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第十五章 チェシャ猫の微笑

東京の中心に位置する眠らない街、歌舞伎町。昼間は二日酔いの余韻の中で眠り、どこか疲れきって気だるい空気が漂う。夜、無数のネオンが次々と灯るとき、欲望、罪、秘密、そして無限の可能性が渦巻く巨大な漩渦という、その真の姿を現す。

未来は車を人目につかない駐車場に停め、地味な黒のスウェットに着替え、フードを被って完全に夜の闇に溶け込んだ。ボディガードも連れず、誰にも知らせていない。これは彼女と川端真音との「プライベートなデート」であり、第三者が介入すれば、この危険なゲームの本来のバランスが崩れてしまう可能性があるからだ。

迷路のような路地を抜けると、湿ったカビの匂い、腐った食べ物の酸っぱい匂い、そして安物の香水の匂いが入り混じった空気が鼻をついた。やがて、彼女は一軒の廃墟となった商業ビルの前に立った。ビルの入り口には、ほとんど完全に錆びついた看板があり、「極楽館」という三文字がかすかに読み取れた。ここはかつて歌舞伎町で最も有名なストリップクラブの一つだったが、十数年前に火事で廃墟となり、それ以来、この街で忘れ去られた片隅となっていた。

モーセが示した住所は、このビルの地下三階。すべてのネットワークと電力供給がとっくに絶たれた、幽霊のようなサーバールームだ。

未来は深呼吸を一つして、半開きのまま錆びついた鉄の扉を押し開けた。濃い埃の匂いが顔に吹き付け、思わず咳き込む。スマートフォンのライトをつけると、か細い光の筋が目の前の暗闇を切り裂いた。

ビルの中は想像以上に荒れ果てていた。壁は落書きと焼け焦げた黒い痕で覆われ、床には割れた酒瓶やガラクタが散乱している。未来は慎重に、一歩一歩、地下へと続く階段を下りていった。

階段は狭く滑りやすく、手すりには分厚い埃が積もっている。下へ行けば行くほど、空気は冷たくなり、まるで骨の髄まで染み渡るようだ。ついに地下三階の床に足を踏み入れたとき、全身を貫くような寒さに思わず身震いした。

ここは、巨大な鉄の墓場のようだった。墓標のように静かに並ぶサーバーラック。空気中には、自分の心臓の鼓動と呼吸の音以外、何も聞こえない。

未来の光がラックの間をゆっくりと動く。すべてのサーバーは停止し、ランプは消え、ケーブルは枯れた蔓のように乱雑に垂れ下がっている。ここは確かに、世界から忘れ去られた場所だった。

川端真音は、ここに何を遺したのか?

サーバールームの最も奥まで進んだとき、彼女の光があるものに引きつけられた。

それは一台の独立したサーバーだった。埃だらけの他のラックとは違い、まるで毎日誰かが拭いているかのように、異常なほど綺麗だった。さらに奇妙なことに、そのサーバーの正面には、ニヤニヤと笑う巨大なチェシャ猫のステッカーが貼られていた。

未来は歩み寄った。そして、そのサーバーがまだ稼働していることに気づいた。電源ランプから、かすかな緑色の光が力強く漏れている。

彼女は屈んで、サーバーを調べ始めた。すぐに、このサーバーの電源が独立していることに気づいた。数本の太いケーブルが、ビルの本来の電源系統を迂回し、壁の穴から未知の彼方へと伸びていた。

そして、サーバーのディスプレイインターフェースに目を移したとき、彼女の瞳孔が、激しく収縮した。

それはブレイン・マシン・インターフェースだった。新晨科技の「ニューラル接続システム」と酷似しているが、細部において多くの違いがある、ブレイン・マシン・インターフェース装置だ。

