対極の対局
ここは大陸沿岸の港町、シーサイドハーバー。
月矢と花恋が天空へと旅立った日。
潮の香りが漂う夜の酒場で、二人の少女がジョッキを片手に声を荒らげていた。
「あいつら、マジだるいんだけど……! 本当、ありえないんだけど!」
机に突っ伏しながら管を巻くのは、ミニワンピースを着た金髪の少女・雲咲アリス。二十一歳という年齢に似合わず、その身の丈は百五十センチに満たない。
だが、伏せていた顔を上げた瞬間に覗く、自信に満ちたぱっちりとした大きな瞳と、肩にかかるセミロングの髪が、彼女の激しい気性を物語っていた。毛先へと向かって鮮やかな赤に染まったその髪は、幼い容姿とは裏腹に、不敵な笑みと相まってどこか好戦的な印象を周囲に与えていた。
「まあまあ、仕方ないわよ。みんな天空へ行きたくて必死なんだから」
対面で微笑むのは、アリスと同い年の白銀の長髪をハーフアップにまとめた美女、雪沢シロミだ。ゆったりとした所作とは裏腹に、肩を露出させたドレスからは圧倒的な存在感を放つ胸元が覗き、そのタレ目はどこかミステリアスな色気を湛えている。
二人の目的もまた、剣一たちと同じく「天空」だった。
「束になってかからないと倒せないような連中に、あたしの獲物を邪魔されたくないのよねー」
「この辺りはどこも取り合いだものね。……アリス、あなたの魔術でどこか穴場を探せないかしら?」
「……変形すればいけるかも。明日、試してみるかー」
翌日。アリスは慣れた手つきで自らの武器を展開した。
彼女の武器は、魔力を物質化して纏う『魔装』。真紅のミニ丈のドレスを模したその装甲は、彼女の華奢な肉体を瞬時に超人的な戦士へと変貌させる。
「とりあえず、魔力探知モードに……変形!」
アリスが唱えると、赤いドレスの装甲が一部薄まり、頭上に装甲製のウサギの耳がぴょこんと出現した。その耳が周囲の魔力を敏感に捉え、ぴょこぴょこと動き始める。
「どこもかしこも混んでるねー……。ん? あの街の先……すごい魔力反応がある。双頭翼竜が一瞬で消された?」
「気になるなら、行ってみない? 危険かもしれないけれど」
「危険? あたしが? 冗談っしょ! 強い奴がいるなら万々歳だよ!」
シロミの言葉に、アリスは不敵な笑みを浮かべた。
それから一週間。二人は獲物を狩りながら移動を続け、ついに目的の平地付近と辿り着いた。
「この辺りのはずなんだけど……。へぇ、ここ穴場じゃん!」
断崖の上から見下ろすアリス。時刻は15時。
そこには、召喚された木の聖霊シルフィーヌが、圧倒的な力で双頭翼竜をなぎ倒す光景があった。
「なにあの子の魔力! めっちゃすごいし、あれ聖霊じゃん! アガるんだけど!」
「……あら、あの子。なんて可愛らしいのかしら」
隣に立つシロミの声が、急に熱を帯びた。
「やばいやばいやばい! ぎゅーってしてあげたい! ほっぺをすりすりしたい……はぁはぁ……!」
「……アンタ、鼻血出てるし、キャラ崩壊してるんだけど」
そんなやり取りを尻目に、戦いを終えた剣一と真白が帰路につこうとする。アリスは我慢できず、崖の上から叫んだ。
「ちょっと待ちなさい、そこの小さいの! あたしと勝負して!」
「……あなたの方が小さいわよ、アリス」
「うるさいシロミ! あたしは強い奴とやりたいの!」
突如現れた二人組に、剣一と真白は呆気に取られる。だが、アリスの好戦的な魔力に、剣一の瞳にも闘志が宿った。
「アンタたちどっちの方が強いの?」
「もちろん、お兄ちゃんの方が強いよ!」
真白が胸を張って答える。アリスはその言葉に満足げに頷いた。
「あの魔力量を持つアンタより強いんだ……最高じゃん。あたしはそっちの黒いのとやるから、シロミはそっちをお願い」
「ええ、任せなさい。……絶対に、私を『お姉さま』と呼ばせてみせるわぁ♡」
「ひっ……! お兄ちゃん、あの人目が怖いよー!」
剣一が一歩踏み出し、腰の双刃を逆手に引き抜く。刹那、その刃を覆うように膨大な魔力が収束し、一回り大きな光の『側』が形成された。
「来ないのならあたしからいくよ!」
赤い閃光と化したアリスが肉薄する。近接形態へと変形した魔装は、スリットの深く入ったチャイナドレス風の装甲へと姿を変え、手足から爆発的な推進力を生み出していた。一撃一撃が重い弾丸のように打ち込まれ、剣一の双刃を叩き折らんばかりに襲う。
「逃がさない!『紅蓮連脚』!」
猛烈な回転連蹴り。剣一は双刃で防ぐが、衝撃で腕の感覚が麻痺し始める。
「……意外と重くて速いな」
