精霊の猛訓
月矢と花恋が天空へ行った次の日の朝。
「お兄ちゃーん!起きて朝だよ!」
真白の元気な声が響く。昨日の今日ということもあり、泣きすぎたせいで目は少し腫れていたが、その表情は明るかった。
「おはよう、2人に会うためにも強くなって驚かせないとな」
「そうだね!早くサルバートさんにも認めてもらいたいし、強くならなきゃ!」
改めて覚悟を決め、二人との約束を胸に、今日からはじめて兄妹二人きりでの訓練が始まった。
これまでの地道な基礎練が形になってきたのを見て、剣一は実戦形式の対人訓練へ移行することを決める。
「真白、ノムラを召喚できるか?」
「大丈夫だよ!召喚、ノムラ!」
魔法陣から現れたノムラは、周囲を見渡し、魔物の気配がないことに不思議そうな声を上げる。
「一体どうしたんだ? こんなところで」
「実は対人訓練をしたいと思っているんだが、手合わせ願えないか?」
「そういう話なら任せろ! ビシバシ鍛えてやる!」
ノムラは岩のような拳を打ち鳴らし、豪快に笑う。
「真白には、受け流し方や避け方……自己防衛の技術をさらに叩き込んでほしい。俺には、全力で来てもらって構わない」
「ガハハ! 随分と舐められたもんだな。だがその意気や良し!」
真白は「よろしくお願いします」と深く頭を下げ、ノムラから授かったあの短剣を構える。
真白は短剣を正眼に構え、全神経を眼前の巨漢に集中させる。
対するノムラは、背負っていた巨大な二丁の斧を抜き放った。それらは無骨な鎖で連結されており、ノムラが軽く振るうだけで、鎖がジャラリと重厚な音を立てて地を削る。
「いくぞお嬢ちゃん、まずは俺の動きをよく見るんだ!」
ノムラが地を蹴った。巨体に見合わぬ踏み込みから、鎖に繋がれた一方の斧が真白の頭上めがけて振り下ろされる。
「ぐっ……!」
真白は反射的に短剣を掲げるが、岩をも砕く斧の重圧に膝が折れそうになる。
「受けるな、流せ! 軸をずらして力を逃がすんだ!」
ノムラの怒声が飛ぶ。彼はすぐさま鎖を引き戻し、もう一方の斧を真横から一閃させた。真白は必死に身を翻し、斧の腹を短剣の切っ先で弾くようにして、かろうじてその衝撃を外へと逃がした。
一方で、剣一はノムラが振り回す「鎖斧」の不規則な軌道を、冷静に見極めていた。
鎖の長さを利用した広範囲の薙ぎ払いが、剣一の視界を真っ二つに裂く。
「双刃旋風!」
剣一は逆手の双刃を交差させ、爆発的な踏み込みで斧の死角へと潜り込む。鎖が巻き付く音と火花が散る中、剣一は斧の柄を滑らせるようにしてノムラの懐を狙う。
「ガハハ!俺の打ったあの双剣をそんな風に使いこなすとは面白い!逆手でその回転、なかなか様になってるじゃないか!」
ノムラは鎖を瞬時に腕に巻き付け、リーチを短くして剣一の双刃を真っ向から受け止めた。
「だがな、土の重みは刃だけじゃない。大地そのものだと思え!」
ノムラが斧を地に叩きつけると、衝撃波が走り、訓練場の地面が隆起する。
真白はその振動に足を取られそうになりながらも、短剣を支えに必死に踏みとどまった。昨日までの絶望を振り払うかのように、彼女の瞳には強い闘志が灯っていた。
昼食を食べ終えた二人は、木々が鬱蒼と茂る森林の奥へと向かっていく。
「この辺りでいいか」
「そうだね。召喚、シルフィーヌ!」
真白の声に応え、二人の前で淡い光を放ちながらシルフィーヌが姿を現した。
「やぁやぁ、久しぶりだねお二人さん!今日は何か用?」
「俺に魔法をできるだけ使ってほしい。手加減はしなくていい。真白の魔力の限界も知りたいんだ」
「なるほど、お安い御用だよ! 真白の成長、私も楽しみにしてたんだー!」
剣一が腰から二本の剣を逆手に引き抜くと、シルフィーヌは不敵な笑みを浮かべて宙に舞った。
「それじゃあ、いくよ! 『木縛!』
シルフィーヌが指を振ると、剣一の足元の地面から無数の根が蛇のように猛スピードで這い出してきた。
「ふん……!」
剣一は爆発的な踏み込みでそれを回避する。しかし、シルフィーヌの手数は止まらない。
「まだまだいくよ! 木縛、木縛、木縛ーっ!」
次々と放たれる魔法。森の至る所から蔦が触手のように伸び、剣一を絡め取ろうと襲いかかる。剣一は風の如く駆け回り、行く手を阻む根を双刃で鮮やかに断ち切っていった。
「真白、調子はどうだ?」
激しい動きの中で剣一が声を飛ばすと、真白は汗を浮かべながらも安定した呼吸で返した。
「……うん、まだ全然大丈夫! どんどんいってシルフィーヌ!」
「おっ、頼もしいね! それじゃあ、ちょっとスピード上げるよ!」
シルフィーヌの魔術構築が加速し、網のような「木縛」が退路を塞ぐ。剣一はそれを紙一重でかわし、魔術師との間合いを詰める訓練に没頭した。
休憩後、二人は決戦の刻である15時に合わせて平地へ向かった。
「こんなこというのもなんだが、普通の双頭翼竜はもう相手にならないな」
修練を経た2人にとって、通常の個体はもはや脅威ではない。
「確かに。とりあえず私が戦うよ! 召喚、シルフィーヌ!」
真白の召喚に応じたシルフィーヌが、不敵に微笑む。
「おっ、実戦だね! 私に任せて!」
彼女が指先を振ると、強靭な蔦が敵を瞬時に拘束した。逃げ場のない敵をシルフィーヌは楽々と仕留めてみせる。
霧散した跡にあの眩い輝きはなく、天魔石は出ないまま新しい一日が終わりを告げた。