未来の心臓が激しく波打つ。想像を絶する秘密に、今まさに触れようとしていることを、彼女は予感した。

持参したバックパックから携帯用のディスプレイとキーボードを取り出し、手際よくサーバーに接続した。かすかな電流の音がして、画面が点灯した。

パスワードも、ファイアウォールもない。画面には、ぽつんと一つのフォルダがあるだけ。フォルダ名は、「アリスのお茶会」。

未来はためらうことなく、それを開いた。

無数のファイルが、滝のように目の前に現れた。実験報告書、財務諸表、暗号化されたメールのやり取り、そして…大量の、ブレイン・マシン・インターフェース技術に関する研究資料。

未来は素早くそれらのファイルに目を通していく。彼女の表情は、最初の驚きから、次第に険しくなり、最後には、底知れない氷のような冷たさに変わっていった。

これらのファイルが明らかにしたのは、彼女が想像していたよりも、はるかに巨大で狂気に満ちた計画だった。

川端真音、あるいは「アリス」がしてきたことは、単に黒田重信に復讐するためだけではなかったのだ。

復讐は、彼女の計画全体の、第一歩に過ぎない。あるいは、「忠誠の証」とでも言うべきか。

彼女の真の目的は、黒田重信から奪い取った莫大な資金と、自身が「チェシャ猫」ファンドで築いた富を使って、前人未到の「神を創造する計画」を成し遂げることだった。

そして、その計画の核心こそ、目の前のサーバーに収められた技術——「プロメテウスの心」や「深空」システムよりも、はるかに過激で危険な、汎用人工知能(AGI)プロジェクトだった。

プロジェクトコードは、「マッドハッター」。

ファイルの記録によれば、「マッドハッター」計画の研究は、すでに五年間も秘密裏に進められてきた。その核心的な理念は、データ学習と論理演算によって人間の知能を模倣するのではなく、一人の人間の意識を、完全にデジタル世界へ「アップロード」し、無限の計算能力と永遠の命を持ち、グローバルネットワークと一体化する、真の「デジタル神」を創造しようという試みだった。

そして、その選ばれた「生贄」こそ、黒田重信の息子、黒田龍一だった。

未来の頭の中が、真っ白になった。

彼女はついに理解した。黒田龍一は、「事故」で死んだのではなかった。

あの所謂「事故」の後、彼の肉体は死んだかもしれないが、彼の意識、彼の「魂」は、川端真音によって、この常軌を逸した方法で、この冷たいサーバーの中に「囚われ」ていたのだ。

かつて彼女を捨てた男は、最も歪で、最も極端な形で、永遠に彼女と「共にいる」ことになった。

そして、川端真音が自分を選んだのも、決して偶然ではなかった。

彼女は新晨科技の「ニューラル接続」技術を必要としていたのだ。「マッドハッター」計画の最後の報告書によれば、彼らの研究は、意識アップロードの帯域幅という巨大な壁にぶつかっていた。彼らは一人の人間の記憶や思考パターンの一部をデジタル化することはできたが、完全な「自己意識」を、脆い生物学的な脳から、冷たいシリコンチップへと、無傷で完全に転送することはできなかった。

それはまるで、荒れ狂う大河を、狭い瓶の口に注ぎ込もうとするようなものだった。

そして未来と彼女の新晨科技は、その「瓶の口」を無限に広げることができる「鍵」を、偶然にも持っていたのだ。

だから、川端真音はすべてを計画した。まず未来を利用して黒田重信を攻撃し、自らの「原始資本蓄積」と復讐を完了させた。そして、このような形で、「マッドハッター」計画の真相を、一歩ずつ、未来の目の前に開示していった。

これは陰謀ではない。これは赤裸々な、「勧誘」だ。

彼女は未来に、自らの「パートナー」となり、共にこの狂気の「神創り」の偉業を成し遂げてほしいのだ。

その時、画面上のすべてのファイルが、突然すべて消えた。代わりに現れたのは、まるで血で書かれたかのような、真っ赤な一行の大きな文字だった。

「ようこそ、ワンダーランドへ、アリス。」

直後、リアルタイムのビデオウィンドウがポップアップした。

画面には、川端真音が優雅にクラシックなソファに座っている。背後には巨大な窓があり、窓の外には東京のきらびやかな夜景が広がっている。彼女は黒のイブニングドレスをまとい、手には赤ワインのグラスを持ち、カメラに向かって、あの見慣れた、すべてを見透かすような、チェシャ猫のような微笑みを浮かべていた。

