兄妹
窓から差し込む朝日は、残酷なまでに爽やかだった。
リビングの食卓、そこには一睡もできず、魂が口から半分はみ出したような顔のアリスが座っていた。目の下のクマは、昨夜のスキスキ地獄の激しさを物語っている。
そこへ、これ以上ないほど艶やかな、そして邪悪なほど爽やかな笑顔のシロミが、湯気の立つカップを片手に歩み寄ってきた。
「あらアリス、おはよう。……なんだか随分と賑やかな夜だったみたいねぇ? 枕越しに、何かが……スキとかなんとか、可愛い寝言が聞こえてきた気がするのだけれど」
「……っ!!」
アリスは飲んでいたスープを吹き出しそうになり、顔を一瞬で沸騰させた。
「き、聞こえてない! 聞こえるはずないじゃんっ! 空耳か幻聴だからっ!!」
ふとシロミがアリスに近づき含みのある笑顔で囁く。
「私の耳は意外といいのよ。真白ちゃんにも『お義姉様ができるかもしれないわね』って、予習させておこうかしら」
「やめてぇぇぇ!!」
アリスの絶叫が響く中、隣ではいつも通り冷静に、漆黒のブラックコーヒーを啜る剣一が、静かにカップを置いた。
「アリス、顔色が悪いぞ。……やはり俺のベッドでは寝付けなかったか。すまない、次はもっと何か別の方法を……」
「……っ!!(別の方法!? 別の方法って何なの、一緒の布団に入るとか言うんじゃ……!?)」
アリスの脳内が再びパニックでショートしそうになったその時、剣一は至って真面目な顔で続けた。
「魔具を使った結界を張るか……あるいは俺が剣の素振りでもして、気配を消すべきだったか。……俺が守ると言ったが、それがお前の負担になったのなら、護衛失格だな」
「………………。」
アリスは、あまりにも純粋で、あまりにも護衛のことしか考えていない剣一の瞳を見つめ、がっくりと肩を落とした。
怒りも、羞恥も、期待も、この男の天然という名の鉄の障壁 の前では、すべてが無力に等しい。
「……もう、あんたたちは黙ってて!食べたら、今後のこと話すんでしょ!!」
アリスは耳まで真っ赤にしながら、ヤケクソ気味にスープを口に流し込んだ。これ以上喋らせれば、シロミに何を暴露されるか分かったものではない。
「ああ。朝食の後、これからどうするか話し合うつもりだ」
剣一は至って真面目なトーンで応じる。彼はアリスの激しい動揺を、敵の襲撃による精神的な疲れだと思い込んでいた。
シロミはそんな二人を眺めながら、席を立つ際、アリスの耳元にスッと顔を寄せた。
「……剣一に隙を見せないように気をつけなさいねぇ?」
吐息混じりに囁かれたその言葉。昨夜、アリスが心の中で連呼していた「スキ」という言葉を「隙」にかけた、最悪に趣味の悪い、そしてシロミらしい牽制だった。
「……っ!!」
アリスが絶句して固まっている間にシロミは再びクスクスと楽しげな笑い声を残してキッチンへと下がっていった。
食後の食器を片付け、四人はリビングのテーブルを囲んで方針を固めることにした。
「……とりあえず、現状でやらなければいけないことは、炎の聖霊サルバートの説得だな」
剣一が腕を組みながら、静かに切り出した。白フードの敵という未知の脅威が現れた今、より強力な戦力が必要不可欠だ。
「そうだね。訓練しているとはいえ、前回の戦いで私、倒れちゃったし……。ウルダイブさんの強力な技に魔力を与えるだけで精一杯だった……。まだサルバートさんを説得するには、早いのかなぁ……?」
真白が自分の掌を見つめ、不安げに眉を寄せる。白フードの敵を粉砕しはしたものの、その代償として意識を失った自分に、炎の聖霊というさらなる高みを御せるのか。
「いや、あいつは確かに強かった。人間離れした動きと魔力を持っていた。そいつを倒したんだから、真白、お前は確実に強くはなっているはずだ。……だが、無理をさせてまた倒れられるのは困る。気になるなら、もう少し訓練してから、会いに行ってもいいかもしれないな」
剣一が妹の目を見て、冷静に、けれど温かく諭す。アリスもその言葉に力強く頷いた。
「そうだよ、真白! あの得体の知れない連中を相手に、あんたは一歩も引かなかったじゃん。……まあ、あたしも動けなかったから人のこと言えないけど……。あたしももっと強くなりたいし、準備万端でサルバートに認めてもらおうよ!」
「わかった! じゃあ、もう少し訓練してから行くことにするっ!」
真白の瞳に、迷いのない光が戻る。その決意を確認し、剣一は立ち上がった。
「決まりだな。それじゃあ、しばらくいつも通り訓練しつつ……双頭翼竜を狩ることにするか」
「双頭翼竜ねぇ……! 全ての鬱憤、あいつらにぶつけてやるっ!」
アリスが拳を鳴らし、好戦的な笑みを浮かべる。
シロミはそんな若者たちの熱気を感じながら、優雅にコーヒーを口にし、クスクスと笑った。
「あらあら、頼もしいわねぇ。……でも、毎日夜を共にするとなると鬱憤が溜まり過ぎちゃうわねぇ。……あ、そう言えばウルダイブちゃんのところで二人でなんとかって……真白ちゃん、正確には違うけれど弟か妹、欲しくないかしら?」
シロミに「将来の家族計画」という特大の爆弾を投げ込まれた食卓。
その直後、アリスと剣一は飲んでいた飲み物を「ブフォッ!!」と噴き出し、喉を詰まらせていた。
「ゴホッ! ゲホッ!! ……シ、シロミ、お前……っ!!」
「ちょっとぉ! 汚いじゃん、剣一!! ……って、あたしも人のこと言えないけど!!」
二人がむせ返り、顔を真っ赤にしてパニックになる一方で、真白だけはポカンとした表情で首を傾げていた。
「……?お兄ちゃんの子供……? 家族が増えるっていうのは、とても素敵なことだと思いますけど……。でも、どういう風に子どもが誕生するんだろう?」
「ふふっ、そうねぇ。ある意味では魔法のようなものかしらねぇ?」
「なるほどっ! さすがシロミさんですっ! ……でも、それにはアリスちゃんの協力が必要なんですか?」
「………………はうぁっ!!」
真白のあまりに無垢で何も分かっていない真っ直ぐな視線に、アリスの脳内回路はついにショートした。
「い、行くよっ!! 訓練!! 双頭翼竜でも何でも、さっさと狩りにっ!! 剣一、早く来てよ、バカ!!」
アリスは自分の荷物をひったくるように掴むと、脱兎のごとく玄関へと走り去っていった。
「……ぐっ。すまない、真白。……シロミ、後で覚えておけよ」
剣一もまた、逃げるようにアリスを追って家を飛び出した。
「ふふっ……。さすがの鈍感剣一でも意識しちゃうかしら。さあ、真白ちゃん。私たちも行きましょうか。……将来の家族計画の相談は、移動中にでもじっくりしましょうねぇ?」
「は、はいっ! すぐに支度します!」
そうして四人はサルバートに認めてもらうため、更なる力を求めて、訓練を開始した。