剣一はあえて一歩踏み込み、アリスの懐へ飛び込んだ。
「自棄になった? あたしのスピードに勝てるわけないでしょ!」
アリスの右拳がカウンターで放たれる。だがその瞬間、剣一の纏う空気が一変した。腰を深く落とし、双刃を鞘へ納めるかの如く低く構える。
「……『如雷』!!」
刹那、草原を真っ白な閃光が貫いた。
雷光の如き踏み込み。居合の理を応用したその一撃は、アリスの動体視力すら置き去りにした。
「なっ!?」
すれ違いざま、剣一の放った魔力の外殻がアリスの胸部装甲を深々と斬り裂く。火花と共に、アリスの体は数メートル後方へと弾き飛ばされた。
「あたしの魔装が……? 今、何が起きたの……?」
胸元の亀裂を見つめ、アリスは驚愕に目を見開く。一方の剣一は静かに構え直した。
「今の……雷みたいだった。アンタ、名前は?」
「天城剣一だ。まだ続けるか?」
「いや、もういいや。あたしの負け。あはは、完敗! マジで凄いよ、今の技!」
アリスは深く斬り裂かれた胸元の装甲を解除し、清々しい顔で笑った。
しかし、そのすぐ側ではまだ、冷気と熱気が混ざり合った異様な空気が漂っている。
「ちょっとアリス、勝手に終わらせないで。私はまだ……この可愛い子を『分からせて』いないのだけれど?」
シロミの背後から、陽光を飲み込むような禍々しい魔力が溢れ出した。それは形を変え、蠢く無数の影の触手となって真白を包囲していく。
「驚いたかしら? 私、こう見えて『黒魔術』使いなの。さあ、闇の中で一つになりましょう……?『深淵の愛抱』!!」
剣一は一歩引いて静観していた。その沈黙は突き放しではなく、真白の力を信じ、修行の成果を見極めるための「待機」だ。
「……逃げない。お兄ちゃんとの特訓を、ここで証明するんだから!召喚シルフィーヌ、お願い!」
真白は鋭い眼光で影の動きを捉えながら杖を消し腰に差した短剣を迷いなく抜き放った。
「任せて! 『木霊の跳躍』だよ!」
シルフィーヌが地面を叩くと、真白の足元から太い木の根が爆発的に成長し、彼女を影の包囲網の上へと一気に跳ね上げた。地面から迫る漆黒の影に対し、真白は空中で身を翻し、短剣の腹でその衝撃を受け流す。
キィィィィィン!
ノムラに叩き込まれた「流し」の技術。真白は短剣を盾にするのではなく、受け流しの起点として使い、黒魔術の攻撃を鮮やかに弾き飛ばした。
「なっ……私の影を弾き飛ばした!? しかもこの動き……!」
「今だよ、シルフィーヌ! 全力でお願い!」
空中で体勢を立て直した真白の叫びに応え、シルフィーヌの両手が緑の光を放つ。
シロミの周囲の地面が激しく盛り上がり、一瞬にして巨大な茨の檻が形成された。
「『大樹の抱擁』! 逃がさないよ!」
「なっ、しまっ……!」
シロミが闇の防壁を展開しようとするが、それより早く、無数の強靭な蔦がシロミの四肢を絡め取り、その場に縫い止めた。黒魔術の影さえも、聖霊の放つ圧倒的な生命の力に抑え込まれていく。
「……お姉さまなんて、絶対に呼びません!」
真白の鋭い一喝。蔦がさらに強く締まり、シロミを後方へと弾き飛ばした。
「あ、あはは……最高、やられちゃったわ……」
芝生に膝をついたシロミは、鼻血を拭いながらも陶酔したように笑っていた。
「はぁ、はぁ……。お兄ちゃん、私、やったよ!」
真白は誇らしげに短剣を収め、兄を真っ直ぐに見つめた。剣一はそれを見て、ようやく満足げに頷き、妹の頭を無言で力強く撫でた。
「2人とも、泊まる場所は決まってるの?」
真白が座り込んでいる2人に向かって心配そうに声をかける。
激しい戦いの後だというのに、敵対していた相手を気遣う真白の純粋さに、アリスは少しだけ毒気を抜かれたような顔をした。
「負けてさらにお世話になるって? そんなの冗談じゃない。遠慮しとくよ」
アリスは笑いながら立ち上がる。敗北を認めてなお、戦士としてのプライドが彼女を甘えさせることを許さない。しかし、隣のシロミは対照的に、魂が抜けたような声を上げた。
「えっ!? こんなビッグイベント二度とこないかもしれないのよ!? なんで断るのよ!」
「アンタも原因の一つなんだけど」
「……ちっ。真白ちゃんとキャッキャウフフするチャンスだったのに……」
最後まで鼻血混じりの妄想を垂れ流す相棒に、アリスは呆れ果ててその襟首を掴んだ。
「ほら、行くよ。……2人とも。次はこうはいかないからね」
そして剣一と真白に「じゃあね」と言って、二人は夕闇の向こうへとその場を後にした。