「驚いたでしょう?」彼女が口を開いた。その声はサーバーのスピーカーを通して聞こえ、どこか気だるい色気を帯びていた。「親愛なる、未来の『アリス』。ようこそ、ついにウサギの穴の入り口を見つけたのね。」

未来は黙ったまま、ただ画面の中のその顔を睨みつけていた。

「今、聞きたいことがたくさんあるでしょうね。」川端真音はグラスを軽く揺らしながら言った。「例えば、龍一は…元気かって?彼は本当に、まだ『生きている』のかって?それとも、あなたはきっと私のことを、完全な狂人だと思っているんでしょう?」

彼女はまるで未来の純真さを嘲笑うかのように、独り言のように笑った。

「未来、あなたと私は、同類なのよ。私たちは二人とも、深淵の縁に立ち、この世界に、無情にも見捨てられ、傷つけられてきた。私たちは二人とも、力を渇望し、運命を、自らの手でしっかりと掌握することを渇望している。違うのは、あなたは、ルールの挑戦者になることを選んだ。そして私は、ルールの制定者になることを選んだ。」

彼女の眼差しが、瞬時に鋭くなった。まるで鞘から抜かれた二本の剣のように。

「あなたが創造した『深空』を見てみなさい。あなたが必死に融合させようとしている『プロメテウスの心』を見てみなさい。あなたが追求しているものが、『神』の権能の一種ではないと、本気で思っているの?あなたの心の奥底に、テクノロジーで、この不完全な世界を再構築したいという、狂気の考えが、一つもないと、言い切れる?」

未来の心臓が、激しく突き刺された。

なぜなら彼女は、川端真音の言うことが、正しいと知っていたからだ。

「黒田重信は、始まりに過ぎない。」川端真音は続けた。その声には抗えない誘惑が満ちていた。「彼と、彼が代表するあの腐敗し、貪欲で、愚かな旧世界は、いずれ私たちによって葬り去られる。そして、まったく新しい世界が、私たちの手によって、誕生するの。」

「私に加わって、未来。一緒に、この偉大な計画を完成させましょう。私たちはもはや、誰かの手の中の駒ではなくなる。私たちは、すべてを支配する、プレイヤーになる。私たちは、新世界の、神になるの。」

ビデオ画面は、その瞬間、狂信と自信に満ちた、彼女の絶世の顔で、フリーズした。

未来は勢いよく立ち上がり、サーバーの接続を切った。

「狂人…」彼女は呟いたが、その体は興奮のあまり、かすかに震えていた。

彼女は廃墟ビルを出て、再び歌舞伎町の喧騒の中に戻った。頭上のネオンは、奇怪で陸離として、まるで巨大で、きらびやかな夢のようだった。

彼女は、もう後戻りできないと知っていた。あのサーバールームに足を踏み入れた瞬間から、彼女はすでに、想像していたよりも、はるかに壮大で、危険なゲームに巻き込まれてしまっていたのだ。

川端真音は彼女に、断ることのできない招待状を送ってきた。しかし未来は、決して、安易に他人と手を組むような人間ではなかった。

彼女はスマートフォンを取り出し、山田健太に電話をかけた。

「健太、発表会の準備は、どうなっている?」

「すべて順調だよ。」電話の向こうから、山田健太の疲れているが興奮した声が聞こえた。「すべてのメディアと業界関係者が、ほぼ参加を確認している。黒田重信の世論攻撃は、私たちを打ち負かすどころか、かえってこの発表会を、誰もが注目する焦点にしてくれた。未来、君は一体、何をしようとしているんだ?」

「私は…」未来は顔を上げ、夜空の欠けた月を見つめながら、口元に、同じように、冷たく、そしてどこか狂気を帯びた微笑みを浮かべた。

「私は、全世界の前で、彼らのために、新しい世界への、扉を開けてあげるの。」

(第十五章 完)


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