第9章 侯爵への断罪劇
王妃はぶざまに床に手をついているマートリス侯爵を見下ろしながら、冷静にこう言った。
「あら。それではヴァロットンをアイリス嬢の婿にするわけにはいかないわね。
残念ね。息子も二年前に改心してからは真面目に仕事をするようになって、かなり使えるようになっていたのよ。
だから、これなら侯爵家の復興に役立てると思ったのだけれど。
でも、ヴァロットンとのことがだめになったとしても何も問題はないわよね。アイリス嬢がそのお腹の子の実の父親と結婚して、侯爵家を継げばいいのだから」
「それは無理です。あの子では侯爵家を継げません。一族の者に認められません。そして能力もありません。
ミモザリに当主になってもらわないと、我が侯爵家は潰れてしまいます」
マートリス侯爵のこの言葉を聞いて、愚王である国王もようやくこの茶番の真意に気付き、眉間にしわを寄せた。
「それはどう意味だ?
ミモザリを王家に嫁がせた時点で、彼女が侯爵家の当主になる未来などなかったはずだ。
お主は養女のアイリス嬢に一族の人間から婿を取って継がせると言っていたのではないか?
今さらミモザリがいなくても何の問題もないだろう」
「そ、それは、侯爵家がこのような危機的状態に陥るとは想定していなかったからです」
「それはおかしいな。
ミモザリを王家に嫁がせた時点で、我がヴァードウォール公爵家がマートリス侯爵への援助を打ち切ることは、最初から分かっていたことだろう?
まあ、契約違約金を請求されるとまでは思っていなかったのかもしれん。しかし、優秀なミモザリがいなくなれば困るということは以前から分かっていたはすだ。
それなのに、なぜ王家からの申し出をあっさりと受け入れたのだ?」
公爵が疑問を呈した。
「それは……」
「最初からアイリス嬢にミモザリの王太子妃の座を奪わせよう、そう謀っていたからではないのか?」
「!!!」
ヴァードウォール公爵のこの言葉に、マートリス侯爵と国王、そして宰相は驚愕した。しかしそれ以外の者は平然としていた。
王妃はこの場に不似合いな笑顔を浮かべると、優しげな声でマートリス侯爵に向かってこう言った。
「でもね、残念なことにヴァロットンは、貴方方の意図に気付いてしまったの。だからアイリス嬢に別れを告げたのよ。
彼女では天地がひっくり返ってもミモザリの代わりは務まらないから。
まあ気付くのが遅過ぎたけれどね。
でも愚かにもアイリス嬢は妊娠してしまえば、その子供をたてに関係の修復できると考えたみたいよ。
別れてすぐ、ヴァロットンと同じ髪と瞳の色の男性を誘惑したみたいだから。
けれど、妊娠したのが別れてから一年以上経ってからでは、いくらなんでも無理な話よね。
実際のところ、お遊びしていた結果、想定外の妊娠をしてしまったのでしょう。
まあ誰の子であろうと結局貴方の孫であることは間違いがないのだから、大切に育ててあげなさい。
将来のマートリス家の後継者になるかもしれないのだから」
「いえ、ですから、後継者はミモザリにするつもりなのです。子供ができない場合を想定して、生まれた子は大切に育てるつもりですが」
行き当たりばったりの馬鹿なのかと思っていたけれど、計画が失敗した際の代替案も一応準備していたのか。と、ミモザリは妙なところで感心した。
(自分を名前だけの当主にして仕事をさせて、前当主夫妻とその娘夫婦、それに子供の面倒まで見させようというわけね。
そしていずれアイリスの子供と養子縁組させて、次の後継者にする腹積もりなのね。
ということは私を結婚させない気かしら? それとも世間体があるから一応結婚させて、子供を生ませないようするつもりなのかしら?
はっ! どこまで人を馬鹿にしているのかしら?
私は結婚前とは全く違う。あんた達の洗脳なんてとっくに解けているのに。
さっきの宰相とのやり取りを見ていたら普通気付くはずなのに、やっぱり愚かなのね)
しかし、このクズ男の後始末は王妃と伯父がしてくれるだろうと、ミモザリは高みの見物をすることにした。
「貴方が散々邪魔にし、蔑ろにしてきたミモザリがマートリス侯爵家へ戻ることは絶対にあり得ないわ。
だから、彼女のことは諦めなさい。
ねぇ? ヴァードウォール公爵?」
「はい、王妃殿下のおっしゃる通りです。
マートリス侯爵、貴殿は我が家との契約を破り、それを長年誤魔化してきた。
そのことで賠償金を支払うように国からも命じられたよね?
その際、ミモザリと侯爵家との縁は切ったはずだが、そのことをもう忘れたのかな? たった二年前のことなのに」
「あっ……」
「もう邪魔者のミモザリはいないのですから、是非とも貴方の溺愛するアイリス嬢に跡を継がせてあげなさい。
王家に入れようとしていたくらいなのだから、優秀なのでしょう? 王家では無理でも、侯爵家くらいなら支えられるのではないかしら?
