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第8章 王妃になるための資格


「本当のところ、私は王太子殿下の有責で婚姻の解消をしたかったのです。

 しかし、私は死にかけるほど働かされはしましたが、結果的に記憶喪失になっただけでこうして生きております。しかも、浮気相手が妹ではそう強くも出られません。

 お二人の門出に水を差したくはないですから、そちらの申し出を素直にお受けします。

 そもそも殿下は真実の愛を貫こうとされただけです。お二人を引き裂き、無理やりに私との結婚を強制した方々が悪いのですものね。

 ただし、そうは言っても浮気は事実で私はかなりの精神的ダメージを受けましたので、慰謝料はきちんと頂きます」


 ミモザリの言葉にいち早く反応したのは、王太子のヴァロットンではなく王妃だった。


「慰謝料はもちろん支払うわ。でも、あなたの妹をヴァロットンの妻にすることはあり得ません。あんな下賤な者を未来の王妃するわけにはいきませんからね」


「そんな。娘の純潔を奪っておきながら、あんまりじゃないですか!」


 それまで言葉を発しなかったマートリス侯爵が初めてこう口にした。これまでミモザリを一切擁護することはなかったのに。

 ヴァードウォール公爵は眉を吊り上げたが言葉は発しなかった。


「男爵令嬢が王妃になれると本気で思っているの? もしそう考えているなら、高位貴族としては失格ね」


「王妃殿下、アイリスは、アイリスの血筋は……」


「アイリス嬢が本当は侯爵の実の娘だから問題ないと言いたいの? 浮気して生まれた娘など余計に体裁が悪いわ。それくらいわからないの?

 でもね、問題はそこじゃないのよ。貴方の実の娘だというのなら、何故侯爵家に相応しい教育をしなかったの? 学園の成績は下から数えた方が早いし、マナーはなっていない。

 下位貴族にだってとても嫁げるとは思えないレベルよ。同じ年のミモザリとは雲泥の差だわ。異母姉妹だというのに。

 ヴァロットン、貴方は学園に通っていたころに婚約者をミモザリからアイリスに変更したいと言ってきたわよね?

 そのとき私は、アイリスでは王妃には務まらないからそれはできないと言ったわよね。

 私も子爵令嬢だったから側妃になると決まった時、死に物狂いで王族としての教育を受けた。その厳しさを知っているからよ。

 向上心がなく、努力することが嫌いな彼女が王族になるなんてことは絶対にありえない。

 それを分かっていながらずっと付き合っていたのは、愛妾にするためだと思っていたのよ。だから私は目を瞑ってきたけれど、違っていたのね。

 貴方が真実の愛を貫き通すために彼女を愛妾ではなく正妻にしたいというのなら、マートリス侯爵家に婿入りでも何でもすればいいわ」


 王妃の思いがけない発言に国王と宰相、そして侯爵が驚愕した。一人息子を溺愛していたはずの王妃が、その息子を廃嫡して婿に行けと宣ったのだから当然だろう。


「何をおっしゃるのですか、王妃殿下。ヴァロットン殿下は王家のたったお一人の王子殿下ではありませんか!

 それに王太子殿下との結婚が白紙になれば、ミモザリは侯爵家の後継者となるのですよ。後継でないアイリスが王太子殿下を婿になどできるはずがないじゃないですか!

