1.唐突に。
目の前には、超絶美形。
漆黒の髪に深紅の瞳、着る人を選ぶだろうデコラティブな衣装をあっさりと着こなし、気品すら漂わせている。うわ、足長っ。腰の位置、高っ。
ごてごて飾りがついたマントをひるがえし、かつん、かつん、とブーツの音を響かせながら、階段を降りてくる。なんの番組。なんの映画。似合いすぎだろう。決まりすぎてて厭味っぽいぞ。
ちょっとアレだけどね。頭にねじくれた角あるけどね。背中に真っ黒な羽あるけどね。触ったら痛そうな、爪が長く伸びてるけどね!
あたしの目の前まで来ると、超絶美形はにこりともせずにこちらを睥睨し、言った。
「そなたがこたび、召喚されし勇者か……よくぞ、この城までたどりついた」
「他力本願な王様始め、この世界の住人には、えらいメーワクしたわ」
伝説の聖剣とやらを構えながら、あたしは言った。
「フツーの女子高生呼び出して、世界の為に働けって、何なわけ? 何様? この世界の事は、この世界の人間がどうにかするものでしょうが!
こんななまくら一本で、右も左もわからない人間を城からほうり出すって、やる気ないにも程があるでしょ〜!
国民死なせたらバッシングあるから、異世界から勇者呼び出して戦わせてるって、思い切り言いやがったわよ、あのクサレ王!」
それなりに美形だったが、やる気のなさが丸わかりの祝福をおざなりにされ、城から追い出された。予算もないとかで、持たされたものは、この聖剣の他には、服が一式と三日分の食糧だけ。
おかげで魔王城のある荒野にたどり着くまで、アルバイトをしながら食いつなぐしかなかった。
「皿洗いと踊り子が本業になりかけたわよ、おかげで!」
バレエを習っていて良かった。
「その境遇には同情するが……、ここまで来たという事は、吾と戦う意思ありと見て良いか」
「ああ、まあ、あんたには恨みはないけどね! 変な首輪つけられちゃってさ、あんたと戦って倒さないと、あたしが死ぬらしいのよ」
あたしは自分の首を示した。クサレ王と腹黒神官があたしにつけた、黒い首輪がそこにあった。
魔王を倒すか、あたしが死ぬかしないと外れない。そして、一年の期限が過ぎると、自動的にあたしの首を絞めて命を奪う。
こんな、もろに呪いのアイテムで枷をつけないと安心できないなんて、どれだけ他の勇者に反逆されてきたんだ。その勇者たちの気持ちわかるけど!
「死にたくないから、ここまで来たわ」
逃げ出す事すらできないから。
魔王は、あたしを見つめ、ふうと息をついた。
「まこと、愚かしい行いを繰り返すな、人の国の王とその取り巻きは。
哀れとは思うが、勇者よ。吾も殺されてやるわけにはゆかぬ」
「そうだろうね。あたしもこんな理由で殺しに来る人がいたら、全力で嫌がるし。でも、死にたくないからさ」
剣を構える。
「だから付き合ってよ、悪いけど。
礼儀らしいから、名乗るわね。あたしは透子。神山透子。食べ歩きが好きな、ただの女子高生……だった」
「トオコ」
魔王は、不思議な発音だと言いたげに、あたしの名前を繰り返した。
「礼にのっとり、吾も名乗ろう。
北の荒野、魔の一族を統べる王、
タラチ・イアンデス・グロウガリアス」
時が止まった。
「……は?」
「タラチ・イアンデス・グロウガリアス」
もう一度、律儀に名乗ってくれた。なんかいい人だな魔王! いやそれより。
「……………タラちゃんです?」
玲瓏たる声音と、麗しい発音で名乗られたその名は、
一般庶民で、この世界の言語の発音に慣れていないあたしの耳には、某国民的アニメの登場人物の名前にしか聞こえなかった。
こんなに美形なのに、タラちゃん!
魔王さまなのに、タラちゃん!
はとこの名前はイクラちゃんで、猫の名前はタマですか! そうしてお魚くわえたドラ猫を、追いかけたりするんですか〜っ!!!
「えっと、あ〜……」
脳裏を走馬灯のように駆け巡る、元の世界のアニメの映像と主題歌。霧散しかけた気力をなんとかかき集め、あたしは剣を構え直すと、魔王に言った。
「お母さんの名前は、サザエですか!」
……でも、やっぱり混乱していたらしい。
* * *
ピンポイントでギャグが書きたくなって、書いてみました。
とりあえずこのあと、魔王さまは首輪を外してくれ、元の世界に帰る方法を探してくれます。
2011年11月27日 活動報告&アトリエゆずはら記事より




