6.話しました。後編。
「あのね。言っとくけど、あんたが聞いた異世界の風習は、かーなーり偏ってるから」
「そうか?」
あたしが言うと、タラちゃんは、こてりと首をかしげた。ぐっ。なんか可愛いじゃないか。
「そうよ。ってか、どんな話を教わってたのよ、タラちゃん」
「うむ。吾は、異界の物語を聞いて育ったのだ。父上は吾が幼きころ、様々な物語をして下さったからな。子ども心にも素晴らしかったぞ。」
タラちゃんは、満面の笑みを浮かべた。
「巨大な金属の、二足歩行をする魔物を操る少年の物語には、胸が踊った。少年の、『赤い彗星』と呼ばれた勇者との一騎打ちは、素晴らしかった……」
ガンダムかい。
「親をなくした少女が、気難しい祖父と山で暮らし、人々の心をほぐしてゆく物語は、切なくもあった。引き取られた家で、足の不自由な娘をはげまし、ついにはその娘が癒され、立ち上がったと聞いた時の感動は、忘れがたい」
ハイジかい。
「敵対し合う者同士が、ひとつの球を取り合い、守り合い、そうして絆を深めてゆく物語は、友情の美しさを吾に教えてくれた。球を取り合うだけの競技に何の意味があるのか、正直わからなかったが。しかし『ばすけ』は、わが領土で現在、人気のあるゲームとなっている。吾は、ルカワが好きでな」
スラムダンクかい。
「あんた、ホントに、息子になに教えてんの」
「いや、タラチが楽しそうに聞くもんだから、色々と……、日本のアニメは最高なんだよ?」
ぼそぼそと言い合う、あたしと浜野さん。
タラちゃんは続けた。
「しかし何より、異界の少女たちの健気さに吾は、憧れた……恋にかける情熱、とまどい、そうして切なさを抱えつつ、それら全てを糧として、自らを成長させてゆく貪欲さ。全てを巻き込み、破壊しつくそうとも、己が情熱を追求し、突き進む信念と勇気。
『キャンディ・キャンディ』と『ガラスの仮面』は、吾の心の聖域とも言えよう」
「あれって、そういう話でしたか」
「いや、異世界ナイズしたら、そんな事に」
どんな話を聞かせたんだ、浜野さん。
「愛した男を失い、治癒の魔術を学ぶと決めたキャンディが、戦を続ける国王に反乱を起こし、仮面をつけて成敗する場面では、涙が出た。
千の仮面を持つ怪盗、マヤが恋しい皇太子マスミとの恋に敗れ、しかし皇太子の幸福を願い、クレ・ナーイ・テンニョの大魔法を使った時には、二人を幸せにしてやってくれと言って父上を困らせたものだ」
「キャンディは看護婦で、マヤは女優じゃなかったっけ」
「異世界で常識違うからね?」
それはもはや、別の物語です。
「そういうわけで、吾は、異界の風習や事情に詳しい」
「いや、それで詳しいと言われても」
思わずツッコミを入れてしまった。だがタラちゃんは聞いちゃいねえ。
「トオコが吾に剣を向け、例の言葉を言った時にすぐにわかった」
「なにがですか」
嫌な予感を覚えつつ尋ねたあたしに、タラちゃんは言った。
「これこそ、『ヤン・キー』と『セイト・カイチョー』の恋物語! 力でもって愛しい男に自分と結婚しろと迫る、実は純情な『ヤン・キー』少女の、切なくも血沸き肉踊る、青春と恋のツンデレ物語のクライマックス・シーンにそっくりであった!
トオコの婚姻の申し入れ、吾はしかと受け取ったぞ」
「あたしはヤンキーで、ツンデレかいっ! しかもあんたさりげなく、自分を優等生ポジションに置いたなあっ!
大体、どこの少女マンガだよ、そんなベタベタ……」
そこで、微妙な顔をしている浜野さんに気づいた。
「浜野さん?」
「ベタベタ……かなあ」
「え? や、ひねりがなさすぎるでしょ、陳腐だし。設定」
「そう、だよねえ。うん。俺、やっぱ才能なかったんだなあ」
才能?
