さまを知らない者あれば、お二人のあれこれを布教して、ロマンスにハマらせる!(どどーん!)
われらの活動は、日々、多岐に渡り。そうして今日も、ひっそりと勇者さまに張りつき、その動向を陛下へ、そして世界に中継しているのです!(ぱんぱかぱーんっ!)」
「いやそれ、ストーカーだから!」
なにそれ怖い。
「最近では、絵心のある『ヘロし』による『今日のどきどき☆勇者さまと、うきうき♪陛下絵巻』(きらきらりーん)、
詩才ある『ヘロし』たちによる『朝までお二人のロマンスを語りたい』(ちゃらららーん)、
文才のある『ヘロし』による小説、『わが愛は世界を越えて』『星の瞬きに貴方を想う』など(だらららららら、しゃきーん!)、
読みごたえある作品が満載の『勇者さま日報』が発行され、瞬間移動能力を持つ『ヘロし』たちによる、
『ヘロし』の宅急便が各地にお届けしております!(どどーん!)」
「『ヘロし』の宅急便!? ジジがいたりする!? いやそうじゃなくて、なにそれ、同人誌か~いっ!」
怖過ぎる。いろいろと。そして全くタイミングがずれていない効果音担当の人たち、すご過ぎる。
「このように、われらは趣味に生き、趣味に死ぬ、オタクの中のオタクにございますれば!(ぱぱぱぱーん!)
名乗る際には堂々と、『ヘロし』と第一に名乗りたいっ!(どどーんっ!)
闇に忍び、影に忍ぶ、『イッキュウ・ゼン・ジー』の者は皆、この思いを胸に秘め、今日も『勇者さま日報』を手刷り・製本しているのです。ああ、たぎるこの思い! 萌えるこの熱意!
『ヘロし』!(ぱぱーん!)
われらは『ニンジャー』な『ヘロし』!(ぱぱぱぱーん!)
ロマンスは、(だららららららららら~……)
永、遠、に!(ちゃっちゃちゃ~、ちゃちゃちゃちゃんっ! だんだかだんっ!)」
最後の『永、遠、に』に合わせて、オチをつけるような音楽がどーんと流れた。変な特番を見ているみたいだ。
「忍者の同人活動……しかも胸張って言われた……」
ポージングと言い、流れる効果音と言い。もう、どこを突っ込めば良いのかわからない。
「そういう訳で、名乗る際には、まず『ヘロし』と名乗らせていただいております、勇者さま」
「あー……えー……」
熱弁しまくって気が済んだのか、『ヘロし』なカクートさんが跪き直し、真面目な顔になって言った。
「しかし、任務も忘れてはおりません。われら、常に、勇者さまの身の安全をはかり、ひっそりと警護をしております」
「ソウデスカー……」
あ、ちょっと棒読みになっちゃった。
「任務外の時間も、ひっそりと張りついておりますね」
ぼそりとロザリー。
「張りつかれてるの、あたし」
「はい。『ヘロし』は一人見かけると、その百倍は隠れていると言われております」
増えてるよ! さっきより!
自分の背後に見えない『ヘロし』がうじゃうじゃといる光景を思わず想像してしまい、遠い眼差しになってしまった。嫌すぎる。
「ちょっともう、やだ、そんなに付きまとわれてるって、あたし、気の休まる暇もないじゃない~~~!」
「大丈夫です。陛下とご一緒されている間は、お邪魔にならないよう、離れておりますから!」
「タラちゃんがいる間だけ!? それ以外はずっと、張りつかれてるの!?」
そこでふと、疑問が沸いた。
「あれ? でも、そんなにロマンスオタクなら、二人が一緒にいる間の方が、張りつきたくなるものじゃないの?」
「それは邪道です!」
犬耳兵士が叫んだ。すちゃっ! と立ち上がるとさっとポーズを取る。
「鍛え抜かれた『ヘロし』なら、現実のお二人の姿に萌えるばかりでなく!(ぱぱぱぱーん!)
お二人のいない所でも、理想のロマンスを脳内で常に捏造、再生、垂れ流しができるもの。それこそが!(だららららららら……)
真の、『ニンジャー』!(どどどーんっ!)」
突然の叫びにも瞬時に対応。乱れもしない効果音。
「忍者違うからそれ! しかも捏造するのか!」
「実体を見せずに忍び寄り、萌える影。日々、『勇者さま日報』を手刷りし続けるニンジャーのぱっしょんは、侮れません」
ロザリー。君の解説もいろいろ微妙だ。
「それはともかく、勇者さま」
ささっともう一度跪き直すと、兵士が言った。ああ、もう、ポーズは取らないのね。
「陛下には、幼女趣味はございません。トオコさま一筋であらせられますから」
必死な顔だった。
「えー……」
なんの話だっけ? と言いかけて、あ、と思った。そうだった。タラちゃんのロリコン疑惑について話してたんだった。
『ヘロし』の強烈さに、考えてた事、全部吹っ飛んでたよ。
「あー……、そうだった。そうだった。タラちゃんね。
ああ、まあ……、あたし云々は置いといて。王族、だもんね。
うん、そう、王さまとかお姫様って、そういうのがあるよね。政略結婚とか……、ああ、あるある、婚約もあるわ。えーと、わかったから」
泣きそうな顔になっていたので、慌ててそう言うと、ばっさばっさと音がした。また尻尾振ってるよ。
二回に分けるつもりだったのに、どこで切れば良いのか判断がつかず。この長さに。恐るべし、『ヘロし』。
あのホストの人、いま元気なんでしょうか。
そうして、フィリピン? だったと思うのですが、戦隊ヒーローもののイラストのついたスナック菓子が売られています。
『ひろし』と大きくひらがなで記されたスナックが。なぜなんだ、ひろし。