 ですからアイリスを王太子殿下の正妻にして下さい」


 マートリス侯爵が唾を飛ばす勢いでそう訴えた。すると、ヴァロットン王太子がようやく口を開いた。


「それは無理だと言っている。その理由は今王妃殿下がおっしゃっていただろう。アイリス嬢には王族になるための素養がない。

 私は勘違いをしていたのだ。王妃殿下が私とアイリス嬢との仲を反対するのは、彼女が元男爵令嬢だからなのだと。

 ご自分だって子爵令嬢で、真実の愛の下では身分なんて関係ないと言っていたくせに、って。

 しかし、ミモザリが記憶喪失になって、それまで彼女に押し付けてきた書類仕事を自分でやらざるを得なくなったとき、ようやく彼女の有能さに気付いたのだ。

 将来王妃になる女性は、彼女のように優秀でなくては無理なのだと」


 二年前、アイリスに違和感を抱き始めたころに、ヴァロットンはふと幼い日の記憶を思い出したのだ。

 彼は物心が付く以前から、母親である王妃とゆっくり過ごしたことがなかった。それは彼女がいつも仕事に追われていたからだ。

 ところがある夜、王妃殿下はそっと王太子の部屋の中に入って来て、ベッドの中にいた彼の頭を優しくなでながらこう語りかけたのだ。


「なかなか一緒にいてあげられなくてごめんなさいね。私が前王妃殿下のようにもっと優秀だったら、もっとてきぱきと仕事をこなせて、貴方と過ごす時間をもっと持てたでしょうに。

 しかも私に徳がないからみんなから反感を持たれて、誰にも助けてもらえないの。

 真実の愛だなんて物語の中だけの話を真に受けて、前王妃殿下を悲しませ、蔑ろにし、分不相応な高望みなどしてしまったから、罰が当たったのね。

 真実の愛なんて嘘っぱちよ。陛下も愛していると口ばかりで何もしてくださらないし。

 貴方は王太子となるのだから、将来王太子妃として立派にその役をこなせる相手を選んでちょうだい。

 それが結局貴方のためにも、愛する人のためにもなるのだから」


 そう言って涙をこぼしていた。

 あの時はその意味がわからなかったが、今ならわかるとヴァロットンは思った。

 まあ、気付くのが遅過ぎたのだが。彼の心の中では後悔の念がぐるぐると渦を巻いていて、吐きそうになっていた。

 しかもミモザリの姿が目に入ると切なくて涙が溢れそうになったので、彼女の隣の席に座る見たくもない侯爵の顔を凝視しながら言葉を続けた。


「王妃殿下がアイリス嬢との結婚を反対していたのは、彼女では将来王妃の役目を担えないのが分かっていたからだったのだ。決して身分が低いという理由だけじゃなかった」


「それでは、せめて側妃にして下さい」


「我が国の側妃制度は廃止された。それくらい知っているだろう」


「では、愛妾に」


「冗談じゃない。私を愛してもいない、ただ地位と権力が目的な女など愛妾などにはできない。これまでも散々ドレスや貴金属を贈ってきた。それで慰謝料は十分だろう。

 私の経費に記されている妻への支出はみなアイリスへ贈ったものだ。それで十分だろう? 宰相?」


 ヴァロットンの問いかけに宰相は帳簿に目をやりながら頷いた。


「ええ。学園時代から、殿下がご成婚して一年ほどまでの出費を合算すると、かなりの額になりますね。慰謝料にしては多過ぎるかもしれませんね」


「成婚から一年とはどういうことですか? その後の二年間は娘に何の贈り物もしていなかったというのですか? つまり娘の体だけを弄んでいたと! 娘は今殿下の子を身籠っているというのに」


 最初は青ざめていたマートリス侯爵が、今度は赤黒い顔になって叫んだ。

 しかし、王太子は平然とした顔でこう言った。


「彼女が貴方に何と説明したのかは知らないが、それは私の子ではない。

 私はこの二年、アイリス嬢とは会っていないのだからね」


「言い逃れをするのですか!」


「そんなバレバレな嘘はつきませんよ。別れた後、暫くの間アイリス嬢を監視させていたが、彼女は王城近くの宿屋で複数の騎士や官吏達と逢瀬を重ねていたよ。数え切れないほどね。

 宿屋に出入りしている様子は()()()()()()()()も残っているから言い逃れはできないよ。

 お腹の子の父親はそのうちの誰かじゃないのかな。もしかしたら他にもいるのかもしれないが」


「そんな!」

 

 アイリスのお腹の子は王太子の子だと信じて疑っていなかったマートリス侯爵は、ソファーからずれ落ちて床に手をついた。そして、四つん這いになったまま、絶望のうめき声を上げたのだった。


マートリス侯爵の絶望はこの時点ではまだ序の口です。次章で本格的な断罪劇が始まります。

 楽しみに!

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