「俺、少女マンガ好きでさ……某雑誌に投稿してたんだけど。その時、唯一、二次まで通過した作品だったんだ……」
しょぼーんとしたふうに言われた。がっくり肩落とされて。
「ああ~……え~……な、なんか、すみません」
「良いよ。所詮は二次通過作品……それ以上はどうしても、行けなかったんだ」
「は、はあ」
「タイトルは『きらり☆お嬢さんヤンキー、恋のドキドキ混戦模様』で」
「きらりおじょうさんやんきー……」
タイトル痛いよ。なんか痛いよ。
「主人公の舞闇蝶子は、歩いた後には流血の荒野が広がると言われた、鬼神のごとき強さを誇るレディースの総長で」
「それのどこが『きらり☆』で『お嬢さん』なんですか」
流血の荒野って所でもう、可愛らしさとか、さわやかさから遠ざかってるんですけど。
「うむ。荒ぶる男どもを細腕一本で下し、並ぶものなしとうたわれたチョーコの恋した男は、セイト・カイチョーという男だったのだ」
そこでタラちゃんが口をはさんだ。目がキラキラしている。
「彼は実は、小国の王子であった。王位継承の揉め事から、市井に身を隠していたのだ。しかし、身の危険が迫る。弟に王位を継がせようとする、継母の陰謀が!
愛しい男の命を守ろうと、正体を隠して側にいたチョーコだったが、朋友を人質に取られ。恋した男の前で正体をさらさざるを得なくなった」
「生徒会長が王子なの!? それでまた、ベタ展開!?」
なんだその無茶設定!
「囚われの身の王子を助けに、群がる悪党をなぎ倒し、なぎ倒し、ついに満身創痍で王子の前に立ち、『逃げて』と言って倒れたチョーコの切ない純情に吾は……泣いた。
そんなチョーコに、『君の心こそが何よりも美しい』と言ったセイト・カイチョー……二人の恋を阻む者にこそ、呪いあれ。この吾、魔王たるタラチ・イアンデスの怒りの雷を受けるが良い!」
「語ってるし!?」
「タラチは昔からこの話が好きで、何度もせがまれたからね~」
照れるね、とか言いながら、浜野さんが頬を染めている。
「そう、吾の初恋は、まさにチョーコ。強く、激しく、純情可憐な異界の女傑。
チョーコに代わる女性など、いないと思っていた……しかし、そうではなかった。
あの時、吾の前に立ち、剣を手にしたトオコを見て、吾は。戦慄した。父上の語るお嬢さん『ヤン・キー』、闇を舞う正義の蝶、荘厳たる雷電のごとき、そのたたずまい」
「なに、その中二病みたいな二つ名」
「そしてあの言葉……物語のクライマックスで、隣国の王女との婚約式に乗り込んだチョーコは、集まった人々の前、王子に剣を突きつけて言うのだ。
『荘厳たる雷電、参上!』」
ぐは!
参上ってなんだ、参上って! 荘厳たる雷電って、自分で言うか、その恥ずかしい名前を人前で!
「『付き合ってもらうよ、セイト・カイチョー。あたしのものになりな。答はイエスしか認めない』」
しかも言った! ベタベタな『卒業』ばりなセリフ言った! うわあああ、めちゃ恥ずかしい、言ったのはあたしじゃないんだけど!
「そうして王子は、チョーコにさらわれ」
「さらわれるのが王子の方か~い!」
もう、ツッコミ入れるのも疲れてきた。浜野さんを見ると、「自分の作った話が語られるのって、なんか恥ずかしいねえ」とか言いつつ、照れている。
照れている場合か! と言いたかったが、その前にタラちゃんが言葉を続けた。
「トオコが吾に言った言葉とまったく同じ! ゆえに、吾は悟ったのだ。
これは婚姻の申し入れであると!」
「そこにつながるのか~~~いっっっ!!!!!」
力の限り叫んでから、息を切らせてぜいぜい言ってるあたしに、タラちゃんは言った。
「かほどに情熱的な申し入れを、どうして断れようか。トオコ。吾はいつでも、トオコにさらわれる所存であるぞ!」
「その認識は違う! 間違いだから! 浜野さん、何とか言って……浜野さん?」
振り向いたあたしが見たものは。
真っ赤になって照れまくる、物語の作者たる浜野さんだった。
「や~、もう、タラチは良く覚えてるよねえ、自分の作った話がこうも、感情こめて語られると、感無量……」
「さっさと誤解解きなさいよ、あんたがタラちゃんに教え込んだんでしょうが、間違った異世界事情~~~~~っ!」
浜野さんにつかみかかり叫ぶあたしは、物語中の『荘厳たる雷電』、『正義の闇蝶』、舞闇蝶子そのものであったと、後にタラちゃんは語ったらしい。
ヒャダインの『カカカタ☆カタオモイ』と、『じょーじょーゆーじょー』を、ユーチューブで見た後に書いたら、こうなった。




