賑やかな訪問者
「「「お兄ちゃん、起きて朝だよ!」」」
重なる三つの声。妹は真白一人しかいないはずなのに、複数の少女の声で強制的に意識が浮上する。
(夢か……いや、悪夢だな)
到底受け付けられない現実に、剣一は考えることを放棄して布団を頭まで被り直した。
「ちょっ……! 恥を忍んでこんなことさせられた上に、無視されるなんて……マジでありえないんだけどっ!」
「あら、アリス。あなたが『何でもする』って言ったからこうなったのよ? 最後までやり遂げなさい」
「まさか、こんな辱めを受けるなんて思ってないじゃん!!」
顔を真っ赤にして憤慨するアリスとは裏腹に、淡々と「タスク」をこなすシロミ。その横で、真白は楽しそうにクスクスと笑い声を漏らしていた。
時を遡ること数時間前。
昨日、潔く別れたはずのアリスとシロミだったが、実はこっそり二人の後をつけていた。強者の私生活が気になるアリスと、真白への執着が止まらないシロミは、早朝から剣一たちの家の様子を覗き込んでいたのだ。……が、当然のように真白に発見される。
「あれ? 二人ともどうしたの? そんなところで」
「……あ、バレちゃった。いやー! あんたたちとの戦い、凄かったからさ! 普段はどんな風に過ごしてるのかなーって、ちょっと興味が湧いただけだよ!」
「私も気になっていたのよぉ、強さの秘訣。……それと、真白ちゃんが普段どんな下着を……」
バシンッ!!
「ちょっと……黙っててってば!」
アリスの鋭いツッコミがシロミの脳天を打つ。
「ふふ、立ち話もなんですし、入ってください! どうぞ!」
「……え、いいの? じゃあ、お邪魔します」
真白の底抜けの善意に押され、二人は家の中へ招き入れられた。
「お話する前に、みんなの朝食を作っちゃうね!」
「流石に作らせっぱなしは悪いし、あたしも手伝うよ。料理くらいはできるからさ」
「私も手伝わせてもらうわ。……愛を込めれば、きっと毒も薬になるものね」
三人はエプロンを締め、キッチンに並ぶ。朝食を作りながら、アリスが気まずそうに切り出した。
「……急に押しかけるような真似して、ごめん。お詫びと言っちゃなんだけど、できることなら何でもするからさ。修行の相手でも、雑用でも!」
「何でも? ……じゃあ、作り終わったら三人で『お兄ちゃん起きて朝だよ!』って言いに行こうよ! きっとびっくりして飛び起きちゃうよ!」
真白の無邪気な提案に、アリスの顔が引きつる。
「…… マジ? それをこのあたしがやるの……?」
「あら。今、何でもする……って言ったばかりじゃない。私は真白ちゃんとの共同作業なら、なんだって喜んでやるわぁ」
「……やだ。死ぬほど恥ずいんだけど……!」
「……ダメ、かな? アリスちゃん」
真白に潤んだ瞳で見つめられ、アリスの理性が崩壊した。
「……っ! ぐっ……。……わかったよ! やればいいんでしょ、やればっ!」
――そして、冒頭の惨劇へと至る。
ようやくリビングに引きずり出された剣一を囲み、賑やかな朝食と共に自己紹介が始まった。
「とりあえず、あたしたちから名乗るね。あたしは雲咲アリス。武器は『魔装』。状況に合わせて『戦闘態勢』と『補助態勢』を切り替えて戦うんだ。昨日のチャイナドレスみたいなのは、近接形態ね」
アリスは一口パンをかじると、少し得意げに、かつ忠告するように指を立てた。
「この魔装、戦闘態勢なら威力を最大まで引き出せるんだけど、補助態勢に切り替えるとマジで戦闘能力はゼロになるから。索敵中に不意打ち食らったらあたし、ただの無防備な女の子になっちゃうんだよねー。だから、そこはよろしく」
「次は私の番。雪沢シロミよ。『黒魔術』を扱うわ。アリスとは酒場で意気投合してね。……実は私、真白ちゃんのことが大好きで……あとはそう、真白ちゃんを愛でるために生きてるのよぉ」
「自己紹介の半分が愛の告白じゃん……。まあ、あたしたちも強い奴と戦いながら、とりあえず天空を目指してるんだ。あんたたちと同じでね」
二人の自己紹介を聞き終え、剣一も背筋を伸ばして口を開く。
「俺は天城剣一だ。武器は『魔剣』。……といっても、常にこの形なわけじゃない。武器そのものを魔力で生成することもできるんだが、普段はあえてベースになる既存の武器に、魔力で『側』を生成して覆う形をとっている。その外殻に属性魔力を流し込んで、威力や性質を変化させて戦う。昨日の『如雷』も、その状態から放った一撃だ」
「へぇ……あえて『側』に留めてるわけ? 余裕じゃん。出し惜しみなのか、それとも何か別の狙いがあるのか……。どっちにしろ、剣一は底が見えないな」
アリスがニヤリと不敵に笑い、その名前を確かめるように呼びながら、剣一の真意を探るように目を細める。
「私は天城真白! 『白魔術』を扱っていて、聖霊たちに力を貸してもらってるの!」
真白の快活な挨拶に続き、二人はこれまでの歩みを話し始めた。
天空へと旅立った両親や親友たちのこと。そして、自分たちの前に現れた混沌の神の存在……。
初めは賑やかだった食卓も、話が進むにつれて静まり返っていく。四人の運命が、朝の光の中で一つに繋がろうとしていた。
「つまり……仲間たちが天空にいて、そこで何かが起こってる。あとは全ての聖霊を集めて、あんたたちが強くならなきゃいけない……って感じかぁ」
「なんだかキナ臭い香りがするわねぇ……。でも、真白ちゃんがそんなに困っているなら、お姉さんは放っておけないわ」
「あたしたちも同行しようかな。剣一たちが強くなるならあたしも強くなりたいし」
「そうね。……そういえば『水の聖霊』について、ちょっとした噂を聞いたことがあるわ。私たちがいた港町の側にある古い祠……。そこに誰も読めない文字が刻まれた石盤があるらしいのだけれど、何か関係があるんじゃないかしら?」
「水の聖霊……!! その祠に行きたい! 二人とも、一緒について来てくれますか……?」
真白が身を乗り出し、期待に満ちた眼差しで二人を見つめる。アリスは少し照れくさそうにしたが、力強く頷いた。
「そこに何かあるなら、ついて行くに決まってるじゃん!」
「ふふ、真白ちゃんのお願いなら喜んで行くわよぉ。……もちろん、道中の添い寝もセットかしら?」
「添い寝はいらないから!」
アリスのツッコミに食卓が笑いに包まれる。
こうして、昨日までは敵対していたアリスとシロミという強力な仲間を加え、一行はまず、謎の石盤が待つ港町、シーサイドハーバーへと向かうことになった。




