アリスの変化とシロミの不変①
港町シーサイドハーバーへ向かうこととなった一行。だが、そこへ至るには山を越え、街道を抜け、少なくとも一週間は歩みを進める必要がある。
その道中をただの移動にせず、訓練に充てることが決まった時、アリスが少し言いにくそうに、けれど真剣な眼差しで一つ提案を持ちかけた。
「剣一。……ちょっと、今日の夜付き合ってくれない? 手合わせ、お願いしたいんだけど」
「あら。夜に手合わせだなんて……真白ちゃん、お姉さんたちの話を聞いちゃいけません」
シロミが口元を抑えて妖艶に微笑む。
「……んなっ!? 勘違いするな! そういうのじゃないから!!」
「はて、そういうのって何かしら? ただ夜の山道は危ないから、真白ちゃんに聞かせちゃダメって思っただけなのに」
「……ぐ、ぐぬぬ。分かってて言ってるでしょ! とにかく、付き合ってよ……」
「あらまぁ。アリスの愛の告白なんて、珍しいこともあるものねぇ」
「ちょっと、静かにしててくれる!?」
アリスが顔を真っ赤にして地団駄を踏むやり取りに、真白は思わず笑みをこぼす。剣一は少し呆れながらも、彼女の向上心を汲み取って夜の手合わせを引き受けた。
「それじゃあ、朝の訓練を始めようか。真白、お願いできるか?」
「うん! 召喚ノムラ!」
真白が杖を持ちながら片手を突き出し、魔術が展開されると土の聖霊ノムラが姿を現した。剣一は新しく加わった二人を紹介し、今日からの訓練に混ぜてほしいと伝える。
「なるほど、いいだろう。……そっちの小さいのは、なかなかやり合えそうな面構えだ。だが、そっちの姉ちゃんは魔術がメインだろう? 訓練になるか?」
ノムラが怪訝そうにシロミを見据える。
「あら。私は確かに肉弾戦は苦手だけれど、全くできないわけではないわよ。見ててね、真白ちゃん」
シロミは余裕の笑みを浮かべ、指先で魔力の障壁を編み上げながら身構えた。
「それはすまなかったな。じゃあ――少し試してみるか!」
ノムラが太い脚で地を爆ぜさせた。それと同時に、背中から引き抜かれた斧が鎖の音を鳴らして宙を舞う。
一つ目の斧が囮として障壁を叩き、鎖を介して引き戻される反動を利用した二つ目の斧が、凄まじい遠心力を伴ってシロミの側面を強襲した
。
「……あ」
誰かが声を漏らす間もなかった。シロミの体は文字通り、木の葉のようにふわりと浮き、そのまま後方の茂みへと吹っ飛んでいった。
「……えっ。おい、大丈夫か!? すまん、加減を間違えた」
心配して全員が駆け寄る。茂みから顔を出したシロミは、乱れた髪をそのままに、虚空を仰ぎながら手を伸ばした。
「……ま、真白ちゃん……。回復、もとい愛の接吻をお願いできるかしら……?」
「……嫌です。そのまま地面と接吻してて下さい」
「……真白ちゃん……そのSっ気もたまらないわぁ……バタッ」
シロミが幸せそうに力尽きる。そんな彼女を冷ややかな、けれどどこか慣れたような視線で見下ろすと、真白はパンパンと手を払って立ち上がった。
「さあ! 気を取り直して、訓練を始めましょうか!」
ノムラとの豪快な訓練が終わる頃には、陽は高く昇っていた。順番に手合わせをこなし、心地よい疲労感に包まれた一行は、山道で採った食材を囲んで昼食を摂る。
焚き火で焼いた干し肉を頬張りながら、剣一が午後の訓練について切り出した。
「昼からは魔術を重点的に鍛えるが……アリス、遠隔形態でお願いしてもいいか?」
「えー、あれあんまり好きじゃないんだけど」
不服そうに、アリスが唇を尖らせる。
「苦手なのか?」
「……ただ、近接形態の方がアガるってだけだよ」
「なるほど、好みの問題か。……遠隔形態のアリスも見てみたかったんだがな」
剣一が何気なく、けれど本心からそう告げると、アリスの動きがピタリと止まった。
「……っ! しょ、しょうがないなー! そこまで、どうしてもって言うなら、特別に見せてあげないこともないけどっ! うん、やるよ!」
勢いよく立ち上がるアリス。その耳まで赤くなっている様子を見て、シロミがクスクスと肩を揺らす。
「あら珍しい……。こんなところに、絵に描いたような『チョロイン』がいるわぁ」
「……ぐっ、チョロインじゃない!!」
顔を沸騰させんばかりに赤くし、小刻みに地面を蹴りつけるアリスと、それを楽しそうにからかうシロミ。そんな二人を見て、真白が「二人とも仲良しですね」と満面の笑みを浮かべる。
剣一はその光景を眺めながら、ふと胸の奥が温かくなるのを感じた。
(……月矢や花恋がいた頃みたいだな)
離れ離れになってしまった親友たちの面影を、今の賑やかなパーティに重ねる。失ったものは大きいが、新しく得た絆もまた、確かな熱を持ってそこにあった。
午後の訓練は、それぞれの特性を伸ばすため、真白とシロミ、剣一とアリスの二組に分かれて行われることになった。




