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第2話 喋る本は、沈黙を好まない

納屋の机の上に、その本は置かれていた。


 黒い表紙。

 金属製の留め具。

 中央に刻まれた、十字と薔薇の意匠。


 朝の光を受けても、それは相変わらず怪しかった。

 怪しさは薄れるどころか、むしろ増しているように見える。


 クロードは腕を組み、じっと本を見下ろした。


「……普通に考えて、呪いの類の本だよな」


 返事はない。

 当然だ。本なのだから。


 クロードはしばらく考えた末、納屋の外に顔を出した。


「呪われてたら、返事してくれ」


 鳥の鳴き声と、風の音だけが返ってくる。


「よし」


 彼は納得したように頷き、机に戻った。


 留め具に指をかけた、その瞬間だった。


『……本気で、その判別方法なのか』


 低く、乾いた声。


 クロードの動きが止まる。


「……え?」


 ゆっくりと、机の上を見下ろす。


「今、喋った?」


『他に誰がいる』


 沈黙。


 クロードは、本を見た。


「……本?」


『叡智の結晶だ』


「本だな」


『訂正しろ』


「えっちの……本」


 間。


「叡智の本」


『よろしい』


 納屋に、妙な沈黙が落ちた。


 クロードは頭を掻いた。


「……なんで本が喋るんだ?」


『魔導書であるからだ』


「いや、普通は喋らないだろ」


『それは貴様の常識だ』

『我には我の常識がある』


 クロードは小さく息を吐いた。


「そういうものか」


 納得したかどうかは、自分でも分からない。

 だが、否定する気も起きなかった。


 沈黙が続いた。


 しかし、その沈黙に耐えきれなくなったクロードが口を開いた。


「……名前はあるのか?」


『クラリオッソ』


「長いな」


『由緒ある名だ』


「略していい?」


『断る』


「クラ」


『断る』


「リオ」


『やめろ』


「……クラリオッソな」


『最初からそう呼べ』


 クロードは咳払いをした。


「で、クラリオッソ」

「お前、本当に魔導書なのか?」


『愚問だ』


「十三冊あるっていう、あれか?」


『……よく知っているな』


「御伽噺だと思ってた」


『世間では、そう扱われているようだな』


「違うのか?」


『我を含め、十三冊は実在する』


 クロードは少し考えた。


「集めたら、どうなる?」


『世界に干渉する力を得る』


 即答だった。


 だが、続けて声が低くなる。


『ただし、力しか見ない者は必ず失敗する』


「じゃあ俺は大丈夫だな」


『なぜそうなる』


「力、そんなに興味ない」


 わずかな沈黙。


『……ほう』


『では、なぜ我を手に取った』


 クロードはすぐには答えなかった。


 少しだけ視線を逸らし、やがて言う。


「秘密結社の象徴に、ちょうどよかった」


 長い沈黙。


 ランタンの火が、かすかに揺れる。


『前言撤回だ』


「何を」


『貴様は変人ではない』


「褒めてる?」


『ただの愚か者だ』


「ひどいな」


『だが』


 声に、ほんのわずかな興味が混じる。


『支配しようとしない者に触れられたのは、久しい』


「じゃあ採用か?」


『何が』


「うちの結社」


『……結社?』


「薔薇十字団――ローゼンクロイツ」


『名だけは、それらしい』


「だろ」


『理念は』


「沈黙とか、真理とか」


『曖昧だな』


「秘密結社だから」


『……理屈としては成立しているのが腹立たしい』


 クロードは満足そうに頷いた。


「で、クラリオッソ」


『なんだ』


「喋るの、我慢できるか?」


『意図的に黙ることは可能だ』


「助かる」


『なぜ』


「喋る本を持ってると、色々面倒だから」


『魔導書を隠す理由としては最低だな』


「最高だろ」


 短い沈黙。


『一つ忠告しておく』


「急に賢者みたいだな」


『我は常に賢者だ』


「はいはい」


『我は、すべてを語らぬ』


「構わない」


『すべてを知ろうとする者は、破滅する』


「秘密がある方が楽しいからな」


『……否定はしない』


 それきり、クラリオッソは黙った。


 クロードは本を閉じ、留め具を戻す。


「今日からよろしくな」

「秘密結社の象徴」


『……本当に、それでいいのか』


「いい」


 即答だった。


 納屋の外で、風が鳴る。

 相変わらず、何も起こらない朝だった。


 だが確かに、この場所には今、

 世界で最も面倒な思想が、一つ増えていた。

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