まあ、マートリス侯爵家の血筋ではない養女を後継にすることになったら、一族の皆様からは非難され、今後の協力は得られなくなるかもしれないわ。
でも、いざとなれば本当のことを教えればいいだけですものね?」
「いや王妃殿下、一族の方々はもうご存知のようですよ。
マートリス侯爵の奥方であるジェイティ夫人の元の夫である男爵が、托卵されたと周囲に語っているそうですからね」
「ああ、それで一族から相手にされなくなったというわけなのね」
王妃とヴァードウォール公爵のやり取りに、マートリス侯爵は顔面蒼白になった。
「傾いた侯爵家を立て直すためだけにミモザリを利用しようとするなんて、図々しいにも程がある。散々妹と姪を虐げ、蔑ろにしてきたくせに。
どこまで我がヴァードウォール公爵家を馬鹿にするつもりなのだ。
己の家のことは貴様の愛する妻と娘との三人でどうにかするんだな」
すると、かつては眉目秀麗な侯爵だと評判だったと聞く男が、すっかりだらしくなくなった緩んだ顔に下卑た笑みを浮かべた。
そしてその醜い顔を隣に座っている娘の方へ向けてこう言った。
「しかし、もうどうにもならないからミモザリに助けて欲しいのです。
ミモザリ、お前は記憶を無くしているから覚えていないかもしれない。
だが、お前は本当に家族思いの優しい子で、マートリス侯爵家のためなら、骨身を惜しんで頑張る子だったのだよ。
だから、助けてくれるよね?」
わざとらしく眉尻を下げ、媚びるよう娘に懇願した。
三年ぶりに父親の悍ましい顔を見たミモザリは吐き気を催した。
それでも彼女は一応まだ王太子妃である。ぐっと我慢して、扇子で口元を隠した。そして、まるで汚物を見るような目で睨めつけてこう言った。
「あなたには学園時代から親密な恋人がいました。それを隠して援助目的で母と結婚し、生涯大切にすると誓約したのですよね?
それにも関わらず、結婚後もその恋人を愛人にして関係を続け、妻とほとんど同時に子供を作ったゲス野郎です。
しかも、愛人が自分の子供を身ごもったことを知ると、それを隠して強引に親類に嫁がせました。
それさえ人としてどうかと思うのに、正妻が亡くなると、今度は無理やりに元の愛人を離縁させて再婚しました。
夫との間にはまだ幼い子供がいたというのに。まさに鬼畜の所業ですね。
ジェイティ夫人はあなたに捨てられ、無理やりに嫁がされた後、後ろめたい気持ちを隠しながらもご主人に尽くしたのでしょう。
アイリスを産んだ後、跡取り息子を産むことができて、ようやく妻として認められてそれなりに暮らしていたはずです。
それなのに、またもやあなたの勝手な都合で無理やりに離縁させられてしまった。
元々は愛し合っていたのでしょう。
しかし、さすがにジェイティ夫人も腹に据えかねたことでしょうね。
とはいえ、侯爵であるあなたには逆らえなかった。だから、理不尽にも彼女はその憎しみを全て先妻の娘である私に向けたのよ。
でも、私からすればそんなの、ふざけるな!だわ。
だってそもそもは不倫をした自分の責任なのだから。しかも托卵までしていたくせに被害者ぶるなんて。
復讐なら自分を弄んだ男にすべきだったのに、何の抵抗もできない子供の私に向けるなんて許せないわ。私には何の責任もないのに。
結婚すればあの地獄のような家から抜け出せる。殿下と婚約してからというもの、私はそれだけを希望に婚姻の日を待ち望んでいたと日記に記されてあったわ。
まあ、婚姻後も別の意味で地獄だったのだから、さぞかし絶望したことでしょうね、記憶を失う前の私は。日記には涙の跡がたくさん残っていたもの。
でも、それさえも全て、あんたが自分の愛娘を王妃にしたいなどというふざけた妄想のせいだったのね。
そしてその杜撰な計画が破綻したら、今度は私を当主にして再び自分達のために奉仕しろですって? あんた達みたいな蛆虫のために?
馬鹿も休み休みに言え! このどクズの糞野郎!」
ぶかぶかのみっともないドレス姿とはいえ、可憐で愛らしい顔したミモザリから発せられたこのドスのきいた台詞に、マートリス侯爵だけでなく、その場にいた全員が固まった。
しかしその当人はというと、冷えた笑みを浮かべつつ、心の中で大きなため息を漏らしていた。
(せっかく転生したのに、またもやこんなクズな父親の下に生まれ、同じように断罪する羽目になろうとは……)
と。




