第7章 王太子妃の反論
王太子と王太子妃が結婚して間もなく三年が経とういうある日のこと。二人の婚姻が解消というか、元から成立していなかったとして白紙になることが内々に決定した。この三年近く、二人が白い結婚状態だったからだが、それだけが原因ではなかった。
彼女が記憶喪失になって王太子妃の仕事を二年半近く何もしなかったことと、マートリス侯爵家やヴァードウォール公爵家の後ろ盾が期待できなくなったことが大きな原因とされた。
そして、王家とマートリス侯爵家、そしてヴァードウォール公爵家の当主が揃う席で離婚の話し合いが持たれた際のこと。
ミモザリは宰相から無駄に使用した王太子妃の経費を返還して欲しいと告げられた。
記憶をなくした後は王太子妃としての仕事を全くしてこなかったのだからと。
すると、彼女はにっこりと笑って、宰相に数冊の帳簿を見せた。
「まずこれは王太子妃の経費に関する帳簿で、一冊目は宰相閣下が目を通されたもののはずです。しかし、中身は全て改竄されています。
つまり裏帳簿の方をご覧になったということです。二冊目が正しい帳簿です。是非とも中をご確認下さい。
私はこの三年、ドレスなど一着も仕立てておりません。与えられたのは下着と寝巻と部屋着、そして靴のみです。
当然装飾品など一度も買って頂いたことはありません。まあ、社交場に出たことがないので、当然ですが。
それなのに膨大な金額の支出が計上されています。一体そのお金は何に使われたのでしょう?
それと、私に付いていたという人員の経費なのですが、これもおかしいのです。
私には護衛なんて付いていたことがないですし、リルカ一人だけが侍女として付いていただけで、メイドさえいませんでした。
(まあ、役に立たないし邪魔だから私がクビにしたのだけれど)
それなのにここには侍女三人、メイド六人、護衛四人分の経費が記載されています。是非ともその人達の顔を見てみたいものですね」
帳簿に目を走らせていた宰相は驚愕の表情を浮かべた。そこへ、ミモザリは追い打ちをかけるようにこう続けた。
「そうそう。私が大食漢の上に美食家で、贅沢な食事やデザートを要求してかなりの浪費をしたという噂を耳にしたのですが、これも不思議なのです。
結婚してから一度も王族の方と食事を共にしたことがないので、王家の方々はご存知ないかもしれません。
しかし記憶喪失後、私は食堂へ呼ばれたことも、部屋に食事を運んでもらったこともないのですよ。
だって私にはメイドが付いていなかったのですもの。まさかたった一人しかいない侍女に、三度三度食事を運んでもらうわけにもいかないですし。
私、侍女を過労死させるつもりはありませんの。自分がやられて辛い事、嫌な事は人にもさせない主義ですので。
一体誰がその豪華な食事とやらを摂っていたのでしょうか?」
その場にいた者達は全員絶句していた。しかし、王妃が最初に我に返って反論した。
「それなら、貴女はどうやって食事を取っていたというの。デタラメを言ってはだめよ。豪華な食事をしていた証は、貴女のそのふくよかな体が証明しているじゃないの」
すると、ミモザリは少し席を外させて頂きますと言って、隣室のパウダールームへ入って行ったが、五分ほどで戻ってきた。
そして彼女の姿を見てその場にいた者全員が絶句した。ぶかぶかのみっともないドレス姿だったからだ。もちろん着ていたドレスは先ほどまでと同じドレスだったのだが。
「記憶喪失になってから、大量の仕事を押し付けられることがなくなったのでストレスがなくなり、過食しなくなったのです。
適量の食事をし、適度な運動をした結果徐々に体重が減っていったのです。
ちなみに食事は使用人と一緒に賄いを食べていました。ですから、この二年半の賄い分を支払えというのなら、後ほど計算してお返しします。
私としては、食器洗い物や洗濯、掃除などの仕事を無給でしていましたので、チャラになってもいいのではないかと思っていたのですが、王宮ってケチというかしみったれているのですね」
「なっ!」
王族と宰相が呆気に取られて彼女を凝視した。
「論点がズレましたけれど、その賄いだけを食していたら体重が徐々に減っていったのですよ。
そのせいでドレスがブカブカになってしまったのですが、新しいドレスを準備して頂けなかったのです。それで仕方なく、服に合わせるために身体にシーツやタオルを巻き付けていたというわけです。
これで私が豪華過ぎる食事を摂っていた、という情報が嘘だということをご理解して頂けたでしょうか?」
贅沢三昧をして散財したのだから、その王太子妃の経費を返還しろ、と言った宰相は顔面蒼白になり、平身低頭謝罪して職を辞職すると告げた。
ところがミモザリは、貴方が辞職しても自分にはなんのメリットもない。名誉を毀損されたとして、宰相と国に対して賠償金を要求した。
そしてこのことは、無能な部下をきちんと指導しなかったことから起きたことであり、自分だけではなく、王宮や王城で働く者達が皆迷惑を被ってきたのだ。
つまり国にも損害を与えたのだから、辞任する前きちんと後始末をしてからにして欲しい、と彼女は語った。
ただし、項垂れて後悔に打ちひしがれている宰相に向かって、ミモザリはこう呟くように言った。
「使えない人間ばかり押し付けられたことに多少同情はしますが……」
それを聞いた宰相は、分かってくれた人がいたとばかりに涙を潤ませ、王妃が顔を強張らせた。
国王夫妻からも申し訳なかったと謝罪され、慰謝料を支払わせて欲しいと言われたミモザリは、当然でしょうという顔をした。
そして彼女は王太子にちらっと目をやってから、宰相に向かってこう告げた。
「宰相閣下、三冊目の帳簿もご覧になって下さい。それは王太子殿下の経費の帳簿です。
そこには妻への贈り物代という記載がありますが、私は記憶を喪失後、王太子殿下から贈り物を頂いたことは一度もありませんわ。
喪失前もおそらく何ももらっていないと思います。
もし本当にそれらを購入されたというのなら、それは私ではない方への贈り物ですわ。
疑うのでしたら、今すぐ私の部屋へ行って帳簿に書かれた品があるかどうか確認して下さいな」
「それは、王太子殿下が別の女性と浮気をされていたということですか?」
「その通りです。証拠はちゃんとあるので、お疑いならお見せしても構いません。
王宮の開かずの間と呼ばれる部屋の中のご様子を魔道具で記録したのですが、ご覧になりますか?」
ミモザリの言葉に国王夫妻は固まった。というのも、その開かずの間というのは、代々王族が不義密通をする際に使ってきた部屋だ。
王太子だけではなく、婚約者がいながら現在の王妃と浮気をしていた国王夫妻もそこを利用していたのだ。もちろん陛下は今もそうなのだろうが。
何故あの部屋の秘密を知っているのだと二人はぞっとして、底しれぬ恐怖に襲われて、怯えたような目でミモザリを見た。
当然正妻には教えない秘密事項のはずだったからだ。
記憶を失ってもやはりこの娘の頭の鋭さは変わらない。むしろ、家族に蔑ろにされて自信のなかった頃の記憶をなくしたせいで、さらにその優秀さを増している。そのことに彼らはようやく気が付いた。
なぜこれほどの珠玉をこれまで役立たずだと放置してきてしまったのか。彼ら、いや国王は改めて後悔したのだ。
しかし、ヴァードウォール公爵の在席しているこの場で今さらもう元に戻すことは不可能だった。




